明星に誓って   作:テロン

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光の中

 

 

 

 

「ジーン!探してたんだよ!」

「会えて良かったです」

「入れ違いになったのかしらね」

 

 カロル達はすぐに見つかって、再会を喜びながらも手早く情報が交換された。案の定、紅の絆傭兵団のアジトは構成員が厳重に警備を固めているらしい。

 

「あの中に入っていくのは無理そうだよ。なんか別の方法探さないと」

「ジーン、心当たりないか?」

「……そうね。無いことも無いけど……。レイヴン、居るでしょ。出て来なさい」

「わ、嘘レイヴン!」

「げっ、出たわねおっさん!」

 

 頭の後ろを掻きつつもレイヴンが建物の影から身を出した。ユニオン本部のある方角だ。どうせこっそり付けてたのだろう。

 

「ドンの?」

「そそ。って事でさっきぶりね、青年達」

「何?ドン?」

「監視ってワケ?」

「そんな物々しい顔しなさんな。お手伝い、よ」

 

 リタから向いた悪感情が酷くなっているのはきっと気のせいではない。

 

「また何かしたの?」

「何かとは酷い言い草ね。胸踊る冒険で苦楽を共にしたのよ」

「おっさん、自分探しとか言ってなかったか?」

「ケープモック大森林でご一緒したんです」

 

 三者の言い分が見事に食い違っていたが、エステルの言ったのが事実だろう。序でにとうとう正体もバレたらしい。

 だから本部に居なかったのか、とハリーに怒鳴り散らした数刻前の自分を労って、ジーンはふるりと首を振った。

 

「まあ良いわ、こう見えてもレイヴンは役に立つわよ。酒場に行きましょ」

「酒場って?」

「何、このおっさんを盾にでも使おうってワケ?良いわね、それ賛成」

「リタ、それはちょっと……」

「……レイヴン、あなたどうしてこんなに嫌われてるの?」

「何もそんなにハッキリ言わなくても良いじゃない!ジーンちゃんまでおっさんを虐めるの!?」

 

 スウと息を吸ってレイヴンを無視したジーンは、真っ直ぐに街の西側を指差した。

 

「酒場は酒場でも、これから行くのはあっち。ユニオンの窓口、『天を射る重星』よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、地下水道ね」

光照魔導器(ルクスブラスティア)があると言っても暗いから、足元気をつけてね」

「でも、どうしてジーンもここの事知ってたの?天を射る矢(アルトスク)には所属してないんだよね?」

 

 振り返って首を傾げるカロルの背中を、ユーリが支えた。

 ダングレストに張り巡らされた地下水道は、常用することを想定されていない。道幅はあるが、柵はなく、一歩足を踏み外せば魔物の泳ぐ暗い水の中だ。

 

「気をつけて。……で、此処を知ってる理由だったわね。私は一時期、天を射る矢(アルトスク)に身を寄せてたのよ。所属はしてなかったから部外者だけど、地下水道の事はその時に聞いたの」

「客員って奴か」

「ん、んんー、まあ、そうね」

 

 実態はかけ離れていたが、立場的にはそうだろうとユーリに頷いて、ジーンはくるりと手の中のダガーを回した。その一瞬で簡単な追尾の魔術をかけて、ユーリの背後の暗がりに投擲する。

 使用した魔術は多少のブレを補正する効果しかないが、背後を狙っていた魔物にはキチンと当たったようで、くぐもった悲鳴が響いた。

 

「あまり長居する場所でもないわね。夜目は効くから、先行するわ」

「頼む、ジーン。助かった」

 

 ジーン並に夜目が効く筈のレイヴンが行動を起こさないので、仕方なく先を行く。すぐ後ろに灯りを持ったユーリが続き、エステル、カロル、リタ、ラピードの順だ。レイヴンは最後尾をのんびり歩くつもりらしい。ラピードにガッツリと警戒されているのにこっそり笑ってしまった。

 地下水道に実際に足を踏み入れるのは初めてだ。聞いていたよりは汚れていない気もするが、黴臭く気分の良い場所ではない。

 

「トリムで別れた後、どうしたの?この大陸だと行き先はヘリオードくらいか」

「いや、初めはカルボクラムだな」

「カルボクラム?それは、バルボスを追って?」

 

 確か、暫く前に地震で崩れた街の名だ。避難民はダングレストでも受け入れていたはず。

 斜め後ろのユーリに小声で問いかけると、苦虫を噛み潰したような返答があった。

 

「そのつもりだったが、無関係だったな。そこで騎士団にとっ捕まってヘリオードに連行されて、ヨーデルとエステルのおかげで直ぐ釈放されてダングレストだ」

「ヨーデル?」

「船で助けたろ」

「ああ、あの」

「エステルと並んで次期皇帝候補なんだと」

 

 ブフォ、と吹き出してジーンは思わずエステルを振り返った。

 

「え?お姫様?」

「あ、はい」

「今更そこ?反応が遅いわよ」

「リタ、ジーンは知らなかったんですからちょっと横暴です」

「はあー、貴族のお嬢さんだとは思っていたけど……」

 

 なんで教えてくれなかったんだ、とレイヴンも睨みつけるも何処吹く風だ。問い詰めたところで知らなかったとシラを切るに決まっている。

 

「あー。で、捕まったのって、帝都で脱獄したんだっけ?」

「それもあるが、余罪が山のようにあったぜ。あそこで捕まらなきゃもうちっといけたな」

「なかなか波乱万丈な人生送ってるのね」

「……それでも、旅に出るまで俺の世界は狭かったんだって思い知ってる途中だ。下町を出てからこの方、トラブル続きだけどな」

 

 だろうな、と頷いた。旅に出るつもりが無かったにしては大陸を跨いで帝都からダングレストとほぼ世界を半周してる。結界の外に出ないまま一生を終える人も多い事を考えると、世界が広がった、どころではないだろう。

 

「んで、そっちは?そろそろ話してくれるんだろ?」

 

 次にジーンに水が向いた。たった数日で戦えないと宣っていた奴が態度を改めたのだ。疑問に思うのは当然のことだろう。

 

「何をすべきかは分かってるって、前に言ったでしょ。だからダングレストに戻ってから、古い知り合いに荒療治に付き合ってもらったの。もうボッコボコにしてやったわ」

「ボッコボコ……」

「それでジーンは戦えるようになったの?」

「すごく、荒療治な気がしますけど……」

「そりゃもう、酷かったのよ。おっさんもう途中から可哀想になっちゃって」

「あら、ちゃんと治療したわよ」

「もう一回ボッコボコにするためにね」

「そんなにか」

「誰の目から見ても分かるくらいボッコボコだったわよ!あーあ、相手がおっさんじゃなくて良かったなあ!」

 

 そこまでじゃないと思うのだけど。レイヴンか誇張し過ぎるせいで、ユーリたちが少し引いている。

 

「ま、そういうワケでちゃんと戦えるわ。例え人間相手だとしてもね。殺す為じゃない、私は生かすために戦うの。そこは曲げない、その為に何をすべきか、見つけて来た」

「そうか。ならもうとやかく言わねえよ。頼むな、ジーン」

「ええ。……任せて、ユーリくん」

「……なるほどねえ」

 

 小さく呟いたレイヴンがその後に続けた言葉は、聴覚の鋭いジーンにしか聞こえなかっただろう。

 

「知らないって言うのは、時に残酷ね」

 

 同時に、救いでもある。ジーンにとっては、後者の方が重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もポツリポツリと会話を交わしながら時折現れる魔物の相手をしていれば、ぼんやりと陽光の差し込む開けた空間に出た。

 何処かに通気孔でもあって、そこから光が漏れているのだろう。地上の地図と頭の中で照らし合わせながら、あの店の裏手か、と一人頷く。

 

「ここは魔物の気配が無いね」

「明るいから、でしょうか」

「かもしれないわね。魔導器(ブラスティア)の灯りも避けるくらいだし、陽の光なんてもっと苦手なんでしょ」

 

 パタパタと駆けていくカロル達を見送って、ジーンは最後尾を歩いていたレイヴンに並んだ。

 一瞬だけ問うような視線が向いたが、すぐに前へと戻される。こちらから茶化さなければ、案外ジーンと居る時のこの男は静かだった。

 

 ゼファーを揶揄ったこちらの方がよっぽど疲れているかもしれない、とそっと息を吐く。ユーリ達には見せられない姿だ。

 慣れない外出に加え魔物の襲撃、怪我人の治療。ジーンは魔術を使うが、魔導士では無い。偏った使い方をするせいで消耗が激しいし、加えて色々と気疲れしているのもまた自覚していた。

 

「ジーン、レイヴン、何してるの!ほらこっち、凄いよ!」

 

 遅れた二人に目敏く気付いたカロルが大きくこちらに手を振った。何か見つけたらしく、皆は突き当りの壁の前に集まっている。

 軽く手を振り返して、ジーンはカロルの方を顎でしゃくって適当に隣を流し見た。私は休んでるからお前が行け、の合図だ。ついでに上手いこと言っておけ、という意味合いもある。

 

「はいはい、どしたの少年」

 

 気怠げな声を上げて、レイヴンは小走りでその場を去った。ジーンもある程度まで近付いてから水路の柵に腰掛ける。

 永い年月放置されている筈だが、多少錆び付いているくらいで体重をかけてもビクともしない。

 

 ふう、と溜息を吐いて目を瞑る。視覚を失うと、他の知覚が鋭くなると言う。本当かどうかは知らないが、たしかに離れたユーリ達の話が聞き取れるようになった気がする。

 

「ユニオン誓約、ね」

 

 漏れ聞こえる話を総合すると、どうやら帝国との戦争時、ドンを始めとした当時のギルド側勢力がここでユニオン結成の誓いを立てたらしい。その誓約書が壁面に刻まれているのを発見して、カロルはジーン達を呼んだようだった。

 ユニオンは勿論、ギルドにも所属していないジーンとて、ユニオン誓約の文面は知っている。

 

「我らの剣は自由のため。

我らの盾は友のため。

我らの命は皆のため、か」

 

 かつてそう誓って、ダングレストは街を騎士団から取り戻した。それが今日まで続くギルドユニオンの起こり。不動の誓いだ。

 

「私はそれを誓えない」

 

 既に、馬鹿馬鹿しい誓いを立てているからだ。

 

 話し声が止み、此方へ駆ける軽い足音にジーンは眼を開いた。柵から飛び降りて、カロルの頭の高さに目線を下ろす。

 

「ジーン!ボク応援してるからね!」

「ん!?」

 

 飛び込んできたカロルは、目を爛々と煌めかせて得意げに拳を握っていた。すぐ後ろを走ってきたエステルも、前のめりで張り切っている。

 

「私もです!ジーン、何でも相談してくださいね」

「え、ええ。ありがとう」

 

 ひとまず頷いてから奥のユーリ達を伺えば、呆れ顔のリタとそっぽを向いたラピードに、ヘタクソな口笛を吹くレイヴン。元凶は此奴か。

 一人離れて苦笑いするユーリと視線が合った一瞬、労わる様に細められた瞳をジーンの闇に慣れた眼は見過ごさなかった。

 

「全く、あんなのおっさんの適当な冗談に決まってるでしょ。何が悪の組織に洗脳された悲劇のヒロインよ。今も残る洗脳と戦いながら本当の自分を探してる?物語の読みすぎね、設定がありきたりすぎ。大体、もしホントにその、魔装少女?とかいうのに変身して戦うなら、今までの道中でとっくにやってるでしょ」

 

 リタの吐き捨てた言葉で大体の事情を察したジーンはスルリと腰のホルスターからダガーを抜き去った。

 

「みんな、危ないからちょっと動かないでね」

「ジーンちゃん?なんかおっさん嫌な予感がするんだけどその武器で何するのかな?」

「大丈夫、安心して。刃を潰してる奴だから、大事には至らないわ」

「嘘だよね?さっきから使ってる奴だよね?危ないからって今言ってたよね!?」

 

 勿論嘘である。相手はレイヴンなので死にはしない。両指に挟んだ計8本のダガーに追尾と爆発の魔術を付与し、空中に投げ飛ばす。

 

「テメエの妄想を人に語るな!!」

 

 怒号と共に炸裂した風の魔術によって、即席の追尾爆弾は雨の様にレイヴンへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エライ目にあったわ」

「エライ目にあったのはレイヴンだけだよ」

「回復しましょうか?」

「そんな奴放っておきなさい。良い薬になるわ」

 

 心配そうに見るのはエステルだけで、後の面々は煤けたレイヴンを遠巻きにしている。

 

 誓いの壁から再び地下水道を進み、一行は乱雑に荷物の積まれた空間にまで辿り着いていた。積み上がった木箱には空の酒瓶が並んでいる。ここが紅の絆傭兵団のアジトに繋がる道で間違いないだろう。

 一呼吸入れてから突入しようと言うユーリの提案で、ジーン達は転がる木箱に腰掛けて雑談を交わしていた。

 

「でも意外だったな。キレたジーンは結構口が悪い」

 

 カラリと笑うユーリに、むっとジーンは押し黙った。代わりに顔を上げたレイヴンが「そりゃあね」と相槌を打つ。

 

「ジーンちゃん、こう見えて生粋のダングレスト育ちだもの。本当に怒ると手が出る所とか、それっぽいでしょ?」

「なるほどな」

「今、それとなくダングレストの住民が馬鹿にされてる気がする……」

 

 気がするも何も事実だし、一括りにされたカロルは怒っても良い。

 

「ま、お陰でジーンの知人がボッコボコにされたっつう様子も想像がついたし、戦えるってのが本当だってのも証明出来た。尊い犠牲どうもありがとう、ってな」

「何、もしかしてそのせいで助けてもらえなかったの!?」

「それもある」

「あら、そうだったの?」

 

 瞬いたジーンはすぐに思い直してそうか、と頷いた。ユーリ達は知るはずもないだろう。

 

「私、前からレイヴンの事は攻撃してたわよ」

「おっさん……」

「どうしてそこでおっさんを見るの!?あ、ヤメテその憐れみの眼差し!ワンコまで!」

 

 だから実際には証明になっていないのだが、それを知っていてもユーリはレイヴンを助けなかっただろう。

 片目を瞑ってジーンに謝罪する様な素振りを見せてから、ユーリは剣を携え立ち上がった。

 

「さ、そろそろ行くか。準備はいいな?」

「うん!」

「はい!」

 

 ざっと一同を見渡したユーリが先を行き、エステル達がそれに続く。くぅんと鳴いたラピードが、後ろに続こうとしていたジーンを振り返った。

 

「ラピード、どうしたの?」

 

 静かな瞳と数秒見つめ合う。ユーリの様には彼の言いたい事を読み取れない。

 しばらくして、興味を無くしたのか視線を逸らしたラピードは、するりと半開きになった扉をすり抜けていった。

 光照魔導器(ルクスブラスティア)の灯りが消えた地下水道は、酒場から漏れる一条の光だけが頼りだ。

 

「……先に行って」

「先に行くわ」

 

 言葉が被った。

 

 思わず顔を見合わせて、ジーンはそっと瞳を閉じる。

 

「どうぞ」

「どうもね」

 

 ペタペタと間抜けな音を立ててレイヴンが先を行く。立て付けの悪い扉をギシリと開いて足音が聞こえなくなるまで、ジーンは目を瞑っていた。

 

「阿呆らし」

 

 扉は、先程よりも開かれていた。ジーンは一度背後の暗闇を振り返ってから、光の中へ飛び込んで行った。

 

 

 

 

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