仮面ライダーソニック   作:山都撫子

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第0楽章 [PROLOGUE]

 世界は、音から生まれた。

 

 はるか太古――まだ大地も空も形を持たぬ頃、虚無を満たしたのは一筋の旋律だった。それは澄み渡る清音であり、世界に秩序をもたらす響き。旋律は重なり、和を成し、やがて大河のような交響となって宇宙を包んだ。

 

 その調べは、後に「聖音・シンフォニクス」と呼ばれる。

 

 聖音は生命を育み、心を震わせ、無数の存在に「生きるリズム」を与えた。鳥が歌を持ち、風がさざめき、海が潮騒を奏でる。すべては聖音の余韻だった。

 

 だが――。

 旋律の影から、必ず「歪み」が生まれる。

 

 清らかな響きは、やがて重圧となり、均衡を嫌うものを生んだ。それは雑音、ノイズ、破壊の衝動。聖音の和を打ち破り、ただ自己の叫びを放つための音。

 

 こうして「邪音・ディストーダー」が生まれた。

 

 現代。

 

 街の片隅で、再び沈黙が芽生えつつあった。人々はそれを「音消失事件」と呼んでいる。だがそれは偶然の異常現象ではない。

 

 邪音が目を覚まし、人間の心の歪みに寄生し、怪物へと変じていたのだ。

 

 その名は――ノイズ。

 

 怒り、嫉妬、虚栄、絶望。負の感情がディストーションのように増幅され、人の姿を壊し、音を奪う存在へと変貌する。

 

 彼らは世界の音を喰らい尽くし、完全なる沈黙――「虚無の交響曲」を奏でようとしている。

 

 

 ――音が聞こえる。

 

 暗闇の中。

 どこからともなく、一筋の旋律が流れてくる。

 

 それは透き通るように澄んだヴァイオリンの音色だった。やがてピアノが重なり、管楽器の響きが寄り添う。夢の中で、その音の波に飲み込まれていった。

 

 見渡す限りの闇に、光の粒が浮かび上がる。粒は音符の形をしており、舞い踊りながら彼の周囲を取り囲んでいく。やがてそれは、巨大な五線譜のように空へ伸び、まるで世界全体が譜面となるかのようだった。

 

 和音(かずね)は気づく。

 その旋律は――彼を呼んでいる。

 

「……俺を?」

 

 声に出した瞬間、闇の中から答えが返ってきた。

 

 ―― お前の音を、信じよ

 

 それは柔らかくも厳かな声。

 男性でも女性でもない、ただ“音そのもの”の響き。

 

 和音は震えながらも、その声に手を伸ばした。

 しかし次の瞬間――闇に裂け目が走り、甲高い雑音が流れ込んでくる。

 

 耳をつんざくようなノイズ。

 五線譜が破れ、光の粒が黒く染まり、音符が砕け散る。

 

「やめろ……!」

 

 和音の叫びも、ノイズに飲み込まれる。

 そこに現れたのは、無数の影。

 歪んだスピーカーのような顔を持ち、血のように赤い目を光らせる怪物たち――ノイズ。

 

 彼らは囁く。

 

 ――「お前には無理だ」

 ――「お前は音を壊す者だ」

 ――「お前が選ばれるはずがない」

 

 その囁きは和音の胸の奥に直接突き刺さり、記憶を呼び覚ます。

 

 和音の視界が揺らぎ、夢は過去の光景に変わった。

 

 ――中学二年の頃。

 

 和音は合唱部に所属していた。

 父はクラシックのヴァイオリニスト、母は声楽家。

 幼い頃から音楽の中で育ち、期待を背負わされてきた。

 

「和音ならきっと才能を開花させられる」

 

音乃瀬(おとのせ)の家に生まれたからには、当然だろう」

 

 教師も仲間も、皆がそう口にした。

 

 だが、その日は違った。

 

 合唱コンクール本番。

 和音が指揮者としてステージに立ったとき、心臓が跳ねるように早鐘を打った。

 緊張で手が震え、タクトがうまく振れない。

 曲は崩れ、歌声は乱れ、演奏は無残に終わった。

 

 会場に広がる沈黙。

 仲間たちの落胆。

 観客席から聞こえたのは、失望と嘲笑。

 

「やっぱり二世でも才能はないのか」

 

「父親の名前だけじゃな」

 

 その言葉が、和音の心を深く抉った。

 

 父は何も言わなかった。

 ただ冷たい眼差しで舞台を見つめていた。

 母は帰り道で「あなたは本当に音楽に向いていないのかもしれない」と呟いた。

 

 ――それ以来、和音は「自分の音」を信じられなくなった。

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