仮面ライダーソニック   作:山都撫子

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第3楽章 [LORD METAL]

 翌日もSNSは騒がしかった。

 タイムラインを開けば、スクロールしてもしても仮面ライダーソニックの映像ばかり。街で撮影された粗い動画が何十万回と再生され、編集者が勝手に切り取った“名場面集”や“考察動画”までもが出回っていた。

 

『この戦い、マジで鳥肌』

 

『この戦いの中で流れてる曲、やっぱKAZUNE:OXじゃね?』

 

『これ本人確定だろ、てかAudexが放っておくわけない』

 

 誰もが勝手な憶測を飛ばし、熱狂は冷める気配がなかった。

 和音はスマホを握りしめ、布団の上に倒れ込む。

 

「……ほんと、やめてくれよ」

 

 逃げ出したくても現実は待ってくれない。その日の昼過ぎ、SNSを更に騒がせるニュースが突然舞い込んだ。

 

『世界最大の音楽レーベルAudex、覆面クリエイター“KAZUNE:OX”との正式契約を発表』

 

 その速報がテレビでもネットでも同時に流れた瞬間、SNSのタイムラインは爆発した。

 

『は!? KAZUNE:OX、Audex所属とか強すぎ』

 

『世界デビュー不可避』

 

『いや待て、やっぱ仮面ライダー=KAZUNE:OX説、これでガチだろ』

 

 和音は頭を抱える。契約なんてしたが、ここまで大ごとにするとは聞いていなかった。だが、Audexがそう公表してしまえば事実として扱われてしまう。否定すればするほど注目されるだけだ。

 

 そのとき、机の上のスマホが震えた。

 表示された名前は「海瀬弦二」。和音の背筋に冷たいものが走る。

 

「……はい、音乃瀬です」

 

 受話口から低く響く声が落ちてきた。

 

『おはようございます、海瀬です。

 音乃瀬さん。すぐにオフィスまで来て頂けませんか?』

 

「……それって強制ですか?

 美羽の楽曲は俺が作るとは言いましたが、別の業務はしたくないんですが…」

 

『申し訳ございませんが、詳しくはここでお話する事が出来ません。

 13時、お待ちしております』

 

 一方的に通話は切れた。和音は深いため息をつくと、結局渋々身支度を整えて家を出た。

 

 向かったのは、先日と同じAudex本社の高層ビル。

 案内された会議室のドアを開けると、すでに鳴子がテーブルの中央に座っていた。背筋を伸ばし、優雅にカップへ口をつけている。隣には海瀬が立ち、此方に気付くと軽く会釈をする。

 

「よく来てくれたわ、音乃瀬君」

 

 鳴子は微笑むと、手元のタブレットをスワイプし、画面を和音へと向けた。そこには国内外の音楽ニュース記事がずらりと並んでいる。見出しにはどれも「Audex×KAZUNE:OX」という文字が踊っていた。

 

「……どういうことですか。

 ここまで大々的にするとは話してないんですが」

 

「アナタの都合だけで動けるのは子供の我儘過ぎるわ。

 君は音楽の才能とノイズと戦える手段を持っている以上、此方の土俵でキチンと働いて貰わないと」

 

「勝手すぎる……!」

 

 和音が声を荒げると、鳴子が冷ややかに告げる。

 

「安心してください。自分たちはアナタを縛るつもりなどないわ。

 ただ――アナタの音楽を、Audexという舞台で最大限に響かせたい。それだけです」

 

 その声音は甘美で、しかし逃げ道を許さぬ圧力を孕んでいた。

 

「そこで提案です。……いえ、依頼と申し上げた方が正しいでしょうね」

 

 鳴子は指先でテーブルを軽く叩いた。弦二が即座に資料を差し出す。

 表紙には一人の男性アーティストの写真。鋭い目つきと力強いポージングが印象的だ。

 

「Audex所属アーティスト――城ケ崎シド。彼の次の新曲を、あなたに提供していただきたい」

 

「は?」

 

「彼はダンスミュージックを基盤にしたシンガーでして、既に国内外で大きな注目を浴びています。ですが次の作品には、より革新的なサウンドが求められている。そこで“KAZUNE:OX”の音が必要になる、というわけです」

 

 和音は頭を抱えた。

 いきなりトップアーティストに曲を提供しろと言われても、心の準備などできているはずもない。

 

「待ってください……俺はまだ――」

 

「迷う必要はありません」

 

 鳴子の瞳が射抜くように輝く。

 

「アナタの音楽は既に世界の耳に届いている。アナタなら出来る筈よ」

 

 静寂。和音の喉が鳴った。否応なく、巨大な舞台へ引きずり出されようとしている。

 鳴子の微笑は、契約書よりも重い拘束力を持っていた。

 

 Audex本社の地下フロア。重厚な防音扉を抜けると、そこには広大なスタジオが広がっていた。

 

 リハーサル用の鏡張りの壁。最新鋭の音響機材。そして、空気そのものに熱気を宿すような照明。まるでライブ会場をそのまま凝縮したような空間だった。

 

 和音は息を呑み、中央に立つ人物を見据えた。黒のジャケットを纏い、銀髪を無造作に後ろへ撫でつけた青年。立っているだけで空間を支配するような存在感。彼こそが、今回和音が楽曲提供を任される相手――城ケ崎シドだった。

 

 和音は深呼吸を一つしてから、歩み寄る。

 

「……はじめまして。音乃瀬和音です。よろしく」

 

 差し出した右手は、誠意と緊張が入り混じって微かに震えていた。

 だがシドはその手を一瞥しただけで、乾いた笑みを浮かべると――。

 

「チッ」

 

 その手を、軽く、だが明確に弾いた。

 和音の指先に残るのは虚しさと冷たさだけ。

 

「言っとくが」

 

 シドの声は鋭く、リハーサル室の空気を切り裂いた。

 

「俺は適当な楽曲じゃ歌わない。

 俺の音楽は、俺の身体を通して初めて完成する。

 だから、他人の押し付けなんざ要らないんだよ」

 

 その言葉が、和音の胸を深く刺した。

 

 “他人の押し付け”――。父の顔が頭をよぎる。

 幼い頃から天才と呼ばれた父の影に押し込められ、自分の音楽を「出来損ない」と嘲笑された日々。トラウマとなった記憶が蘇り、息が詰まる。

 

「……俺は押し付けるつもりなんて……」

 

 そう言いかけて、和音は言葉を飲み込んだ。

 ただ証明するしかない。自分の音を。

 

 ポケットからスマホを取り出し、未発表のデモ音源を再生する。

 軽快なビートと伸びやかな旋律がスタジオに響いた。徹夜で磨き上げた曲。

 シドのダンススタイルを意識しながらも、和音の叫びを込めた一曲。

 

 数秒、沈黙が続く。

 やがて、シドの口から小さな音が漏れた。

 

「……チッ」

 

 舌打ち。

 期待は一瞬で崩れ去る。

 

 シドは鋭い動きで和音に歩み寄り、胸ぐらを乱暴に掴んだ。

 

「――なめてんのか?」

 

 目は剣呑に光り、怒気が全身から噴き出していた。

 

「こんなもんで俺を動かせると思ったのか?俺をステージに立たせられると思ったのか!?

 遊び半分で作った音を、俺に渡すんじゃねぇ

 ネットでは散々崇められてるか知らねぇけどな、お前の作る音に何も感じねぇんだよ!!」

 

「っ……!」

 

 和音は抵抗もできず、ただその怒気を浴びるしかなかった。

 

 シドは手を放し、苛立ちを物にぶつけた。

 机を蹴り飛ばし、近くのスピーカーを叩きつける。硬質な音がリハーサル室に反響し、スタッフたちの顔色が青ざめる。

 

「こっちは命かけて歌とダンスを届けてんだ。

 これがお前の本気なら、お前の音に価値はない(・・・・・・・・・・)

 

 叫び声を残し、シドは荒々しくドアを開け放って出ていった。閉じた扉が大きな音を立て、静寂が訪れる。

 

 残された和音の耳には、まだ自分の曲の残響が虚しく漂っていた。

 その旋律が、まるで過去の嘲笑と重なって聞こえる。

 

 ――お前の音は価値がない。

 ――父親の真似事にすぎない。

 ――誰もお前の曲なんて聴かない。

 

 幻聴のように、過去の声が押し寄せる。

 和音は耐えきれず、その場に膝をついた。

 

 握りしめた拳が震える。悔しさか、恐怖か、それとも無力感か。

 音楽を信じようとした矢先、またも拒絶された現実。

 胸の奥で、何かが崩れ落ちていった。

 

 

 暗い地下室。かすかなジャズの旋律が空気に絡みつくように流れ、そこに七つの影が蠢いていた。中央で指先をスナップさせるのは、黒い帽子を傾けた マスター・ジャズ。その余裕めいた仕草に、しかし鋭い声が突き刺さった。

 

「二度もしくじるなんて、らしくないわね」

 

 妖艶な笑みを浮かべた深紅のドレスに身を包んだ麗人、レディ・オペラが、長い指先で仮面をなぞる。横で光るコードの束を操っていたネオン系の服を纏った青年、カオス・テクノも、無機質な声を投げる。

 

「統計的に、連続の失敗は信頼度を低下させる。おじさんの手腕、見直す必要があるんじゃない?」

 

 静寂が落ちた。

 その空気を裂くように、低い咆哮が響く。

 

「ふざけるなッ……!」

 

 声の主は、全身を鋼で覆ったような偉丈夫――ロード・メタル。

 その双眸が怒りに燃え、ギター斧を床に叩きつけると、石片が飛び散った。

 

「音は共鳴し更なる音が広がる。それを邪魔する聖音が気に食わねぇ…」

 

 そう吐き捨て、ロード・メタルは振り返る。

 

 無言で見送る2つの黒い影。

 彼らはただ肩を揺らし、乾いた笑みを浮かべるのみだった。

 

 ――その頃。

 

 繁華街の片隅。路地に置かれた古びたアンプとギター。その前で歌う青年がいた。名は 家入ソラ。伸びやかな声は行き交う人々の足を止めるが、チップボックスに投げ込まれる硬貨はまばらだ。

 

「……ありがとな」

 

 汗をぬぐいながら、ソラは一礼する。

 終電近くまで演奏を続けた後、片付けたギターケースにはコンビニ弁当が数回分ほどの小銭しか入っていない。

帰り道、ビルの大型モニターが視界に飛び込んだ。そこには、スポットライトを浴びながら踊る一人の男の姿。

 

 城ケ崎シド――いまやAudexを代表するダンスシンガー。

 

 その映像が流れるたび、ソラの胸がざわめく。

 

「……なんで、あいつだけ」

 

 かつては同じ舞台を夢見ていた。オーディションで何度も肩を並べ、夜明けまで語り合ったこともあった。だが結果は残酷だった。Audexはシドを選び、ソラを切り捨てた。その日を境に、運命は大きく分かれた。

 

 シドは華やかなステージで喝采を浴び、ソラはバイトに追われ、夜だけ路上に立つ。

 

 ――理不尽な差は、積もり積もって胸の奥に黒い澱を作り上げていた。

 

「羨ましいか?」

 

 突然、背後から声がした。

 低く、重い声。振り向いた瞬間、ソラの全身に寒気が走る。そこに立っていたのは、シルバーのアクセサリーをたくさん身に着けた偉丈夫――ロード・メタル。

 

「お前の叫び、俺には届いている。

 アイツを恨んでいるんだろう?

 俺と同じく、踏み台にされた同士よ」

 

 ソラの瞳が揺れる。

 ロード・メタルは黒いディスクを取り出した。中心に禍々しい波形が刻まれた ノイズディスク。

 

「これを使えば、全てを壊せる。

 シドも、Audexも、偽りの拍手も。

 お前の音は、力に変わる」

 

 ソラは震える手でディスクを見つめた。

 頭をよぎるのは、バイト先での冷たい視線、両親の失望した顔、

 そして何より――眩しすぎるステージに立つシドの笑顔。

 

「……俺だって、本当は……!」

 

 唇を噛みしめ、拳を震わせる。

 

「俺だって、デビューして……輝きたかった……!」

 

 葛藤の末、ソラはノイズディスクを回した。

 瞬間、黒い邪音が渦を巻き、身体を包み込む。

 

「ぐ……ああああああああッッ!!!」

 

 路上に響く絶叫。鉄が軋むような音とともに、ソラの身体は変貌を遂げていく。ギターは巨大な戦斧へと変質し、声は咆哮に変わった。

 

 ――こうして、一人の青年は怪物へと堕ちた。

 

「俺は……俺こそが……本当のステージに立つ人間だ!!!」

 

 咆哮が夜を裂き、街灯を震わせた。

 七重騒の影が遠くからそれを見下ろし、静かに笑う。

 

「さぁ、舞台は整った。主役を登場させようじゃないか」

 

 ロード・メタルの言葉に、闇はさらに深く震えた。

 

 

 夜の街は、ビルのネオンに照らされてまだ賑やかだった。だが、裏通りを歩くシドの足取りは重い。ライブリハーサルを終えたばかりのはずなのに、顔には笑みひとつない。

 

 オーディションの時からずっと抱えてきたもの

 ――自分にしか歌えない音楽を証明するための闘い。

 

 だが、楽曲提供者として現れた和音との衝突は、胸の奥を苛立ちで満たしていた。

 

「俺の音楽は俺の身体を通して初めて完成する」

 

 自分が放った言葉が、頭の中で何度も反芻される。

 それは誇りでもあり、同時に鎖でもあった。

 

 そのとき、不意に道端の暗がりから声が響いた。

 

「……シド」

 

 立ち止まった視線の先には、ギターケースを抱えた青年がいた。

 乱れた髪、疲れ切った顔。それでも目の奥は獰猛に燃えている。

 ――家入ソラ。かつて、共に夢を追った仲間。

 

「よう……久しぶりだな」

 

 ソラの声は掠れていた。

 

「俺はまだここにいる。路上で歌って、食うのもやっとだ。

 でもお前は……でかい舞台で、拍手を浴びてる」

 

 シドはわずかに眉をひそめたが、何も返さず歩き出した。

 

「……」

 

「無視かよ!」

 

 ソラの怒声が響く。

 

「俺だって、お前と同じステージを夢見てたんだ! なんで、なんで俺だけ――」

 

 胸の奥で溜めていた澱が一気に吹き出すように、ソラはギターケースを地面に叩きつけた。そして震える手で取り出したのは、あの漆黒のディスク。

 

「俺の叫び、誰にも届かねぇなら……壊してやる!」

 

 黒い音が炸裂した。ディスクを耳に押し当てた瞬間、邪音がソラの全身を覆い尽くす。絶叫と共に、肉体は変貌し――鋼の鎧を纏った怪物、メタルノイズへと姿を変えた。

 

「う、うわぁぁっ!?」

 

 突然の変貌に、シドは後ずさる。周囲の人々も恐怖に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 

「シドォォォッ!!」

 

 咆哮が夜を揺るがし、メタルノイズの巨腕が振り下ろされる。寸前でかわしたシドは、背後の街路樹をなぎ倒される光景に唖然とする。

 

「……ソラ、なのか……?」

 

 同じ頃。和音は自室に座り込み、楽譜を見つめていた。頭の中にこびりつく言葉がある。

 

――「お前の作る音に何も感じねぇんだよ!!」

――「お前の音に価値はない(・・・・・・・・・・)

 

 シドに言われた言葉。それは、父親に突き放された日の記憶と重なっていた。

 

「……俺の音楽は、やっぱり……」

 指先が震え、ペンが紙を汚す。

 

 そのとき、スマートフォンがけたたましく鳴った。ディスプレイに浮かぶのは、海瀬の名。

 

『音乃瀬さん!緊急事態です。街でノイズの出現が確認されました!』

 

「ノイズ……?」

 

『ターゲットは城ケ崎さんです! 君しか対抗できません!』

 

 息を呑む。

 シド。

 あの言葉がまだ胸を抉っている相手。

 だが、放っておけば彼は――。

 

 和音は震える手でソニックドライバーを掴み、夜の街へ駆け出した。

 

 

 現場は混乱の渦中にあった。道路は破壊され、車が横転し、メタルノイズが咆哮を上げる。シドは必死に避けているが、限界は近い。

 

「やめろ、ソラ! こんなの、お前じゃない!」

 

「俺は……俺こそが本物だァァァ!」

 

 振り下ろされる斧。

 その一撃がシドを捉えようとした瞬間、割って入る影があった。

 

「くッ!…」

 

 ソニックの声と共に、火花が散る。

 ソニックドライバーの光が闇を裂き、仮面ライダーソニックが立ちはだかった。

 

「仮面…ライダー…!」

 

 驚愕するシドの視線を受けながら、ソニックは拳を握る。

 ――けれど。

 心のどこかで、先ほどのシドの言葉が蘇っていた。

 

お前の音に価値はない(・・・・・・・・・・)

 

 その声が、戦意を鈍らせる。

 拳を振るう腕に迷いが生じ、攻撃は浅くなる。

 

「……ッ」

 

 メタルノイズの咆哮が響く。

 鋼鉄の巨腕がソニックを吹き飛ばし、地面に叩きつける。

 

「ぐっ……!」

 

 立ち上がろうとするが、視界が揺れる。

 目の前ではシドがなおも狙われている。

 それでも、心の奥で恐怖にも似た迷いがソニックを縛っていた。

 

「俺は……戦えるのか……?

 今の音楽に価値のない俺が、ノイズを倒すことが……出来るのか……?」

 

 揺らぐ決意を抱えたまま、ソニックは再び立ち上がろうとする。

 しかし、シドと父親や同級生から投げられた言葉がその力を奪っていく。

 

「……っ!」

 

 メタルノイズの鉄拳が炸裂した。受け止めるどころか、まともに喰らった衝撃でソニックの身体がアスファルトを転がる。背中の装甲が火花を散らし、地面を抉った。

 

「邪魔をするなぁァァァァ!」

 

 獣じみた咆哮が夜を裂く。メタルノイズの斧が唸りを上げ、ソニックの防御を切り裂くように叩き込まれた。

 

「ぐっ……ああああっ!」

 

 痛みに耐える声も虚しく、再び吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。崩れ落ちる体。

 

 一方的だった。

 戦場に立つ仮面ライダーは、もはや「守る者」の姿ではなく、追い詰められる獲物のようにしか見えなかった。

 

「和音っ!」

 

 その光景を見て、駆けつけた美羽は思わず叫んだ。瓦礫を飛び越えて近づいた彼女の目に映るのは、血相を変えて暴れ狂う怪物と、圧倒される仮面ライダー。

 ――いや、和音。

 

 彼が、どうしてここまで一方的にやられているのか。強大な敵とはいえ、彼の音楽と心の力は簡単に折れるものではないはずだ。

 

 美羽はふと横に視線を動かし、そこに立ちすくむシドの姿に気づいた。

 和音が楽曲提供をすると言っていた相手。そして、和音の表情が曇る原因に関わる人物。

 

 ――何かあった。

 

 その確信に背中を押され、美羽はシドの腕を掴んだ。

 

「シドさん! どうして……どうして彼があんなに弱ってるんですか!?

 あなた、和音と……音乃瀬和音と何を話したんですか!」

 

 シドは急に現れた美羽に言葉を失った。

 だが、美羽の真剣な問い詰めにゆっくりと口を開いた。

 

「……音乃瀬に『お前の音に価値はない(・・・・・・・・・・)』って」

 

 美羽の心臓が大きく跳ねた。

 ――それは、和音の中で最も触れてはいけない部分を抉る言葉。

 

 父親に認められなかった過去。同級生から「出来損ない」と言われた日々。

 あのトラウマが、シドの何気ない言葉で呼び起こされているのだ。

 

「……だから、戦えなくなったの?」

 

 呟いた美羽の声は震えていた。

 

 気づけば彼女の手はシドの頬に振り抜かれていた。

 乾いた音が、戦場に響く。

 

 呆然とするシド。

 涙に濡れた瞳で、美羽は叫んだ。

 

「わかってます!?

 今戦ってる仮面ライダーは和音なんです!

 あなたの言葉が、彼の希望を絶望に変えてしまったんです!」

 

 シドの瞳が大きく見開かれる。

 その一言で、彼の胸に重く突き刺さった。

 

「あの噂………本当だったのか」

 

「和音は……和音は、誰かのために音を…希望を届けようとしたんです!

 でも、あなたの言葉で彼は…また心を閉ざしてしまう…!」

 

 美羽の声は、涙混じりの怒りと祈りそのものだった。彼女の視線の先では、ソニックがなおも立ち上がろうとし、メタルノイズが追撃の斧を振り上げる。

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