――閃光。
紅と蒼、二つの極光が夜の広場を真一文字に切り裂いた。
《
《
重低音の衝撃と高音域の奔流が、空気を振動させる。拳と脚が激突した瞬間、光の爆ぜる轟音が鼓膜を叩き、衝突点から放たれた衝撃波が同心円状に広がった。周囲のガラス壁がびりびりと震え、街灯が明滅する。夜の広場が一瞬、昼のように白く染まった。
弾かれたのは同時だった。
ソニックとビートは互いに後方へ吹き飛び、硬質な石畳を削りながら滑走する。火花が尾を引き、やがて両者は距離を保ったまま静止した。
「……っ、はぁ……」
ソニックは荒い呼吸を押し殺し、正面に立つもう一人の仮面ライダー――ビートを睨み据える。蒼い複眼の奥で、怒りと焦燥が交錯していた。
ビートは微動だにしない。黒と紅の装甲は夜に溶け込むように静まり、ただ胸部の波形ラインだけが淡く脈打っている。
「……自分が何をしたか、分かっているのか?」
低く、平坦な声音。叱責でも激情でもない。ただ事実を確認するような冷たい響き。
「分かってる……! けど、このままじゃ彼女は――光上さんは、一生あのままだ!」
叫びに近い声が広場に反響する。
ビートはわずかに視線を落とし、腰部のフェーダーへ手を添えた。ゆっくりと押し上げる。
《
瞬間、彼の全身から発せられる拍動が加速する。装甲の隙間を走る赤いラインが鋭く明滅し、地面に伝わる振動が一段階強まった。
「甘いな」
短い断言。
「よくここまで戦ってきたものだ。……感心はする」
次の言葉は、刃のように冷たかった。
「だが、邪音に支配された者は、いずれ完全に蝕まれる。
ならば――終わらせてやる方が慈悲だ」
慈悲。その言葉に、ソニックの胸が強く脈打つ。
「楽にさせる、だと……?」
「ノイズは人を襲う。躊躇は被害を増やすだけだ。救う価値はない」
「ふざけるな!」
地を蹴る。ソニックの装甲から紅い粒子が弾け、一直線にビートへ迫る。
「彼女はまだ戻れる! あれは……心が歪んだだけだ!」
だが、視界からビートが消えた。
残像。
次の瞬間、側面から鋭い蹴撃が迫る。辛うじて腕で受け止めるが、衝撃が骨を軋ませる。反撃の拳を繰り出すも、空を切る。
「幻想だ」
背後から声。
振り向いた瞬間、腹部に重い一撃が叩き込まれる。石畳に叩きつけられ、砕けた破片が舞い上がる。
「お前の理想は、犠牲の上に成り立つ」
「……違う!」
立ち上がる。痛みを押し殺し、紅い光を纏い直す。
「俺は……目の前の人を見捨てないだけだ!」
再び激突。拳と拳、脚と脚が交差し、火花が夜空へ散る。紅と蒼の軌跡が幾重にも描かれ、まるで二つの旋律が衝突しているかのようだった。
信念と信念のぶつかり合い。
互いに一歩も引かない。だが――
その隙を、別の“音”が満たし始める。
「……私は……」
震える声。
二人の動きがわずかに止まる。
広場中央。ネオンの残滓の中に立つ、歪んだシルエット。
「……誰にも……必要とされてない……」
ポップノイズ。
その身体を覆う邪音が、膨張していた。装甲のようにまとわりつく蛍光色の波形が脈動し、空気を歪ませる。周囲のスピーカーが勝手に鳴り始め、割れた電子音が無秩序に重なり合う。
キィィィン――という高周波が広場を支配する。
足元の石畳が震え、ビルの窓ガラスが悲鳴を上げる。
「私は……作られた歌姫……編集された声だけが、価値なんだ……」
虚ろな瞳が、二人を映すことなく揺れている。
ビートが低く呟く。
「ほら見ろ。もう手遅れだ」
ソニックは拳を握り締めた。胸の奥で、何かが確かに鳴っている。
――まだだ。
まだ、終わっていない。
だがその時、ポップノイズの背後で邪音が爆ぜるように膨れ上がった。歪んだ旋律が一気に音圧を増し、広場全体を飲み込んでいく。
紅と蒼の対立を嘲笑うかのように。
夜は、さらに深い不協和音へと沈み始めていた。
ポップノイズの足元から噴き上がる蛍光色の波形が、まるで液体のように広場を這い回った。砕けた石畳の隙間を縫い、街灯を駆け上がり、ビル壁面の大型モニターへと侵食していく。
――ノイズが、空間そのものを“再編集”していく。
「くるぞ!」
ビートが叫ぶより早く、衝撃波が弾けた。
不可視の音圧が爆ぜ、二人のライダーをまとめて吹き飛ばす。空気が壁のように硬質化し、全身を叩きつける。ソニックは地面に片膝をつき、必死に踏みとどまった。
鼓膜の奥でキィィィンという残響が鳴り止まない。
「……っ、なんだ、この音圧は……!」
ビートが舌打ちする。
「ノイズには数段階の変化がある。
負の感情と邪音がさらなる共鳴をすると、第二段階のノイズ・リミックスになる」
ポップノイズの背部が裂けるように展開した。そこから現れたのは、巨大なスピーカー状の翼。ネオンピンクとエメラルドグリーンの光が交錯し、歪んだハートマークの波形が空中に浮かび上がる。
身体を覆っていた邪音が再構築される。
フリルと鎖を組み合わせたような装甲。マイクスタンドを思わせる長槍。過剰に飾られたアイドル衣装の意匠。
そして、裂けるような電子音。
広場のモニターが一斉に点灯する。
映し出されるのは、完璧に加工された“陽向ひかり”の映像。眩い笑顔、澄んだ歌声、計算され尽くした振付。
その映像にノイズが走る。
画面が乱れ、加工前の震える声が重なる。
「違う……違う……私じゃない……」
ポップノイズ・リミックスが槍を振り上げた。
空間が歪む。
次の瞬間、音が“遅れて”爆発した。
見えない衝撃が時間差で襲いかかる。ソニックの足元が爆ぜ、吹き飛ばされる。続いてビートの背後で爆音。二人の動きを読むかのように、爆発が連鎖する。
「くそ……!」
ビートがフェーダーを下げる。
《
BPMを下げるのは、ただ一撃を重くするためだけではない。自身の物理的な防御力も引き上げられる。拍動が低く、重く変化する。装甲が厚みを増し、衝撃を受け止める防御形態へと移行する。
ポップノイズ・リミックスは高く笑った。いや、それは笑いではない。泣き声と混じった絶叫だ。
「完璧じゃなきゃ、意味がないの……! みんなが好きなのは、作られた私だけ……!」
その叫びに合わせ、観客のざわめきが拡声される。
“かわいい”“最高”“神”“でも生歌はどうなの?”
肯定と疑念が混ざり合い、邪音がさらに膨張する。
ソニックは立ち上がる。
砕けた石畳の破片が、装甲の縁からぱらりと落ちた。胸部の波形メーターは不安定に明滅し、強い光がかすかに乱れている。だが、その複眼は曇らない。真正面――ポップノイズ・リミックスを射抜いていた。
夜の広場は、歪んだライブ会場のように変貌している。ビル壁面の巨大モニターには、完璧に加工された“陽向ひかり”の笑顔が映し出され、その横を走るノイズが現実との境界を曖昧にしていた。空気は重く、耳鳴りのような高周波が絶えず鼓膜を震わせる。
「私は……いらない……」
ポップノイズの声は、拡声された電子音と生身の震えが混ざり合った、不安定な響きだった。背部のスピーカーの翼が唸り、ネオン色の波形が脈打つ。
ソニックは一歩、踏み出す。
石畳が軋む音が、やけに大きく響いた。
「誰が、そんなこと決めた」
叫ばない。叱責もしない。ただ、問いかける。
ポップノイズの槍が持ち上がる。だが、その動作は先ほどよりもわずかに遅い。音圧の展開も弱く、空間の歪みが揺らいでいる。
「みんな……完璧な私が好きなんだよ……」
モニターの映像が一瞬クリアになる。完璧な歌声。完璧な笑顔。だが、その背後に小さな震えが重なった。
ソニックはさらに距離を詰める。
「“完璧”って何だ」
夜風が二人の間を抜ける。
「音を外さないことか? 笑顔を崩さないことか?」
ポップノイズの装甲に走るネオンの輝きが、わずかに減衰する。
「震えたっていい。声が裏返ったっていい」
拳を握り締める。
「それでも歌いたいって思った瞬間が、本物なんじゃないのか」
その言葉が、広場の空気を震わせた。
遠くで、美羽が声を振り絞る。
瓦礫の影に膝をつき、両手を口元に添えて、震える喉から必死に言葉を押し出していた。恐怖で身体は強張っている。それでも目だけは逸らさない。ステージの上で輝いていた“先輩”を、ずっと追いかけてきた少女の、譲れない光がそこにあった。
「私は……先輩の、生の声が好きです!!」
張り裂けるような叫び。
拡声器もマイクも通さない、ただの肉声。それは歪んだ音圧の嵐の中でかき消されそうになりながらも、確かに空気を震わせた。
その一瞬。ポップノイズの動きが止まる。
背部スピーカーの発光が、わずかに鈍る。ネオンピンクの波形が乱れ、音圧の振幅が下がった。
「……え……」
漏れた声は、電子ノイズに包まれながらも、確かに“レミ”のものだった。
ソニックは、その変化を見逃さない。
胸部の波形がわずかに安定する。微弱だが、共鳴が生まれている。
「聞こえただろ」
低く、しかしはっきりと告げる。
「完璧な歌姫じゃなくていいって言ってる」
一歩、踏み出す。
だがその瞬間、足元が爆ぜた。
遅延した衝撃波が時間差で炸裂し、ソニックの身体を横から弾き飛ばす。空中で体勢を立て直し、着地するが、膝が石畳を削る。
痛みが走る。
それでも立ち上がる。
ポップノイズの装甲は、明らかに揺らいでいる。装甲の隙間から黒紫の邪音が滲み出し、亀裂と再構築を繰り返している。
「だめ……そんなの……」
レミの声が混じる。
「生の声なんて……失敗したら終わり……嫌われたら、全部終わり……」
ソニックの胸が締め付けられる。
恐怖だ。拒絶への恐怖。
自分も知っている感情。
「……終わらない」
ゆっくりと言葉を重ねる。
「一度外したくらいで、全部終わるなら」
拳を握る。
「誰も、最初から歌えない」
ポップノイズが槍を振るう。高周波の刃が空気を裂く。ソニックは横に跳び、回避しながら距離を詰める。だが、拳の衝撃が倍加して返る。
装甲に亀裂が走る。
衝撃が内部まで響く。
――痛い。
だが、その痛みが、目を逸らさせない。
「怖いのは……本気だからだろ」
言葉と共に、再び踏み込む。
「どうでもいいなら、震えない」
拳を打ち込む。
今度は反響を計算して角度を変える。衝撃が横に逸れ、装甲の亀裂がさらに広がる。
ポップノイズの身体が揺れる。
「私は……怖い……!」
叫び。
その瞬間、黒紫の邪音が一気に噴き上がった。
まるでレミの感情を押し潰すように。
「甘えるな」
低い、不協和音。スピーカーが強制的に最大展開し、ネオン光が毒々しく再点灯する。出力計が急上昇し、空間の歪みが再び増幅する。
爆音。
音圧の津波が襲いかかる。
ソニックは両腕で防御するが、足元が滑り、地面を削りながら後退する。
呼吸が荒れる。
胸部波形が乱れ、視界がノイズに侵食される。
――届いているのに。
あと少しなのに。
邪音が、感情の揺らぎを無理やり押さえ込み、暴走を維持している。
ビートは、その様子を冷静に観測していた。
紅い複眼の内部にデータが走る。レミの心が揺らいだ瞬間、数値は確実に下がった。だがその直後、黒紫の邪音が強制的に補正をかけ、急激にブーストさせている。
このまま放置すれば、外部への被害だけでは済まない。邪音が暴走臨界を超えれば、宿主の精神と肉体が耐えきれない可能性が高い。ビートの拳が、わずかに強く握られる。
合理的判断は単純だ。
――今、最大出力で叩き潰せば終わる。
だが。
紅い複眼の先で、ソニックが立ち上がる。
装甲は傷つき、波形は乱れている。それでも退かない。
ポップノイズへ、言葉を投げ続けている。
「……馬鹿が」
吐き捨てるように呟くが、その声に完全な否定はない。
理想論。
非効率。
だが、今この瞬間、理論上最も“内部へ届いている”のはソニックだ。
「……時間がない」
ビートは腰部デッキへ視線を落とす。
そこに格納された、黒地に蛍光ブルーの回路を走らせた一枚。
サイバーテクノディスク。
ビートのブーツが石畳を踏み締めた瞬間、ひび割れた地面がわずかに沈んだ。ポップノイズ・リミックスから放たれる音圧が、まるで目に見えない壁のように二人を押し返そうとする。
だが、ビートは一歩も退かない。
紅い装甲の表面を黒紫の火花が走る。リバーブの余波が装甲を叩き、甲高い反響音が響く。それでも、ビートは肩で衝撃を受け止め、強引に立ち位置を固定する。
ソニックは息を荒げながらも、視線を逸らさない。蒼い複眼の奥で、ポップノイズの揺らぐ姿が映っている。
「……何のつもりだ」
荒い呼吸の合間に、ソニックが問う。
ビートは応えず、腰部デッキから抜き出したディスクを静かに掲げる。
「理想を語るだけなら、誰にでもできる」
ビートの声は冷静だが、その奥には微かな苛立ちが混じる。
ポップノイズが再び絶叫し、音圧の波が押し寄せる。二人の装甲に衝撃が走り、ソニックが一歩よろめく。
その肩を、ビートが無言で支えた。
「だが、貫くには力が要る」
視線は前へ向けたまま、ディスクを横に差し出す。
ソニックは一瞬、その意味を理解できずにいた。
「だが今のあいつは、外から壊しても止まらない」
ポップノイズの出力が再び跳ね上がる。黒紫の波形が暴れ、装甲の亀裂を無理やり塞ぐ。
「内部へ届いているのは、お前の言葉だ」
その一言に、わずかな重みが宿る。
「なら最後までやれ」
ビートが、ディスクをソニックの掌へ押し付ける。金属と金属が触れ合う感触。低音が一瞬だけ強く鳴り、紅い装甲とディスクの回路が微かに共鳴する。
「分かった」
ソニックは深く息を吸い込み、変身のプロセスを再び踏む。
ディスクをスライドし、起動音が轟く。
《
ソニックドライバーに装填。腰に手を添え、逆手で振りぬき叫ぶ。
「ディスクチェンジ!」
《
ソニックの装甲に走る紅いラインが、ネオンブルーへと変化する。胸部のエンブレムが幾何学的に分解し、デジタル波形の紋様へ再構築される。全身のアーマーがスライドし、再装填されるように装着。
視界にホログラムが展開する。拍、BPM、周波数解析、邪音の構造パターン。すべてが数値化され、視認できる。
「これが……サイバーテクノ」
重低音が、地面を震わせた。
ブーツが地面に触れた瞬間、衝撃は爆発ではなく“ビート”として伝播する。規則正しい四つ打ちの振動。暴走したリズムを強制的に同期させる安定波。
ポップノイズが咆哮する。
それはもはや人の声ではなかった。
音程も抑揚も破壊された、歪んだ絶叫。だがその奥に、確かに“泣き声”が混ざっていることを、ソニック――和音は感じ取っていた。
空気が震える。
否、震えているのは空気ではない。空間そのものが、音に侵食されている。
ビリビリと鼓膜を刺す高周波。地面を這い、足首に絡みつく低音の唸り。中間音域が、まるで鋭利な刃のように横薙ぎに走る。
《WARNING:PHASE DISTORTION》
サイバーテクノフォームのバイザー内に、警告表示が次々と浮かぶ。波形は乱れ、拍は崩壊し、BPMは不規則に跳ね上がっている。
――これは攻撃パターンじゃない。
ソニックは即座に理解する。これは感情の暴走だ。ポップノイズの両腕が広がる。ネオン色の音波が円状に拡散し、無差別にすべてを押し潰す。
ソニックは踏み込む。
ドンッ。
足裏から放たれる四つ打ちの安定波が、円形に広がる邪音と衝突する。空間の中央で、二つの音がぶつかる。
バチィン!!
火花のような音響エフェクトが弾ける。
ポップノイズの身体が、わずかに揺らいだ。
「やめて……来ないで……!」
叫びと共に、彼女の背後に巨大なスピーカー状のユニットが出現する。そこから放たれたのは、断続的なビートの砲弾。
ダン! ダダン! ダン! ダンッ!!
不規則。意図的に“ズラされた”リズム。
サイバーテクノの安定波を崩すための、カウンターリズム。
「……読まれている?」
いや、違う。読んでいるのは自分だ。彼女の不安が、こちらの安定を拒絶している。
ソニックは高速移動を開始する。残像がネオンの軌跡を描き、ビート砲をかいくぐる。
だが、避けたはずの音が、背後から刺さる。
「ッ……!」
衝撃。音は物理を持たないはずだ。だがこれは違う。感情を帯びた邪音は、質量を持っている。
ソニックは吹き飛ばされ、ビル壁面に叩きつけられる。
衝撃と同時に、和音の脳裏へ、断片的なイメージが流れ込む。
――リハーサル室。
――外れた音。
――凍りついた空気。
――誰も何も言わない沈黙。
「……違う」
それは自分の記憶ではない。レミの心だ。
ポップノイズが再び咆哮する。
「私の声なんて、いらないんでしょ!?」
周囲のホログラムが、観客席の幻影へと変化する。無数の黒い影。顔のない視線。
「上手くないくせに」
「伝説? 笑わせないで」
「中身がバレたら終わりだ」
幻聴が重なり、空間が歪む。
和音の胸が締め付けられる。
――これが、彼女の見ている世界。
ポップノイズの攻撃は止まらない。高音の刃が縦横無尽に走る。低音の圧力が地面を割る。
ソニックは両腕を交差する。
サイバーテクノの安定されたサウンドフィールドが展開される。
四つ打ちの規則的な振動が、一定間隔で空間を満たす。
ドン。
ドン。
ドン。
ドン。
鼓動。ポップノイズの攻撃が、一瞬だけ遅れる。
「……心拍数と、同期させてるのか」
ソニックは理解する。人は極度の不安状態に陥ると、呼吸と心拍が乱れる。リズムが崩れる。
ならば。安定を与えればいい。
ソニックは歩み寄る。攻撃ではなく、一歩ずつ。
だがポップノイズは拒絶する。
「やめて!!」
全方位へ拡散するノイズの爆発。ソニックのフィールドが軋む。
バイザー内に走るエラー表示。
《SYNC RATE 62% → 48%》
乱される。不安は、安定を拒む。
サイバーテクノフォームの足裏から放たれる四つ打ちの振動は、一定の間隔で地面を叩き続けているはずだった。だが、ポップノイズから溢れ出す邪音は、その規則性そのものを否定するかのように、わざと拍を外し、わざとテンポを揺らし、わざと“ズラす”。
規則と不規則が、空間の中央で噛み合わない歯車のように火花を散らしていた。
「……怖いんだな」
和音の声は、爆音の中でも不思議なほど静かだった。
「上手くなれない自分が。期待に応えられない自分が。バレてしまう自分が」
その言葉が届いたのか、ポップノイズの動きが、ほんの刹那だけ止まる。
それは戦闘の中で生まれた、奇跡のような空白だった。
和音は逃さない。
地面を強く蹴る。脚部ユニットが爆発的に駆動し、圧縮された低音が推進力へと変換される。アスファルトが陥没し、ネオンブルーの残光が一直線に走る。
高速接近。
ポップノイズの視界に、蒼い閃光が迫る。
拳を振るう。
だがそれは破壊のための拳ではない。
拳に込められているのは、一定間隔で刻まれた安定したビート。心臓の鼓動と同じ、四拍子。
ドンッ!!
衝突の瞬間、金属同士がぶつかる硬質な音ではなく、重低音が爆ぜる。衝撃は一点で弾けず、波紋のように円状へと広がっていく。音の干渉が可視化され、空間に幾何学的な紋様を描きながら押し広がる。
ポップノイズの胸部装甲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
そこから漏れ出すのは、禍々しい赤ではなく、柔らかな白い光だった。
「……いや……」
かすれた声。
邪音越しに混じる、人間の声。
レミの声。
「見ないで……」
次の瞬間、空間が歪む。
周囲に展開されていたホログラム観客席の幻影が、急激に解像度を上げる。ぼやけた影だったはずの観客たちに、具体的な顔が浮かび上がる。
最前列に、美羽。
腕を組み、何かを言いかけているが、声は出ない。
その隣に、和音自身の姿。
真剣な目で見つめているが、表情は読めない。
さらに奥には、無数のファン。
誰もが黙っている。
拍手も歓声もない。
ただ、沈黙。
その沈黙が、ポップノイズの装甲を震わせる。
「私は……伝説の歌姫じゃない……」
言葉と同時に、邪音が再び膨れ上がる。
胸部の亀裂が逆に広がり、そこから黒紫の波動が噴き出す。背後の空間がねじれ、巨大なアンプの塔が形成されていく。一本ではない。三本、五本、七本と増殖し、ビル群を凌駕する高さへと伸び上がる。
塔の内部を、濁った光が上昇していく。
エネルギーが収束されていくのが、視覚的にも理解できる。
最終波形。
暴走の頂点。
放たれれば、この一帯は更地になる。
ソニックはゆっくりと息を吸い込む。爆音の中で、あえて自分の呼吸を意識する。
「違う」
静かに言う。
「伝説だから、歌うんじゃない」
アンプ塔の頂点が開き、内部のエネルギーが白く凝縮されていく。空がひび割れるように波打ち、雲が円状に吹き飛ばされる。
「歌いたいから、歌ってるんだろ!」
その叫びと同時に、ベルトが咆哮する。
《
装甲のネオンラインが爆発的に輝き、表面を走る回路が三重に発光する。四つ打ちが加速する。
128。
132。
140。
150。
通常の人間の鼓動を遥かに超えるテンポ。それでも崩れない規則性。乱れない安定。
限界域。
脚部にあるスピーカーユニットが完全展開し、圧縮された低音が渦を巻く。
「止まるな……!」
アンプ塔が、ついに解き放つ。
巨大な邪音砲。
白く歪んだ光線は直径数十メートル。音という概念を超えた破壊の奔流。空気が焼け、空間が裂け、直線上のすべてが蒸発していく。
それに向かって、ソニックは跳躍する。
真正面から。
逃げない。
避けない。
激突。
衝撃の瞬間、世界から色が消える。視界が白に塗り潰され、鼓膜が破裂するかのような圧力が全身を叩く。ビルの窓ガラスが一斉に砕け、地面が同心円状に陥没する。
だが、ソニックは止まらない。
一歩。
邪音が装甲を削る。外装が焼け、火花が散る。
また一歩。
四つ打ちが地面を叩く。低音が邪音の波形を押し返す。
さらに一歩。
脚部から放たれる安定波が、光線の内部を均していく。乱れた波が整い始める。
ソニックは拳を握る。装甲の隙間から青い光が溢れていく。
「――はあああああッ!!」
伸び切った右脚が、ポップノイズの胸部コアへと叩き込まれる。
直撃。
轟音が夜を引き裂く。衝突点から白と蒼の閃光が弾け、衝撃波が同心円状に広がる。圧縮されていた邪音のエネルギーが暴発し、空間そのものがひび割れたように歪む。
ポップノイズの身体が仰け反る。
胸部からネオンブルーの波紋が走り、赤黒い装甲を侵食していく。
「……あ……」
その声は、怒号ではなかった。
戸惑い。
苦痛。
そして――。
視界の奥で、何かがほどける。
ずっと頭の中で鳴り続けていた罵声が、遠のいていく。
『下手だ』
『無理だ』
『期待外れだ』
否定の言葉が、砂のように崩れ落ちる。代わりに浮かび上がるのは、別の記憶。
ステージ袖で差し出されたタオル。「よかったよ」と笑った観客の声。初めて拍手をもらった日の震える指先。
(……違う)
心の奥で、小さな光が灯る。
(わたし、歌うのが……好きだった)
ソニックのキックが、さらに深く食い込む。
四拍子の鼓動が、内側から響く。
ドン。
ドン。
ドン。
そのリズムは攻撃ではない。
心臓の鼓動に似た、生きている証。
「……こわかっただけ……」
ポップノイズの仮面に走っていた亀裂が、一斉に光を放つ。
「嫌われるのが……終わるのが……」
赤黒い邪音が、青い波に溶けていく。
「でも……」
涙がこぼれる。怪人の眼孔からではない。その奥にいる少女の瞳から。
「もう一度、歌いたい……」
その瞬間、胸部コアが臨界を迎える。
閃光。
ポップノイズの身体が、内側から砕け散る。
腕が光の粒子となって四散し、脚が崩れ、胴体が波紋とともに弾ける。赤黒い装甲は霧のように分解され、夜空へと溶けていく。最後に残った仮面が、ぱきりと音を立てて割れた。
爆発。
だがそれは破壊の爆裂ではない。
解放の閃光。
青白い光が広場を包み込み、次の瞬間、すべてが静止する。
舞い落ちる光の粒子の中心で、ひとりの少女が力なく崩れ落ちた。
「……光上さん!」
ソニックが駆け出す。
だが、その前に赤い影が滑り込む。
ビートだ。
爆煙を切り裂き、瞬時に間合いへ侵入する。その動きに迷いはない。怪人の反応を警戒した、反射的な防御姿勢のまま、倒れゆく少女の身体を受け止める。
軽い。
怪人の質量は、どこにも残っていない。
ビートは片膝をつき、レミを静かに抱きかかえる。黒と紅の装甲に、彼女の淡い髪が触れる。
呼吸を確認する。
「……生きている」
短く告げる声は、先ほどまでの冷徹さをわずかに失っていた。
ソニックが歩み寄る。
夜の広場には、もう邪音はない。
ただ、静かな風と、救われた少女の微かな寝息だけが残っていた。
《
ソニックはサイバーテクノフォームからブレイブロックフォームへと再び形態を変化させると、ビートにサイバーテクノのライダーディスクを差し出した。
「……これ」
差し出されたディスク。
ビートは一瞬だけ視線を落とす。赤い複眼に、わずかな揺らぎが走る。
ビートはレミを片腕で支えたまま、もう一方の手でディスクを受け取る。
「……お前の戦いは、間違っていない」
ビートの声は低く、夜気に溶ける寸前でわずかに沈んだ。赤い複眼の奥で、胸部の波形ラインがゆっくりと明滅する。その光は先ほどまでの戦闘時の鋭さを失い、どこか落ち着きを取り戻している。
レミを抱えた腕の角度が、わずかに変わる。衝撃で乱れた呼吸を確かめるように、慎重に、確実に支え直す。その動作には迷いがない。
「だが」
わずかな間。赤い複眼が、再びソニックを捉える。
「お前の“考え”は認めない」
静かな断定。
ソニックの指先が、無意識に強張る。
「救いたいという感情を、戦闘の中心に置くな。それは力の制御を誤らせる。結果が良かっただけだ」
冷たい現実。
「甘さは邪音を増幅させる」
その言葉は先ほどよりも重く響いた。
「感情の揺らぎは波形を乱す。乱れた波形は、邪音と共鳴する」
ソニックは一歩踏み出す。
「待てよ……」
胸の奥に燻っていた疑問が、抑えきれずにこぼれる。
「俺、まだちゃんと知らないんだ。聖音って何なのか。邪音って何なのか」
ソニックの装甲越しに、自分の鼓動が響く。
「俺たちが使ってる力は、何が違う? どうしてそれが“正しい”って言い切れる?」
視線を逸らさずに、問いかける。
「教えてくれよ。ちゃんと知りたい」
広場に静寂が落ちる。ビートは数秒、動かない。
胸部の波形ラインがゆっくりと脈打つ。その赤い光が、石畳の亀裂を照らす。
答えるのかと思った、その瞬間。
視線が、わずかに外れた。
「……」
沈黙。
やがて、ビートはレミを抱え直す。
その仕草は、あまりにも自然だった。今優先すべきことは何かを、迷いなく選び取る動き。
「俺からは伝えられない」
それだけを告げる。
説明も、理論も、答えもない。
「理解したいなら、自分で」
冷たいのではない。
だが距離がある。
「待て、俺は――」
最後まで言葉が形になる前に、脚部ユニットが低く唸る。
次の瞬間、赤い閃光。石畳が弾け、衝撃波が広場を走る。ビートの姿は一瞬で加速し、ビル群の闇へと消えていく。
変身は解除されないまま。黒と紅の残光が、夜に溶ける。残されたのは、静寂。
ソニックは伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろす。
問いは、宙に浮いたままだ。
「……自分で掴め、か」
呟きは小さい。
だがその胸の奥で、疑問は消えない。
聖音とは何か。
邪音とは何か。
答えを持つ者は去った。
夜の広場に、紅い装甲だけが静かに立ち尽くしていた。
どうも、山都撫子です。
大変長らくお待たせいたしました。
また少しずつ投稿していけたらなと思います。
最近ソニックのストーリーが少々難航しておりましたが
大方第1クール位のストーリーがなんとなく
出来てきたので
今後、執筆が進むと思います。