仮面ライダーソニック   作:山都撫子

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第6楽章 [CYBER TECHNO vol.2]

――閃光。

 

 紅と蒼、二つの極光が夜の広場を真一文字に切り裂いた。

 

BEAT IMPACT(ビートインパクト)

 

SONIC BOOST(ソニックブースト)

 

 重低音の衝撃と高音域の奔流が、空気を振動させる。拳と脚が激突した瞬間、光の爆ぜる轟音が鼓膜を叩き、衝突点から放たれた衝撃波が同心円状に広がった。周囲のガラス壁がびりびりと震え、街灯が明滅する。夜の広場が一瞬、昼のように白く染まった。

 

 弾かれたのは同時だった。

 

 ソニックとビートは互いに後方へ吹き飛び、硬質な石畳を削りながら滑走する。火花が尾を引き、やがて両者は距離を保ったまま静止した。

 

「……っ、はぁ……」

 

 ソニックは荒い呼吸を押し殺し、正面に立つもう一人の仮面ライダー――ビートを睨み据える。蒼い複眼の奥で、怒りと焦燥が交錯していた。

 

 ビートは微動だにしない。黒と紅の装甲は夜に溶け込むように静まり、ただ胸部の波形ラインだけが淡く脈打っている。

 

「……自分が何をしたか、分かっているのか?」

 

 低く、平坦な声音。叱責でも激情でもない。ただ事実を確認するような冷たい響き。

 

「分かってる……! けど、このままじゃ彼女は――光上さんは、一生あのままだ!」

 

 叫びに近い声が広場に反響する。

 

 ビートはわずかに視線を落とし、腰部のフェーダーへ手を添えた。ゆっくりと押し上げる。

 

BEAT UP(ビートアップ) TEMPO 140(テンポ140)

 

 瞬間、彼の全身から発せられる拍動が加速する。装甲の隙間を走る赤いラインが鋭く明滅し、地面に伝わる振動が一段階強まった。

 

「甘いな」

 

 短い断言。

 

「よくここまで戦ってきたものだ。……感心はする」

 

 次の言葉は、刃のように冷たかった。

 

「だが、邪音に支配された者は、いずれ完全に蝕まれる。

 ならば――終わらせてやる方が慈悲だ」

 

 慈悲。その言葉に、ソニックの胸が強く脈打つ。

 

「楽にさせる、だと……?」

 

「ノイズは人を襲う。躊躇は被害を増やすだけだ。救う価値はない」

 

「ふざけるな!」

 

 地を蹴る。ソニックの装甲から紅い粒子が弾け、一直線にビートへ迫る。

 

「彼女はまだ戻れる! あれは……心が歪んだだけだ!」

 

 だが、視界からビートが消えた。

 

 残像。

 

 次の瞬間、側面から鋭い蹴撃が迫る。辛うじて腕で受け止めるが、衝撃が骨を軋ませる。反撃の拳を繰り出すも、空を切る。

 

「幻想だ」

 

 背後から声。

 

 振り向いた瞬間、腹部に重い一撃が叩き込まれる。石畳に叩きつけられ、砕けた破片が舞い上がる。

 

「お前の理想は、犠牲の上に成り立つ」

 

「……違う!」

 

 立ち上がる。痛みを押し殺し、紅い光を纏い直す。

 

「俺は……目の前の人を見捨てないだけだ!」

 

 再び激突。拳と拳、脚と脚が交差し、火花が夜空へ散る。紅と蒼の軌跡が幾重にも描かれ、まるで二つの旋律が衝突しているかのようだった。

 

 信念と信念のぶつかり合い。

 

 互いに一歩も引かない。だが――

 

 その隙を、別の“音”が満たし始める。

 

「……私は……」

 

 震える声。

 

 二人の動きがわずかに止まる。

 

 広場中央。ネオンの残滓の中に立つ、歪んだシルエット。

 

「……誰にも……必要とされてない……」

 

 ポップノイズ。

 

 その身体を覆う邪音が、膨張していた。装甲のようにまとわりつく蛍光色の波形が脈動し、空気を歪ませる。周囲のスピーカーが勝手に鳴り始め、割れた電子音が無秩序に重なり合う。

 

 キィィィン――という高周波が広場を支配する。

 

 足元の石畳が震え、ビルの窓ガラスが悲鳴を上げる。

 

「私は……作られた歌姫……編集された声だけが、価値なんだ……」

 

 虚ろな瞳が、二人を映すことなく揺れている。

 

 ビートが低く呟く。

 

「ほら見ろ。もう手遅れだ」

 

 ソニックは拳を握り締めた。胸の奥で、何かが確かに鳴っている。

 

 ――まだだ。

 

 まだ、終わっていない。

 

 だがその時、ポップノイズの背後で邪音が爆ぜるように膨れ上がった。歪んだ旋律が一気に音圧を増し、広場全体を飲み込んでいく。

 

 紅と蒼の対立を嘲笑うかのように。

 

 夜は、さらに深い不協和音へと沈み始めていた。

 

 ポップノイズの足元から噴き上がる蛍光色の波形が、まるで液体のように広場を這い回った。砕けた石畳の隙間を縫い、街灯を駆け上がり、ビル壁面の大型モニターへと侵食していく。

 

 ――ノイズが、空間そのものを“再編集”していく。

 

「くるぞ!」

 

 ビートが叫ぶより早く、衝撃波が弾けた。

 

 不可視の音圧が爆ぜ、二人のライダーをまとめて吹き飛ばす。空気が壁のように硬質化し、全身を叩きつける。ソニックは地面に片膝をつき、必死に踏みとどまった。

 

 鼓膜の奥でキィィィンという残響が鳴り止まない。

 

「……っ、なんだ、この音圧は……!」

 

 ビートが舌打ちする。

 

「ノイズには数段階の変化がある。

 負の感情と邪音がさらなる共鳴をすると、第二段階のノイズ・リミックスになる」

 

 ポップノイズの背部が裂けるように展開した。そこから現れたのは、巨大なスピーカー状の翼。ネオンピンクとエメラルドグリーンの光が交錯し、歪んだハートマークの波形が空中に浮かび上がる。

 

 身体を覆っていた邪音が再構築される。

 

 フリルと鎖を組み合わせたような装甲。マイクスタンドを思わせる長槍。過剰に飾られたアイドル衣装の意匠。

 

 そして、裂けるような電子音。

 

 広場のモニターが一斉に点灯する。

 

 映し出されるのは、完璧に加工された“陽向ひかり”の映像。眩い笑顔、澄んだ歌声、計算され尽くした振付。

 

 その映像にノイズが走る。

 

 画面が乱れ、加工前の震える声が重なる。

 

「違う……違う……私じゃない……」

 

 ポップノイズ・リミックスが槍を振り上げた。

 

 空間が歪む。

 

 次の瞬間、音が“遅れて”爆発した。

 

 見えない衝撃が時間差で襲いかかる。ソニックの足元が爆ぜ、吹き飛ばされる。続いてビートの背後で爆音。二人の動きを読むかのように、爆発が連鎖する。

 

「くそ……!」

 

 ビートがフェーダーを下げる。

 

BEAT DOWN(ビートダウン) TEMPO 90(テンポ90)

 

 BPMを下げるのは、ただ一撃を重くするためだけではない。自身の物理的な防御力も引き上げられる。拍動が低く、重く変化する。装甲が厚みを増し、衝撃を受け止める防御形態へと移行する。

 

 ポップノイズ・リミックスは高く笑った。いや、それは笑いではない。泣き声と混じった絶叫だ。

 

「完璧じゃなきゃ、意味がないの……! みんなが好きなのは、作られた私だけ……!」

 

 その叫びに合わせ、観客のざわめきが拡声される。

 

 “かわいい”“最高”“神”“でも生歌はどうなの?”

 

 肯定と疑念が混ざり合い、邪音がさらに膨張する。

 

 ソニックは立ち上がる。

 

  砕けた石畳の破片が、装甲の縁からぱらりと落ちた。胸部の波形メーターは不安定に明滅し、強い光がかすかに乱れている。だが、その複眼は曇らない。真正面――ポップノイズ・リミックスを射抜いていた。

 

 夜の広場は、歪んだライブ会場のように変貌している。ビル壁面の巨大モニターには、完璧に加工された“陽向ひかり”の笑顔が映し出され、その横を走るノイズが現実との境界を曖昧にしていた。空気は重く、耳鳴りのような高周波が絶えず鼓膜を震わせる。

 

「私は……いらない……」

 

 ポップノイズの声は、拡声された電子音と生身の震えが混ざり合った、不安定な響きだった。背部のスピーカーの翼が唸り、ネオン色の波形が脈打つ。

 

 ソニックは一歩、踏み出す。

 

 石畳が軋む音が、やけに大きく響いた。

 

「誰が、そんなこと決めた」

 

 叫ばない。叱責もしない。ただ、問いかける。

 

 ポップノイズの槍が持ち上がる。だが、その動作は先ほどよりもわずかに遅い。音圧の展開も弱く、空間の歪みが揺らいでいる。

 

「みんな……完璧な私が好きなんだよ……」

 

 モニターの映像が一瞬クリアになる。完璧な歌声。完璧な笑顔。だが、その背後に小さな震えが重なった。

 

 ソニックはさらに距離を詰める。

 

「“完璧”って何だ」

 

 夜風が二人の間を抜ける。

 

「音を外さないことか? 笑顔を崩さないことか?」

 

 ポップノイズの装甲に走るネオンの輝きが、わずかに減衰する。

 

「震えたっていい。声が裏返ったっていい」

 

 拳を握り締める。

 

「それでも歌いたいって思った瞬間が、本物なんじゃないのか」

 

 その言葉が、広場の空気を震わせた。

 

 遠くで、美羽が声を振り絞る。

 

 瓦礫の影に膝をつき、両手を口元に添えて、震える喉から必死に言葉を押し出していた。恐怖で身体は強張っている。それでも目だけは逸らさない。ステージの上で輝いていた“先輩”を、ずっと追いかけてきた少女の、譲れない光がそこにあった。

 

「私は……先輩の、生の声が好きです!!」

 

 張り裂けるような叫び。

 

 拡声器もマイクも通さない、ただの肉声。それは歪んだ音圧の嵐の中でかき消されそうになりながらも、確かに空気を震わせた。

 

 その一瞬。ポップノイズの動きが止まる。

 

 背部スピーカーの発光が、わずかに鈍る。ネオンピンクの波形が乱れ、音圧の振幅が下がった。

 

「……え……」

 

 漏れた声は、電子ノイズに包まれながらも、確かに“レミ”のものだった。

 

 ソニックは、その変化を見逃さない。

 胸部の波形がわずかに安定する。微弱だが、共鳴が生まれている。

 

「聞こえただろ」

 

 低く、しかしはっきりと告げる。

 

「完璧な歌姫じゃなくていいって言ってる」

 

 一歩、踏み出す。

 だがその瞬間、足元が爆ぜた。

 

 遅延した衝撃波が時間差で炸裂し、ソニックの身体を横から弾き飛ばす。空中で体勢を立て直し、着地するが、膝が石畳を削る。

 

 痛みが走る。

 それでも立ち上がる。

 

 ポップノイズの装甲は、明らかに揺らいでいる。装甲の隙間から黒紫の邪音が滲み出し、亀裂と再構築を繰り返している。

 

「だめ……そんなの……」

 

 レミの声が混じる。

 

「生の声なんて……失敗したら終わり……嫌われたら、全部終わり……」

 

 ソニックの胸が締め付けられる。

 恐怖だ。拒絶への恐怖。

 自分も知っている感情。

 

「……終わらない」

 

 ゆっくりと言葉を重ねる。

 

「一度外したくらいで、全部終わるなら」

 

 拳を握る。

 

「誰も、最初から歌えない」

 

 ポップノイズが槍を振るう。高周波の刃が空気を裂く。ソニックは横に跳び、回避しながら距離を詰める。だが、拳の衝撃が倍加して返る。

 

 装甲に亀裂が走る。

 衝撃が内部まで響く。

 ――痛い。

 

 だが、その痛みが、目を逸らさせない。

 

「怖いのは……本気だからだろ」

 

 言葉と共に、再び踏み込む。

 

「どうでもいいなら、震えない」

 

 拳を打ち込む。

 

 今度は反響を計算して角度を変える。衝撃が横に逸れ、装甲の亀裂がさらに広がる。

 ポップノイズの身体が揺れる。

 

「私は……怖い……!」

 

 叫び。

 その瞬間、黒紫の邪音が一気に噴き上がった。

 まるでレミの感情を押し潰すように。

 

「甘えるな」

 

 低い、不協和音。スピーカーが強制的に最大展開し、ネオン光が毒々しく再点灯する。出力計が急上昇し、空間の歪みが再び増幅する。

 

 爆音。

 

 音圧の津波が襲いかかる。

 ソニックは両腕で防御するが、足元が滑り、地面を削りながら後退する。

 

 呼吸が荒れる。

 胸部波形が乱れ、視界がノイズに侵食される。

 

 ――届いているのに。

 

 あと少しなのに。

 邪音が、感情の揺らぎを無理やり押さえ込み、暴走を維持している。

 

 ビートは、その様子を冷静に観測していた。

 

 紅い複眼の内部にデータが走る。レミの心が揺らいだ瞬間、数値は確実に下がった。だがその直後、黒紫の邪音が強制的に補正をかけ、急激にブーストさせている。

 

 このまま放置すれば、外部への被害だけでは済まない。邪音が暴走臨界を超えれば、宿主の精神と肉体が耐えきれない可能性が高い。ビートの拳が、わずかに強く握られる。

 

 合理的判断は単純だ。

 ――今、最大出力で叩き潰せば終わる。

 

 だが。

 

 紅い複眼の先で、ソニックが立ち上がる。

 装甲は傷つき、波形は乱れている。それでも退かない。

 ポップノイズへ、言葉を投げ続けている。

 

「……馬鹿が」

 

 吐き捨てるように呟くが、その声に完全な否定はない。

 

 理想論。

 非効率。

 だが、今この瞬間、理論上最も“内部へ届いている”のはソニックだ。

 

「……時間がない」

 

 ビートは腰部デッキへ視線を落とす。

 そこに格納された、黒地に蛍光ブルーの回路を走らせた一枚。

 サイバーテクノディスク。

 

 ビートのブーツが石畳を踏み締めた瞬間、ひび割れた地面がわずかに沈んだ。ポップノイズ・リミックスから放たれる音圧が、まるで目に見えない壁のように二人を押し返そうとする。

 

 だが、ビートは一歩も退かない。

 

 紅い装甲の表面を黒紫の火花が走る。リバーブの余波が装甲を叩き、甲高い反響音が響く。それでも、ビートは肩で衝撃を受け止め、強引に立ち位置を固定する。

 

 ソニックは息を荒げながらも、視線を逸らさない。蒼い複眼の奥で、ポップノイズの揺らぐ姿が映っている。

 

「……何のつもりだ」

 

 荒い呼吸の合間に、ソニックが問う。

 

 ビートは応えず、腰部デッキから抜き出したディスクを静かに掲げる。

 

「理想を語るだけなら、誰にでもできる」

 

 ビートの声は冷静だが、その奥には微かな苛立ちが混じる。

 ポップノイズが再び絶叫し、音圧の波が押し寄せる。二人の装甲に衝撃が走り、ソニックが一歩よろめく。

 その肩を、ビートが無言で支えた。

 

「だが、貫くには力が要る」

 

 視線は前へ向けたまま、ディスクを横に差し出す。

 

 ソニックは一瞬、その意味を理解できずにいた。

 

「だが今のあいつは、外から壊しても止まらない」

 

 ポップノイズの出力が再び跳ね上がる。黒紫の波形が暴れ、装甲の亀裂を無理やり塞ぐ。

 

「内部へ届いているのは、お前の言葉だ」

 

 その一言に、わずかな重みが宿る。

 

「なら最後までやれ」

 

 ビートが、ディスクをソニックの掌へ押し付ける。金属と金属が触れ合う感触。低音が一瞬だけ強く鳴り、紅い装甲とディスクの回路が微かに共鳴する。

 

「分かった」

 

 ソニックは深く息を吸い込み、変身のプロセスを再び踏む。

 ディスクをスライドし、起動音が轟く。

 

CYBER TECHNO(サイバーテクノ)

 

 ソニックドライバーに装填。腰に手を添え、逆手で振りぬき叫ぶ。

 

「ディスクチェンジ!」

 

 《SOUND DRIVE(サウンドドライブ) CYBER TECHNO(サイバーテクノ)

 

 ソニックの装甲に走る紅いラインが、ネオンブルーへと変化する。胸部のエンブレムが幾何学的に分解し、デジタル波形の紋様へ再構築される。全身のアーマーがスライドし、再装填されるように装着。

 

 視界にホログラムが展開する。拍、BPM、周波数解析、邪音の構造パターン。すべてが数値化され、視認できる。

 

「これが……サイバーテクノ」

 

 重低音が、地面を震わせた。

 

 ブーツが地面に触れた瞬間、衝撃は爆発ではなく“ビート”として伝播する。規則正しい四つ打ちの振動。暴走したリズムを強制的に同期させる安定波。

 

 ポップノイズが咆哮する。

 

 それはもはや人の声ではなかった。

 音程も抑揚も破壊された、歪んだ絶叫。だがその奥に、確かに“泣き声”が混ざっていることを、ソニック――和音は感じ取っていた。

 

 空気が震える。

 

 否、震えているのは空気ではない。空間そのものが、音に侵食されている。

 

 ビリビリと鼓膜を刺す高周波。地面を這い、足首に絡みつく低音の唸り。中間音域が、まるで鋭利な刃のように横薙ぎに走る。

 

 《WARNING:PHASE DISTORTION》

 

 サイバーテクノフォームのバイザー内に、警告表示が次々と浮かぶ。波形は乱れ、拍は崩壊し、BPMは不規則に跳ね上がっている。

 

 

 ――これは攻撃パターンじゃない。

 

 ソニックは即座に理解する。これは感情の暴走だ。ポップノイズの両腕が広がる。ネオン色の音波が円状に拡散し、無差別にすべてを押し潰す。

 

 ソニックは踏み込む。

 

 ドンッ。

 

 足裏から放たれる四つ打ちの安定波が、円形に広がる邪音と衝突する。空間の中央で、二つの音がぶつかる。

 

 バチィン!!

 

 火花のような音響エフェクトが弾ける。

 ポップノイズの身体が、わずかに揺らいだ。

 

「やめて……来ないで……!」

 

 叫びと共に、彼女の背後に巨大なスピーカー状のユニットが出現する。そこから放たれたのは、断続的なビートの砲弾。

 

 ダン! ダダン! ダン! ダンッ!!

 

 不規則。意図的に“ズラされた”リズム。

 サイバーテクノの安定波を崩すための、カウンターリズム。

 

「……読まれている?」

 

 いや、違う。読んでいるのは自分だ。彼女の不安が、こちらの安定を拒絶している。

 

 ソニックは高速移動を開始する。残像がネオンの軌跡を描き、ビート砲をかいくぐる。

 

 だが、避けたはずの音が、背後から刺さる。

 

「ッ……!」

 

 衝撃。音は物理を持たないはずだ。だがこれは違う。感情を帯びた邪音は、質量を持っている。

 

 ソニックは吹き飛ばされ、ビル壁面に叩きつけられる。

 衝撃と同時に、和音の脳裏へ、断片的なイメージが流れ込む。

 

 ――リハーサル室。

 ――外れた音。

 ――凍りついた空気。

 ――誰も何も言わない沈黙。

 

 「……違う」

 

 それは自分の記憶ではない。レミの心だ。

 

 ポップノイズが再び咆哮する。

 

 「私の声なんて、いらないんでしょ!?」

 

 周囲のホログラムが、観客席の幻影へと変化する。無数の黒い影。顔のない視線。

 

 「上手くないくせに」

 「伝説? 笑わせないで」

 「中身がバレたら終わりだ」

 

 幻聴が重なり、空間が歪む。

 和音の胸が締め付けられる。

 ――これが、彼女の見ている世界。

 

 ポップノイズの攻撃は止まらない。高音の刃が縦横無尽に走る。低音の圧力が地面を割る。

 

 ソニックは両腕を交差する。

 

 サイバーテクノの安定されたサウンドフィールドが展開される。

 四つ打ちの規則的な振動が、一定間隔で空間を満たす。

 

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 

 鼓動。ポップノイズの攻撃が、一瞬だけ遅れる。

 

「……心拍数と、同期させてるのか」

 

 ソニックは理解する。人は極度の不安状態に陥ると、呼吸と心拍が乱れる。リズムが崩れる。

 

 ならば。安定を与えればいい。

 

 ソニックは歩み寄る。攻撃ではなく、一歩ずつ。

 だがポップノイズは拒絶する。

 

 「やめて!!」

 

 全方位へ拡散するノイズの爆発。ソニックのフィールドが軋む。

 バイザー内に走るエラー表示。

 

 《SYNC RATE 62% → 48%》

 

 乱される。不安は、安定を拒む。

 

 サイバーテクノフォームの足裏から放たれる四つ打ちの振動は、一定の間隔で地面を叩き続けているはずだった。だが、ポップノイズから溢れ出す邪音は、その規則性そのものを否定するかのように、わざと拍を外し、わざとテンポを揺らし、わざと“ズラす”。

 

 規則と不規則が、空間の中央で噛み合わない歯車のように火花を散らしていた。

 

 「……怖いんだな」

 

 和音の声は、爆音の中でも不思議なほど静かだった。

 

 「上手くなれない自分が。期待に応えられない自分が。バレてしまう自分が」

 

 その言葉が届いたのか、ポップノイズの動きが、ほんの刹那だけ止まる。

 

 それは戦闘の中で生まれた、奇跡のような空白だった。

 

 和音は逃さない。

 

 地面を強く蹴る。脚部ユニットが爆発的に駆動し、圧縮された低音が推進力へと変換される。アスファルトが陥没し、ネオンブルーの残光が一直線に走る。

 

 高速接近。

 

 ポップノイズの視界に、蒼い閃光が迫る。

 

 拳を振るう。

 

 だがそれは破壊のための拳ではない。

 

 拳に込められているのは、一定間隔で刻まれた安定したビート。心臓の鼓動と同じ、四拍子。

 

 ドンッ!!

 

 衝突の瞬間、金属同士がぶつかる硬質な音ではなく、重低音が爆ぜる。衝撃は一点で弾けず、波紋のように円状へと広がっていく。音の干渉が可視化され、空間に幾何学的な紋様を描きながら押し広がる。

 

 ポップノイズの胸部装甲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

 

 そこから漏れ出すのは、禍々しい赤ではなく、柔らかな白い光だった。

 

「……いや……」

 

 かすれた声。

 

 邪音越しに混じる、人間の声。

 

 レミの声。

 

「見ないで……」

 

 次の瞬間、空間が歪む。

 

 周囲に展開されていたホログラム観客席の幻影が、急激に解像度を上げる。ぼやけた影だったはずの観客たちに、具体的な顔が浮かび上がる。

 

 最前列に、美羽。

 

 腕を組み、何かを言いかけているが、声は出ない。

 

 その隣に、和音自身の姿。

 

 真剣な目で見つめているが、表情は読めない。

 

 さらに奥には、無数のファン。

 

 誰もが黙っている。

 

 拍手も歓声もない。

 

 ただ、沈黙。

 

 その沈黙が、ポップノイズの装甲を震わせる。

 

「私は……伝説の歌姫じゃない……」

 

 言葉と同時に、邪音が再び膨れ上がる。

 

 胸部の亀裂が逆に広がり、そこから黒紫の波動が噴き出す。背後の空間がねじれ、巨大なアンプの塔が形成されていく。一本ではない。三本、五本、七本と増殖し、ビル群を凌駕する高さへと伸び上がる。

 

 塔の内部を、濁った光が上昇していく。

 

 エネルギーが収束されていくのが、視覚的にも理解できる。

 

 最終波形。

 

 暴走の頂点。

 

 放たれれば、この一帯は更地になる。

 

 ソニックはゆっくりと息を吸い込む。爆音の中で、あえて自分の呼吸を意識する。

 

「違う」

 

 静かに言う。

 

「伝説だから、歌うんじゃない」

 

 アンプ塔の頂点が開き、内部のエネルギーが白く凝縮されていく。空がひび割れるように波打ち、雲が円状に吹き飛ばされる。

 

「歌いたいから、歌ってるんだろ!」

 

 その叫びと同時に、ベルトが咆哮する。

 

SCRATCH TRIPLE(スクラッチトリプル) CYBER TECHNO(サイバーテクノ)

 

 装甲のネオンラインが爆発的に輝き、表面を走る回路が三重に発光する。四つ打ちが加速する。

 

 128。

 

 132。

 

 140。

 

 150。

 

 通常の人間の鼓動を遥かに超えるテンポ。それでも崩れない規則性。乱れない安定。

 

 限界域。

 

 脚部にあるスピーカーユニットが完全展開し、圧縮された低音が渦を巻く。

 

 「止まるな……!」

 

 アンプ塔が、ついに解き放つ。

 

 巨大な邪音砲。

 

 白く歪んだ光線は直径数十メートル。音という概念を超えた破壊の奔流。空気が焼け、空間が裂け、直線上のすべてが蒸発していく。

 

 それに向かって、ソニックは跳躍する。

 

 真正面から。

 

 逃げない。

 

 避けない。

 

 激突。

 

 衝撃の瞬間、世界から色が消える。視界が白に塗り潰され、鼓膜が破裂するかのような圧力が全身を叩く。ビルの窓ガラスが一斉に砕け、地面が同心円状に陥没する。

 

 だが、ソニックは止まらない。

 

 一歩。

 

 邪音が装甲を削る。外装が焼け、火花が散る。

 

 また一歩。

 

 四つ打ちが地面を叩く。低音が邪音の波形を押し返す。

 

 さらに一歩。

 

 脚部から放たれる安定波が、光線の内部を均していく。乱れた波が整い始める。

 ソニックは拳を握る。装甲の隙間から青い光が溢れていく。

 

「――はあああああッ!!」

 

 伸び切った右脚が、ポップノイズの胸部コアへと叩き込まれる。

 

 直撃。

 

 轟音が夜を引き裂く。衝突点から白と蒼の閃光が弾け、衝撃波が同心円状に広がる。圧縮されていた邪音のエネルギーが暴発し、空間そのものがひび割れたように歪む。

 

 ポップノイズの身体が仰け反る。

 胸部からネオンブルーの波紋が走り、赤黒い装甲を侵食していく。

 

「……あ……」

 

 その声は、怒号ではなかった。

 

 戸惑い。

 苦痛。

 そして――。

 

 視界の奥で、何かがほどける。

 ずっと頭の中で鳴り続けていた罵声が、遠のいていく。

 

『下手だ』

『無理だ』

『期待外れだ』

 

 否定の言葉が、砂のように崩れ落ちる。代わりに浮かび上がるのは、別の記憶。

 

 ステージ袖で差し出されたタオル。「よかったよ」と笑った観客の声。初めて拍手をもらった日の震える指先。

 

(……違う)

 

 心の奥で、小さな光が灯る。

 

(わたし、歌うのが……好きだった)

 

 ソニックのキックが、さらに深く食い込む。

 

 四拍子の鼓動が、内側から響く。

 

 ドン。

 ドン。

 ドン。

 

 そのリズムは攻撃ではない。

 心臓の鼓動に似た、生きている証。

 

「……こわかっただけ……」

 

 ポップノイズの仮面に走っていた亀裂が、一斉に光を放つ。

 

「嫌われるのが……終わるのが……」

 

 赤黒い邪音が、青い波に溶けていく。

 

「でも……」

 

 涙がこぼれる。怪人の眼孔からではない。その奥にいる少女の瞳から。

 

「もう一度、歌いたい……」

 

 その瞬間、胸部コアが臨界を迎える。

 

 閃光。

 

 ポップノイズの身体が、内側から砕け散る。

 

 腕が光の粒子となって四散し、脚が崩れ、胴体が波紋とともに弾ける。赤黒い装甲は霧のように分解され、夜空へと溶けていく。最後に残った仮面が、ぱきりと音を立てて割れた。

 

 爆発。

 

 だがそれは破壊の爆裂ではない。

 解放の閃光。

 青白い光が広場を包み込み、次の瞬間、すべてが静止する。

 

 舞い落ちる光の粒子の中心で、ひとりの少女が力なく崩れ落ちた。

 

「……光上さん!」

 

 ソニックが駆け出す。

 だが、その前に赤い影が滑り込む。

 ビートだ。

 

 爆煙を切り裂き、瞬時に間合いへ侵入する。その動きに迷いはない。怪人の反応を警戒した、反射的な防御姿勢のまま、倒れゆく少女の身体を受け止める。

 

 軽い。

 

 怪人の質量は、どこにも残っていない。

 ビートは片膝をつき、レミを静かに抱きかかえる。黒と紅の装甲に、彼女の淡い髪が触れる。

 

 呼吸を確認する。

 

「……生きている」

 

 短く告げる声は、先ほどまでの冷徹さをわずかに失っていた。

 

 ソニックが歩み寄る。

 

 夜の広場には、もう邪音はない。

 

 ただ、静かな風と、救われた少女の微かな寝息だけが残っていた。

 

 《SOUND DRIVE(サウンドドライブ) BRAVE ROCK(ブレイブロック)

 

 ソニックはサイバーテクノフォームからブレイブロックフォームへと再び形態を変化させると、ビートにサイバーテクノのライダーディスクを差し出した。

 

「……これ」

 

 差し出されたディスク。

 ビートは一瞬だけ視線を落とす。赤い複眼に、わずかな揺らぎが走る。

 

 ビートはレミを片腕で支えたまま、もう一方の手でディスクを受け取る。

 

「……お前の戦いは、間違っていない」

 

 ビートの声は低く、夜気に溶ける寸前でわずかに沈んだ。赤い複眼の奥で、胸部の波形ラインがゆっくりと明滅する。その光は先ほどまでの戦闘時の鋭さを失い、どこか落ち着きを取り戻している。

 

 レミを抱えた腕の角度が、わずかに変わる。衝撃で乱れた呼吸を確かめるように、慎重に、確実に支え直す。その動作には迷いがない。

 

「だが」

 

 わずかな間。赤い複眼が、再びソニックを捉える。

 

「お前の“考え”は認めない」

 

 静かな断定。

 ソニックの指先が、無意識に強張る。

 

「救いたいという感情を、戦闘の中心に置くな。それは力の制御を誤らせる。結果が良かっただけだ」

 

 冷たい現実。

 

「甘さは邪音を増幅させる」

 

 その言葉は先ほどよりも重く響いた。

 

「感情の揺らぎは波形を乱す。乱れた波形は、邪音と共鳴する」

 

 ソニックは一歩踏み出す。

 

「待てよ……」

 

 胸の奥に燻っていた疑問が、抑えきれずにこぼれる。

 

「俺、まだちゃんと知らないんだ。聖音って何なのか。邪音って何なのか」

 

 ソニックの装甲越しに、自分の鼓動が響く。

 

「俺たちが使ってる力は、何が違う? どうしてそれが“正しい”って言い切れる?」

 

 視線を逸らさずに、問いかける。

 

「教えてくれよ。ちゃんと知りたい」

 

 広場に静寂が落ちる。ビートは数秒、動かない。

 

 胸部の波形ラインがゆっくりと脈打つ。その赤い光が、石畳の亀裂を照らす。

 

 答えるのかと思った、その瞬間。

 視線が、わずかに外れた。

 

「……」

 

 沈黙。

 やがて、ビートはレミを抱え直す。

 

 その仕草は、あまりにも自然だった。今優先すべきことは何かを、迷いなく選び取る動き。

 

「俺からは伝えられない」

 

 それだけを告げる。

 説明も、理論も、答えもない。

 

「理解したいなら、自分で」

 

 冷たいのではない。

 だが距離がある。

 

「待て、俺は――」

 

 最後まで言葉が形になる前に、脚部ユニットが低く唸る。

 次の瞬間、赤い閃光。石畳が弾け、衝撃波が広場を走る。ビートの姿は一瞬で加速し、ビル群の闇へと消えていく。

 

 変身は解除されないまま。黒と紅の残光が、夜に溶ける。残されたのは、静寂。

 ソニックは伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろす。

 

 問いは、宙に浮いたままだ。

 

「……自分で掴め、か」

 

 呟きは小さい。

 だがその胸の奥で、疑問は消えない。

 

 聖音とは何か。

 邪音とは何か。

 

 答えを持つ者は去った。

 夜の広場に、紅い装甲だけが静かに立ち尽くしていた。




どうも、山都撫子です。

大変長らくお待たせいたしました。
また少しずつ投稿していけたらなと思います。

最近ソニックのストーリーが少々難航しておりましたが
大方第1クール位のストーリーがなんとなく
出来てきたので

今後、執筆が進むと思います。

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