青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない 作:もドえラん
本作は「青春ブタ野郎シリーズ」本編の主人公、梓川咲太のすぐ隣に、もしもう一人の青春ブタ野郎が存在したら、というもう一つの時間軸です。
咲太の物語の裏側で、主人公、岸和田蓮真が関わっていた出来事を、原作・アニメ・ドラマCD・短編小説の時系列に矛盾なく沿って描く裏青春ストーリーです。
麻衣、のどか、卯月、翔子など、原作では語られなかった彼女たちの視線の裏側を拾い上げ、もう一つの青ブタを紡いでいきます。
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1.静けさを探して、うるさい日常を拾った
四月七日
校舎の掲示板に貼られたクラス替えの紙を目で追い、自分の名前が「二年一組」にあるのを見つける。
指先でなぞるように、上から順に視線を滑らせていく。
「……あった」
岸和田蓮真『きしわだはすま』確かにそこに記されている。
去年と違う学年、そして違うクラス。わかっていたはずなのに、こうして文字を目にした途端、ようやく「新しい一年」が始まる実感が胸に重く落ちてきた。
その一番上に記された、出席番号一番の名前。
ほんの一瞬、そこに視線が止まっただけなのに——胸の奥がざわついた。
去年と同じ校舎、同じ制服。変わらないはずの日常のはずなのに、春風に揺れる桜は、もう少しだけ散り始めていて、そのひとひらが肩に落ちた瞬間、現実から半歩だけずれた場所に自分が立っているような感覚に捕らわれる。
期待と不安が入り混じる春の空気のなか、俺だけがその流れから取り残されている気がした。
春の匂いを吸い込んだ途端、記憶の底からあの出来事が浮かび上がる。
三年前の春。俺は、とある現象に巻き込まれていた。
時は遡って、中学一年の三月。
廊下には荷物をまとめた紙袋を抱えた生徒が行き来し、教室の机には消し残した鉛筆の跡と、配られた通知表が置かれていた。
窓の外には薄紅色のつぼみが揺れ、春の匂いがかすかに漂っていた。
——学期末特有の、少し浮ついた、けれどどこか落ち着かない空気。
あの日、俺は「同じ一月をまた過ごす」という、説明できない現象に巻き込まれた。
一度目と二度目はほとんど同じ流れ。違うのは、俺が“結果を知っている”ということだけだった。体育の授業で誰が転ぶか、帰り道で誰とすれ違うか——全部わかっていた。
新しい学校への転校が決まり、部屋の片隅には段ボールが積まれていた。教室でも学期末のざわめきが漂い、俺にとっては「終わり」と「始まり」が同時に迫っている時期だった。
最初はただのデジャブだと思った、けれど、三回目の朝を迎えたとき、俺は気づいた。
選ばなかった行動ほど、後からやけに思い出される。
そしてこれが、思春期症候群だと感じた。
俺はこの時、東京の名門と言われる私立中学に通っていた。中学受験で合格したものの、校風や人間関係のギスギスした空気に馴染めず、疲弊していった。
「なんでそんな言い方するの?」
「別に……普通に言っただけだけど」
言葉の端を少し間違えただけで、場の空気が凍る。笑ってごまかそうとしても、返ってくるのは目を逸らす沈黙か、背中越しの小声。
本当はただ話したかっただけなのに、何かの地雷を踏んだように扱われることが増えていった。そしてそのうち、何も言わない方が平和だと学んだ。
「お前、最近静かだよな」
「うるさいよりはマシだろ」
そんなやり取りを笑って受け流しても、胸の奥では少しずつ何かが減っていく感覚があった。放課後に話す友達も、気軽に呼び出してくれる相手も、気づけばいなくなっていた。
二学期の終わり頃、俺はついに学校へ足が向かなくなった。
布団の中で窓の外を歩く同年代の姿を眺めながら、「自分だけが取り残されている」と思う日が続いた。父に「今日は休む」と告げる声すら掠れ、もう一歩で完全な不登校に落ち込む、その手前だった。
父は黙って俺を見ていたが、やがて決断した。
「このままじゃ、お前が壊れる」
都内の公立に転校すれば、小学校の同級生に「受験に失敗して戻ってきた」と思われる。
親戚に頼ろうと思えば、祖母や叔母が都内に住んでいた。
しかし母は小学生の頃に亡くなっており、父にとって彼女たちは「妻の親戚」であり、母を亡くした今となってはどうしても距離があった。生活の面倒を任せるには、頼りきれない壁があったのだ。
だから父は、自分の手で環境を変えるしかないと考えた。
父自身は実家に残った。新宿の父の職場に通うには実家の目黒の方が便利だし、俺が小さい頃からの家族の思い出が残る家を守りたい気持ちもあったからだ。
そのうえで俺には、東急線沿いで家賃も比較的抑えられ、母方の親戚も近い藤が丘付近に、小さな部屋を借りてくれた。
「一人でやってみろ。もちろん困ったときはいつでも実家に戻ればいい。けど……一度、自分の力で立ち直ってみないか」
こうして、父と二人暮らしだった俺は、父の勧めで再スタートを切ることにした。
東京の私立中学から横浜市内の公立中学へ…
その変化を、当時の俺は「父に捨てられた」としか思えなかった。
新宿に通いやすい実家を選び、暮らし続ける父。一方で俺は、親戚にも頼れず、ひとりで部屋を守り続ける。
それはまるで、世界に取り残されたような感覚だった。そして、——自分だけが取り残されていくような、薄く冷たい空気——は心の奥で消えなかった。
この孤独感こそが、俺が“選ばなかった可能性”に囚われ、三月を何度も繰り返すという思春期症候群を発症した一因だったのだろう。
最初の頃は、ただ困惑するばかりだった。
けれど、同じ日々を重ねるうちに、俺はひとつのやり方に辿り着いた。
三月三十一日
その夜。部屋の隅には、引っ越し用の段ボールが積まれていた。教科書はすでに箱に収められ、机の上は妙にがらんとしている。
そんな中で、ノートだけは、ベッドに持ち込んでいた。
この一月に見た出来事を、できる限り書き残した。授業内容の要点に加えて、人間関係のことも細かく書いた。
「◯◯が黒板を消すときにため息をついていた」とか、「放課後の会話が少しだけ嬉しかった」とか。
——たとえ明日がまた一日のやり直しでも、残したいと思ったから。
しかし。
次に目を開いたとき、カーテン越しに差す光は三月一日の朝だった。
いつものことだ。三月三十一日を迎えるたびに、俺の時間は巻き戻る。
机の上のノートを開く。数学の公式や英単語リスト、歴史の年号表はそのまま残っていた。
だが、昨夜書き留めた“ため息”や“嬉しかった”という文字はどこにもなかった。
——客観は残り、主観は消える。
試しに「今日の空は少し寂しい」と書いて眠った。
翌朝、ページには「薄曇り」とだけ残っていた。
規則は、もう説明を要らなかった。
つまり、未来に持ち出せるのは「事実」だけで、心の温度はどうやっても残らない。
それからは、もう驚きも苛立ちもなかった。
授業で誰が当てられるか、昼休みに誰がどんな話をするか、全部知っている。それでも俺は、ノートを開いて記録を続けた。
三月は繰り返す。けれど、記録は積み重なっていく。
三月二十日
春分の日で、俺の誕生日でもある。けれど学校は休みで、特別な予定もなかった。
繰り返すたびに、誕生日という日が“事実”としては存在しても、誰の記録にも、記憶にも残らないことを突きつけられた。
三月二十五日
終業式の日。生徒たちは通知表を抱えて下校し、互いに「四月からもよろしく」と声を掛け合っていた。
だが俺にとって“来年度”という言葉は空虚だった。机の上には制服の採寸票と転校届の控えが置かれ、俺だけが輪の外に立っていたからだ。
教室ではロッカーを片付ける生徒の姿があり、通知表を抱えて帰る後ろ姿があった。でも俺の視界にあるのは、黒板に書かれた公式、教科書のページ数、誰が席を立ったか——ただの事実の断片ばかり。
温度を失ったそれらは、まるで化石のようにノートに保存されていった。
感情は消える。でも、”事実”を並べれば、そこに確かにあった心の揺らぎを「思い出すこと」はできる。
だから俺は、消えることを知りながら、それでも指を動かし続けた。
やがて記録はノートよりも厚く、授業よりも先の内容で埋まっていった。英語の構文、まだ習わない関数、教科書の巻末に載っている資料集の統計。
未来に持ち出せるのは、こういう冷たい事実だけ。それなら、せめて“未来の俺”の武器にしてやろうと思った。
——踏み込んでも消える。
——なら、残るものを拾えばいい。
家に帰れば、部屋の隅には引っ越し用の段ボールが積まれていた。制服の採寸票や、父が書き込んだ転校届の控えも机に置かれている。
学校では終わりを繰り返し、家では新しい始まりの準備が進んでいく。その奇妙なずれの中で、俺だけが「昨日」に足を取られたまま、同じ三月を歩いていた。
そうして俺は、観察者になっていった。
人の輪の中心に入ることはない。けれど、その輪を外から見て、静かに書き留めることはできる。
記録するだけの存在。それが、この繰り返される世界における、俺の唯一の役割だった。
最初は“突破口を探すため”に書いていた記録が、気づけば“置き土産”に変わっていた。
もしまた最初の日に戻ったとしても、この記録は俺だけの証拠になる。
だから、もう無理に行動を変えるのはやめた。声をかけなかった後悔も、踏み込まなかった選択も、全部——ここに刻んで受け入れる。
それが俺のやり方なんだ、と。
幾度目かの月末の夜。机に広げたノートを閉じ、深く息を吐いた瞬間、不思議な静けさが胸に広がった。
段ボールにはすでに教科書やノートが詰められ、制服の採寸票や転校届の控えが机の端に置かれている。学期の終わりと、新しい生活の始まりがすぐそこに迫っていた。
そして次に目を覚ました朝。
カレンダーは、三月一日ではなく、四月一日を示していた。
何の前触れもなく、ループは終わっていた。
残ったのは、ノートに刻まれた記録だけ。
それは未来の自分にとっての武器であり、同時に、二度と戻らない時間を見送った証でもあった。
このときから俺は、ただ観察者でいることを選んだ。
——けれど、後に知ることになる。
人の心に踏み込まなければ届かない瞬間が、確かにあるのだと。
こうして、オカルトか都市伝説の類だと思っていた思春期症候群を経験して以来、俺は「気づいても知らないふりをしながら記録をする」ようになった。
余計なことに首を突っ込まなければ、静かな日常は保たれる——そう信じることにした。
ループが終わったあと。
四月四日
転校初日、俺の机の引き出しに教科書が入っていなかったとき、「これ、貸そっか」と差し出してきたメガネをかけた女子がいた。
特別な関係じゃなかったけど、俺にとっては、あの教室で息を吸える最初の瞬間だった。
後にメールアドレスを交換したのも、その空気の延長だった気がする。深い意味はなく、でも、忘れられない。
そしてその後の学校生活の中、休み時間に生徒会の仕事を手伝う場面があった。その子は書記を務めていて、俺はよく原稿の下書きを写したり、プリントの整理を任されたりした。
中学二年の間、放課後の少し長い帰り道や、静かな生徒会室のざわめきが、俺の日常の一部になっていた。
記録の仕方は、ループの中で嫌というほど身についた。だから議事録のメモの取り方や、要点の抜き出し方について、さりげなくアドバイスをすることもあった。
「大事なのは全部じゃなくて、“あとで思い出せる引き金”だけ書けばいい」
そんな言葉に、その子が「なるほどね、岸和田くん」と笑ったのを覚えている。
それは記録のための断片ではなく、確かに“続き”として積み重なった出来事だった。
だがそれが、後に思いもよらない形で再び交わることになるとは、このときは想像もしなかった。
中学三年へと進級すると、彼女とは別のクラスになり、自然と顔を合わせる機会も減っていった。
最初は連絡を取り合おうとしたけれど、宿題や部活、受験の話に追われるうちに、互いのやり取りは次第に途切れていった。
気がつけばアドレスは残っているのに、画面の中で長く眠ったままになっていた。
だからこそ、余計に忘れられないのかもしれない。
たった一つの仕草で救われたあの瞬間が、記録の断片ではなく確かな「現実」として胸に残り続けている。
そして思春期症候群を克服したあと、俺の見方は少しずつ変わっていった。
かつて俺は「父に見捨てられた」と思い込んでいた。
だが記録を重ね、事実を見直すことで理解した。
父は目黒に残ったのではなく、家族の思い出を守りながらも、俺に新しい生活を与えてくれていた。一人にしたのではなく、信じて任せてくれていたのだ。
そのことに気づいたとき、胸の奥に長く沈んでいた棘が、ようやく静かに抜けていった。
それは突き放しではなく、信頼の形だった。
横浜に来て最初のうちは、週末ごとに目黒へ帰るのが習慣になっていた。一緒に食卓を囲み、父子の絆を確かめ直していた。
けれど月日が経つにつれ、その回数は次第に減っていった。それは父の仕事の忙しさのせいでもあり、同時に俺が少しずつ一人で立っていけるようになった証でもあった。
そして高校進学を控える頃、俺は自然と鎌倉にある峰ヶ原高校を志望していた。
母の生まれが鎌倉ということもあって、小さい頃から湘南や江ノ島にはよく来ていた。
東京とは違う、ゆったりとした海辺の空気は、中学時代の俺にとって“逃げ場”のようなものと同時に“癒し“だった。
だから高校進学のときは、東京から距離を置きたいこともあって、迷わず峰ヶ原高校を選んだ。
それは逃げ場でありながらも、同時に“自分の意志で選んだ初めての進路”でもあった。
父に与えられた環境ではなく、自分自身の手で選び取った道。その実感があったからこそ、俺はようやく「ここからならやり直せる」と思えた。
思春期症候群のなかで「選ばなかった可能性」に囚われ続けた俺だからこそ、“選んだこと”そのものに意味があった。
その一歩には、確かに誇りが宿っていた。
俺が峰ヶ原高校に進学したいと言ったとき、父は黙って頷き、静かに言った。
「お前がそう決めたなら、応援する。合格したら……藤沢の近くにまた部屋を借りてやろう」
その一言で、長いあいだ胸に沈んでいた感情は完全に溶けていった。
父に見捨てられたのではなく、信じて任せてもらっていた。
そして今は、自分の選択を尊重し、支えてくれる。その事実が、俺にとって何よりの救いだった。
春。合格通知を手にした俺は、父との約束どおり藤沢に引っ越した。そのとき父は、祝いの品としてタブレットを手渡してくれた。
「新しい生活で役に立つだろう。勉強にも、記録にもな」
そう言って渡されたその一台は、やがて俺にとって特別な意味を持つ道具になっていく。
そこから、俺の新しい日常が始まった。
その後、峰ヶ原高校に進学した俺は、人数は少ないながらも、気楽に話せる友達もできて、ようやく普通の学校生活を歩き出せた気がしていた。
さらに高校入学を機に、土日を中心に新宿のファミレスでバイトを始めた。
父の職場からも近く、わずかな時間でも顔を合わせられるかもしれないと思ったからだ。
加えて、新宿は藤沢よりも時給が良かったことも理由のひとつだった。
自分の小遣いを稼ぎながら、父と同じ街で過ごす時間を少しでも増やせる。
——それは、今の俺にとって自然な選択だった。
こうして俺の高校生活は、藤沢での日常と、新宿でのバイトという二つの拠点を行き来する形で始まった。
そして、この学校には二人、特別な存在がいた。
一人は、女優として有名な桜島麻衣。校内で見かけるたびに周囲がざわつく彼女も、同じ制服を着て同じ校舎で授業を受けている。
芸能人というよりは、ただ“そこにいる先輩”としての姿が、不思議と印象に残った。
さらにもう一人。
同じ中学の同級生だった梓川咲太の姿もあった。
中学三年のとき、隣のクラスで騒ぎがあった。
梓川が思春期症候群について声を荒げ、教師や同級生と衝突したこと。その延長で「病院送りになった」という物騒な噂まで流れていた。
けれど当時俺は、深く踏み込むことはしなかった。
自分自身が中学一年の時に経験した“あの春”を思い出すのが、何より嫌だったからだ。
だからこそ、ただ遠巻きに眺め、噂を聞き流すしかなかった。
高校に進学してすぐ、梓川も同じ学校にいると知った。けれど俺は、あえて距離を置いた。
普通の学校生活を歩むために。静かな日常を守るために。
しかし今にして思えば、同じように思春期症候群を抱えた人間が、すぐ近くにいたのだ。
だがその事実に気づき、向き合うのは、俺が高校二年に進級してからの五月からの話になる。
——高校二年の春、GW最終日。
五月六日
人の少ない休日の藤沢の図書館は、俺にとって絶好の隠れ場所だ。
窓際の席に腰を下ろし、タブレットを開く。タブレットにいつものようにGWにあった出来事を整理していた。
図書館の静けさだけは確かにここにある。
……はずだった。
視界の端に、女子生徒がバニーガール姿で歩いているのを見かけた。
そこにいたのは、桜島麻衣先輩。けれど、周りの誰も彼女に気づかない。その存在に、誰も気づいていない。
そして、その彼女と向かい合って話している男子がいた。
——梓川咲太。
同じ中学の同級生。その梓川咲太が、見えていないはずの相手と自然に会話している。
俺は席を立たず、遠巻きに眺めていた。
関われば、静かな日々が終わる予感があったからだ。
二人はやがて、図書館を後にした。
——俺には関係ない出来事。そう片付けた。
その後の数週間、俺は妙な違和感を抱えていた。
図書館で見かけた“誰にも気づかれない彼女”。確かに目が合ったはずで、強く印象に残った出来事だった。
思い出そうとすると、まるで時間の外側に置かれたみたいに、周囲の音や景色が遠ざかる感覚に襲われる。
——あの日、自分だけが別の流れに取り残されたような、不自然な沈黙。
俺はそれを「気のせい」として処理した。けれど心の奥底では、あの瞬間こそが平穏の終わりだったと知っていた。
五月二十五日までは、峰ヶ原高校の人間であれば誰しも——俺を含めて——彼女の存在を「そこにいる」とは認識していた。
ただ、まるで空気のように扱って、誰も関心を払わなかっただけだ。
しかし五月二十六日を境に、それすらも途切れた。教室にも廊下にも、もう桜島麻衣先輩はどこにもいなかった。
俺の視界からも、彼女は完全に消えたのだ。
まるで、関わろうとしなかった俺の態度が、最後の糸を断ち切ったかのように。
——それが、桜島麻衣先輩の思春期症候群。
「周囲から認識されなくなる」だけでなく、「他人の記憶からも消える」という現象だった。
五月六日の図書館を出た桜島麻衣は、最初こそ余裕を見せていた。だが日にちが経つにつれ、彼女の姿はますます周囲から認識されなくなっていった。
廊下ですれ違っても誰も振り返らない。教室にいても誰も声をかけない。世界から自分だけが切り離されていくような感覚。
唯一、自然に会話してくれるのは梓川咲太。……そして、図書館で一瞬だけ目が合った“もうひとり”の存在。
(たしかに——いたはずよ)
桜島麻衣は、その後、休み時間や放課後、人目を忍んで校内を歩き、図書館や廊下、昇降口まで探してみた。
さらに週末には藤沢の街を歩き、駅前や商店街、あの図書館にも足を運んだ。
けれど、どこを探しても見つからない。
——彼女はまだ知らなかった。
その“もうひとり”が、峰ヶ原高校に通う生徒であることを。
桜島麻衣自身、図書館で会った以上、同じ学校にいるとは考えていなかった。さらに藤沢や江ノ島でもすでに認識されなくなり、人混みを歩くほど孤独感が募り、探す気力すら削がれていった。
しかも当の本人は、面倒ごとに巻き込まれないよう、普段から人目につかぬように行動していた。
残ったのは、自分を見てくれたあの視線の記憶だけだった。
そうなると、結局最後に頼れるのは彼しかいない。
夕方の住宅街を歩きながら、麻衣は自分に言い聞かせる。
「……あの子を見つけられなくても。咲太くんだけは、きっと——」
そうして彼女は、迷いを抱えながらも咲太の家の玄関に向かうのだった。
その胸の奥には、“もう一度芸能の世界に戻る”という、自分自身の決断を咲太に伝えなければならないという思いも抱えながら。
五月二十九日
教室の窓際がざわついていた。
「おい、あれ……!」
「うそだろ……」
クラスメイトたちが一斉に校庭を見下ろしている。気になって視線を向けると、校庭の真ん中に梓川が立っていた。
そして、その前にいるのは桜島麻衣先輩。
彼はためらいもなく声を張り上げた。
「要するにさ、麻衣さん、大大大大大好きだぁ!」
その瞬間、教室中がどよめいた。笑うやつ、呆れるやつ、スマホを構えるやつ。
でも、俺は違った。
——ああ、やっぱり。
その光景を見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。“桜島麻衣”という名前と姿が、鮮やかに脳裏に蘇ってきたのだ。
思い返せば、ここしばらくは彼女の顔も声も、まるで靄の向こうにあるみたいに思い出せなかった。
図書館で一瞬視線を交わした記憶さえ、夢の断片のようにぼやけていた。
——いや、忘れていたのではない。消えていたのだ。
周囲の人から認識されなくなるだけじゃない。“記憶からも消える”。それが桜島麻衣先輩の思春期症候群。
だけど今。梓川咲太の叫びが、その靄を一気に吹き飛ばした。
俺は席を立たずに眺めていた。
関われば、きっと静かな日常は壊れる。けれど、目を逸らすこともできなかった。
六月六日
中間試験の答案を復習しながら、俺は先月の記録をタブレットに整理していた。
——五月六日、藤沢の図書館でバニーガール姿の桜島先輩を見かけたこと。
——五月二十九日、校庭で梓川が全校生徒の前で告白したこと。
——そして、それを境に、記憶から消えていた桜島先輩の存在を思い出したこと。
客観的な出来事を並べ直していると、不意に背後から声がかかった。
「……岸和田くん、でいいかしら?」
振り向くと、桜島先輩が俺のタブレットをのぞき込んでいた。
今日は普通に人の目に映るらしく、カウンターの司書もちらちらと彼女を見ている。
一瞬、返事もできずに立ち尽くす。
彼女はわずかに微笑み、首をかしげて言葉を続けた。
「あなた……最初から私のこと、見えてたでしょ?」
喉の奥で言葉が詰まる。否定しようとしても、声にならない。
桜島先輩は小さく笑みを浮かべて言った。
「藤沢の図書館でね……私と咲太が話してる時、あなたと目が合ったの。そのときは気のせいかと思ったけど……今日、図書室にたまたま来たら、あなたがこっちを見てた。同じタブレットを持って、何か打ち込んでいたから……すぐわかったわ、あのときの子だって。」
胸の奥がざわめく。言い訳の言葉は出てこない。
ふっと彼女は目を細め、声を落とした。
「……あのとき、もし本当に“もうひとり”がいたのなら。忘れる前に確かめておきたいって思ったの。」
その言葉に、心臓が強く脈打つ。
——梓川に見つけてもらえたことで、桜島先輩は十分なはずだった。
それでも彼女は、孤独の最中に確かに交わった視線を、錯覚のままにしておけなかったのだろう。夢や幻ではなく、確かに存在していた。そう思いたかったのかもしれない。
「……やっぱり」
桜島先輩はそれだけを残し、本棚の向こうへ消えていった。
残された俺は、静けさの中でため息をつく。
——どうやら、俺の平穏はもう戻ってこないらしい。
登場人物紹介
名前 岸和田蓮真『きしわだはすま』
身長 165cm
誕生日 3月20日
苗字の由来 『岸和田サービスエリア』
本作における主人公であり、梓川咲太と同じ学生生活を、別の立場から歩む存在です。
中学一年の春に“選ばなかった可能性が現実を侵食し、時をループする”という思春期症候群を経験し、以後は「観察者」として記録することを選びます。
父親との距離や孤独を抱えながらも、藤沢を拠点に静かな日常を築こうとしますが、峰ヶ原高校で再び思春期症候群に触れることで、平穏を崩されていきます。
咲太のように真正面から他人を救うのではなく、あくまで“横から見守り、記録する”ことが彼の在り方。
しかしその曖昧な距離感こそが、時に人を救い、時に迷わせる。
彼はそんな立ち位置を背負ったもう一人の主人公です。
読者の皆さんには「咲太と並走するもうひとつの青春」として、彼の歩みを見届けてもらえれば幸いです。
蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?
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豊浜のどか
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広川卯月