青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない   作:もドえラん

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2.文化祭を前に、観察者は妹と後輩の心を知る

 

 十月二十日

 

 中間試験の初日

 

 解答用紙を前にして、俺は鉛筆を走らせる。

 

 中学受験を経て私立中学に通っていた時期があったのと、中学一年の頃に思春期症候群で、“同じ時間を繰り返す”経験をしたせいで、先取りして勉強はしてある。だから今でも、学内成績は上位にいる。

 

 苦手なのは物理くらいで、それ以外はスラスラと解ける。

 

 白紙が一つずつ埋まっていく感覚に安心を覚えながら、ふと窓側の前の席へと目をやった。

 

 そこには咲太の背中。普段なら鉛筆を回したり、退屈そうに窓を眺めている姿が定番だ。けれど今日に限っては違った。

 

 問題に目を落とし、間を置かずに解答を埋めていく。その姿勢は、俺と同じくらい止まらない。

 

 (……珍しいなぁ)

 

 思わず心の中でつぶやく。あの咲太が真面目に試験に集中しているなんて。

 

 俺が苦手な物理に突き当たり、ペンの動きが止まる頃も、咲太はまだ淡々と手を進めていた。

 

 先生が「残り十分」と声を上げる。

 

 俺は空欄を前に小さく息を吐きながら、それでもなお揺るがない彼の背中を観察せずにはいられなかった。

 

 十月二十三日

 

 中間試験も昨日全て終わり、ようやく解放感に包まれた放課後。廊下で鞄を背負った咲太を見かけ、俺は声をかけた

 

 「なぁ、咲太。中間試験の手応えはどうだった?」

 

 声をかけると、咲太は面倒くさそうに振り返る。

 

 「お前は手応えしかないんだろ?」

 

 「……まぁそうだな。でも咲太も、けっこう手応えありそうに見えたぞ」

 

 「お前、観察しすぎだろ」

 

 苦笑を浮かべたあと、彼はふっと真面目な顔になる。

 

 「……麻衣さんの妹に勉強教えてもらってたんだよ」

 

 「麻衣先輩の妹って、豊浜さんのことか?」

 

 「……あぁ。お前、豊浜と知り合いなんだよな」

 

 「この間、麻衣先輩に紹介されたんだよ。入れ替わりのことについても一緒に。……というか、なんで咲太が知ってるんだ?」

 

 咲太は小さく頷いた。

 

 「……豊浜が引っ越したときにな。麻衣さんから、岸和田と豊浜が“入れ替わりの時に会っていた”って話もまとめて聞いてた」

 

 「そうなのか……」

 

 「でも麻衣さん、僕に余計な心配かけたくなかったのと、仕事で忙しくて話すタイミングもなかったって。……まあ、麻衣さんらしいけどな」

 

 俺は肩をすくめてみせたが、胸の奥に小さな棘が残った。

 

 「……そうか。俺だけが知ってて、咲太に言えなかったみたいで、ちょっと悪いな」

 

 咲太は首を振り、ため息をつく。

 

 「お前が悪いわけじゃない。麻衣さんがそう判断したんだからな」

 

 そう言って歩き出す咲太の背中を見ながら、俺は返せなかった言葉を喉の奥に押し込んだ。

 

 十月二十七日 

 

 昇降口を出たところで、ふと見覚えのある横顔と鉢合わせた。

 

 「……あ、きっしー先輩」

 

 鞄を肩にかけ直した古賀が、少し驚いたように立ち止まる。

 

 「おう。帰りか?」

 

 「うん。今日は文化祭の準備も特にないから」

 

 並んで歩き出すと、古賀が何気ない声で尋ねてきた。

 

 「先週の中間試験、どうだった?」

 

 「まあ、可もなく不可もなく、ってとこだな。古賀は?」

 

 「英語だけはなんとか。でも数学は……聞かないで」

 

 そう言って舌を出す顔に、思わず笑ってしまう。

 

 「きっしー先輩、成績いいって有名だもんね」

 

 「……なんで学年違うのにそんなこと知ってるんだ?」

 

 古賀は小首をかしげて、さらりと言う。

 

 「だって、“あの先輩と最近よく話してる優等生”って噂になってるんだよ?」

 

 「そうなのか……」

 

 俺はそれ以上、特に感想も浮かばず、ただ頷いた。

 

 そうなのかとしか思わないのは、観察や記録に気を取られると、周囲の空気に対する感度が落ちるせいかもしれない。

 

 しばらく他愛もない話を続けていたが、古賀が急に立ち止まった。

 

 「ねえ、きっしー先輩」

 

 「ん?」

 

 「文化祭のお化け屋敷、ちゃんと来てよ。先輩と一緒に」

 

 真剣な眼差しに少し面食らう。

 

 「……わざわざ呼ぶってことは、自信あるのか?」

 

 「当たり前じゃん! 絶対に怖がらせてやるんだから!」

 

 挑むように言う顔は、もうこの間の憂鬱さを引きずっていなかった。

 

 俺は肩をすくめる。

 

 「まあ、予定が合えばな」

 

 「合うようにして!じゃないと呪うから!」

 

 そう言って古賀は笑う。からかうようなその笑顔が、妙に楽しそうに見えた。

 

 十月二十八日

 

 駅前のスーパー。調味料売り場を抜けたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

 「お姉ちゃん、こっちの方が安いよ」

 

 振り向くと、買い物カゴを下げた麻衣先輩と、その隣に並ぶ豊浜のどかがいた。

 

 二人は野菜売り場で値札を見比べている。

 

 「あら、岸和田くん」

 

 麻衣先輩が気づき、軽く会釈をする。

 

 「どうも。……今日はお買い物ですか」

 

 「ええ。咲太と咲太の妹さんのために、ご飯を作ろうと思って」

 

 「咲太に妹……?」

 

 思わず聞き返す。

 

 咲太に妹がいるなんて、今の今まで知らなかった。

 

 麻衣先輩はそれ以上詳しくは言わず、軽く微笑むだけだった。

 

 「…こんにちは、岸和田くん」

 

 声は柔らかいが、まだどこか探るような響きが混じっている。

 

 豊浜さんがこちらを見て、少しだけ首を傾げる。

 

 ——この間会ったときの印象が、胸の奥で不意に蘇る。

 

 落ち着いた目。無駄に踏み込んでこない距離感。お姉ちゃんや咲太とは違うタイプの存在。

 

 自分でも理由はわからない。ただ、気がつけば探るように視線を向けていた。

 

 「……こんにちは」

 

 短く返すと、彼女はほんの一瞬だけ視線を逸らし、カゴの中の食材を見下ろした。

 

 「……岸和田くんって、お姉ちゃんや咲太のこと、よく手伝ったりしてるの?」

 

 何気ない調子で口にするが、その目はしっかりこちらを観察している。

 

 本当は、深い意味があったわけじゃない。

 

 けれど“お姉ちゃんには敵わない”という思いが心のどこかにあるせいで、お姉ちゃんを咲太とは別の角度から支えている岸和田蓮真の姿が少しだけ気になった。

 

 ——それが自分にとってどういう意味を持つのかまでは、まだ考えが及ばないまま——

 

 「まあ、ちょっとだけ」

 

 曖昧に答えると、彼女は「ふぅん」とだけ言って、それ以上は追及しなかった。

 

 けれどその一瞬の間に、探るような色が確かに宿っていた。

 

 「それじゃ、また」

 

 麻衣先輩が促すように言い、二人はレジの方へ歩いていった。

 

 その背中を見送りながら、胸の奥で小さく呟く。

 

 ——咲太に妹がいたなんて。

 

 そしてその妹さんのために、麻衣先輩がこうして買い物をしている。

 

 ただの偶然の買い物風景。けれどこの日の光景は、妙に記憶に焼きついた。




物語解説

今回のエピソードでは、中間試験をきっかけに咲太の姿を観察する場面から始まり、のどかや古賀との小さなやり取りを積み重ねて描きました。

アニメでは直接描かれなかった「文化祭につながる前夜」の時間を切り取ったつもりです。

のどかが蓮真を無意識に気にし始め、古賀が文化祭の不安を抱えながらも笑顔を取り戻す……それらは文化祭の賑やかな本番を迎えるための“静かな助走”といえます。

次回、いよいよ文化祭の舞台で、それぞれの立ち位置がさらに鮮明になります。

そして、この文化祭で蓮真は、とある人物と出会うことになります。

その出会いは、彼にとって思いもよらぬ記憶を揺り起こし、物語の流れにひそやかな影を落としていくことになるでしょう。

また、来年には原作最終章となる 『青春ブタ野郎はガールフレンドの夢を見ない』と、『青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ない』 が映画として上映されることも決定しました。

シリーズの締めくくりをスクリーンで見届けられることに、ファンの一人としても大きな期待を寄せています。

この小説も、そんな青ブタの歩みと並走するかたちで書き続けています。どうか最後まで、一緒に見届けていただければ嬉しいです。

蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?

  • 豊浜のどか
  • 広川卯月
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