青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない   作:もドえラん

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3.ビーチの夢は、図書館で出会い巡る

 

 四月十三日

 

 新しいクラスになって、一週間。

 

 三年生ともなると、休み時間の雑談の端々にも「進路」「志望校」といった単語が混じるようになる。

 

 俺はといえば、成績が学年で上位に入っていることもあって、二年のときより勉強面では多少注目を浴びていた。

 

 ただそれは頼られているというより、物珍しいものを見るような目で見られているだけだ。

 

 去年は、咲太と一緒にいる姿を目にした同級生も少なくなかったはずだし、普段からノートやタブレットに何かを書き留めているせいで、「記録魔」とか「観察ばっかしてるやつ」と思われているのかもしれない。

 

 結果、クラスメイトから「助けて」と頼られるような存在にはなっていなかった。

 

 それに勉強についても、自分としてはそれを誇りに思うことはない。中学受験で叩き込まれた知識と、あの“ループ”の中で無理やり積み重ねた勉強量の賜物でしかないのだから。

 

 昼休み、弁当を広げていると、背後から声がかかった。

 

 「岸和田」

 

 顔を上げると、ジャージ姿の日焼けした女子が立っていた。

 

 短く切り揃えたショートカット。陽射しに焼けた肌。まっすぐな瞳。麻衣先輩よりも長身に見える背丈。

 

 大津美凪。一年のとき同じクラスだったが、直接話したことはほとんどない。

 

 けれどビーチバレーの全国大会での活躍は、誰もが知っている。校内でも、彼女の名前はよく響いていた。

 

 「ちょっと、いい?」

 

 彼女は迷いなく俺の机の横に立ち、腰に手を当てて言う。

 

 「……大津さんか。何か用?」

 

 そう返すと、彼女はきょとんとした顔をして笑った。

 

 「“さん”はいいよ。タメだし、呼び捨てで」

 

 あっけらかんとした言葉に、思わず言葉を失う。

 

 彼女は当たり前のように距離を詰めてきて、机の横に腰に手を当てて立った。

 

 「勉強のこと、教えてくれない?」

 

 大津は机の横に立ったまま、真っ直ぐな声でそう言った。

 

 「……どういうことだ?」

 

 問い返すと、彼女は少し言いにくそうに視線を外した。

 

 「実はさ、大学に行くつもりなんだ……」

 

 「その大学、ビーチバレーの強豪でさ。だからスポーツ推薦の話がきてて……」

 

 少し視線を落としながら、でも真剣な口調で言う。

 

 「平塚のクラブも続けながら進学したいんだよね」

 

 言葉を区切って、軽く息を吐く。

 

 「でもその大学、結構難しい大学で、正直、学力が不安でさ。だから今からでも勉強を強化したいんだ」

 

 その真剣さに、俺は思わず箸を止めた。

 

 「……なるほどな」

 

 「それに、国見から聞いたんだよ」

 

 大津が小さく笑って言った。

 

 「梓川にもたまに勉強教えてるんでしょ?」

 

 「国見から……?なんで国見を知ってるんだ?」

 

 「だって去年、同じクラスだったし」

 

 彼女は当然のように肩をすくめる。

 

 「そのときに、岸和田のことも少し聞いてたんだ」

 

 「俺のことを?」

 

 「うん。……“よくわかんないやつだけど、いいやつ”って」

 

 悪びれもなく笑いながら言うその言葉に、思わず苦笑がこぼれた。

 

 自分を形容するのに、それ以上もしっくりくる表現はない気がした。

 

 「……だからさ、岸和田。頼めないかな」

 

 「勉強。放課後でも昼休みでもいいから、少しでいい。教えてほしい」

 

 視線を逸らさず、真正面からぶつけてくる。

 

 教室のざわめきが遠のいていくように感じた。

 

 “よくわからないやつ”と評される自分に、こうやって頼ってくる人間は珍しい。

 

 「……俺でいいのか?」

 

 思わず口にした問いに、大津はあっけらかんと笑った。

 

 「国見もそう言ってたから。それに、あの梓川ともよく一緒にいるなら、いいやつなのは事実だろうし」

 

 国見のやつ……。

 

 胸の奥で苦笑が広がる。どうやら国見の評価は、俺が思っている以上に広まっているらしい。

 

 「わかったよ。やれる範囲でなら、力になる」

 

 「ほんと?」

 

 ぱっと顔を明るくした大津の笑みは、体育祭のゴールテープを切ったときと同じくらいまぶしかった。

 

 「でもな」俺は釘を刺すように言った。

 

 「俺が答えを教えるんじゃなくて、“考えるきっかけ”くらいしか渡せないぞ」

 

 「それで十分。じゃあ今日、放課後からお願いできる?」

 

 その勢いに押されるようにして、俺は頷いた。あっさりと言い切るその強さに、思わず息を呑む。

 

 大津美凪という人間は、やっぱり俺の想像よりもずっと遠いところに立っている。

 

 だけど、こうして同じ机の横で「頼む」と言ってくれた。

 

 それがなんだか、不思議な縁の始まりのように思えた。

 

 放課後

 

 教室の隅の机を二人で並べ、プリントを広げる。

 

 大津はジャージ姿のまま椅子に座り、ノートをめくっては首をかしげていた。

 

 「なるほど……公式まではわかるんだけど、そこから先がね」

 

 ペンを回しながら笑う大津の仕草は、どこか自由で奔放だ。

 

 ビーチバレーをやっているせいか、肌は小麦色に焼け、ジャージの下から覗く引き締まったウエストは、どうしても目を引いた。

 

 一瞬、衝動に訴えかけられるものが胸をかすめ、すぐに首を振って正気に戻る。

 

 その気配に気づいたのか、大津がニヤッと笑った。

 

 「岸和田もさ、梓川と同じで……お尻の方が好きな人?」

 

 「は?」

 

 思わず声が裏返る。

 

 俺は心の中で、(どちらかというと、健康的でスリムな子の方がタイプなんだけどなぁ)とつぶやいた。

 

 「おいおい……大津、咲太と何かあったのか?」

 

 「ん?梓川に、おっぱいとお尻を堪能させた。」

 

 「はああっ!?」

 

 「二人三脚で」

 

 にやりと肩をすくめる大津。

 

 「なんだよそれ……」

 

 思わず机に突っ伏した。

 

 大津はケラケラ笑いながら、ペンをトントンと机に当てる。

 

 「岸和田ってさ、冗談通じなくて生真面目で面白いよね」

 

 「ああ……そうか……」

 

 俺は小さくため息をつきながら、問題集を開き直した。

 

 どうやらこの勉強会、普通に進むのは難しそうだ。

 

 それからも、昼休みや放課後に大津に勉強を教えることが増えていった。

 

 最初こそ冗談ばかりでペースを乱されたが、彼女自身は本気で学ぼうとしていて、わからない箇所は何度も繰り返し聞いてきた。

 

 スポーツで培った集中力なのか、一度納得すると覚えが早い。

 

 いつしか俺も、教えることにそれなりのやりがいを感じていた。

 

 四月二十八日

 

 明日からはGW。放課後、教室を出ようとしたとき、大津に呼び止められた。

 

 「岸和田、GW中にどっかでまた勉強教えてよ」

 

 「……休みの日までか?」

 

 「ひとりだと、どうにも捗らないんだよね、ビーチバレーの練習もあるし。」

 

 少し首をかしげるその仕草に、断る気は自然と消えていた。

 

 「わかったよ。じゃあ連絡用にLINE交換するか」

 

 「お、いいね」

 

 大津はスマホを取り出し、あっという間に俺とアカウントを繋げた。

 

 画面を閉じようとしたとき、彼女が思い出したように言った。

 

 「あとさ。私と同じ悩みで、一緒に勉強したいって子がいるんだけど……いい、岸和田?」

 

 「同じ悩み?」

 

 「うん。スポーツは得意だけど勉強に不安があってさ。私とクラブが同じで、大学行きたいんだって」

 

 大津は当たり前のように話すけれど、その一言がこれからの展開を予感させるようで、胸の奥に小さな波紋を広げていた。

 

 五月一日

 

 金曜の夕方、新宿のファミレス。いつものバイト先の店舗だ。

 

 一昨日から学校はGWで休みで、一度実家に帰っていた俺は、珍しく平日の金曜日に新宿副都心店のシフトを入れていた。

 

 ガラス窓越しに見えるネオンサインと、外を行き交う人の波が、週末の空気を運んでくる。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 入口の方を見て、思わず声が途切れた。

 

 見慣れた長い黒髪が、店内の光を受けて揺れている。

 

 「きっしー!」

 

 やっぱりづっきーだった。

 

 しかも今日は通信制高校の制服姿だ。彼女の高校は今日も授業があったのだろうか、放課後そのまま来たのだろう。

 

 「バイト応援しにきたよー!」と笑いながら近づいてくるづっきー。

 

 声を張りながら近づいてくるづっきーは、同じ制服姿の女子の腕を半分引っ張るようにしていた。

 

 「おいおい……応援って、ファミレスは遊び場じゃないぞ」

 

 そう言いながらも、内心では驚きが勝っていた。

 

 づっきーの制服姿を見るのも初めてだし、ましてや一緒にいる子はまったく見覚えのない顔だったからだ。

 

 「こっちは花楓ちゃん。同じ学校の後輩」

 

 「は、初めまして…」

 

 花楓と呼ばれた女子は、控えめに会釈した。

 

 その呼び方に、二人の距離感が垣間見える。

落ち着いた雰囲気で、づっきーとは正反対の印象だ。

 

 「……岸和田蓮真です。よろしく」

 

 そう返すと、彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせてから、小さく微笑んだ。

 

 その仕草に、妙な既視感が胸の奥をかすめた。

 

 ……やっぱり、初めて会った気がしない。

 

 記憶の奥をくすぐるような感覚が残った。

 

 「花楓……?もしかして、咲太の妹さんか?」

 

 思わず口にすると、少女はぱちりと目を瞬かせた。

 

 「はい。梓川花楓です」

 

 「やっぱり」

 

 「じゃあ……岸和田さんって、お兄ちゃんが言ってた“中学の同級生の人”ですか?」

 

 「……そうだね。よろしく花楓さん。」

 

 名前を出しただけで繋がる線があることに、妙な実感が込み上げた。

 

 そんなやり取りの中、づっきーが割り込んできた

 

 「へぇ〜! そうだったんだ!」と大げさに驚いて見せた。

 

 「いや、お前絶対知ってただろ」

 

 思わず突っ込むと、づっきーは悪びれもせず首をかしげる。

 

 「だって、私の中では“花楓ちゃんは花楓ちゃん”だし。お兄ちゃんとか関係ないし」

 

 「……お前なぁ」

 

 呆れる俺を横目に、づっきーは「ね、そうでしょ?」と花楓さんに話を振る。

 

 花楓さんは苦笑しながら小さく頷いた。

 

 そしてづっきーは、今さらのように手を打った。

 

 「ていうかさ!きっしーがお兄さんの“中学の同級生”だったって、今ほんとに初めて知ったんだけど!」

 

 「……そこかよ」

 

 俺は額に手を当てた。

 

 「ええ!普通そういう大事なことは最初に言ってよ!」

 

 「お前が咲太か豊浜から聞いてなかっただけだろ」

 

 「だって、きっしーはきっしーだし」

 

 「……」

 

 返す気力も失せる。

 

 やっぱりづっきーの思考回路は、他人とはズレている。

 

 二人をテーブルに案内する。

 

 「花楓ちゃん、チーズケーキあるって!」

 

 「……卯月さん、まだメニュー見てないですよ」

 

 「見なくても分かる!こういうのって直感が大事」

 

 本人は真剣なのだろうが、横で花楓さんが苦笑している。

 

 このやり取りは、もはや日常の一部らしい。

 

 注文を取りながらも、俺は二人の空気感を観察する。

 

 づっきーは全開でマイペース、花楓さんは穏やかにツッコミを入れる。

 

 呼び方に現れる微妙な距離感が、かえって関係を安定させているようにも見えた。

 

 「きっしー今度花楓ちゃんと一緒にライブ来なよ!」

 

 「え、俺も?」

 

 「もちろん! スイートバレットは七人全員の顔と名前覚えてもらうのが目標だから」

 

 「それ、営業トークか?」

 

 「え?普通に思っただけだよ?」

 

 本人は営業のつもりがないらしい。

 

 天然と純粋の境界線は、やっぱりこの子には存在しない。

 

 ふと花楓さんが思い出したように口を開いた。

 

 「そういえば……昨日、卯月さんの誕生日でしたよね」

 

 「おお、そうだったのか」

 

 「うん! 昨日で十八歳!でもねー、ケーキは食べそびれちゃったんだよね」

 

 「なんでだよ」

 

 「だって、みんなレッスンで疲れてたから、『別に今日じゃなくてもいいか』って思って。誕生日って毎年来るし!」

 

 づっきーは悪びれもなく肩をすくめる。

 

 そしてメニューをぱらぱらとめくり、急に笑顔を広げた。

 

 「だから今日はチーズケーキにする! 昨日の分ってことで!」

 

 「……なるほどな」

 

 呆れながらも、理由づけとしては妙に納得してしまう。

 

 花楓さんは横で小さく笑っていた。

 

 そこでふと気づき、俺は口を開いた。

 

 「てことは……づっきー、俺と同い年か?」

 

 「え、あれ言ってなかったっけ?私、きっしーと同学年だよ?」

 

 「……初耳なんだけど」

 

 さらりとした言い方に、思わずため息が漏れる。

 

 「じゃあさ、きっしーはいつが誕生日なの?」

 

 「……三月二十日」

 

 「へぇー!じゃあ来年は一緒にケーキ食べよ!今度は食べそびれないように!」

 

 「なんでそうなる」

 

 「だって同い年なんだし!」

 

 無邪気な笑顔に、花楓さんがまた小さく吹き出した。

 

 会計を終えた帰り際、花楓さんが小さく手を振ってくれた。

 

 その仕草に、どこか“既視感”を感じて、胸の奥をざわつかせる。

 

 だが、この時の俺はまだ、その理由を知らなかった。

 

 その夜。

 

 帰宅してシャワーを浴び、机に向かっていると、スマホが震えた。

 

 画面を開くと、大津からのLINEが届いていた。

 

 《岸和田、GW明ける前に勉強頼みたいんだけど》

 

 続けて、もう一通。

 

 《五月六日、練習終わったあと藤沢の図書館で教えてくれる?》

 

 バレーの練習帰りに、わざわざ図書館で勉強するつもりらしい。

 

 俺は少しだけ笑みを浮かべて、短く返した。

 

 《了解。じゃあその日に》

 

 送信ボタンを押した瞬間、なんとなく胸の奥に、これからの展開を予感させる小さなざわめきが広がっていた。

 

 五月六日

 

 藤沢の図書館。

 

 開館直後に入った館内は、まだ人もまばらで、ひんやりとした静けさが漂っていた。

 

 指定席のように二階の窓際へ歩きながら、ふと去年のことを思い出す。

 

 ——ああ、ここで初めて見たんだよな。バニーガール姿の麻衣先輩と、麻衣先輩と話していた咲太の姿を。

 

 あのときは夢か幻かと思ったけど、結局そこからすべてが始まった。

 

 そんな記憶に苦笑していると、肩を叩かれた。

 

 「おまたせ、岸和田」

 

 振り向けば、ジャージ姿の大津が汗を拭きながら立っていた。

 

 練習帰りらしく、スポーツバッグを肩に掛けている。

 

 「ごめん、待たせて」

 

 「いや、まだ時間前だし」

 

 そう返すと、大津は後ろを振り返り、手を振った。

 

 「紹介するね。私のペアで、一番の相棒」

 

 その言葉とともに現れた女子は、背丈は大津とほぼ同じ。

 

 日焼けした肌に、きりっとした瞳。大津とは対照的にクールな印象を受けた。けれど表情は柔らかく、周囲の空気をすっと和らげる雰囲気も持っていた。

 

 「浜松夏帆。鎌高に通ってるんだ。」

 

 「……初めまして。……えっと、岸和田くん?」

 

 「そう。よろしく浜松さん。」

 

 三人で机を並べて腰を下ろすと、浜松さんは鞄からノートを取り出しながら、少し間を置いて口を開いた。

 

 「……あの、私も勉強、美凪ちゃんと一緒に教えてもらっていいのかな」

 

 控えめな声だった。普段はあまり喋らないのだろう。

 

 言葉を探すように視線を落とし、机の端を指でなぞっている。

 

 「もちろん!だって夏帆も同じ悩みだしね!」

 

 大津が即答する。

 

 浜松さんは「美凪ちゃん」と親しげに呼び、大津は「夏帆」と自然に呼ぶ。

 

 その距離感は、ただの部活仲間にしては妙に近く見えて、親友以上の信頼があるように思えた。

 

 俺はそんな二人を見ながら、(こういうのを青春って言うんだろうな)と内心で呟いた。

 

 浜松さんはちらりと大津を見て、小さく微笑んだ。

 

 ——その表情は、さっきまで俺に向けていた無表情に近い顔とはまるで違っていた。

 

 「……私、ビーチバレーは続けたい。でも美凪ちゃんと同じ大学にも行きたくて。でも、正直……勉強は、ひとりだと続かなくて」

 

 途切れ途切れの言葉。けれど必死さは伝わってきた。

 

 「美凪ちゃんが一緒だと、頑張れるから」

 

 はっきりそう言ったとき、浜松さんの視線は迷いなく大津に向いていた。

 

 その目はまっすぐで、信頼そのものだった。

 

 「……そういうことだから、岸和田。夏帆も一緒によろしく」

 

 大津が笑って言い添える。

 

 「わかった。二人まとめてな。」

 

 俺は小さく肩をすくめ、ペンを取り出した。

 

 この二人の信頼関係に割り込むつもりはない。

 

 けれど、この場にいることで何かを支えることはできるはずだ。

 

 三人で机を並べ、参考書やノートを広げる。

 

 図書館の静けさの中に、大津の明るい声がぽつぽつと響く。

 

 「うわ、これ全然わかんない!」

 

 大津は問題集を見て大げさに頭を抱える。

 

 「……さっき教えた公式、もう忘れたのか」

 

 俺が呆れると、大津は「いやいや、今のはボケだから!」と笑い飛ばした。

 

 そのやり取りに、浜松さんが小さく肩を揺らして笑った。

 

 普段ほとんど表情を変えないであろう彼女が、自然に微笑むのは大津がいるからなのだろう。

 

 「……夏帆、この問題解いてみて」

 

 そう促すと、彼女は真剣な顔で鉛筆を走らせた。

 

 しかし、大津のときと比べると手が止まる時間が長い。

 

 途中で眉をひそめ、考え込むように視線を落とす。

 

 「……ここから先、どうしたらいいか、わからない」

 

 やっとのことでそう呟く。

 

 「じゃあ一緒に考えよ!」

 

 大津がすぐさま浜松さんのノートを覗き込み、楽しげにペンを回した。

 

 「ほら、ここでさっきのやつ使うんだよ」

 

 「あ……そっか」

 

 浜松さんは小さく頷いて再びペンを走らせる。

 

 のみこみは遅い。

 

 けれど、理解にたどり着いたときの夏帆の笑顔は、大津に負けないくらいまぶしかった。

 

 俺はその様子を眺めながら、静かにタブレットに一行書き足した。

 

 ——大津美凪は速さで、浜松夏帆は粘り強さで。

 

 違いがあるからこそ、二人はきっと良いペアなのだろう。

 

 三人で集中しているうちに、窓の外はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 

 一通り課題を終え、ノートを閉じると、浜松さんが小さく息をついた。

 

 「……やっぱり、ひとりじゃ続かないけど……」

 

 視線を横にずらし、大津を見ながら微笑む。

 

 「美凪ちゃんと一緒だと、頑張れる」

 

 その言葉に、大津は照れたように笑い、机を指で軽く叩いた。

 

 「うん!だからまた一緒にやろうよ」

 

 俺に向き直っても笑みは消えない。

 

 「岸和田、また今度勉強会よろしく!」

 

 「ああ」

 

 自然と頷いていた。

 

 立ち上がるとき、軽く肩を回して言葉を添える。

 

 「明日からも学校でよろしくな、大津」

 

 そして浜松さんに向かって会釈した。

 

 「浜松さんも……また今度」

 

 「うん」

 

 短い返事だったが、その頬に浮かんだ柔らかな笑みは、彼女なりの「また会いたい」という気持ちを示していた。

 

 図書館を出る頃には、夜の気配が街を包み込みはじめていた。

 

 三人の間に生まれた小さな約束が、次の時間へと繋がっていくのを、俺は確かに感じていた。




登場人物紹介

名前 大津美凪『おおつみなぎ』
身長 168cm(※オリジナル設定)
誕生日 10月10日(※オリジナル設定)

ビーチバレーの有望選手であり、ユース世代の大会でも名を知られる存在。小麦色に日焼けした肌とショートカットが印象的で、峰ヶ原高校では麻衣に次ぐ有名人です。

自由奔放で掴みどころがなく、飾らない性格だが、誰にでも分け隔てなく接する明るさを持ち、仲間やペアを大切にする姿勢は人一倍強い。その一方で、スポーツ推薦での進学を控える中、学力面に不安を抱えており、三年に進級してからは蓮真に勉強を頼むようになります。

のみこみの速さと集中力は持ち前の武器ですが、冗談交じりに距離を詰めてくる奔放さが、咲太とは異なり生真面目な蓮真をたじろがせることもしばしば。しかし根は真剣で努力家であり、「夢をつかむために学ぶ」姿は、彼女自身の成長と決意を象徴しています。

浜松夏帆というペアの存在は、美凪にとってかけがえのない支えであり、互いに信頼し合う絆の深さは周囲からも特別視されています。夏帆の前で見せる柔らかな微笑みは、普段の勝気な印象を和らげるもう一つの素顔ともいえます。

蓮真にとって美凪は、観察者としての自分を“ただの同級生”として自然に引き込み、冗談と真剣さの間で距離を縮めてくる存在です。

スポーツと学び、その両立に挑む彼女との関わりは、今後の高校三年生編において「努力と青春の交差点」となるでしょう。

蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?

  • 豊浜のどか
  • 広川卯月
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