青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない   作:もドえラん

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4.応援という観察で、全力を見届ける

 

 五月十六日

 

 土曜の昼下がり

 

 藤沢のファミレスにヘルプで呼ばれた。

 

 片付けを終えて、戻ろうとしたとき、同じシフトに入っていた古賀が隣に並んできた。

 

 「いや〜、今日も混んでるね〜」

 

 「まあ休日だしな。おつかれ」

 

 「ありがとうきっしー先輩。……あ、そういえば来週の土曜、あたし誕生日なんだ〜」

 

 「……そうなのか。じゃあ、なんかお祝いしようか?」

 

 「ほんと? じゃあ駅前のシュークリーム奢って! 金曜日の放課後に!」

 

 「奢るのはいいけど、指定がピンポイントだな」

 

 「だって、あそこのお店期間限定でカスタード増量してるんですよ。逃したら損だから!」

 

 「……なるほどな」

 

 楽しそうに笑う古賀に、俺も苦笑で返した。

 

 そこでふと古賀が思い出したようにこちらを見た。

 

 「そういえば、きっしー先輩の誕生日って三月二十日でしょ?」

 

 「……そうだけど。よくパッと出てくるな」

 

 「前聞いたし、それにスマホのカレンダーにも登録してあるし」

 

 「わざわざそんなことまでしてくれなくても……」

 

 「別にきっしー先輩だけじゃないから。奈々ちゃんとか、先輩とか、福岡の時の友達とか……友達の誕生日は、全部登録してあるよ!」

 

 「……なるほどな」

 

 古賀は少しだけ口を尖らせるように言った。

 

 「あたしは自分の誕生日忘れられてたら嫌だし」

 

 「大丈夫、忘れないようにするよ」

 

 「……ありがとう、きっしー先輩」

 

 その言葉に、照れ隠しのように笑う古賀を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

 休憩に入る直前、ふと店内を見回すと、ドリンクバーの前に立つ花楓さんの姿を見つけた。

制服ではなく、淡い色のカーディガンにプリーツスカート。私服姿は初めて見る。

 

 「あ、岸和田さん」

 

 柔らかい笑顔で手を振ってくる。前回より少しだけ距離が縮まったような気がした。

 

 近づいてきた花楓さんは、俺のファミレスの制服姿を見て小さく首をかしげる。

 

 「……どうしてここに?この間は新宿のファミレスでお会いしましたよね?」

 

 「……ああ、藤沢の店舗にもヘルプで入るんだよ。咲太から聞いたことない?」

 

 「お兄ちゃん……兄からは……中学の同級生ってことしか聞いてなかったので」

 

 「……なるほどな」

 

 少し間を置いて、花楓さんはカップを両手で持ちながら言葉を続けた。

 

 「今日は家だと、兄が受験勉強していて……麻衣さんも一緒に教えてくれているから、なんだか気を遣っちゃって。外に出る練習も兼ねて、ここに来たんです。」

 

 「……そうか」

 

 短い返事の裏で、胸の奥にあたたかいものが広がるのを感じた。

 

 少し話したあと、花楓さんはドリンクを持って、窓際のテーブル席に戻っていった。

 

 ちらりと視線をやると、机の上にノートパソコンとプリントが広げられている。どうやら課題に取り組んでいる最中らしい。

 

 「……課題?」

 

 思わず声をかけると、花楓さんは少し照れくさそうに頷いた。

 

 「はい。通信制高校の課題なんです。授業は映像配信で、それを見てレポートを提出するんですけど……締切が近いのに、なかなか進まなくて」

 

 画面には授業動画の再生バーと、課題提出用のフォームが並んでいた。紙の課題ではなく、すべてオンラインで完結する仕組みのようだ。

 

 「へぇ……俺も初めて見たな。こういう形なんだ」

 

 「はい。出席日数とかは関係なくて、課題の提出状況が単位に直結するんです」

 

 「なるほどな……。じゃあ、手伝おうか?」

 

 「え、いいんですか?」

 

 「もちろん。バイトの休憩中だし、少しくらいなら」

 

 そう言って、花楓さんの正面に座る。彼女が解いていたのは英文読解の問題だった。

 

 「……この設問、文の主語が見えにくいんだよな。ここは“it”が形式主語で、本当の主語は後ろにあるやつだ」

 

 「なるほど……!あ、だからこんなに訳が不自然になってたんですね」

 

 ペンを走らせながら、花楓さんはぱっと表情を明るくする。

 

 「……わかりやすいです、岸和田さん」

 

 「そうか。ならよかった」

 

 少し肩の力が抜けたように見えたのは、きっと気のせいじゃない。

 

 映像授業といえば、孤独に課題と向き合うイメージがあったが、そうとは想像できないくらい、今の花楓さんは楽しそうに課題を解いていた。

 

 ふと、彼女が最初に言っていた言葉を思い出す。

 

 ——「外に出る練習も兼ねて、ここに来たんです」

 

 (なるほど……)

 

 ただ勉強しているだけに見えて、実はそれもリハビリの一環なんだ。

 

 家の外で、知らない人の視線を受けながら、通信制高校の課題に取り組む。

 

 その小さな行動が、彼女にとっては大きな一歩になっている。

 

 「……花楓さん、頑張ってるな」

 

 思わずこぼれた声に、彼女は小さく首をかしげた。

 

 「え?」

 

 「いや、なんでもないよ。」

 

 そう誤魔化しながら、俺はもう一度ノートの問題に目を戻した。

 

 ページの隅には、彼女の丁寧な字で英文の下訳が並んでいる。

 

 少しずつ進んでいくレポート画面を見て、胸の奥がほんのり温かくなる。

 

 ——そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。

 

 画面を見ると、大津からのLINEだった。

 

 《今月末、中間試験あるじゃん? 明日、勉強見てくれない?》

 

 《夏帆も一緒に来るって》

 

 「……なるほど、そっちも勉強モードか」

 

 小さくつぶやいて、画面を閉じる。

 

 テーブルの向こうで、花楓さんがもう一問を解き終えて笑顔を見せた。

 

 その笑顔を見ながら、俺は次の約束を思い浮かべる。

 

 「……明日は、図書館かな」

 

  五月十七日

 

 翌日、藤沢の図書館。

 

 約束どおり、大津と浜松さんと勉強会をしていた。

 

 「うわ、頭パンクしそう……」

 

 シャーペンを回しながら、大津が机に突っ伏す。

 

 その隣で、浜松さんは冷静にノートを整理していた。

 

 「なあ、大津はともかく、浜松さんも近いうち中間試験あるのか?」

 

 ペンを止めた浜松さんが、ふっと笑う。

 

 「…私の高校も峰ヶ原と同じ時期なんだ。月末に中間があるの」

 

 「そうなのか。じゃあ、三人そろって今月末が山場か」

 

 「いや、山場は来週末だよ!」

 

 急に元気を取り戻した大津が、前のめりに言った。

 

 「来週の土日、静岡で大会があるんだ!だから今のうちに勉強片付けとかないと!」

 

 「は?試験前に大会?」

 

 「うん。まあ、毎年この時期なんだよね。外部の大会だから、日程ずらせないんだ」

 

 そう言って、大津は照れ笑いを浮かべる。

 

 「だから、岸和田も見に来てよ!」

 

 「いや、試験前だろ、そう簡単には……」

 

 「成績優秀な岸和田なら、余裕でしょ!」

 

 悪びれもせずに笑う大津に、ため息しか出ない。

 

 「……無茶言うなよ」

 

 「……私も、来てくれたら嬉しいな」

 

 浜松さんが小さく口を挟んだ。

 

 その声音は大津の冗談めいた誘いとは違って、どこか素直で、まっすぐだった。

 

 「……浜松さんも出るのか?」

 

 「うん。同じ大会。女子ペア戦だから。」

 

 「……そうなのか……まあ、気が向いたらな」

 

 そう答えると、大津が「やったー!」と机を軽く叩いて喜んだ。浜松さんも、ほんの少しだけ嬉しそうに笑っていた。

 

 図書館の窓から差し込む夕陽が三人を照らし、静かな勉強会の空気に、どこか期待めいた色が混じっていった。

 

 勉強会を終えて、駅へ向かう道。西日が沈みかけた藤沢の街は、部活の練習帰りの学生たちでにぎわっていた。

 

 図書館を出てからしばらく歩いたところで、前方から聞き覚えのある声が響く。

 

 「あ、きっしー!」

 

 振り向くと、マスクを外した豊浜が、キャリーバッグを引きながら手を振っていた。

 

 肩までの髪を束ねて、まだステージメイクの名残がうっすら残っている。

 

 どうやらライブを終えた帰りらしい。

 

 「お疲れ。今日ライブだったんだろ?」

 

 「うん!沼津で。朝からずっとだったけど、なんとか終わった〜」

 

 そう言いながら、ペットボトルを傾けて一息つく。その表情は疲れよりも、どこか晴れやかだった。

 

 「そういえば、受験どうするんだ?」

 

 何気なく尋ねると、彼女は少し間を置いて答えた。

 

 「えっとね……あたし、お姉ちゃんと同じ横市を目指そうと思ってる」

 

 「麻衣先輩の大学か。てことは……咲太も一緒か?」

 

 「そうそう!」

 

 嬉しそうに笑ったあと、急に頬をふくらませる。

 

 「でもさ、咲太前に、合格できなかった時にあたしのせいにするために、わざと同じ国際教養学部志望してきたの!腹立つ〜!」

 

 「咲太らしいな……」

 

 思わず笑ってしまう。想像できすぎて、反論のしようもない。

 

 「で、きっしーは? どこ受けるの?」

 

 豊浜が覗き込むように聞いてくる。

 

 「んー、国公立で考えてる。実家戻るなら都内か、通いやすい埼玉・千葉あたり。でも、藤沢から通うなら神奈川の大学もアリかな」

 

 わざと曖昧に答えながら、心のどこかで確信していた。

 

 ——たぶん、自分も横市を目指すんだろう

 

 彼女と同じ景色を見たいとか、そんな単純な理由じゃない。ただ、麻衣先輩や咲太が築いた“繋がりの続き”に、自分ももう少しだけ近づきたくなった。

 

 「なんか言い方がずるいなあ。結局、横市も候補ってことでしょ?」

 

 豊浜がからかうように笑い、並んで歩き出す。その笑顔が、夜の街に溶けていく。

 

 ——そして俺は、心の中でそっと決めた。第一志望は、横浜市立大学、と。

 

 五月十八日

 

 月曜日、昇降口を出たところで咲太に声をかけられた。

 

 咲太とは、三年に進級してからクラスが別々になり、受験勉強もあって会う機会は減っていた。

 

 麻衣先輩も卒業して、以前のように放課後に自然と顔を合わせることもない。

 

 だからこそこうして何気ない会話を交わせるのが、少しだけ懐かしくもあった。

 

 「岸和田、一昨日花楓の勉強見てくれたんだって?ありがとな」

 

 「いや、休憩時間にちょっと説明しただけだ。花楓さんの役に立てたなら良かったよ」

 

 そう言いながらも、咲太はわずかに笑みを浮かべる。

 

 「でも岸和田が見てくれたなら安心だ。花楓、真面目だからちゃんとノート取ってただろ?」

 

 「……ああ、丁寧に書いてたな。俺の話なんかでも一生懸命に」

 

 「だろ? ああ見えて努力家なんだよ」

 

 咲太はどこか誇らしげだった。

 

 歩き出しながら、ふと俺は口にする。

 

 「そういや……麻衣先輩とは最近どうなんだ?」

 

 咲太は苦笑しつつ、頭をかいた。

 

 「受験勉強見てもらってばっかでさ。デートも麻衣さん仕事が忙しくて、全然行けてないんだ」

 

 「俺も最近忙しくて、勉強の手伝いできてなくて悪いな」

 

 つい口にしてから、胸の奥に小さな引っかかりが残る。できていないのは、大津や浜松さんの勉強を見ているせいだが、咲太はそのことを知らない。

 

 「大丈夫だ。岸和田に手伝ってもらわなくても、麻衣さんや豊浜に見てもらえてるから」

 

 そう言って肩をすくめる咲太は、どこか余裕を滲ませていた。

 

 「まあそれに勉強ばっかでも、麻衣さんと二人きりでいられるわけだし。……それはそれで良いんだよな」

 

 わざとらしく肩をすくめるその仕草に、俺は思わず笑ってしまう。

 

 「……満更でもないんだな」

 

 「そりゃそうだろ。僕の麻衣さんに受験勉強教えてもらってるんだからな」

 

 そんなことをさらりと言ってのける咲太に、呆れ半分、感心半分で言葉を失った。

 

 五月二十二日

 

 金曜の放課後、チャイムが鳴って少しして、教室を出ると古賀が廊下で待っていた。

 

 その隣には、落ち着いた雰囲気の女子が静かに立っている。

 

 「……米山さんも一緒か」

 

 「あ、はい。朋絵ちゃんが“ひとりだと恥ずかしい”って言うので。」

 

 「奈々ちゃん!それは言わないでよ!」

 

 古賀が笑いながら言い、米山さんは苦笑を浮かべて肩をすくめた。

 

 「じゃ、行こ、きっしー先輩!」

 

 「はいはい。そんなに楽しみにするもんでもないだろ」

 

 「いやいや、明日が誕生日だから!」

 

 校門を抜けて駅へ向かおうとしたとき、横からひょっこりと声が飛んできた。

 

 「お、岸和田に、古賀に米山さんも。岸和田、三股デートか?」

 

 振り向けば、手をポケットに突っ込んだ咲太が、にやにやして立っていた。

 

 「ちげえよ」

 

 即座に返すと、古賀が真っ赤になって叫ぶ。

 

 「先輩、それセクハラ!最低ぇ!」

 

 古賀がぷんぷんと腕を組み、咲太は笑いながら「はいはい、反省しまーす」と手を挙げる。

 

 米山さんはそのやり取りを見て、小さく息をついていた。

 

 「……一周まわってありな先輩、相変わらずですね」

 

 「まだ僕のこと、そう呼んでるのかよ……」

 

 咲太が苦笑混じりに頭をかくと、米山さんはほんの少し口元を緩めた。

 

 「はい。今さら“梓川先輩”って呼ぶのも、なんか違う気がして」

 

 「……まぁ、好きにしてくれ」

 

 咲太は手を軽く振り去っていく。

 

 その背中を古賀がむくれ顔で見送り、米山さんは小さくため息をついた。

 

 「きっしー先輩の前で、先輩にからかわれると、ちょっと恥ずかしいんですよね」

 

 「気にすんな。あいつの口癖みたいなもんだ」

 

 「……ほんと、きっしー先輩って落ち着いてるよね」

 

 古賀が少し距離を詰め、米山さんが静かに頷く。

 

 「そうだね。」

 

 そう言って笑う米山さんの表情は、まだ少しよそよそしい。

 

 けれどその距離感が、彼女らしい誠実さでもあるのかもしれなかった。

 

 商店街を抜け、目的の店先に着く。

 

 「うわぁ〜!かわいい!」

 

 古賀が目を輝かせる。

 

 「……そんなにテンション上がるものか?」

 

 「だって、明日誕生日だよ!誕生日イブだよ!」

 

 ショーウィンドウを覗き込む古賀の横で、米山さんが微笑む。

 

 「岸和田先輩、朋絵ちゃんの誕生日に付き合ってくれるなんて優しいですね」

 

 「まぁ、たまたま暇だっただけだ」

 

 「……それでも、そういうの、嬉しいと思いますよ」

 

 その言葉には、柔らかな重みがあった。

 

 ベンチに腰を下ろし、三人でシュークリームを食べる。

 

 「……うまっ!」

 

 古賀が頬張りながら笑う。

 

 「……ついてるぞ」

 

 「え、どこどこ!?」

 

 「ここ」

 

 頬を指すと、古賀は慌ててハンカチで拭い、赤くなって笑った。

 

 その様子を見て、米山さんが小さく吹き出す。

 

 「ふふ、朋絵ちゃんらしいね」

 

 「笑わないでよ、奈々ちゃん!」

 

 「ごめん、ごめん」

 

 そう言って笑う米山さんは、普段の静けさとは違う柔らかい表情を見せていた。

 

 食べ終わると、古賀が小さく息を吐き、真面目な声で言った。

 

 「今日はありがとうございました。……すごく嬉しかった!」

 

 「別に大したことじゃない。これからも仲良くしてくれれば、それで」

 

 「もちろん!ね、奈々ちゃん?」

 

 「はい。……岸和田先輩も、受験勉強大変でしょうけど、たまにはこうやって外で息抜きしてくださいね」

 

 柔らかな笑みでそう言う米山さんの言葉に、思わず頬が緩む。

 

 「じゃあ次は、あたしがきっしー先輩に奢るね!」

 

 古賀が明るく言い、米山さんも静かに頷いた。

 

 「そのときは、私も付き合います」

 

 にぎやかな駅前の夕暮れの中、二人の笑顔が並んでいた。

 

 その穏やかな光景を眺めながら、胸の奥に小さな温かさが残った。

 

 その日の夜。

 

 家に帰ると、支度を整えて電車に乗り込んだ。

 

 明日の大会を見に行くため、父の実家がある静岡市へ前泊することにしたのだ。

 

 車窓の向こうに流れる夜景を眺めながら、ふとスマホを取り出すと、古賀からLINEが届いていた。

 

 《きっしー先輩、今日はありがとー!シュークリーム、もう一個食べたくなっちゃった!笑》

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 古賀らしい明るさに、疲れが少しだけ和らいだ。

 

 五月二十三日

 

 翌朝、静岡駅のホームに降り立つと、温かい風が頬を撫でた。

 

 青く澄んだ空が広がっている。天気は上々だ。

 

 俺は東海道線に乗り、浜松方面へ向かった。

 

 沿線の風景には、どこか懐かしさがあった。

 

 父が実家に帰省するたびに、何度か一緒に訪れたことがある。

 

 さわやかのハンバーグや、清水港や焼津港の海鮮丼が好きで、時々ひとりで日帰り旅をすることもある。

 

 電車に揺られながら、窓の外に流れる風景をぼんやり眺める。

 

 (……冷静に考えれば、浜松まで試合を見に行くなんて、少し変かもしれない)

 

 けれど理由はいくつもあった。

 

 父の実家が静岡にあるから土地勘はあるし、週末にひとりで出かけるのはいつものこと。

 

 それに、大津と浜松さんが本気で取り組んでいる姿を、この目で見ておきたかった。

 

 ——頑張る誰かを、ただ見守るだけでも意味はある。

 

 そう思えるようになったのも、花楓さんを支えた豊浜や、花楓さんに進路のヒントを与えていたづっきー。そして、常に誰かのために走り続けている咲太を見てきたからだ。

 

 誰かの努力を“外から見届ける”ことは、決して無駄じゃない。その姿が、また別の誰かの背中を押すこともあるのだから。

 

 「観察することしかできないなら、それを最後までやり通せばいい」

 

 そう心の中で呟きながら、車窓の外に広がる青い空を見上げた。

 

 浜松駅に着くと、バスに乗り換えて試合会場のある遠州灘海浜公園へ向かう。会場が近づくにつれて、海風の香りと、砂を踏む感覚が広がっていく。

 

 車内の窓から見える砂浜には、すでに多くの観客と選手たちの姿があった。

 

 到着したのは朝の九時半ごろ。ちょうどビーチバレーの試合が始まるタイミングだった。

 

 コートの向こうで、砂を蹴り上げながらボールを追う選手たちの声が響く。

 

 大津と浜松さんの姿もすぐに見つけた。

 

 青と白のビキニ姿が陽の光を反射して、夏の始まりを告げるように輝いていた。

 

 遠州灘海浜公園は、全国でも有数のビーチスポーツの聖地らしく、広々とした白い砂浜には、大小さまざまなコートが並び、選手たちのかけ声と観客の拍手が絶え間なく響いている。

 

 浜風が吹くたびに、砂がきらりと舞い上がり、太陽の光を反射して眩しかった。

 

 「……本格的だな」

 

 観客席の一角に腰を下ろし、俺は目の前の試合を見つめた。

 

 コートの中央では、大津と浜松さんのペアがボールを追っている。

 

 砂を蹴り上げ、全力で跳び、汗に濡れた背中が陽光を受けて光っていた。

 

 素人目にもわかるほど、ふたりの息はぴったりだった。

 

 浜松さんの繊細なトスが、高く美しい弧を描いて宙を舞い、その瞬間を逃さず大津がジャンプして、渾身のスパイクを叩き込む。

 

 ボールが砂を切り裂くように突き刺さるたび、歓声が一斉に上がる。

 

 「……すごいな」

 

 言葉が自然と漏れた。体育の授業でやるバレーとは次元が違う。

 

 彼女たちの目の奥には、勝ち負けを超えた集中と覚悟が宿っていた。

 

 試合は昼を越え、午後になっても続いた。風の向きが変わるたびに、浜松さんが声をかけ、大津がそれに応じる。

 

 ふたりの動きは呼吸のように合っていて、見ているだけで時間を忘れるほどだった。

 

 夕方、最後のポイントが決まる。

 

 砂浜に倒れ込む大津と、笑顔で手を差し伸べる浜松さん。

 

 拍手が波のように広がり、二人のペアは明日の準決勝へと駒を進めた。

 

 「……見に来てよかったな」

 

 そう呟きながら、夕焼けに染まる海を見渡す。

 

 遠くの水平線の向こうで、陽が静かに沈んでいく。その光の中で、ふたりの笑顔がまぶしく映った。

 

 試合が終わり、砂浜の空気がゆるやかに静まっていく。

 

 大津と浜松さんのペアが、相手のペアと、コートの中央で握手を交わし、観客から拍手が湧いた。

 

 そのあと、ふたりはこちらに気づき、笑顔で駆け寄ってきた。

 

 「岸和田!来てくれてたんだな!」

 

 汗をぬぐいながら、大津が手を振る。

 

 その顔は、全力を出し切った人間だけが見せる清々しさに満ちていた。

 

 「試合、すごかったよ。特に後半の粘り、あれは圧巻だった」

 

 「でしょ?夏帆のトスが神業なんだよ!」

 

 「そんなことないよ。美凪ちゃんのスパイクが決まってくれたから」

 

 隣でタオルを肩にかけた浜松さんが、少し照れくさそうに笑う。

 

 頬には砂が少しついていて、それでも表情は凛としていた。

 

 「……それにしても、まさか岸和田が本当に来てくれるとは思わなかったよ」

 

 「うん。試験前だし、無理しないで大丈夫だったのに」

 

 「いや、むしろ見に来て良かったよ。ふたりとも、真剣に頑張ってる姿が見れて」

 

 俺がそう言うと、大津が満足げに親指を立てた。

 

 「明日から準決勝なんだ!岸和田も見てってほしいけど……さすがに無理だよね?」

 

 「悪い。流石に明日は中間試験の勉強に専念しないと」

 

 「そっか。まあ、それが正しいよね。」

 

 そう言いながらも、大津の表情にはどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

 「……優勝できるよう頑張るね。今日はありがとう、岸和田くん。」

 

 浜松さんが静かに言う。

 

 「……こちらこそありがとう。ふたりとも、明日も頑張れよ」

 

 手を軽く振って別れを告げると、ふたりは仲間の輪の中へ戻っていった。

 

 夕暮れの海風が、砂浜を優しく撫でていく。

 

 遠くで波の音が響く中、俺は浜松駅行きのバス停へと足を向けた。

 

 誰かを応援する時間は、短くても確かなものだ。それが、今の俺にとっての「観察者」としての形なのだと思えた。

 

 浜松駅から新幹線にのり、小田原まで行く途中、タブレットを開いた。

 

 今日の出来事を簡単にメモに残す。

 

 〈大津と浜松さん、連携の呼吸が見事だった。風の中でも声を切らさず、最後まで笑っていた〉

 

 そう打ち込みながら、自然と口元が緩む。彼女たちの姿が、どこか眩しくて、少し羨ましかった。

 

 画面を閉じると、窓の外に夜の街が流れていった。そして車窓に映る自分の顔は、少しだけ晴れやかだった。

 

 誰かの努力を見届けて、自分もまた机に向かう。それが今の俺にできる、いちばん自然な支え方だった。




登場人物紹介

名前 浜松夏帆『はままつかほ』
身長 169cm(※オリジナル設定)
誕生日 7月1日(※オリジナル設定)

峰ヶ原高校の隣駅の学校に通う、ビーチバレー選手として有名な、大津美凪のパートナー。

その実力はオールラウンダーと評され、レシーブ・サーブ・トスのどれをとっても高水準で、どんな展開でも冷静に対応し、パートナーの呼吸を読むようなプレースタイルは、ユース世代でも注目されています。

また料理が得意で、遠征先ではチームメイトに手作りの軽食を差し入れることもあり、見た目のクールさに反して家庭的な一面を持ち、そのギャップが周囲から人気を集めています。

美凪とは中学一年の時、彼女が所属していたクラブチームに入部したのが出会いの始まり。彼女が不安を抱えるときには何も言わずに隣に立つ。その静かな優しさは、ペアとしての信頼以上に深く、二人の呼吸を完璧に合わせる“無言の絆”となっています。

実は他人の心の機微に敏感で、特に美凪が蓮真を頼る様子には最初こそ戸惑いを覚えながらも、次第にその誠実さを認め、彼自身にも心を開いていく。表情こそ変わらないが、言葉の端々には少しずつ柔らかさが滲み始めていきます。

やがて観察者である蓮真は、彼女の変化を察知し、そして、美凪を支える立場にある自分が、今度は夏帆の心に寄り添う番だと気づいていきます。

彼女の物語は、“努力の意味を問い直す青春”として、高校三年生編のもう一つの核心を担うことになるでしょう。

蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?

  • 豊浜のどか
  • 広川卯月
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