青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない   作:もドえラん

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いつも読んでくださっている皆さまへ。

本日で投稿25話目となり、また先日UAが4,000を超えました。

ここまで読んでくださった方々のおかげです。本当にありがとうございます。

これからも、岸和田蓮真が送る、静かな青春の続きを見届けていただけたら嬉しいです。



青春ブタ野郎はピースメーカーの夢を見ない『米山奈々&古賀朋絵編』
1.夏の約束を、潮風のキャンパスで交わす


 

 八月十二日

 

 夏の朝らしい、刺すような陽射しの中を歩く。

 

 アスファルトの照り返しが靴の底から伝わってくるのを感じながら、俺はタブレットをリュックにしまい、改札を抜けた。

 

 今日は、づっきーと豊浜と一緒に横浜市立大学のオープンキャンパスだ。

 

 「きっしー、なんか大学生っぽくない?」

 

 正門前で合流したづっきーは、日傘越しに顔をのぞき込みながら笑った。

 

 「その私服が言うか?」

 

 「え、これちゃんと調べて“大学見学コーデ”にしたんだけど」

 

 「そんなジャンルあるんだな」

 

 「あるよ、たぶん!」

 

 「“たぶん”で言うな」

 

 軽口を交わしていると、坂の下から豊浜が小走りでやってきた。

 

 「お待たせ!二人とも何漫才してるの?」

 

 「え〜のどか、漫才じゃないよ!」

 

 「いや、だいたいそんな感じだろ」

 

 三人の笑い声が、朝の校門前に響いた。

 

 構内は思っていたより広く、学生スタッフの案内で、各学部の説明会やキャンパスツアーに参加する。

 

 づっきーは興味津々で建物の写真を撮りまくり、豊浜は配布資料を几帳面にファイルへまとめていた。

 

 「づっきー、豊浜、写真とパンフ多すぎないか?」

 

 「えー? いいのいいの、思い出だよ」

 

 「あたしはまとめ魔だから!」

 

 「私はカメラ魔!」

 

 「合わせて情報収集コンビってところか」

 

 「お、ネーミングセンス悪くないね」

 

 「……褒められてる気がしない」

 

 笑いながら、ガラス張りの校舎を抜ける。講義棟の廊下には学生生活紹介の掲示が並んでいた。

 

 「ねぇ、見てこれ。学祭のミスコンのポスター」

 

 づっきーが指差した先、掲示板には数枚のポスターが貼られていた。

 

 中央に印刷された写真には、笑顔の女子大生。

 

 その名前を見た瞬間、俺の手が一瞬止まった。

 

 「岩見沢……寧々?」

 

 「知ってる人?」と豊浜が首をかしげる。

 

 「いや、名前だけ聞いたことがある。この大学じゃけっこう有名らしい」

 

 「へぇ〜、確かに美人さんだね」

 

 「さすが横市って感じだな」

 

 づっきーは興味津々でポスターをスマホで撮り、豊浜も隣で構図を合わせてシャッターを切った。

 

 俺は横でその名前を、いつものようにタブレットに小さくメモする。

 

 ポスターの端には公式インスタのQRコードがあり、記録ついでにフォローしておいた。習慣みたいなものだった。

 

 そのあとも、研究展示や学生トークセッションを巡った。

 

 豊浜は質問コーナーで真面目に挙手をし、スタッフと将来の進路相談をしていた。

 

 づっきーはと言えば、ブースの模型展示でロボットを動かそうとして、係員に止められていた。

 

 「触っちゃダメって書いてあるだろ」

 

 「だって動きそうだったんだもん!」

 

 「動くけど、展示用だからな」

 

 「え〜、見るだけって退屈〜」

 

 「小学生か」

 

 「きっしー、心が狭いよ!」

 

 「いや、それは常識の話だ」

 

 そんな調子で、会場のあちこちから彼女の声が聞こえた。

 

 昼を過ぎる頃、中庭で昼休憩を取ることにした。

 

 風が少し強く、芝生の上に敷いたレジャーシートがぱたぱたと音を立てる。

 

 「ねぇ、ここでお弁当とか食べられるの最高じゃない?」とづっきーが言う。

 

 「夏は暑いけどな」

 

 「でも、同じ大学に通ったらさ……ここでまたサボれるじゃん」

 

 「勉強の話がどんどんどこか行ってるぞ」

 

 「だって、きっしーとこうやって歩く方が楽しいし」

 

 豊浜がペットボトルを口にしながら笑う。

 

 「ほんと、二人とも楽しそうだね。……でも、大学生になったら、きっともっと忙しいよ」

 

 「のどかやっぱり真面目!」

 

 「当たり前でしょ」

 

 「じゃあ、のどかが真面目担当で、きっしーがツッコミ担当で、私は自由担当ね!」

 

 「勝手に役割分担するな」

 

 「じゃあ自由枠ふたつにしてもいいよ?」

 

 「増やすな」

 

 豊浜が吹き出す。

 

 「ほんと、卯月はいつも自由すぎ」

 

 「え!自由って最高だよ!」

 

 そんな時、背後からおだやかな声がした。

 

 「……岸和田先輩?」

 

 振り向くと、淡いクリーム色のワンピース姿の女子が立っていた。

 

 肩までの黒髪がゆるく揺れ、淡い赤のメガネを指で直しながら、小さく会釈した。

 

 「米山さん?」

 

 「はい。やっぱり岸和田先輩でしたか。」

 

 声の端に、懐かしいような緊張が混じっていた。

 

 「今日はなんでここに?」

 

 「来年、横市を受けようと思ってて……下見に来たんです」

 

 「古賀から受けるとは聞いてるよ。米山さん今の時期から下見なんて真面目だな」

 

 「いえ……まだ迷ってますけど」

 

 少し照れたように目線を落とす。以前から変わらない、静かで丁寧な話し方だった。

 

 そのやり取りを見て、づっきーがすぐに首を傾げた。

 

 「きっしー、この子だれ?」

 

 「高校の後輩。米山さん。来年ここ受ける予定らしい」

 

 「へぇ〜!私は広川卯月!アイドルやってる!」

 

 「えっ……あ、はい……よろしくお願いします」

 

 少し戸惑いながらも笑う米山さん。その表情はおずおずとしていて、愛想よりも誠実さが勝っていた。

 

 豊浜も軽く手を挙げる。

 

 「あたしは豊浜のどか。……よろしくね」

 

 「こちらこそ……よろしくお願いします」

 

 「せっかくだし、一緒に回ろ?」とづっきー。

 

 「え、でも……私、邪魔じゃ……」

 

 「ぜんぜん! むしろ四人の方が楽しいって!」

 

 づっきーの勢いに押されて、米山さんは小さく笑い、頷いた。

 

 午後の模擬講義。

 

 講義室の窓から差し込む光がホワイトボードを照らしていた。

 

 俺たちは後方の席に並び、配られたプリントを開く。

 

 ふと視線の先、講義室の一番後ろに座る女子の姿に目が止まる。

 

 黒髪を肩で切りそろえ、細縁の黒いメガネの奥から静かな光が覗いていた。

 

 無表情にも見えるのに、その視線には何かを測るような確かさがあった。

 

 ——どこかで見たことがある。

 

 一瞬、胸がざわついた。

 

 彼女もこちらに気づいたのか、わずかに目を上げる。

 

 ほんの一秒だけ、視線が重なった。驚きではなく、確かめるような光。

 

 だが次の瞬間には、彼女はノートに視線を戻していた。俺はペン先でタブレットを軽く叩き、短くメモする。

 

 > 観察記録:八月十二日 模擬講義内 不明女子(細縁眼鏡)既視感有

 

 教授の声が響く。

 

 「グローバル経済の流動性は……」

 

 づっきーは早々に集中を切らし、豊浜が隣でメモをとっている。

 

 米山さんはというと、静かにノートを取りながら、講義のスライドを真っすぐに見つめていた。

 

 授業が終わると、廊下に涼しい風が流れ込んできた。米山さんはノートを閉じ、小さく息をついた。

 

 「思ってたより難しいですね……でも、面白かったです」

 

 「やっぱ真面目だな、米山さん」

 

 「岸和田先輩が見てると、ちょっと緊張します」

 

 少し照れたように笑う。

 

 その横で、づっきーが勢いよく伸びをした。

 

 「ふぁ〜……頭つかれた〜!でもお腹すいた!」

 

 「そっちの方が本音だろ」

 

 米山さんは腕時計を見て、小さく首を振った。

 

 「ごめんなさい、私このあと塾があるんです。ここで失礼しますね」 

 

 「そっか。無理せずにな」

 

 「はい。……岸和田先輩、また学校でお会いできたら」

 

 控えめに会釈して、柔らかな声でそう言う。づっきーが手を振る。

 

 「またねー! 今度は四人でごはん行こー!」

 

 「……はい、ぜひ」

 

 米山さんの笑顔は、小さくて、けれど印象に残る笑顔だった。

 

 彼女が人の流れに紛れていくのを見送りながら、俺は息を整える。

 

 やがて米山さんの背中は見えなくなった。

そして、さっきの講義室で交わした一瞬の視線だけが、胸の奥に残っていた。

 

 日の光がゆるやかに傾き、校舎の影が長く伸びていた。

 

 「ねぇ、きっしー」

 

 「ん?」

 

 「今日さ、なんか青春っぽくない?」

 

 「お前が言うと全部ネタっぽいんだよな」

 

 「えー、せっかくいい感じだったのに!」

 

 校舎を出ると、潮の匂いを含んだ風が吹き抜けた。日差しがアスファルトに反射して、靴の影を淡く伸ばしていく。

 

 「ふぅ〜、今日けっこう歩いたねぇ」

 

 づっきーが大きく伸びをして、日傘をくるくる回す。

 

 「お前が展示見るたびに立ち止まるからだろ」

 

 「えー、あれは勉強熱心って言うんだよ!」

 

 「ロボットのスイッチ押そうとして止められたやつが?」

 

 「だって押したら動きそうだったんだもん!」

 

 「展示ってそういうもんじゃない」

 

 「きっしー、相変わらず真面目だな〜」

 

 そんなやりとりに、隣の豊浜がくすっと笑った。

 

 「でも、こうして三人で回るの、なんか新鮮だったね」

 

 「だな。……高校とは空気が違う」

 

 「うん。来年には、ここでまた会えるかもね」

 

 その言葉に、づっきーが両手を広げて空を仰ぐ。

 

 「じゃあ、大学生になっても三人で勉強会しよう!」

 

 「いや、その前に受験乗り越えないとな」

 

 俺の言葉に豊浜が笑う。

 

 「じゃあその前に、“夏の勉強会”しようよ」

 

 「勉強会?」

 

 「うん。夏休みのうちに、一日どこかで集まって勉強しよう。どうせ模試もあるし」

 

 彼女の声は柔らかいが、芯がある。豊浜らしい提案だった。

 

 少し考えてから、俺は口を開いた。

 

 「……場所は、横浜とかどうだ? 三人とも行きやすいし」

 

 「おおっ、賛成!」とづっきーが食い気味に反応する。

 

 「みなとみらいならカフェも多いし、昼は海沿いのベンチとかで食べられるし!」

 

 「卯月、それほとんどピクニックだよ」

 

 「えー? “勉強ピクニック”ってことで!」

 

 「そんな言葉ねぇよ」

 

 「今作った!」

 

 「勝手に流行らせるな」

 

 「いいじゃん、きっしーも“監督”っぽく参加してさ」

 

 「俺は観察者だ」

 

 「似たようなもんじゃん!」

 

 づっきーの笑い声に、豊浜がまた吹き出す。

 

 「ふふ……でも、いいね。夏の横浜で、勉強ピクニック」

 

 「ほら、のどかも乗り気!」

 

 「いや、あたしは“勉強”の方に乗り気なんだけど」

 

 「細かいことは気にしない!」

 

 づっきーが満面の笑みで手を叩く。

 

 「決まりだね、夏の横浜勉強会!」

 

 三人の足音が、海風に混じって響く。

 

 駅へ向かう途中、陽炎のような夕焼けがビルの間から覗いた。

 

 豊浜がふと立ち止まり、空を見上げる。

 

 「……この夏、なんかあっという間に過ぎそう」

 

 「そうだな」

 

 「でも、こうして誰かと一緒に過ごせる夏って、久しぶりかも」

 

 彼女の声には、ほんの少しの寂しさと、確かな期待が混ざっていた。

 

 「大丈夫だよ、のどか」

 

 づっきーが肩を並べて笑う。

 

 「まだ夏、終わってないし!」

 

 「そうだな」

 

 俺は二人の背中を見ながら、小さく息を吐いた。

 

 ——この夏の記録は、まだ終わらない。

 風に乗って届く笑い声が、次のページをめくる合図のように響いていた。

 

 八月十三日

 

 部屋の机に向かい、模試の復習ノートを開いていた。

 

 昨日のオープンキャンパスの光景がまだ少し頭に残っている。

 

 づっきーの笑い声、豊浜の真面目な顔、昨日のの空気が、まだ指先に残っている気がした。

 

 鉛筆を置いたタイミングで、スマホが小さく震えた。

 

 画面には大津の名前。

 

 《今、少し時間ある?》

 

 《あるよ。どうした?》と返すと、すぐに電話がかかってきた。

 

 「もしもし、大津?」

 

 「あ、岸和田? ちょっと報告とお願いがあってさ」

 

 「報告?」

 

 「うん。夏帆と一緒に、来週の二十一日から二十五日まで、フィリピンに遠征に行くことになったの」 

 

 「遠征?」

 

 「そう。今度世界選手権があって、その強化演習なんだ。そのメンバーに選ばれて」

 

 「……すごいじゃないか」

 

 「ありがと。でもその前にね、今度の日曜日にクラブ内で練習試合があるの。遠征前の調整も兼ねて。もし時間あったら、見に来てくれない?」

 

 「もちろん。行くよ」

 

 「ほんと? 助かる。夏帆も喜ぶと思う」

 

 通話越しの声は、少しだけ高揚していた。

 

 俺はメモを取りながら尋ねる。

 

 「……世界選手権のために海外遠征って言ってたけど、いつどこでやるんだ?」

 

 「十月にカタールであるんだ」

 

 「カタール……すごいな」

 

 「でしょ? あそこは暑いけど、憧れの舞台。これが終わったら、スポーツ推薦で大学受験って流れになると思う」

 

 「なるほどな……」

 

 「うん。でも遠征が続くから、正直勉強との両立が大変で……夏帆も不安みたい」

 

 少し間が空いた。大津の声の奥には、期待と緊張が混ざっていた。

 

 「じゃあ、フィリピンの遠征から帰ってきたあととか、九月中も、一緒に勉強会やるか」

 

 「え……いいの?」

 

 「俺も受験生だから、ちょうどいい練習になる」

 

 「……ありがとう。夏帆にも伝えておくね。絶対喜ぶ」

 

 通話が切れたあと、机の上のノートを閉じた。

 

 ページの間から、昨日のオープンキャンパスのパンフレットが覗いていた。

 

 書き込みを終えて、窓の外を見上げる。

 

 夏の陽射しが白く差し込み、遠くで蝉が鳴いていた。

 

 大津と浜松さんが向かう場所は、もう俺の知らない海の向こうだ。

 

 けれどその背中を見届けられるなら、それだけで十分だと思えた。

 

 タブレットの画面を閉じると、風がカーテンを揺らした。

 

 潮の匂いを含んだ夏風が、ゆっくりと部屋に流れ込んできた。

 

 八月十六日

 

 雲ひとつない真夏の空の下、電車を降りた瞬間、熱気と潮の匂いが肌にまとわりついた。

 

 平塚駅から海へと続く道を抜けると、遠くに白い砂浜とビーチバレーコートの支柱が見える。

 

 今日は、大津と浜松さんの練習試合を見に来た。来週のフィリピン遠征を前にした最終調整試合だ。

 

 潮風に吹かれながら歩いていると、海辺のパラソルの下から聞き慣れた声がした。

 

 「きっしー先輩!」

 

 振り向くと、古賀が大きく手を振っていた。その隣では、淡い白のカーディガンを羽織った米山さんが控えめに立っている。

 

 「……お前らも平塚まで来てたのか」

 

 「うん!泳ぎに来たんだ〜」

 

 「そういえば、古賀、前に米山さんから、“今年は海行きたいね〜”って誘われたって言ってたよな」

 

 「そうそう! ちゃんと実現したんですよ!」

 

 古賀が誇らしげに胸を張る。

 

 古賀はライトブルーの水着に短パン姿で、まるで太陽の化身みたいに元気いっぱいだった。

 

 一方の米山さんは、紺のワンピースタイプの水着にストローハットを合わせていて、控えめながらも上品な雰囲気をまとっている。

 

 「似合ってるな。……二人とも」

 

 言うと、古賀がにやっと笑う。

 

 「でしょ?きっしー先輩、そういうのもっと自信持って言っていいんだよ?」

 

 「いや、褒めたら褒めたでツッコまれるんだな」

 

 「……ありがとうございます」

 

 米山さんは少しだけ頬を赤らめて、控えめに会釈した。その仕草が、夏の光の中でどこか柔らかく見えた。

 

 「今日はどうしてここに?」

 

 米山さんが問いかける。

 

 「いや、今日は観戦だ。友達が練習試合してて」

 

 「試合?」

 

 「うん。ビーチバレー。大津美凪と浜松夏帆って言って」

 

 「もしかして大津先輩のこと?ウチの高校じゃ有名ですもんね」

 

 古賀が目を輝かせる。

 

 「そう。来週から海外遠征だから、その前に最終調整してるらしい」

 

 「すご〜い!じゃあきっしー先輩、応援団だね」

 

 「まあ、観察係だけどな」

 

 「もう〜、そこは“応援”って言っとこうよ!」

 

 「二人とも、楽しんでいけよ」

 

 「はーい! きっしー先輩も焼けすぎ注意!」

 

 古賀が笑いながら手を振り、米山さんも静かに会釈を返す。

 

 潮の匂いを含んだ風が吹く中、砂浜を抜けると、白線で区切られたビーチコートが見えた。

 

 観客席の向こうで、大津と浜松さんがウォームアップをしている。

 

 「美凪ちゃん、上がるよ!」

 

 浜松さんの声が、夏の空気を切り裂くように響く。

 

 力強くトスを上げた浜松さんのもとへ、砂を蹴って駆け込む大津。

 

 腕を振り抜いた瞬間、ボールが一直線に相手コートへ突き刺さった。

 

 乾いた音と歓声が重なる。

 

 その一撃を見た瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。

 

 (……あの愛媛の試合から、さらに磨かれてる)

 

 大津は、一打一打に確信を持っているようだった。

 

 浜松さんの声に即座に反応し、呼吸を合わせる。

 

 そのテンポが、あの愛媛のコートと同じだった。

 

 “全国”で掴んだリズムを、ちゃんと持ち帰っている。

 

 試合の合間、浜松さんがこちらに気づいて手を振った。

 

 「岸和田くん!」

 

 「順調そうだな」

 

 「うん、やっと“自分たちの形”が戻ってきた気がする」

 

 「愛媛のときより動きが軽い」

 

 「そう? じゃあ、もっと記録しておいてね」

 

 笑いながらペットボトルを口にするその表情には、もう焦りも不安もなかった。

 

 セットポイント。浜松さんのトス、大津のスパイク。

 

 弾けた砂の中で、ボールが吸い込まれるように落ちた。

 

 「決まった!」

 

 大津が拳を突き上げ、浜松さんと笑い合う。

 

 周囲から拍手が湧き起こり、潮風に混じって歓声が響いた。

 

 試合が終わると、二人は砂の上に腰を下ろし、水を飲みながら肩で息をしていた。

 

 俺が近づくと、浜松さんが少しだけ顔を上げる。

 

 「どうだった?」

 

 「成長更新中って感じだな」

 

 「ふふ。じゃあ、次は“海外版”かな」

 

 「期待してるよ」

 

 笑いながら立ち上がる浜松さんの横顔に、潮風が流れる。

 

 「……岸和田くん、ありがとう」

 

 「え?」

 

 「愛媛のあとも、こうして見てくれて。……なんか、嬉しい」

 

 大津がタオルで汗を拭いながら言う。

 

 「私たち、あのときの勢いでここまで来たんだ。だからこそ今日も全力でやれた」

 

 浜松さんが続ける。

 

 「だから岸和田くん、記録ちゃんと残しておいてね」

 

 「了解」

 

 浜松さんが笑い、軽く手を振った。

 

 その指先には、愛媛のときにもしていた貝殻のブレスレットが光っていた。

 

 潮風が頬をかすめ、夏の光がコートを照らす。

 

 夕方の平塚の海は、昼間の喧騒を少しずつ手放していく時間だった。

 

 観客がまばらに帰りはじめ、コートの向こうでは、浜松さんと大津が後片付けをしている。

 

 二人の姿を最後まで目で追いながら、俺はリュックを肩にかけた。

 

 平塚駅から東海道線に乗り込む。橙に染まる湘南の街並みを見ながら、五色浜で見たあの夕景を思い出す。あの時と同じように、砂の上には新しい“歩幅”が刻まれていた。

 

 潮風の中、スマホが小さく震える。

 

 画面には、グループチャットの名前《きっしー観察会》

 

 《きっしー! この間の横浜の勉強会、来週の月曜日でいい?》

 

 《うん、あたしは大丈夫! 九時くらいからにしようか?》

 

 指先が自然に動く。

 

 《了解。桜木町駅集合でいいか?》

 

 《りょーかい!暇になったらアイス食べに行こ!》

 

 《卯月、また脱線する気でしょ》

 

 《バレた?》

 

 思わず口元が緩んだ。平塚の砂浜とは対照的に、画面越しのやりとりは穏やかで、どこか懐かしい温度を持っていた。

 

 電車の窓の外に、夕焼けの残光が広がっていく。その色が、少し前に見た二人の笑顔と重なった。

 

 ——誰かの夏が終わっても、誰かの夏はまだ続いている。




物語解説

この章から、物語は静かに夏の終盤へと移ります。

愛媛の全国大会での経験を経て、夏帆と美凪は、確かな成長と“歩幅の再生”を果たしました。そして今回の平塚での試合では、その勢いが本物であったことが示されます。

蓮真の「観察者としての眼差し」が、彼女たちの変化を正確に見届けることで、前章までの物語全体が、一つの円を描けたように思います。

そして今章「青春ブタ野郎はピースメーカーの夢を見ない」のテーマは、「本音を話すこと」と「友情と肯定感」。

誰かと比べたり、誰かを気にしたりする日常の中で、ほんとうの気持ちを言葉にすることは、意外なほど難しい。だからこそ、支え合いの中で自分を肯定できるようになるまでの時間を、丁寧に描いていきたいと思っています。

そんな物語の続きに、ぜひお付き合いいただけたら嬉しいです。

蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?

  • 豊浜のどか
  • 広川卯月
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