青春ブタ野郎はパラレルスプリングの夢を見ない   作:もドえラん

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4.秋空の下で、見えない影は揺れる

 

 十月二日

 

 空はどこまでも高く、風に少しだけ秋の匂いが混じっていた。

 

 明後日に体育祭を控えた放課後、グラウンドの隅ではクラスごとにテントや器具の準備が進んでいる。

 

 俺は同じ赤組になった大津と咲太と一緒に、出場種目の一覧表を見ていた。

 

 「へぇ、岸和田は玉入れと借り物競争なんだ」

 

 大津が紙をのぞき込みながら言う。

 

 「ああ。それ以外は補欠。まぁ十分だろ」

 

 「いや、借り物競争は運次第で地獄見るよ?」

 

 「……やっぱ出る前におみくじでも引くか。大凶以外ならなんでもいい」

 

 「発想がすでに観察者だね」

 

 大津が笑った。

 

 咲太が一覧をのぞき込みながら言う。

 

 「僕はリレーだけだな。運動系は国見が強いだろうな」

 

 「国見は確か青組なんだろ?」

 

 「そうだな。あいつ、リレーと玉入れの二本立てだってさ。古賀も青組で、リレーに出るらしい」

 

 「じゃあ、リレーで咲太は、古賀と国見と直接勝負か。そういえば双葉は?」

 

 「双葉は借り物競争だと。青組側で」

 

 「……ってことは、俺と双葉が競うのか」

 

 「双葉と岸和田、なんか知的な借り物バトルになりそうだな」

 

 「その表現やめろ」

 

 二人で笑っていると、大津が自分の名前を指差した。

 

 「私もリレーと玉入れ両方出るよ」

 

 「お前も国見と同じで体力モンスターかよ」

 

 「いいのいいの、目立つ方が楽しいじゃん。それに、国見と直接対決できるの面白そうだし」

 

 「それにしても梓川と同じ組かぁ。なんか去年の二人三脚思い出すね」

 

 咲太が「……あー、あれか」と苦笑する。

 

 「終わったあと、強烈な筋肉痛に襲われて大変だったんだぞ」

 

 「でもさ、あれ私のおかげで盛り上がったじゃん?おっぱいとお尻、両方堪能させたし!」

 

 「僕はまた大津のおっぱいとお尻を堪能するより、麻衣さんと人生の二人三脚したいなぁ」

 

 (……咲太、相変わらず何言ってるんだ)

 

 俺が内心呆れてると、大津が吹き出した。

 

 「それ、名言なのか迷言なのか分かんないよ」

 

 「………どっちでもいいけど、咲太の辞書にはブレーキがないな」

 

 三人でそんなやり取りをしているうちに、準備を終えた他のクラスが片付けを始めていた。

 

 「そういえば、麻衣先輩は観に来ないのか?」

 

 俺が尋ねると、咲太は「撮影で忙しいから来れないんだってさ」と答えた。

 

 「まぁでも、去年来てくれたしな」

 

 「去年麻衣先輩来てたのか?」

 

 「来てたよ。わざわざお弁当まで作ってきてくれてさ」

 

 咲太が少し照れ笑いを浮かべる。

 

 「僕の麻衣さん、かわいかったなぁ」

 

 「はいはい、惚気惚気」

 

 大津と声を揃えて言うと、咲太は「事実だからしょうがない」と肩をすくめた。

 

 「……あ、そうだ」

 

 大津が思い出したように手を打った。

 

 「体育祭終わったら、火曜日の夜には世界選手権でカタール行くんだ」

 

 「そっか、もうそんな時期か」

 

 「うん。この間代表合宿が終わって、今度は本番」

 

 「そうか。頑張ってこいよ」

 

 「ありがと。暑さとの戦いだね」

 

 咲太が感心したように口を開く。

 

 「大津、相変わらずすごいな」

 

 「ありがと梓川。でも帰ってきたらまた受験生モードに戻らなきゃだから、今のうちに全力出す」

 

 「……それ聞くと、僕も頑張らないとな」

 

 秋風がグラウンドを横切り、運動靴の砂をさらっていく。

 

 豊浜とづっきーは、ちょうどライブが入っていて来れないらしい。

 

 分かってはいたけれど、少しだけ寂しかった。

 

 秋風がグラウンドを横切り、運動靴の砂をさらっていく。

 

 明後日には、この広い空の下で、それぞれの声が交わるのだろう。

 

 十月四日

 

 快晴。秋の空は高く澄み、白線の上を通り抜ける風がほんのりと冷たかった。

 

 午前の部、移動式玉入れ。赤、青、黄、三組同時の三つ巴戦だ。

 

 スタートの合図を待つ間、グラウンドのあちこちから応援の声が飛び交っていた。

 

 俺は手に持った玉を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

 運動は昔から苦手だ。走るのも、投げるのも、人並み程度にしかできない。

 

 それでも、こうしてチームの一員として立っていると、不思議と悪い気はしなかった。

 

 ふと視線を横に向けると、観覧エリアの最前列に見覚えのあるシルエットがあった。

 

 浜松さん。

 

 灰色のジャージに髪を後ろでまとめ、サングラスを頭にかけている。

 

 ビーチの試合で見たときとは違う、少し落ち着いた表情。

 

 手にはペットボトルを持ち、こちらを静かに見ていた。

 

 目が合うと、浜松さんは軽く手を上げ、口元だけで「がんばれ」と言った。

 

 それだけで、胸の奥の緊張が少し和らいだ気がした。

 

 「岸和田先輩、玉入れ、頑張りましょうね」

 

 隣で声をかけてきたのは米山さん。

 

 赤いハチマキをきゅっと結び、やる気に満ちた顔をしていた。

 

 「米山さんも赤組だったのか。気づかなかったよ」

 

 「はい。……なんか緊張しますけど、楽しみです」

 

 俺が軽く頷いたところで、大津が玉を抱えながら割り込んできた。

 

 「はい注目、赤組の勝利条件は“高さに負けないこと”だよ!」

 

 「青組の加西くん対策だな」

 

 「そう、それ!」

 

 コート中央では、青組の加西くんがすでにカゴを持ち上げて構えている。

 

 190センチ近い長身。青のハチマキを締めたその姿は、もはや“人間ポール”だった。

 

 笛が鳴った。

 

 一斉に玉が宙を舞う。砂ぼこりが舞い上がり、歓声と笛の音が重なる。

 

 「右側、空いてます!」

 

 米山さんが素早く周囲を見渡し、声を上げる。

 

 「了解、行くぞ!」

 

 俺はそのまま右側から回り込み、米山さんと息を合わせて投げ始めた。

 

 玉が交錯し、青組と黄組の間をすり抜けていく。

 

 「おっと、通させねぇよ!」

 

 国見がすかさず前に出て、ブロックの姿勢を取る。

 

 その横で、大津が笑いながら突っ込んでいった。

 

 「はいはい、ディフェンス勝負ね!望むところだよ!」

 

 「おう大津こっちも本気でいく!」

 

 国見と大津が中央で激しくぶつかる。

 

 砂が跳ね上がり、赤と青のラインがせめぎ合う。

 

 その隙を突いて、俺と米山さんは左へとポジションを移動した。

 

 「タイミング合わせましょう、岸和田先輩!」

 

 「オーケー、せーの!」

 

 二人で投げた玉が放物線を描いて空を切る。

 

 太陽光を受けながら、玉が同時にカゴの中へ吸い込まれた。

 

 「やった!」

 

 米山さんが笑顔を浮かべる。

 

 「ナイス米山さん。狙い完璧だった」

 

 青組の加西くんがすぐに構え直す。

 

 その腕の高さに、何度も弾き返されながらも、赤組の玉は確実に増えていく。

 

 大津が国見の守りを押し切って前線に躍り出る。

 

 「岸和田ー!あと三十秒ー!」

 

 「了解!」

 

 米山さんと互いに最後の玉を手に取り、再び息を合わせた。

 

 「いっせーの!」

 

 放たれた玉が同時にカゴへ吸い込まれる。

 

 笛が鳴り、競技終了。

 

 集計の結果、僅差で赤組が一位。二位が青、三位が黄。

 

 「やったー!」

 

 米山さんが両手を上げて跳ねる。

 

 「岸和田先輩、勝ちましたね!」

 

 「やったな」

 

 国見は、大津と握手を交わしている。

 

 観覧席の方をふと見やると、浜松さんがこちらに向かって軽く拍手を送っていた。

 

 陽光を反射するグレーのジャージが、秋風にひらめく。

 

 砂の上に立つ赤組の輪の中で、みんなが笑っていた。序盤戦にしては上出来だ。

 

 風に乗って、歓声が秋空へと広がっていった。

 

 午後の競技に入り、グラウンドの熱気はさらに増していた。

 

 応援席では歓声が途切れることなく響き、秋の陽射しが白線をまぶしく照らしている。

 

 借り物競争。

 

 この競技は、出場者がくじを引いて、お題に合う人物を連れてゴールへ走るというもの。

 

 俺と双葉は、第三レースに出場することになっていた。

 

 「なんか緊張する」

 

 スタートラインに並びながら、双葉が小声で言う。

 

 白衣ではなくジャージ姿の彼女は、理系少女の面影を残しつつも、今日はどこか楽しげだ。

 

 「お前でも緊張するんだな」

 

 「借り物の対象が何かわかんないしね」

 

 スタートの合図が鳴る。

 

 俺たちは同時に走り出し、それぞれの台でくじを引いた。

 

 「……“身長が高い人”?」

 

 「“グレーの服を着てる人”……?」

 

 双葉とほぼ同時に紙を読み上げ、顔を見合わせる。

 

 「……なんか似たテーマだな」

 

 「確かに」

 

 双葉はすぐに方向を定めて走り出した。

 

 視線の先には、青組のテント近くで休憩している加西くんの姿。

 

 「ごめん、加西くん付き合って」

 

 「え、俺ですか!?」

 

 加西くんが目を丸くする間もなく、双葉は腕を掴んで引っ張っていった。

 

 高身長の彼が照れたように後頭部をかく姿が、遠目にも少しおかしかった。

 

 一方、俺の方は。

 

 「グレーの服……」

 

 周囲を見回すと、観覧エリアの前列に、その色が目に飛び込んできた。

 

 浜松さん。玉入れのときと同じ、あのグレーのジャージ姿で、相変わらず穏やかにこちらを見ていた。

 

 目が合った瞬間、軽く首をかしげて笑う。

 

 「もしかして、私?」

 

 「ああ。お願いできる?」

 

 「ふふっ。体育祭で選ばれるの、初めてかも」

 

 浜松さんは軽く息をついて立ち上がると、俺の前に手を差し出した。

 

 「行こっか。ルール的に、手をつながなきゃダメなんでしょ?」

 

 「……らしいな」

 

 指先が触れた瞬間、わずかに電気が走ったような感覚。

 

 浜松さんの手は、ビーチバレー選手らしく少し硬くて、けれど温かかった。

 

 「なんか、恥ずかしいね」

 

 「俺もだよ。まさか手をつなぐとは思わなかった」

 

 彼女が笑うと、グレーの生地が秋風に揺れて、陽の光をやわらかく反射した。

 

 フィールドの中央では、双葉が加西くんとほぼ同時にゴールへ向かっている。

 

 「岸和田、夏帆、急げー!」

 

 大津の声が遠くから飛ぶ。

 

 「行こう、浜松さん」

 

 「うん、任せて」

 

 二人で走り出す。

 

 浜松さんが軽くペースを合わせてくれて、まるでリレーのように息が合った。

 

 そのままゴールラインを駆け抜け、テープを手で切る。

 

 結果は、わずかの差で双葉チームの勝ちだった。

 

 「……勝った」

 

 双葉が息を切らしながら少し笑う。

 

 隣で加西くんが頭をかきながら照れ笑いしている。

 

 「惜しかったね、岸和田、夏帆」

 

 大津が駆け寄ってくる。

 

 「まぁ、あのコンビ相手じゃ仕方ないか」

 

 「うん、でも楽しかったよ」

 

 そう言って浜松さんを見ると、彼女は少し頬を赤らめていた。

 

 「……まさか、体育祭で手をつなぐとは思わなかったな」

 

 「私も。けど、なんか新鮮だった」

 

 浜松さんの笑顔に、思わず言葉を失った。

 

 風が吹き抜け、二人の手の温もりだけが、まだ残っていた。

 

 午後の空は、少しずつオレンジ色を帯び始めていた。

 

 グラウンドでは最終競技、三組対抗リレーの準備が進んでいる。 

 

 赤、黄、青。三本の旗が並び、スタンドの歓声が風に乗って広がっていた。

 

 赤組のアンカーは咲太。

 

 青組は国見。

 

 黄組は陸上部のエースが控えている。

 

 勝敗を決める、まさに最終決戦だった。

 

 俺は浜松さんと米山さんと並んで、スタンドの端に腰を下ろしていた。

 

 「いよいよ最後ですね」

 

 米山さんが少し息を弾ませながら言う。

 

 「朋絵ちゃん、青組の第二走なんです。だから青も応援したくて」

 

 「いいんじゃないか。勝ち負けより楽しんだ方がいいよ」

 

 浜松さんが穏やかに笑う。

 

 「私は美凪ちゃん応援する。きっと本気で走ると思うし」

 

 「じゃあ、俺は咲太を見届けるかな」

 

 風が少し冷たくなって、観客席の旗が揺れた。

 

 スタートラインでは、第一走者たちが構える。

 

 笛が鳴る。

 

 三色のハチマキが一斉に駆け出す。

 

 砂が跳ね、歓声がグラウンドを包む。

 

 青組の古賀が、軽やかなフォームで直線を抜ける。

 

 観客席から「古賀さーんがんばれー!」という声が響き、米山さんが思わず立ち上がった。

 

 「いけー朋絵ちゃん!」

 

 その声に、周囲の生徒たちも笑顔を見せる。

 

 赤組は遅れを取っていたが、大津がバトンを受けた瞬間、空気が変わった。

 

 「美凪ちゃん、きた!」

 

 浜松さんが前のめりになる。

 

 大津は全身で風を切っていた。白線の上を真っすぐに駆け抜け、コーナーで黄組を抜き去る。その笑顔は、まるで競技を楽しんでいるかのようだった。

 

 「うわ、すごい……!」

 

 米山さんが驚きの声を上げる。

 

 「美凪ちゃん、走ると空気まで変わるんだよ」

 

 浜松さんの声に、どこか誇らしさが混じっていた。

 

 赤組は一気に二位へ。

 

 青組の古賀からバトンを受け取ったのは、国見。

 

 赤組の大津からは、咲太。

 

 アンカーが並ぶ。

 

 国見、咲太、そして黄組の陸上部エース。

 

 三人がほぼ同時にスタートを切った。

 

 「ここからだな……」

 

 俺が呟くと、浜松さんが声を張る。

 

 「いけー梓川くん!」

 

 俺も自然と拳を握っていた。

 

 「咲太、いけー!」

 

 トラックを駆ける三人。黄組がわずかにリードし、国見と咲太がその背中を追う。

 

 砂煙が立ち、風が頬を打つ。

 

 「ありな先輩っ!いけー!」

 米山さんも必死に叫ぶ。

 

 コーナーを抜け、最終直線。

 

 国見が半歩前へ出る。

 

 咲太が食らいつく。

 

 黄組もスピードを維持し、三人の影が並ぶ。

 

 「あと少しっ!」

 

 俺が叫んだ。

 

 その瞬間、咲太が一気に体を倒し込むようにスパートをかけた。

 

 ――パーン!

 

 ゴールテープが切れる。 

 

 わずか数十センチ差で、赤組の勝利だった。

 

 「すごい……!」

 

 浜松さんが息を呑んで拍手を送る。

 

 「最後の咲太、完全に本気だったな」

 

 「うん……青春って、こういう瞬間なんですね」

 

 米山さんが微笑んだ。

 

 グラウンドでは、大津が咲太の肩を叩き、笑顔でハイタッチしていた。

 

 その隣で国見と古賀も、お互いを称えるように手を合わせている。

 

 「いい勝負だったな」

 

 俺が言うと、浜松さんが頷いた。

 

 「うん。勝ち負けより、みんなが本気で走ってたのが伝わってきた」

 

 秋風がグラウンドを渡り、白線の砂をさらっていく。夕暮れの光の中、笑い声と歓声が金色に溶けていった。

 

 夕暮れの校舎に、片付けのざわめきが残っていた。照り返しの弱まった光が、グラウンドの白線をぼんやりと照らし、生徒たちの笑い声が遠くで溶けていく。

 

 体育祭が終わったあと、大津は浜松さんと先に帰った。

 

 二人で話しながら歩く姿は、見ているだけで穏やかな気持ちになる。

 

 咲太は青組の方で、国見と双葉に囲まれていた。

 

 国見が咲太の肩を叩きながら何か言い、双葉が呆れたように笑っている。

 

 ああ、あの三人らしいな……そう思いながら、俺は荷物をまとめて昇降口へ向かった。

 

 その途中だった。廊下の影から、米山さんが顔をのぞかせた。

 

 「岸和田先輩」

 

 「お、米山さん。おつかれ」

 

 「おつかれさまです。……今日、楽しかったですね」

 

 彼女は少し汗ばんだ前髪を耳にかけながら、控えめに笑った。

 

 「玉入れの時、勝てたの嬉しかったです」

 

 「米山さんのおかげだよ。冷静に玉を入れていたし」

 

 「ありがとうございます。でも、文化祭も今日みたいに楽しめたらいいんですけどね」

 

 「文化祭?」

 

 俺が首を傾げると、米山さんは少し困ったように笑った。

 

 「クラスの出し物、まだ決まってなくて。カフェにするか、謎解きゲームにするかで揉めてるんです」

 

 「古賀からも聞いたよ。まだ意見が真っ二つなんだな」

 

 「はい。どっちも面白そうだから、余計に決まらなくて」

 

 そう言って目を伏せた彼女の横顔を見た瞬間、視界の端が、ふっと揺らいだ。

 

 音が遠のき、足元の床がわずかにずれる。まるで、自分だけ現実から半歩だけ外れた場所に立っているような。

 

 (……?)

 

 思わず瞬きをすると、すぐに世界は戻っていた。米山さんは何事もなかったように、穏やかにこちらを見ている。

 

 「どうかしましたか?」

 

 「…いや、なんでもない、体育祭で疲れたんだと思う」

 

 「そうですか」

 

 「…クラス、うまくまとまるといいな」

 

 「ありがとうございます。……がんばりますね」

 

 そのとき、後ろから元気な声が響いた。

 

 「奈々ちゃーん!」

 

 振り返ると、古賀が手を振りながら走ってくる。リレーで見せた勢いそのままに、頬を少し赤くしていた。

 

 「きっしー先輩、おつかれー!」

 

 「おう。リレー、いい走りだったな」

 

 「でしょ?今日一番輝けたと思う!」

 

 「自分で言うか」

 

 「えへへ。……あ、奈々ちゃん、今日も一緒に帰ろ!」

 

 「うん朋絵ちゃん。岸和田先輩、お疲れ様です」

 

 「じゃあね、きっしー先輩!」

 

 米山さんは軽く頭を下げて、古賀の方へと歩き出す。二人の背中が、夕焼けの廊下の奥へ消えていくのを、俺はしばらく見送った。

 

 グラウンドの方からは、まだ片付けの声が響いている。少し遅れて吹いた風が、頬を冷たく撫でた。

 

 「……気のせい、か」

 

 そう小さく呟いて、俺も鞄を肩にかけた。沈みゆく夕陽の中、世界はいつもと同じはずなのに、

 

 その色だけが、どこか違って見えた。

 

 十月五日

 

 昨日の疲れがまだ少し残っていた。

 

 放課後、机に肘をつきながらスマホを開く。

 

 グループチャットを開くと、「づっきー」「豊浜」「俺」の三人のトークが並んでいた。

 

 昨日は二人ともライブがあった日だ。

 

 《昨日おつかれ》

 

 と送ると、すぐに返信が返ってきた。

 

 《ありがとう〜!きっしー体育祭どうだった?》

 

 《優勝した?》

 

 《赤組勝ったよ》

 

 と返すと、間髪入れずにスタンプが二つ。

 

 づっきーからはカービィがハイタッチしているスタンプ、豊浜からは拍手してるウサギのスタンプ。

 

 《きっしー運動できなさそうなのに意外!》

 

 《づっきー、それは失礼だよ!》

 

 《でも当たってるんでしょ?》

 

 《まあ否定はできないな……》

 

 そんな他愛もないやり取りが、いつもの空気を取り戻してくれる。づっきーの天然な突っ込みと、豊浜の優しいフォロー。それだけで少し笑ってしまう。

 

 《また勉強会してね!》

 

 づっきーがそう送ってきて、豊浜も続けてスタンプを押す。

 

 《うん、またやろ!》

 

 俺は軽く笑いながら《了解》とだけ打って、スマホを閉じた。

 

 ……そのはずだった。

 

 すぐに通知が鳴る。画面を見れば、差出人は豊浜。個別のトーク。

 

 《きっしー、日曜日ヒマ?》

 

 短い一文。だが、妙に無機質に見えた。

 

 「……急だな」

 

 思わず口に出る。

 

 さっきの絵文字も、軽い冗談もない。ただ、文字だけが並んでいた。

 

 《ちょっと話したいことあるの。今度二人で会わない?》

 

 (……どういうことだ)

 

 胸の奥で小さな違和感が灯る。それでも、気づけば指が動いていた。

 

 《づっきーはいいのか?》

 

 ほんの一瞬の間、画面の下で入力中のマークが点滅する。

 

 《ううん、大丈夫》

 

 短い返事。けれど、どこか“言葉を選んでいる”ような間があった。

 

 《どんな話?》

 

 送信。すぐに既読がつく。

 

 数秒の間を置いてから、返事が届いた。

 

 《当日話すよ……来てくれる?》

 

 「……来てくれる?」

 

 その五文字が、やけに静かに響いた。

 

 先月のライブ、それに横浜の勉強会。

 

 あのとき一瞬だけ見せた表情が脳裏をよぎる。

 

 楽しげな笑顔の裏にあった、何か言葉にならない沈黙。気のせいだと思っていたけれど、違うのかもしれない。

 

 (何かある……)

 

 その確信に似た予感が、胸の奥を掴んだ。

 

 《いいぞ。場所は?》

 

 数分後、返事が届く。

 

 《その日小田原でライブあるから藤沢でお願いできる?十八時に。》

 

 《了解》

 

 「……藤沢、か」

 

 小さく呟いて、スマホを閉じた。

 

 窓の外では、秋の夕暮れが街を染めていた。朱に沈む空の下で、息を吐く。

 

 季節は確かに進んでいる。けれど、このメッセージの余韻だけが、静かに俺の胸に残った。

 




登場人物紹介

名前 米山奈々『よねやまなな』
身長 154cm (※オリジナル設定)
誕生日 8月21日(※オリジナル設定)

古賀朋絵のクラスメイトで、高校一年の六月、砂浜でストラップを探していたとき、咲太と朋絵に見つけてもらい、その後、朋絵が前沢の告白を断ったことをきっかけに、玲奈たちのグループから外れた際には、自分のグループへと自然に誘い、以後は親友として寄り添っています。

普段は眼鏡をかけ、おとなしめで柔らかな印象を与えますが、意外とゲーム好きで、文化祭や体育祭などの学校行事にも積極的に参加するタイプです。人の感情に敏感で、つい気を遣いすぎてしまう面もあるが、それが彼女の優しさでもあります。

蓮真とは、朋絵を通して知り合い、最初は「朋絵の先輩」という印象でしたが、次第に彼自身の穏やかな性格や観察眼に興味を持ち、文化祭の準備などではさりげなく助け合う関係になります。

蓮真にとっても、朋絵を支える奈々の存在は静かな安心をもたらしているといえるでしょう。

蓮真は最終的にどちらを選ぶと思いますか?

  • 豊浜のどか
  • 広川卯月
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