第一波を乗り越えた私たち。
アリーゼさんの話よると第五波まである。
つまりあと四回。
アリーゼさんの体験談を聞いて輝夜さんたちの表情が一段感真剣になる。
態勢を立て直し、陣形を組む。
前衛は輝夜さんとリオンさん。
中衛はアリーゼさん、ライラさん、ノインさん、ネーゼさん、イスカさんの5人。
後衛はマリューさん、セルティさん、リャーナさんと私だ。
輝夜さんとリオンさんでモンスターを倒し、アリーゼさんが二人のサポートをしながら中衛と後衛にも目を張る。
マリューさんは回復役で、セルティさんとリァーナさんは砲撃役。
私はこの三人の護衛。
護衛と言っても中衛にアリーゼさんとライラさんがいるなら私のところまでモンスターが来ることはないだろう。
私たちは前進する。
セーフティーゾーンを抜けて少し進むと、ダンジョンが低い唸り声をあげた。
壁が割れ、モンスターが次々と姿を現す。
また、さっきみたいに道を埋め尽くすほど現れるのかと思った瞬間、背筋に冷たいものが走り、冷や汗が止まらなくなる。
しかし、今回は違った。
モンスターが壁から完全に這い出る前に、灰となって崩れ落ちていく。
「前に出すぎるなよ、リオン!」
輝夜さんが鋭く叫び、前衛の二人――輝夜さんとリオンさんが、壁から生まれかけのモンスターを片っ端から叩き斬っていく。
壁から生まれた途端に斬られ、モンスターは何もできず灰になる。
だけど、一度に十や二十と湧いてくる相手を、二人だけで完全に抑えられるわけがない。
取りこぼした敵をアリーゼさんやライラさんが仕留め、その二人をネーゼさんやイスカさんたちが支える。
しかしいくら倒してもモンスターは減らない。
むしろ徐々に増えていく。
きりがない。
「セルティ!」
アリーゼさんが叫ぶ。
直後、目の前の小さな背中から強烈な砲撃が繰り出される。
轟音とともにモンスターが消滅した。
しかしすべてではない。
魔法の射程外にいたであろうモンスターが前進してくる。
壁からはまだまだモンスターが生まれ続けている。
リオンさんと輝夜さんが間髪入れず、モンスターを攻撃する。
二人の間を抜けてきたモンスターをアリーゼさん、ライラさんが倒す。
そしてサポートをネーゼやイスカさんがする。
因みに私は一番後方で回復役であるマリューさんの護衛をしている。
いまのところはすべてアリーゼさんのあたりで食い止められているから大丈夫だろう。
加えて私の後ろにはアレスがいる。
いつ怒鳴られるかと思うと心臓が縮み上がるけれど、背後からモンスターに襲われる心配はない。
それだけで心強かった。
少しずつ前進している。
魔石を踏む度に実感する。
余裕があるわけではないが、戦いは安定している。
このまま進んでいけば問題なく次のセーフティーポイントまでいける。
それがわかっているのか、前衛の二人も攻撃が衰える雰囲気はない。
二人につられてみんなの士気も高い。
大丈夫だ。
「セルティ!」
何度聞いたかわからないアリーゼさんの砲撃を要請する声。
気づけばまたモンスターが溢れていた。
さっきまで減っていたのに。
しかも段々と魔法を要求するペースが速くなっている。
「ハァァァ!!!」
セルティさんが雷魔法を繰り出す。
だが、気迫に反して雷は弱々しく、射程も短い。
直撃しても生き残るモンスターがまだ多くいた。
「やばっ!」
脳裏に、悪い未来が一瞬で流れ込む。
前が崩れ、中衛が押し出され、後衛が孤立して――。
剣をギュッと握りしめなおす。
モンスターは先ほどよりも速いペースで生まれている。
リオンさんが魔法で倒しきれなかったモンスターを倒そうと、前に出る。
輝夜さんがカバーしようと背中を追う。
前衛と中衛の距離が広がった。
その隙間にモンスターが湧く。
隙間に生まれたモンスターの一部がリオンさんたちの背中を狙う。
二人は気づいていない。
アリーゼさんがそれを阻止しようと前に出る。
ライラさんを中心にネーゼさんたちがアリーゼさんの穴を埋めようと、前にでる。
だけどモンスター多さに処理しきれない。
中衛が前に出たことで後衛の私たちもその背中を追う。
目の前にはモンスターが溢れているというのにだ。
私たちは前衛の前にモンスターが湧くように立ち回っていた。
その分、前進する速度はとても遅かったが、後衛や中衛が直接モンスターに狙われることはなかった。
だけど、今。
強引に前に進んだ。
最後尾にいる私とマリューさんはモンスターが湧く位置にいる。
非常にまずい。
下がるべきか、一瞬ためらう。
その時――。
「ギェェェ!」
頭上から獣の鳴き声。
反射的に視線を上げる。
斜め上の壁から、こん棒を構えたゴブリンが――こちらに飛び降りてきた。
マリューさんはセルティさんに回復魔法をかけていて気付いてない。
リャーナさん既に顔面蒼白でマインドダウン一歩手前。
新手に対応する余力なんてない。
振り下ろされる棍棒。
咄嗟に剣で受け止める。
「うぐっ!」
重いっ!!
目の前のゴブリンは、せいぜい一メートルにも満たない体躯。
一階層に生息していて、初心者ですら狩れるはずの存在。
なのに振り下ろされた一撃は、オークかそれ以上の重みを持っていた。
これ以上体重を乗せられたら負ける!
「ンッラァラァァ!」
態勢を崩しながらも無理やり弾く。
もう一撃受け止めたら剣が折れる。
直感がそう告げていた。
「なっ!」
立て直す暇さえ与えてもらえない。
小さな体がとてつもない速さで突っ込んでくる。
反射的に防御姿勢を取るが、無意味だった。
鉄球に直撃したかと錯覚するほどの衝撃。
体が宙に浮かぶ。
次には背中に強烈な衝撃が走る。
呼吸が乱れ、体が動かない。
「××××!!」
叫んだ。
なんて叫んだかはわからない。
ゴブリンが、死が目前に迫り、無我夢中だった。
「ティスリア!!」
私の目の前に一つの影が現れた。
長い紅髪が揺れ、一閃。
ゴブリンは灰となって消えた。
アリーゼさんがポーチからポーションを取り出す。
中身は半分ほど。
受け取ろうと腕を上げるが、上がらない。
私は小鳥みたいに口を開けた。
慣れたようにアリーゼさんはポーションを私の口の中に流し込む。
「あり、がとう、ございます」
差し出された手を握り、立ち上がる。
背中がズキズキと痛む。
だけど、我慢できないほどじゃない。
私はまだ動ける。
アリーゼさんは額に腕や足から血を流し、息も荒いのに、笑顔を向けて持ち場に戻った。
ゴブリンが現れて、三十秒にも満たない。
けど、私にダンジョンの過酷さを教えるには十分な体験だった。
戦場は混乱していた。
前衛が前に出すぎたせいで、中衛との距離があき、その隙間にモンスターがなだれ込む。
前衛の背中を守るためにも中衛はモンスターを排除しながら、強引にその背中を追う。
中衛の先頭が倒し漏れたモンスターが後衛近くまでたどり着く。
このままだとモンスターに包囲される。
アレスの方をちらりと確認するが、動く気配はない。
こいつは本当に、誰かが死にかけないと動かないだろう。
もしかしたら死んだあとに動き始めるのかもしれない。
さっきのゴブリンとの一戦で私はいっそう強くそう感じた。
「立て直さなきゃ」
前衛と中衛はモンスターの処理で手一杯。
後衛もセルティさんとリァーナさんはマインドダウン寸前。
マリューさんも先ほどからずっと回復魔法を唱え続けている。
潰れるまでそう猶予はない。
アレスも動く気配はない。
私しかいないのだ。
背中の痛みを押し殺し、私は剣を鞘に納め、後ろにいるアレスに魔剣を要求する。
魔剣。
簡単に言えばそれは強大な魔法を放つ剣だ。
魔導士が使う魔法と違って、詠唱も魔力も必要ない。
誰が振ってもその威力は同じ。
つまりレベル1の私が唯一みんなと対等になれる武器。
それゆえに価値はとても高い。
物によっては一振り何百万もする。
本来なら未知のモンスターとの遭遇時に奥の手として使う手段だが、この際仕方ない。
あとで怒られそうだけど、私が魔剣を使わなきゃいけない状況に追い込んだみんなが悪い。
アレスは無言で魔剣を私に投げ渡した。
「魔剣を使います! 避けてください!!!」
背中が痛むのを我慢して声を張った。
前衛にいる輝夜さんちにも届くように。
その甲斐あって、全員が道を開けた。
「オラァァァ!!」
大きく振り下ろした。
刃から迸った火炎がモンスターを一瞬で焼き尽くす。
とてつもない威力だった。
リァーナさんの魔法の威力を5とするなら12~15くらいある。
視界の魔物が一掃され、鳴き声が消える。
戦場に一瞬だけ、静寂が訪れた。
「輝夜さんとリオンさん退いてください! 中衛の皆さんも間が空きすぎです! 態勢を立て直しましょう!」
しかし誰も動かない。
視線を交差させるだけ。
既に壁が割れ、モンスターが新たに生まれ始めている。
「前衛が前にですぎです! 下がってください! 中衛も距離が空きすぎです! 集まって戦いましょう!」
二度目の呼びかけにアリーゼさんが遅れて反応し、皆へ指示を飛ばす。
その声に従い、前衛と中衛が再び集結した。
とりあえずこれで前衛がモンスターをブロックしてくれる。
そのサポートだけど、アリーゼさんはもう無理だ。
息が上がって、汗の量も凄い。
このままだと次の休憩ポイントまでもたない。
「アリーゼさんは一個下がってください! その枠にノインさんとネーゼさんお願いします! アリーゼさんはお二人のサポートを!」
ノインさんとネーゼさんは訝しげな、表情をする。
しかしアリーゼさんが私の指示に従うと、二人も従った。
とりあえずこれでアリーゼさんが少し休める。
「リオンさんと輝夜さんは常に中衛と距離を意識して戦闘をお願いします!」
返事はない。
けど、大丈夫だろう。
後衛三人組が先ほどからずっと私を睨んでいるが、気にしている暇なんてない。
「あと、もう少しです! 頑張りましょう!」