正義はめぐる   作:萌花千

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4話 やらかした

 誘拐の件については、引き続き調査の結果を待つことになった。

 ただ、それを担当するのはアストレア・ファミリアではないらしい。

 

 そして、会議は次の議題へ移る

 

 その内容を聞いた瞬間、私の心臓が軽く跳ねた。

 

「アレスの件ね。……今回は、正直やりすぎだと私も思うわ」

 

 アリーゼさんの口から淡々と語られていく“事件の概要”。

 それは、私がこの二日間で経験したことの総ざらいだった。

 

 まず、新人――つまり私を巡回のメンバーに加えたこと。

 次に、巡回中に起こった問題。……私がうっかり武器に触れ、結果として相手に剣を抜く動機を与えてしまったこと。

 そしてその後、リオンさんが派手に相手を吹っ飛ばしてしまい、その件でギルドから注意を受けたこと。

 

 ギルドから注意されいたの?

 

 心の中で思わずつぶやいた。そんな話、私は初めて聞いた。

 街の治安を守る立場のファミリア。冒険者の見本でなければならない存在。

 そんな私たちが、ギルドから注意を受ける――それは確かに、大きな問題だ。

 ……アレスが怒っていた理由の一端は、私にも理解できてしまった。

 

 さらに、新人育成の管理や方針についての不備。

 それが曖昧なまま進んでしまったことで、今回の問題が発生した。

 その件について、ライラさんはアレスから執拗に問い詰められていた。

 そして……私は、その場面に出くわした。

 私の魂をえぐるような言葉を投げつけられ、最後には手を出された。

 

 先輩たちによると、今までアレスに殴られなかった人はいなかったそうだ。

 けれど、今回のように“突き”を叩き込まれた例は一度もなかったらしい。

 つまり、私は前例のないやられ方をしたということだ。……まったく、嬉しくもなんともない。

 

「ティスリアはどう? 参考までに、あなたの意見を聞かせてほしいわ」

 

 アリーゼさんの声に、場の視線が一斉に私へ集まる。

 

 ――え? 私に?

 入団二日目の新入りに、しかも被害者だからって、団長の進退について意見を言えって……。

 それはさすがに無理があるんじゃ……。

 

「け、経過観察で……お願いします」

 

 必死に絞り出した言葉は、逃げ腰の判断保留。

 それを合図にしたかのように、先輩たちの鬱憤が一気に吹き出した。

 

 態度がでかい。

 口が悪い。

 酒臭い、ダンジョンに酒を持ち込むな。

 人には文句ばかり言うくせに、自分が注意されると聞く耳を持たない。

 

 途中からは「まじキモい」「絶対モテない」と、愚痴を通り越してただの悪口になっていった。

 

 だけど――。

 

 どの団員も、アレスの“強さ”だけは認めざるを得ないようだった。

 

 アレス以外の団員が束になっても勝てない。

 ファミリアの主権を奪うために定期的に勝負を挑んでいるが、全敗。

 一撃を入れることすらできず、息を上げさせることもできない。

 

 それどころか、皆で苦戦していたモンスターを、アレスは酒をあおりながら一人で倒したこともあるらしい。

 

 輝夜さんは、静かな声でぽつりと告げた。

 

「あれは人ではない。鬼だ」

 

 

 

 

 その後もしばらく、アレスへの愚痴は途切れなかった。

 

 ファミリア内では、これまでも度々アレスの行動や態度が問題視されてきたらしい。

 輝夜さんや他の団員は「アストレア・ファミリアにふさわしくない」とまで口にして、不満を隠そうとしない。

 

 そんな中で、アリーゼさんだけがあまり口を開かなかった。

 最初は悪口が嫌いなのかと思ったけれど――違った。

 その沈黙には、もっと別の意味があるとすぐに分かった。

 

 私と同じように違和感を覚えたライラさんが問いかけると、アリーゼさんは少しだけ間を置き、昔話を語り始めた。

 

 アリーゼさんが入団した当時、ファミリアはわずか三人しかいなかった。

 その頃のアレスはまだ酒に溺れていなく、口は悪かったが今よりもずっと接しやすかったらしい。

 そしてアストレア様の指示で、アレスがアリーゼさんの世話を任されていた。

 

 街の巡回、ダンジョンの知識、人とモンスターの戦い方の違い……。

 アレスの指導は本を読むような知識面に偏っていて、実戦はほとんどなかった。

 

 けれど当時のアリーゼさんは体を動かしたくて仕方がなかった。

 そしてある日、無断でダンジョンに潜ってしまったのだ。

 

 レベル2に上がったばかりの頃。

 調子に乗って、ひとりで十四階層まで足を伸ばしてしまった。

 

 探索は順調で、ひとりでここまで来られたことに満足していた。

 そろそろ帰ろう――そう思った矢先、事件は起きた。

 

 偶然、モンスターから逃げてきた冒険者の一団と鉢合わせてしまったのだ。

 数秒、視線が交差する。

 そして、アリーゼさんはモンスターを押し付けられた。

 

 遠ざかっていく冒険者たちの足音を聞きながら、泥沼の戦いが始まった。

 

 倒しても倒しても湧いてくるモンスター。

 数は減らず、疲労だけが確実に蓄積していく。

 動きが鈍り、攻撃を避ける余裕がなくなっていく。

 

 一撃で倒せていたはずの敵を仕留め損ない、歯を食いしばりながら剣を振るい続ける。

 けれど握力は限界を迎え、ついには剣を落としてしまった。

 

 次の瞬間、モンスターの攻撃が直撃。

 受け身をとることもできず、力の抜けた体が床に叩きつけられる。

 

 視界は揺れ、世界がぐるぐると回る。

 けれど妙に思考だけは冴えていて――アリーゼさんはそこで死を覚悟したのだという。

 

 立ち上がらず、戦うことをやめ、生きることすら諦めて目を閉じた。

 

 ……しかし、いつまで経っても追撃は来なかった。

 代わりに耳に届いたのは、聞き慣れた、ぶっきらぼうな声だった。

 

『いつまで寝転がってるんだ? 帰るぞ』

 

 目を開けると、そこには自分の身長と変わらないほどの大斧を握ったアレスが立っていた。

 息を切らしながらも、モンスターをすべて片づけて。

 

 アリーゼさんはその後、アレスにおんぶされてホームへ帰ったらしい。

 話を終える彼女の横顔は、どこか気恥ずかしそうで――それでいて、ほんの少し誇らしげに見えた。

 

 私はただ、黙って聞いていた。

 胸の奥に、ざらついた感情が広がっていく。

 あのアレスにそんな一面があったなんて。

 それを知ってしまった今、嫌いだと切り捨てることが――少し、難しくなっていた。

 

 

 アリーゼさんが語り終えると、輝夜さんが手元にあった布巾をアリーゼさんの顔めがけて投げつけ、声を張り上げた。

 

「初恋の思い出なぞ語るな!」

「ヘブッ!」

 

 アリーゼさんは慌てて否定していたけれど、他のみんなは頬に手を当てて、夢見る乙女みたいな顔をしていた。

 ……あれはもう、完全に恋バナにときめいている顔だ。

 私なんて、聞いているだけで胸がムズムズして落ち着かなかったのに。

 

 とりわけリオンさんは人一倍、顔を真っ赤にしていて、耳まで染まっていた。

 あんなふうに赤くなるなんて、普段のリオンさんからは想像もつかない。

 もしかして、心のどこかで自分を重ね合わせていたんだろうか。

 

「アリーゼはアレスに惚れてんのか。じゃあ、しゃーないな。副団長様は団長様に熱々と」

 

 誰かが軽口を叩くと、みんな「なるほど」とばかりに笑顔で頷いた。

 冒険者である前に、彼女たちは女の子なんだなと、改めて実感する。

 そう考えると、私だけがその輪の中に溶け込めていないような気がして、少しだけ置いていかれた気分になった。

 

 アレスの話で盛り上がっていたせいか、ふと気づけばもう日が傾いていた。

 部屋の中に差し込む夕陽は赤く、会議の熱気を冷ますように静かに伸びている。

 気づけば、今日の会議はこれで終わりということになっていた。

 

 ……あれ? そういえば、もうひとつ議題が残っていたはずじゃなかったっけ。

 結局なんだったんだろうか。

 胸の奥に小さな疑問を残しながら、私は椅子から腰を上げた。

 

 

====

 

 アリーゼは定例会議を終えた後、議題をひとつ残したまま、自室に数名だけを呼び寄せた。

 

 呼ばれたのは輝夜、ライラ、リューの三人である。

 集められた理由は、今後ティスリアをどのように教育していくか、その方針を固めるためだった。

 

 輝夜はアリーゼの片腕だ。

 ライラはここ最近、最もティスリアと関わる時間が長く、その性格や素養を把握している。

 そしてリューは団員の中で最も新しく加わった身であり、同時に若くして高い実力を誇る。彼女が入団した際に「教えてほしかったこと」を逆に助言してもらえると考えられたのだ。

 

「夜分遅くに呼び立ててごめんなさい!」

 

 アリーゼが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「副団長、そう思うなら……せめて声量を考えるべきでは?」

 

 涼やかな声で輝夜が突っ込みを入れる。

 

 軽いやり取りの後、会議は始まった。

 

 最初の議題は巡回への同行についてだった。

 今回の事案を踏まえ、ティスリアを再び巡回に連れて行くべきかどうか。

 もし見送るなら、どの時点で再開させるのが妥当か。

 

 この点については、実際に同行したライラの意見が尊重されることになった。

 

「正直、今のまま巡回に同行させるのは危険だな」

 

 ライラは即答する。

 

 理由は三つ。

 一つ、戦い方を知らない。

 二つ、正義感が強い割に実力が伴っていない。

 三つ、頭に血が上りやすい。

 

 巡回に出る団員は、荒事に慣れた冒険者たちと日常的に顔を合わせることになる。ときに挑発され、ときに因縁を吹っかけられる。そんな場で感情のまま言い返せば、待っているのは本物の拳だ。

 

「秩序を守る側に必要なのは、まず忍耐。今のあいつはは自分の正しさを主張せずにはいられない性格。……そのまま外に出すのと余計な面倒ごとを引き起こしそうだ」

 

 ライラの言葉に、輝夜とリューも黙って頷いた。

 

 結果として、当面ティスリアを巡回には連れて行かないことが決定された。

 

 続いて議題はダンジョンについてに移る。

 

 こちらは全員一致で「連れて行くべきだ」という結論に至った。

 上層であればモンスター相手に戦闘訓練ができるし、武器の相性を見定めるのにも好都合。加えて稼ぎも得られる。巡回とは異なり、相手は人間ではなく魔物。正義感や性格に左右されにくい点も利点だった。

 

 ただし、すぐに潜らせるわけではない。

 その前に、まずは基礎的な戦い方を軽くレクチャーし、ティスリアの現在の力量を把握する。

 そうすることで仲間が補助しやすくなり、またティスリア自身も自分の立ち位置を理解できるはずだ。

 

「――以上が今夜の結論ね」

 

 アリーゼは三人を見回し、小さく息をついた。

 

 巡回は見送り、ダンジョンは限定的に参加。

 教育の方針はようやく形を成した。

 あとはティスリア本人が、その期待に応えられるかどうか――。

 

 静かな夜気の中で、四人の意識は自然と次なる一歩へと向けられていた。

 

 

 最後、輝夜が部屋を後にするとき、ポツリとアリーゼに警告した。

 

「副団長、あいつはリオンと同じタイプだ」

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