正義はめぐる   作:萌花千

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7話 あいつうぜぇ

 私は庭の隅っこにちょこんと座り、戦いを見守っていた。

 心臓がやかましいくらいに跳ねている。

 

 アリーゼさんたちが剣を振るい、技を繰り出し、必死に挑んでいる相手は――たった一人。

 重厚な鎧に身を包み、武器は一切持たず、己の肉体だけを武器とする化け物。

 

 対するこちらは十人近い。

 普通に考えれば数の利で押し切れるはずだ。

 私だって、最初はそう思った。

 

 けれど――

 

「クソッ!」

「なんでだ!」

「化け物め!」

 

 悲鳴に似た怒号が響く。

 誰の攻撃も届かない。

 魔法を撃っても、剣を振るっても、アレスには掠りもしない。

 

 前衛で盾を構えていたライラさんが、またも吹っ飛ばされた。

 もう何度目だろう。

 見るたびに胃が縮む。

 

「ライラに回復魔法を! リオン、輝夜! 時間を稼いで! リャーナとセルティは詠唱続けて!」

 

 アリーゼさんの鋭い指示。

 リオンさんと輝夜さんが声もなく駆け、アレスに挑む。

 

「ぬるいな」

 

 低く呟いた瞬間、二人の姿がぶつかり合った。

 衝突事故……? いや、違う。

 アレスが位置をずらし、二人を同士討ちさせたんだ。

 

 怯んだリオンさんに追撃が迫る。

 輝夜さんは体勢を崩しながらも必死に刀を振るうが――簡単に腕を掴まれ、鎖のように振り回された。

 

「うそ……」

 

 その隙にリオンさんが食らいつこうとする。

 だが、輝夜さんをまるで棍棒のように叩きつけられ、攻撃は届かない。

 二人まとめて、地面に叩き落とされる。

 

 間髪入れず、リャーナさんとセルティさんの詠唱が終わり、強烈な魔法がアレスに直撃した。

 爆炎と轟音。土煙が上がる。

 

 二人の顔に一瞬、勝利の笑みが浮かぶ。

 私だって「やったかも」と思った。

 

「油断すんじゃねぇ!」

 

 煙を切り裂いて、鉄の塊が飛び出した。

 全身鎧が質量兵器のように突っ込み、二人は小石のように吹き飛ばされる。

 

 ごう、と風を切る音。

 ヘルムの奥から覗く目がギョロリと動き、アリーゼさんを捉えた。

 

「団長、下がれ!」

 

 イスカ、アスタ、ネーゼの三人が立ちはだかる。

 だが、それもほんの刹那。

 一撃ごとに的確に腹を撃ち抜かれ、三人同時に地面へ沈んだ。

 

 目の前で仲間が無残に散らされる。

 アリーゼさんの視線が鋭く光り、覚悟を決めたように前を見据える。

 

「お前で――」

 

 言葉を言い切る前に、彼女は地面を強く蹴った。

 瞬きの間に間合いを詰め、剣が閃く。

 

 五連撃。

 雷鳴のような速度で繰り出される連撃。

 

 しかし――アレスはそれを寸分違わず受け止めた。

 金属のぶつかる甲高い音が何度も連なり、火花が散る。

 

「すごい……」

 

 思わず言葉が漏れた。

 あれだけの速度と重さを備えたアリーゼさんの剣撃を、すべて正面からさばききるなんて。

 普通の冒険者なら、一撃だって耐えられないはずなのに――。

 

 背中に冷たい汗が流れる。

 ただの訓練だとわかっていても、目の前の戦いは命を削り合う本物の戦場にしか見えなかった。

 

 

 

  次はどんな技が繰り出されるのか――私は目を離せなかった。

 アリーゼさんの剣筋は速く、鋭く、美しい。見ているだけで胸が高鳴る。けれど、その手からぽとりと剣が零れ落ちた。金属が土を叩く鈍い音と同時に、アリーゼさんの体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「ティスリア!!」

「は、はい!」

 

 アレスの呼ぶ声に、私は条件反射のように立ち上がった。

 頭で考えるより先に体が動いていた。気づけば足は勝手にアレスのもとへ駆け寄っていた。

 

「三十分休憩だ。こいつらの面倒を見ろ」

 

 低く響くアレスの声。その瞬間、あちらこちらから屍兵のような呻き声が湧き上がる。戦場は終わっても、修羅場は続いていた。

 

 私は慌てて水やタオルを用意し、走り回る。

 氷をぎっしり入れた冷水に布を浸し、冷え切ったタオルを次々と仲間に手渡した。中には、受け取る力すら残っていない人もいる。「頭の上に置いて……」と弱々しく頼まれ、私は顔全体が隠れるようにタオルをそっとかけてやった。

 

「だから殺すんじゃない!」

 

 怒鳴られ、私は思わず舌を出した。

 ……てへぺろ。

 

「アリーゼさん、大丈夫ですか?」

 

 地面に力尽きて倒れるアリーゼさんを覗き込む。

 殴られて倒れるより、今の方がよほど危うい。そんな気がして、思わず呼吸の確認をした。

 胸が規則正しく上下している。

 

 ……大きい。羨ましい。

 

「え、ええ。大丈夫よ……水を、もらえるかしら」

 

 声を張ろうとしたものの、すぐに力が抜け、細い息に変わった。腕や足が小刻みに痙攣している。誰の目にも限界だとわかる。

 

「はい、どうぞ」

 

 私は彼女の上半身を抱き起こし、支えた。力が入らないのか、彼女の体は重みというより柔らかさだけを私に預けてきた。ゆっくり、少しずつ水を口元に運び、流し込む。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 脈は速いまま、顔色も青ざめている。けれど私にできることはもうない。ただ自然に回復するのを待つしかなかった。

 

 できることない私は次の患者の元へ向かう。

 リオンさんのもとへ。

 

 彼女は腹を押さえ、派手に嘔吐していた。

 清廉潔白で気高いエルフが……吐いている姿を、私はできれば見たくなかった。

 正直、かなり汚い。しかも吐き方が下手だ。

 しずつ我慢して小出しにするから余計につらそうに見える。

 こういうのは一気に出さなきゃダメなのに。

 

 私は背中をさすりながら、思わず掛け声をかける。

 

「さん、にー、いち、はい!」

「オウェェェェェェ!」

 

 ……お昼食べすぎじゃない?

 

 けれど、今の嘔吐でようやくすっきりしたのか、リオンさんの嗚咽はぴたりと止まった。

 表情も少しだけ和らいだように見える。

 

「お水です。ゆっくり飲んでくださいね」

「あ、ああ……ありがとうございます」

 

 どもるリオンさん。恥ずかしさのせいなのか、それとも口元が痙攣してうまく回らないのか。……まあ、どっちでもいいか。

 

「ふん、あれくらいで吐くとは。存外――うぷっ」

「我慢するのが一番よくないんですよ~」

 

 青い顔で汗をだらだら流しながらも、強がりを言う輝夜さん。

 見栄っ張りすぎて痛々しい。

 私は苦笑しながらその背中をさすり、また掛け声をかけた。

 

「オウェエエエエ!」

「リオンさんより上手ですね!」

 

 ……ほんと、この人たちお昼食べすぎなんじゃない?

 

「だ、黙れ小娘……!」

 

 と言いながらも、輝夜さんはリオンさんにドヤ顔を向ける。

 リオンさんも負けじと睨み返す。

 

 この人たち仲いいな。

 緊張と笑いが入り混じったその空気に、私は少しだけ胸を撫で下ろした。

 

 

 

 ここで、私は彼女たちの回復力の異常さに心底驚かされた。

 

たった十分ほどで――あれだけゲロ吐いて倒れていた人たちが、何事もなかったかのように顔を上げ、輪になって反省会を始めたのだ。

 

「ここはよくなかった」

「次はこうすればもっといい」

 

まるで普通に作戦会議でもしているみたいに、真剣で、冷静で。

……いやいや、ついさっきまで死にかけてなかった!?

 

冒険者だから? それともレベル4の力なの?

どちらにしろ、人間離れしていて怖い。

 

「ティスリア」

 

片付けをしている途中で、不意に名前を呼ばれた。

振り向けば、ライラさんが手招きをしている。

 

「なんですか?」

「次はお前も入れ」

 

一瞬で血の気が引いた。

駆け寄ろうと足を動かすけど、信じられないくらい重い。

心臓はドクドク暴れているのに、足は鉛みたいだ。

 

――あのゲロまみれの地獄に、私も入るの?

嫌だ。怖い。女の子として大事なものまで失いそうで、本気で嫌だ。

 

「次はティスリアが指揮官をお願い」

「わ、私がですか!? やったことなんてないんですけど!」

 

アリーゼさんの突然の指名に、思わず声が裏返った。

入団して二週間ちょっとの新人にやらせることじゃない。

私が下手に指示すれば、かえってみんなが混乱する。

 

「大丈夫よ! ただ兜を被って立っていてくれればいいわ!」

 

そう言って渡されたのは、頭に木の棒が突き刺さった妙な兜だった。

 

「えっと……この棒を切られたら負け、なんでしたっけ?」

「そうよ! ティスリアがかぶってくれたら、みんなもっと自由に動けるの!」

 

なるほど。確かに、前衛のアリーゼさんが被っていた時は、棒を庇う動きで窮屈そうにしていた。

 

「そ、それは……よかったです」

 

……いやいや。つまり今度は私が標的になるってことじゃん。

本気で大丈夫?

絶対アレスにぶっ飛ばされる未来しか見えないんだけど。

 

――あのときの発言、きっと根に持ってるよね。

私だったら根に持つ。確実に。

 

「ティスリアは後ろで隠れていて!」

「わ、わかりました!」

 

返事はしたけど、内心では思う。

 

後ろってどこだよ。

 

相手は都市最強、レベル7。

さっきの戦いを見た限り、本気を出されたら誰も止められない。

アレスが私を認識した瞬間に突っ込んできたら、誰にも防げない。兜の棒なんて一瞬で斬られる。

 

――よし、誰かの背中の影に隠れよう。それが一番安全。うん、そうしよう。

 

そして、二回目の訓練が始まった。

 

私はアリーゼさんの指示をあっさり無視し、前衛の誰かの背中に身を隠した。

標的を絞らせないように、ひたすら移動し続ける。

アリーゼさんたちは一瞬「えっ」という顔をしたけど、アレスの猛攻を前にして注意する余裕などなかった。

 

「下がって!」

後衛のセルティさんたちが叫ぶ。

 

 私は聞こえないフリをした。

 

後ろに下がったら、確実にアレスが私を目掛けて突っ込んでくる。

腹パン食らってオエオエ吐くのは絶対嫌。痛いのはもっと嫌だ。

 

それに、後衛がそんなことを言うなら魔法の詠唱ぐらいしろって話だ。

打ち込める隙は何度もあったのに。もったいなさすぎる。

 

 

戦闘が開始して五分も経たないくらいだろうか。

 

問題が発生する。

 

私はレベル1。

私が頼る背中はレベル3か4。

つまり――動きについていけない。

 

すぐに置いて行かれる。

置いて行かれた瞬間、私は標的になる。

 

だから必死に追いかける。

ただひたすら、死角を探し、背中を追い求める。

 

けど、体力は限界を迎えた。

ただ逃げ回っているだけなのに、息が切れ、肺が焼けるように痛い。足ももう上がらない。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

輝夜さんの背後にいたとき、アレスが一気に間合いを詰めてきた。

私は慌てて、一番近いリオンさんの元へ走る。

 

――けど、あと一歩届かなかった。

足がもつれ、体が前に傾く。

 

やばっ!

 

と思ったその瞬間、目の前にリオンさんのぷりっとしたお尻が迫ってきた。

 

なんで!?

 

リオンさんが私にぶつかって、そのまま一緒に転がる。

 

「――ッ!」

 

視界の端に、アレスの拳が振りかぶられるのが見えた。

こちらに一直線に迫ってくる。

逃げようにも、リオンさんが足の上にのしかかっていて、私は動けない。

 

もうダメだ。

逃げられない。

 

恐怖で体が硬直し、私はぎゅっと目をつぶった。

 

「クソブスが、死ね」

 

落雷のような拳は振り下ろされる直前、その冷たい呟きが耳を貫いた。

 

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