「<マスター>様、滞在の間はこの空き家をお使いください」
「良いんですか?」
「ええ、元々、客人の為に拵えた家ですので」
村に戻ると、質素な空き家に案内された。
空き家とは言うが手入れが行き届いていて、ぼろいとか、汚いとか、そういった雰囲気ではない。
「じゃあ、俺はこっちの部屋使うわ」
「では僕はこちらを」
女子組と男子組で流石に棟は分けて、それでも尚収容人数に余裕がある。何を想定していたんだ。
……あまり考えていなかったが、シアさんは女性だ。
街に戻ったら部屋の取り方を考えなければならないな。少し考えておこう。
僕が椅子で寝ればいい、という話でもあるまい。
「そうだ、お食事をご一緒にどうですか? 村の爺婆が張り切ってるものでして」
「携行食あるけど……どうする?」
「ご相伴にあずかりましょう。携帯食は取っておいてもいいですし」
「だな、じゃあ俺たちはそうします」
「ありがとうございます。では、準備ができ次第お声がけしますので、それまでゆっくりとなさってください」
まるで旅館か何かだな。出ていく村の人を見送りながらそう思う。
「んー……いつ来てもおんなじだな。親切すぎだっての」
「何度か来たことが?」
「おう。ミスティと一緒にデンドロ始めた頃に世話んなって、今は恩返し中だ。……来るたび増えてっけどな」
「ははは。では、今回も頑張らないといけませんね」
「そうだなぁ、ハッハッハ」
明朗に笑う灰流さんは、実に楽しそうで、どこか嬉しそうだった。
◆
夕食も終え、村の散策とかこつける。
ファンタジー的な農村の風景など、現実ではついぞ見ることはなかったろう。
目に焼き付け、時折メモを取り、ゆっくりと夕景の風を浴びる。素晴らしい。
ふと、人集りが目に留まった。わいわい、がやがやと何かを中心に人々が寄り集まり……何事かをありがたがっている。
徐に近づき様子を見ると、そこに居たのはシアさんだった。
「腰の痛みが酷くて……」
「はい、すぐ良くなるはずですよ……《ファースト・ヒール》ッ!」
「……あ、ああ! 本当によくなりました! ありがとうございます!」
「いえいえ、【司祭】として当然ですっ! 他に、どこか調子の悪い方はいらっしゃいませんかー?」
「さっき指切っちゃったんです!」
「はいはーい、ではどうぞこちらへ」
なるほど、治療師の代わりか。
王都でも手伝いをしているとは聞いたが、出会って1週間かそこらなので、実際に仕事をする姿は初めて見る。
なんと言うか……つくづく荒事には向いていなさそうだな、と思ってしまう。
その素質をもっとしっかり生かせる道もあっただろうに、僕という存在で諸々が歪み始めただけなのだ。
自分でそれを望んだとはいえ、だ。軽々しく決めるべきではなかったろうに。
「……善い娘ね、ホント」
「ああ、居たんですね」
見ればいつの間にか、ミスティさんも見物に来ていた。
「灰流さんからいろいろ聞きました」
「そ。いいとこでしょ?」
「はい」
「でも助かったよ。この村、【薬師】さんしか居なくてさ。じっくり治すのは良いんだけど、手早く治してほしいタイミングってのもあるでしょ?」
「なるほど」
眼の前の人集りは、そうした“早く治したい人々”である様子。
理由は様々だろうが、【司祭】の面目躍如なのは言うまでもない。
「……最初はどうなることかと思ったけど……キミらがいい人たちでよかったよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「そう?」
「言い方は変ですが、その、気を使わないでいてくれて」
「ああ、そういうね。有名な作家さんって気づいてびっくりしたけど、結局は人だし、かしこまるのも変だって思ってさ」
「……貴方がたのような方だけが、世の中にいたら良いんですが」
「いろいろ苦労してんのね」
「はい、それはもう」
なお苦労の内訳としては、主に金銭面のトラブル。次点で総一郎である。
◆
日が沈み、早朝。
外の騒がしさに目を覚ますと、既に灰流さんが身支度を済ませていた。
「何か、ありましたか?」
「隣村が逃げてきたやつがいて、村がゴブリンに襲われたって言ってるらしい。ちっと悠長すぎたか」
「なる、ほど……」
今のところパニックを起こしかねないシアさんに合わせて頂いている以上、こちらの落ち度である事は想像に難くない。
そんな不安が顔に出ていたのか、灰流さんは笑って肩を叩く。
「あー気にすんな気にすんな。増援の要請も既にやってる。起きちまった事は仕方ないし、これ以上被害を増やさないことを考えよう。な?」
「……はい」
そう割り切れる心が少し羨ましい。割り切られた側に移入してしまう己が愚かしい。
所詮はゲームと理解していても、心情的な部分がそれを拒む。
……一先ず朝食は抜きでいいとして、さっさと準備を整えよう。
9/22 改稿 表現を修正
3日4日→1週間かそこら