進むにつれて、敵の数はますます増えていく。休憩を取る間もない程度には。
流石に集中力も切れて来るし、何より通常のゴブリンに加えて混じる、“ジェネラル”を冠する個体がやけに硬い。
通常の何も冠さぬものであれば、1000を超えたSTRのお陰でシアさんは1撃で葬れるが、2撃3撃要るとなると途端に反撃のリスクが増え、メンタル面へのダメージもその分大きくなっている。
「ひゅぅ……ひゅぅ……ひゅぅ………」
『落ち着いて、深呼吸を』
「は、はぃっ……すぅ……ふぅ……」
半狂乱になっていないのは助かるものの、武器の振り方も若干予想がつきづらい。
そのせいで若干こちらも酔い始めている。
一旦戻って深呼吸したいが、泣き言を言っていられる状況ではないので堪えるしかない。
「Gyagyagyagya!」
「またおかわりかよ!?」
「ごめん! ポーション飲ませて!」
「悪い、嬢ちゃん! カバー出来るか!?」
「っは、はいっ!」
上段からの振り下ろしで1体、続けざまの薙ぎ払いで3体。
そのまま振り抜けるかと思われたが、件のジェネラルがそれを受け止める。
柄を握る手に動揺が現れ、震えが一層大きくなるも……それを押し殺し、力任せに得物を押し込む。
それに怯んで体制を崩した所に、1撃、2撃。3撃目を振ろうとした所で、光の塵になっていることに気づき、止まる。
この急制動がきついので止めて欲しいが、流石に贅沢は言ってられないだろう。
「……よし! MP補充完了!」
数少ないMPポーション。
浴びるなどしても効果はあるが、その分ロスも出てしまう。
そしてそのロスが、今は致命的になりかねない。
「オーケー、行くぞ! 《
◆
「さっすがに……堪えるな……!」
「はい、水」
「あんがと、ミスティ」
場数を踏んだベテランでさえこうなのだ。
シアさんなんてもう、言うまでもないほどに疲弊している。
「シアちゃんも……要るよね?」
「はい、はいっ。っは、はいっ」
「落ち着いて。今は一旦休めるから」
「ありがと、う、ございます」
「タカキさんも。一旦戻って休んだほうが良いんじゃない?」
『……では、お言葉に甘えて」
吸って、吐く。
単調な繰り返しで、吐き気を抑え込む。
何処か焦げ臭い空気は清涼感があるとはいえないが、何もしないよりはマシだった。
ふと、何かが視界の端に映る。
中心に収めて理解した。あれが恐らく──
「……酷いな」
襲われた隣村、であろう。
少し小高い位置だからか、全貌がはっきりと見渡せる。崩れ、燃え、人の気配がまるっきり無い。
代わりに蠢くのは緑色の点……恐らくゴブリン。
その内の1体が、赤い線を描きながら、何かを引きずっているのが見えた。
眼鏡生活の現実では到底見えなかったろうが、この体ではギリギリ見えてしまった。
……赤色の正体については、あまり考えたくない。
これ本当に全年齢対象のゲームか?
ふと、村の中央、一際高い塔が、半ばから折れて崩れていく。戦火に耐えきれなかったのだろう。
上がる土煙。少し遅れて、崩壊の音。
「っ!?」
「うわっ、何だ?」
「塔が崩れました」
「なるほど……いや、ちょっと待て」
灰流さんが耳を澄ませると、ハッとしたように地面を見る。つられて見れば、草が揺れていた。
風のものではない、地面からの揺れで。
……地響きがしている。
それも、少しずつ大きくなっている。
「不味い、来るぞ!」
「な、何が──」
「──■■■■■■■!!!」
世界がスローになる。
心胆を寒からしめる、耳障りな雄叫び。体格の良い灰流さんよりも一回り大きい体躯。
醜悪に肥えたにも関わらず、機敏に動く身体能力。
大口を開き、涎を垂らし、両腕を伸ばし。
それは真っ直ぐに、シアさんへと──
「──《
裂帛の気合と共に、大盾の突進が繰り出される。
軽くノックバックしたエネミーは、しかしながら無傷であった。
「敵襲! 《ルアーオーラ》ッ!」
「ぼさっとしない! 早く動くっ!!」
「っ、はい!」
大声で我に返る。
今の自分は生身で、シアさんからも離れていた。
慌てて駆け寄り、へたり込んで震えているシアさんを横抱きに抱え、その場から少し離れる。
「チィッ、【ゴブリン・キング】かよコイツっ!!」
「あと取り巻き何体いるのよ!?」
「わかる訳ぁねぇだろ!!」
【ゴブリン・キング】、頭に情報は入れている。
取り巻き……というか、配下のゴブリンを全員殺さない限り、その配下にダメージを転嫁し続ける。
とどのつまり無敵。
抱えたシアさんを地面に置くと、うずくまって震え始めた。
「シアさん、大丈夫ですか?」
「むっ、む、むむむ無理です。もう駄目です。無理なんです……」
大丈夫ではない、それは判っている。
「シアさん、シアさん!」
「死んじゃう、死んじゃう、みんな死んじゃう。やだ、嫌だ、お母さ──」
「──アレクシアっ!!」
「っ」
強引に起こし、手を両肩に置き、目を合わせる。
「タカキ、さま……」
「戦えますか?」
「むり、ですっ。あん、あんなの、無理ですっ!」
「本気ですか? ジェネラルだって倒せた筈だ。あれだって戦える。というか、僕らが居ないと駄目なんです。灰流さん達では倒せない」
「無理って言ってるでしょ!?」
悲鳴にも似た叫び。
目の端に涙を浮かべ、怒りと恐怖が混じり合ったような顔のまま、吐き捨てるように言葉が続く。
「わ、私はただの一般市民なんですっ」
──……は?
「あなたのお陰で凄い力を得られただけの、ちょっと調子に乗った小娘なんですっ!」
「──」
急に、何を──
「おもちゃを与えられた子どもみたいに悦に浸って」
「……おい」
「部屋の隅っこでウジウジしてる方がお似合い──」
「喧しいっ!!」
──言い出すのかと、思えば。
「そんな事は判ってるんですよ端から!」
一瞬の間隙。
「……えっ?」
「徹頭徹尾!!」
「えぇ?」
「勢いで貴女と《
きょとんとするんじゃないバカタレ。
「じゃ、じゃあ契約解除してくださいよ! 今この場で──」
「馬鹿かお前は!? 死ぬんだぞ!?」
「私は死んだっていいですもうっ!」
「貴女が、じゃねぇんだよ!!」
肩を握る手に力が入る。
「貴女は良いかも知れませんが、ここにキングが来た。何が目的かは解りませんが、行軍が始まったのかも知れない」
「追加の<マスター>が来るのは早くとも明日。それよりゴブリンの行軍は早いと見ていい」
「ここで僕らが食い止めなければ、スコト村の人々が死ぬんです!!」
「──っ」
ハッとしたような顔。
実際そうなのかは全部知らない。要するに詭弁だ。
しかしここで彼女を奮い立たせねば、折れたままにしてしまったら、夢を砕いてしまったら。
「それで良いんですか?」
「貴女は、貴女を許せますか?」
──僕が、僕を許せない。
「……め、です。駄目です。嫌です!」
「なら、すべきことは?」
「…………手を」
「はい」
右手を離し、彼女の手を握る。
「《ウェポンシフト:グラインダー》」
武器へと変じる。視界が広がり、体の内からエンジン音が鳴り響く。
両手で確りと握られながら、瞑目し何かを呟くシアさんを見守る。
「……きゃ、やらなきゃ。私がやらなきゃ」
目が開かれ、握り直される。
いつものポジションへ、戦う時の構えへ。
「私が……やるんだっ!!」
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