「……何か、災難っすね」
「はい」
翌日、シエンさんへお詫びをしにやって来たものの、未だに何かと理由をつけられ、昨夜寝たときからずっと身体的接触を絶つことは許されていない。
あの状態では流石に歩けないので、今はおんぶの形で運ばされている。
スカートなんだからもっと、こう、恥じらいを持ってほしい。
そんなこちらの様子を見て、彼は何かを言い淀んでいた。
「……子泣きじ……ば、いや、うん」
「軽いんでその表現は適当では無いですね」
「《ホワイトランス》」
「あっづぅ!? 何で!?」
ああ、掠めた光槍で耳の端を軽く熱せられている。
可哀想に。
「……重量のことを表す<マスター>様方の表現、ですよね?」
「はい、それで概ね合っているかと」
「……《ホーリー──」
「すんませんしたっ!?」
「──わかればいいんです。わかれば」
シアさん、今度はちょっと強めの魔法撃とうとしたな。
フィールドならまだしも、街の中でそれは止めて欲しい。流れ弾が普通に危ない。
「お嬢ちゃん。そないな魔法街中で撃ったら、怪我人出てまうわ」
ほら見たことか、通りがかりの人にも注意され──
「もっとやるなら、こうやるん、よっ!」
「あっだぇ!?」
──えっ。
えっ?
その通りがかりの人が、着物美人が、シエンさんをぶん殴った。
インパクトの瞬間、少し手が光っているのも見えた。
……恐らくは《魔法発動無詠唱化》辺りを使った回復魔法だろうが、何とも器用なことである。
というか、よくよく見たら十二単じゃないか。
よくそんな重量物着ていられるな。ほぼ布の重石だぞあれ。
「何で? 何で!?」
「乙女に重い言うた天罰や、甘んじて受けとき」
「えいっ!」
「なん゛!?」
いつの間にやら降りたシアさんのグーパンが、シエンの腹を再び打ち据える。
「こう、ですか?」
「ええやんええやん。でも、もっと腰入れて、思いっ切り行った方がええよ」
「ありがとうございます! 次はそうしますね!」
「…………次が無いよう身の振り方に気をつけます」
殊勝な心掛けだと思う。
回復しているとは言え、痛覚を切っていないとそれなりに痛いだろう。
……そんなことより。
「……して、何用ですか?」
「なんや急に物々しい」
「物々しくもなりますよ。扶桑月夜さん」
僕はこの人を知っている。
「あら、知っとったん? うちも有名になったもんやねぇ」
扶桑月夜。
クランランキングのトップに座する<月世の会>のオーナーにして、【教皇】の座を奪い【女教皇】となった……王国に在籍する<マスター>である。
「この方が、ですか?」
「あーはい、そうですよ。めちゃくちゃ強い人です」
「そーそー、めっちゃ強いん。だから本気で殴っとったら、この義腕ちゃんは木っ端微塵やったな」
「怖いこと言わないでもらえます?」
ぬるりと会話に割り込み、そのまま中心に居座れるのは、流石の手腕と言うべきか。
<月世の会>は現実にも存在する宗教法人であり、彼女はその教祖を務めている。
こちらとあちらの顔と名前が全く同一なのは、その教義の故。
“枷に囚われた肉体より離れ、真なる魂の世界に赴く”。
“自由なる世界で、己の魂の赴くままに自由を謳歌せよ”。
そしてこのデンドロ内を、その真なる魂の世界として活動しているのが、彼女のクラン<月世の会>である。
「は、はじめまして。私は──」
「──シアちゃんやね、知っとるよ。んで君はソウちゃん。フルネームで呼んだほうがええ? アレクシア・エルヴンルードちゃんに、タカキ・ソウちゃん」
「……よくご存知で」
「だって有名やもん、妙な<エンブリオ>の<マスター>が居るーって」
「……あの、ボクは……?」
「あ、君は知らん」
「あっはい」
まあ、【猛王】の獲得やら何やらで、流石にここまで来たら噂にはなっているか。
……シエンさんはドンマイ。
「んで、ソウちゃんシアちゃんに用があって来たんやけど、でも、んー、そうやね……」
ふと、何事かを考える素振りを見せる扶桑さん。
「立ち話もなんやし……うち来てお茶でも飲まん?」
気さくそうにこちらへ話しかけるその姿は、何処か有無を言わさぬ威容を漂わせていた。
◆
相手は所謂、絶対強者。こちらは所詮、超級職に運良く就けた程度のペーペー。
そんな力量差の相手と茶をしばくというのは、幾ら命があっても足りる気がしないものだ。
尚シエンさんは追っ払われた。
少し悲しそうだったが、正直羨ましい。
「…………」
盆の上に並ぶ茶菓子を眺めながら頭を回す。
連れてこられた理由、不明。相手方の思惑、不明。
考えるだけ無駄じゃねぇかこんなもん。
「なんや、お気に召さんかった?」
「いえ、そういう訳では」
「ははひはん!」
母批判?
とんでもない言葉に隣を見ると、目を輝かせながら茶菓子をもりもり食べるシアさんが居た。
暫く咀嚼した後、嚥下して口を開く。
「これ、すっごくおいしいです!」
「……さいですか」
能天気に食っている姿は大分羨ましい。
……いや、紛らわせているだけか。目が泳ぎ、手が若干震えている。
ストレスで口いっぱいに餌を詰め込むハムスターを見ている気分になって来た。
ストレス続きで申し訳ないが、耐えてくれ。
僕もかなり堪えてるんだ。
……相手方をちらりと見遣れば、楽しそうににこにこと笑っている。
あれが所謂、強者の余裕か?
「影やんがテキトーに作っただけやから、気にせずたーんと食べ」
「ありがとうございますっ」
「うんうん。……んで、もっかい聞こか。お口に合わへんかった?」
「いえ、だからそういう訳では……」
この状況で物食おうって思えないことぐらい察せよ。
お前は教祖だろう? 人心掌握が得意ならこっちの心情ぐらい汲んでくれ。
……仕方ない、食うか。
「…………あ、美味しい」
ココア風味の甘さ控えめなクッキーは、思っている以上に出来が良い。
プロの作ったペイストリー、といった風合いだ。
一緒に出された茶も中々いける。紅茶なんだ。和室なのに。
……少し緊張が解けた。しかし警戒は続けねば。
虎口に立たされているどころか、あまつさえその中で茶をしばいていることには変わり無いのだ。
「ふたりとも、ちょーっとリラックス出来たとこで、本題入ってもええ?」
「はい」
シアさんも、頬張ったままに首肯を返す。
「ありがと。シアちゃんシアちゃん──」
「──超級職に、興味あらへん?」
お狐様です
出したほうが楽しそうでした
宗教関連でもあります