「……おい」
少しばかり諸々を
「はい?」
「声でかいんだよ馬鹿」
「ゔ」
──たにも関わらず普通に返事をしやがったので鳩尾へ拳を叩き込む。
そんなに痛くもなかろうに顔を
「っな、何ですか、全く」
「“荷物”って言っていたな?」
「え? ああ、はい」
「何処がどう荷物か言ってみろ、おい」
気取られぬように、そっと目を向ける。
そこには件の荷物……もとい、先程入って来た少女が、少し離れた場所に座っていた。
その前には秘書さんが座って、何事かを話しているようだった。そして割と弾んでいる。
「どこがおかしいんですか? 荷物は荷物でしょう。ちょーっと手足が生えてて、自由意志の下に自律して移動したり発話したり出来るってだけでしょうに」
「日本国民の癖して人権意識と倫理観投げ捨てたのかお前は」
「はぁ、細かい男は嫌われますよ」
「おう嫌え嫌え。一応別にこれ以上書かなくても印税で食っては行けるんだよこちとら」
「会社勤めへの嫌味か貴様ァ……?」
おっと。
ロールプレイが外れている辺り、思ったよりこの煽りは効いたらしい。余程のことが無い限りは控えるとしよう。
余程のことがあれば存分に振るう所存ではあるし、基本的に余程のことしか無いのだが。
出た素を誤魔化すように、わざとらしい咳払いが1つ響く。
「失礼。でも生きてようが無かろうがやる事ぁ変わんないでしょう。守って、送り届ける。以上。護送には変わりゃしません」
「それは……まあそうか」
◆
いや、本当にそうか?
「この度は依頼を引き受けてくださり、本当にありがとうございますっ」
勢いよく下げられた頭に、銀の髪が靡く。
そのままおもむろに上げられた顔には、翠の瞳が輝いていた。
「いえいえ、お気になさらず。それに礼なら僕でなく、あの髭面に言ってやって下さい」
……全く、荷
秘書さんに呼ばれたと思ったら何か、この少女と話して時間を潰す係に任命された。
マルクスの方をちらりと見やると、いい笑顔でサムズアップを返される。
…………絶対に要るってこういうことかよ。覚えてろ。
少女に視線を戻す。
固く引き結ばれた口と、膝の上で力が入り白んだ両手。
緊張していることは目に見えて明らかだった。
さもありなん、命を狙われ逃げ延びる最中なのだ。
それも、年端もいかない子供1人で。
「ええと、何を話すか…………ああ、そうだ。申し遅れました、タカキ・ソウと申します。タカキが家名、ソウが個人名、のようなものです」
「タカキ様、ですね」
なお実際は、家名も個人名もクソもない、
言わぬが花。
「では私も。……あ、ええと、シアとお呼び下さい」
「はい、ありがとうございます」
何かを思い出し誤魔化すような仕草。
偽名か、実名の一部か。幾らでも推測は出来るが、しないほうがいい。
追われる身の人間なのだから、隠しておきたい事の1つや2つはある筈だ。
見ず知らずの相手なら尚更だろう。
「タカキ様は、天地のご出身なんですか?」
「いえ。ですが名前の様式は同じですね。よくご存知で」
「もちろんですよ。あの【勇者】様の出身地ですから」
「ああ、なるほど」
打って変わって自慢げな顔。それもさることながら、目があからさまに輝いている。
なるほど、こういう話が好みか? 髭と違って分かりやすくて良い。
なら、この方面で進めていこう。
「【勇者】様にお詳しいんですね」
「い、いえいえ! そういう訳では……ちょっとありますけど……でも【勇者】様だけって訳じゃないですよ? 【覇王】を封印した【天神】様方だったり、四海を走破した建国のお話だったり……それから、王国の初代国王様だったり」
語る彼女の目に宿る光は、憧憬というか、懐古というか……何とも言えない。
「寝る前に、いつもお母様に聞かせて頂いていたんです」
「なる、ほど……」
ああ、これはあれだ。触れてはならない奴だ。
表情どうこう以前に、協力者が居るとはいえ1人での逃避行だ。
その時点で流石に気づける。
「もし良ければ、どんなお話だったか、お聞かせ願えますか?」
「……えっ、は、はい?」
◆
「──こうして国王はお妃様を娶り、末永く幸せに暮らした……そうです」
軽い拍手に、少女は少しばかり面映そうな表情を見せる。
話の内容はベタなものから、結構興味深いものまで幅広い。
しかしこれらはお伽噺ではなく伝記。
現実では眉唾や空想でしかないような表現も、こちらでは起きうる。
それを鑑みると全て興味深くなってくるのだから、まあ面白い。
設定やら何やら、どういう原理で、どういった方法で。考え出せばキリが無い。
……まあ、その辺りは現実で考えるとしよう。
「喜んでいただけたなら、私も嬉しいです」
「いえいえ、ありがとうございます」
「でも……本当に私でよかったんですか? もっと上手な方とか、その、造詣が深い方とかのほうが……」
「そんな事はありませんよ? お上手でした。造詣の深さや、語りそのものの上手さでは上がいるのかもしれませんが、物語に対する愛着は、人一倍強いものに感じられました」
「ほ、本当、ですか?」
「はい」
頬を掻く相手を安心させるよう、確りと頷く。
割と無茶を言った自覚があるが、それにしては本当に見事なものだった。
さして愛着もない話の読み聞かせなら聞けたもんじゃなかったろう。
そういう場合、好きな話をつまらないと思われたくない、という心や工夫が多分に欠けている。
「やはりお好きなんですね、この話」
「ええ。お母様によく聞かせて頂いたのもそうなんですが……夢なんです」
「夢、ですか」
「はい」
「こんなお話に語られるように、何かすごいことを成したり……理不尽を吹き飛ばせるぐらい、強くなりたいんです」
「そうすれば、もう、何も奪われないでしょうから」
「……なるほど」
そう語るまっすぐな瞳に、少しばかり息を呑んだ。
思想が強いように感じるが、事実そうなのだろう。
現代日本とは異なる構造の社会で、倫理観も同様に異なる。スキルやレベルがあり、それらを前提として型作られている。
古代には【覇王】だ何だというヤバい輩が居たぐらいだ、強さこそ全て、という思考も間違いではないのだろう。
少なくとも、この世界においては。
……そう思うに至るまでに何があったのかには、触れないでおこう。
「なれると、良いですね」
「……ありがとうございま──きゃっ!?」
急制動。
感傷や余韻に浸っている時間はどうやら無いらしい。
慣性に耐えきれずにこちらへ飛んできた少女を受け止め、辺りを見渡す。
マルクスが煽ったカップの中身を盛大に引っ被っていたが今はどうでもいい。
窓の外の景色は当然の如く止まっていて、今しがた先頭車両から爆音と衝撃がやって来た。
「御二方、御怪我は御座いませんか?」
「はい」
「だ、大丈夫、ですっ」
「此方へ!」
秘書さんに先導されるまま、車両の後方へと移動していく。マルクスはほっぽらかしているが問題は──
「マルクス様は此度の殿です。御心配無く」
──無いらしい。……心をナチュラルに読まれたな。
9/22 改稿