「御二方、此方へ御乗り下さい」
何がしかのスキルだろうか、2頭の馬が眼前に現れる。2人乗り用の鞍ではないが緊急事態だ、致し方ないだろう。
……乗馬の経験があって良かったよ全く。
「よっ、と。シアさん、手を!」
「は、はい!」
先に跨り、シアさんを引き上げるようにして自分の前に跨らせる。
【身代わり人形】がある以上、僕の身体は防壁に最適の筈だ。
「わ、わわっ」
「見知らぬ男に抱き抱えられて不愉快でしょうが、どうかご容赦下さい!」
「い、いえいえ不愉快だなんてそんな!」
「先導します、追従を!」
「はい! ……っと、行け!」
指示を出せば、流石はゲーム内の馬。体格が良いとは思っていたが明らかに速い。
草木生い茂る森の中だというのに、そんな事は知らんと言わんばかりに駆け抜けていく。
ちらりと後方を見遣ると、少し開けた枝葉の隙間から、黒く巨大なドームが見えた。
位置は丁度、車両を乗り捨てた辺りだろうか。
「なん、だあれ……?」
「マルクス様の特典武具です。敵の攻撃では有りませんので御心配無く」
「ご説明ありがとうございます、っ!?」
特典武具が何かはさておき、それに思考を割く暇はなさそうだ。耳の辺りを何かが掠めて飛んでいく。遠ざかっていき木の幹に刺さったそれは、短い矢のようだった。
「追手ですか……私が殿に成ります。兎に角真っ直ぐ御進み下さい!」
「解りました!」
後方へ移動していく秘書さんが懐から取り出したのは、あのクリップ排出音で有名な名銃だった。
そのまま姿が見えなくなったが、あり得ない速度で連発している。
装填数も連射速度も段違いなのはやはりゲームらし──
「ひっ!」
「ぐっ、お、お怪我は?」
「だ、大丈夫です……っ!」
脇腹辺りに何かが当たる感覚。
流石【身代わり人形】、貫通はしていないようで助かる。
後方遠くから落馬の音も聞こえたが、銃声が続く辺り秘書さんではない……となると【仕返し人形】か。
痛覚を切っておけばよかったと今更ながら後悔したが、メニュー操作の隙を追手が与えてくれるとも思えない。
そして避けようにも今は馬上、秘書さんが数を減らしてくれることを願うしかないだろう。
何ならいっそ当ててくれた方が良い。【麻痺】で数を減らせる。
◆
暫く進み続けるも、状況は好転しない。
数は減ったが未だに居る追手、馬をやられて離脱した秘書さん。
ぎりぎり僕らが乗っている馬はやられていないが、スタミナ切れか速度が落ちてきている。
しかし、こうも鬱蒼とした木々の間を駆け続けると、如何せん気が滅入ってくる。
自分の脚を酷使する羽目になっていないのが幸いだろうか。
馬の脚は軽快に地を蹴り、手綱を持つ腕の間で抱えた少女からは、柔らかな良い香りが漂って来る。
「……クソッ」
……現実逃避気味な思考に頭を振った。
別に嗅ぎたくて嗅いでる訳じゃあないだろう。息が切れ、呼吸器をフルに活動させているせいだ。
口だけでは飽き足りず、鼻からも同時に吸って吐く。
そうでもしなければ逸る鼓動には追いつかない。
かなり焦っているのは明白で、定期的に訪れる軽い痛みが思考を妨げる。
「だ、大丈夫、です……か?」
「ええ、ご心配無く──っ!?」
「え──」
ぐるりと視界がひっくり返る。続いて感じる、チュートリアル直後のような浮遊感。
重力に引かれて落下する感覚。
妙にゆっくりとした視界の上端に、派手にひっくり返った馬が見えた。
不味い。
そう思う間もなく、懐の少女を抱き抱え──地面に打ち付けられる。
「がっ!? ゔっ、ぐっ……!」
「〜〜〜っ!?」
衝撃で肺の空気が全て抜ける。
転げる視界がぐるぐる回り、三半規管を乱してくる。
流石はリアリティを謳うゲームと言いたいが、正直ここまでしないで欲しい。気持ちがすこぶる悪い。
加えて、バキン、という甲高い音が響く。
恐らくは【身代わり人形】の破損を告げる音だろう。
「っ、お、お怪我はっ……?」
「わ、私は大丈夫です。それより、タカキ様は──きゃっ!?」
爆音。再び転がされる。いよいよ吐くぞ。
そして今度の破損音は恐らく【救命のブローチ】のもの。いよいよ不味い。
「全く、手間取らせてくれる」
下手人と思われるのは、黒尽くめの身なりの人影。
声から察するに男……いや、変声の魔法やらがあるかも知れない。
「っあ゛っ!?」
「お前1人を殺すのに、何人死んだと思っている」
転げた少女の腹部を踏みしめ、憎々しげに呟く推定男。
「ぅ、うる、さいっ……! おかあさま、を……うっ!」
「煩いのはお前だ、女」
少女は頭を蹴られ、ゴロンゴロンと転がり、木の幹にぶつかって止まる。
フードが開け、露わになった頭の側方からは、彼女の肌の色と同じ色の突起がそれぞれ1つずつ。
「なぁ、
「いや、ですっ……!」
「……そうか、じゃあ苦しんで死ね」
懐から取り出されるのは、何かの小瓶。切られた封から沸き立った紫色の煙を見る限り、どうせ毒薬か何かだろう。
分かりやすいことこの上無い。
……なら。
「待て、クソ野郎」
「……あぁ?」
僕はそこに立ち塞がるだけだ。
懐からダガーを取り出す。攻撃力が得られるわけじゃないが、少なくとも素手よりは鋭い。
丁度僕の傍へと来たのは行幸と言えるだろう、こうして身を挺して庇うことが出来るのだから。
「英雄気取りか? <マスター>。その身で何が出来ると思っている」
「やらないよりはマシだ。何より──」
──僕の<エンブリオ>は、武器になれる<エンブリオ>だった。
そも、このゲームを欲した理由は小説のネタ集め。結局のところそれ以上の理由はない。
ライトノベルのような世界観で、ライトノベルのような出来事を目の当たりにする。新たな刺激を得て、新しい創作を始めるためのカンフル剤。
しかし、自分の手でそれを成す必要はない。
極論。
だからこその、この形。
【
自分だけでは何も出来ない。
振るう者が居なければ、何も成せない。
だからといって──
「──ここで何もしないのは、僕の心が許せない……っ!」
◆
■
「シアさんっ!!」
ぼろぼろになった男が声を荒げる。
「貴女には夢があるのでしょう! ここで終わっていいのですか!?」
「……いい、わけっ、ないですっ!!」
「そうですか、なら──」
男が振り返り、女へ手を差し伸べる。
「僕の手を、取って下さい」
(何をする気か知らんが、遅い)
喧しい男をまず殺し、手慰みに女を嬲り殺す。
それで少しは溜飲が下がるだろうと、暗殺者は手際良く、素早く、男の背へ短刀を突き立てた。
AGIは低く、ブローチも潰している。
故に当然の如く、これで終わる筈。
……そう思っていたのも束の間、何かがおかしい。
(……何故、まだ動いている?)
心臓を刺し貫いた。血もだくだくと吐いている。
(……っ! まさか!)
暗殺者は知らない。
友人に“ファーム中に死なれると面倒だから”という馬鹿げた理由で取らされたそのジョブを。
しかし、少し聞き齧ったことがあった。汎用下級職に、死ぬまでを遅らせるスキルを持つものがあると。
尤も実用性は低いので、暗殺者は勿論そのジョブを採ってはいない。
しかし、眼前の男は。
(こいつは【戦士】じゃ……違う! 【死兵】の《ラスト・コマンド》は
抜いた刃で頚椎を断つ。まだ動く。
逡巡もつかの間、女が男へ手を伸ばす。
男の手首を刎ねる。まだ動く。
(しまっ──)
手首の断面が、女と触れ合う。
瞬間、光が弾けた。
「ぐっ……!?」
顔を腕で覆い、堪らずその場から飛び退く暗殺者。
光は一瞬のうちにして止んだが、その場にいる者たちにとっては、酷く長く感じられた。
光が止んだ直後。
頸から、腕から、背から血を流す男が、光の粒子となって消えていく。
その頸がゆっくりと振り返り、確かにこう言った。
──ざまあみろ。
そのまま、男は死んだ。光となって消え失せた。
……
「は、あ?」
理解が追い付かぬまま、暗殺者が最後に認識出来たのは。
「任務を達成──」
「──此れより、目撃者の殲滅を行います」
そんな声と、後頭部に突きつけられた、冷たい金属の感触だった。
■
暗幕──列車周囲に展開された、黒いドーム──の中では、複数の暗殺者が懸命な奮闘をしていた。
攻撃する素振りのない中年親父なんて、すぐに殺せる筈だった。
しかし。
「なんで傷1つ負わない!?」
「化け物めっ……!」
眼前の男は、振るおうが射ろうが、何も痛痒を感じていない。
矢は尽き、刃は毀れ、攻撃手段が失われていく。
相手は只の【死霊群師】。その筈だったのに。
「ん? あー、はいはい。聞こえてますよ」
終いには何事かを話し出す始末。《テレパシーカフス》で連絡を取っているようだった。
徒労感と絶望感。それを噛み殺し再び柄を握りしめる。
「……おお! 上手く行きましたか。じゃあこっちも終わらせますよ。あちらで落ち合いましょう──」
「はああああぁぁぁぁぁっ!」
「──では、また後で」
気迫を込めて突き立てた刃は、やはり弾かれる。
「さて、とっ!」
「な──っがっ!?」
突如、腹部に突き立てられる拳。反撃の素振りが無かった相手からの、突然のカウンター。
「まぁ、ずいぶん好き勝手やってくれちゃってさぁ。こっちもフラストレーション? 溜まりまくってんだよね」
(口調が変わった……違う。声そのもの?)
そう暗殺者が思ったのも束の間。中年の身体が、衣服が、顔が……
「なん、で──」
「冥土の土産に教えてやる。聞かなくたって答えてやる。オレの持つ特典武具、【他人羽織 セウ】は、見た目も、声も、ステータスも、何もかも、全部別人に変えられるんだわ。よっしゃ! いっぺんこういうのやってみたかったんだよねー」
「──なんで、ここにお前がっ!?」
「まあ、味方以外で変身見せるのティアンだけだし? そもそも見たヤツ全員殺してるから、コレの情報全然入ってなかったっしょ? ごめんごめん──」
「──じゃあ、死ね」
直後。
アンデッドの濁流が、彼らに押し寄せ──
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・なんで、ここに<超級職>が
→なんで、ここにお前が
・スケルトンの濁流
→アンデッドの濁流