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そんな幸せで──若干1名にとっては苦難に満ちた──楽しい日々の最中。
その報せは、突然のものであった。
「……ルニングス、公爵領の、壊滅……?」
新聞の号外。
王都の通りで配られたそれを、2人で読み進めていく。
加えて書かれるは、<雷竜山>の長、【雷竜王 ドラグヴォルト】の死。
異常事態であることは分かりやすく、そしてその理由も分かりやすい。
「【三極竜 グローリア】……」
「2の次に、3か……何でだ……?」
グランバロアに続き、現れた──<SUBM>。
それが、この悲劇の……理不尽の、理由であった。
◆
すぐに動く、とは行かなかった。
──まずは様子見、したほうがええよ。
知り合いたる【女教皇】からそう言われたのもそうだが、未曾有の脅威から救いを求めてやってくる人々で、教会がパンクしたのだ。
対応に追われ、忙殺され……気づけば報せから4日が経ち。
積み上げられた<マスター>らの死が、その様子見を正しいと語っていた。
「これより、私はクレーミルへと向かいます」
「枢機卿閣下まで、ですか」
そして、その様子見の最中。
応接間に呼び出され、枢機卿に覚悟を明かされた。
現国教の実質的な指導者である彼が赴く先では、かの【グローリア】を待ち構えるべく、多数の聖職者たちが派遣されている。
そこへ彼まで向かうとなれば、士気は高まるだろう。
そうすれば行われる儀式魔法──《
あれは皆の信仰を一つにし、敵へと放つ天罰の儀式。
恐怖を和らげ、心を一つにするには、精神的支柱としては最適解だった。
しかし。
「危険に過ぎます。考え直しては頂けませんか」
「いえ……行かねばならないのです」
「私が居ればこそ、恐怖も和らぐ。皆の信仰を一つとして、あの竜を討てる」
「それは正しいでしょう。しかし……国教の指導者の身に何かがあれば、今度こそ瓦解しかね──」
「──今は」
遮る言の葉が纏う威に、意に、息を呑んだ。
真っ直ぐな瞳が、こちらへ向けられている。
何かのために何かを諦め、それでも前に進む人の瞳。
「今は、貴女が居る」
(ああ──この人は)
そこには、自分の命を賭してでも、人を守る覚悟があった。
そして、此方に全てを託せるからこそ、後顧の憂いもなく、行けるのだと。
──貴女は……生きて……っ!
(……ああ、本当に)
脳裏に浮かぶ、託される重み。
母の笑顔と……その最期。
家令に担がれ、手を伸ばす笑顔が遠ざかっていき、そこへ突き立てられる刃。
火の中に、散る鮮血。
それに見合う成長を、出来ているのだろうか。
……彼女には、分からなかった。
でも、今は。
今の自分は、戦える。
「では、私も行きます」
「…………そうですか。では、支度を」
言葉を返す暗い顔に、シアは見て見ぬふりをした。
こちらの意思も固いのだ。申し訳ないが押し通させてもらう。
いざという時は、身を挺して守れるように。
「はいっ」
◆
タカキも呼び寄せ、馬車の中。
無数の馬車が連なるのは、その運ぶ身柄の故ではない。
単純に、<バビロニア戦闘団>、その一部メンバーの行軍とかち合ったのだ。
確かに彼らはクレーミルの守護者。その危機とあれば、馳せ参じるのは自明であった。
「マルクス様に、竜車をお借りした方が良かったのでは?」
「いや……掛け合ったんですが、無理だと」
「やはり、そうですか」
訳知り顔で頷くベルディンと、少し驚いたようなタカキ。
「ご存知でいらっしゃるんですね」
「はい。かの御仁は<魔王商店>、及び<魔王骨董品店>より、直々に競合商品を用いた営業の許可を貸し与えられている……と」
「その通りです。そして、その際の契約により、国の損益に著しく加担することを許可されていません」
タカキは、苦々しい顔で首を振る。
やれやれ、といったような、諦めるに仕方ない、といったような。
「災害時に支援するといったことも、勿論契約違反に当たる。そして<UBM>に依る国家への影響も……また災害です」
「そう、だったんですね」
だとすれば、自分を助けてくれたのは相当な綱渡りだった筈だ。
没落しきっていたとはいえ、一応は貴族の末子である。
アレクシアはその手腕に息を巻き、また感謝した。
突拍子のないサプライズを旅の途中に用意する茶目っ気はあるが、それにもう少し目を瞑れる位には。
「もうすぐ、クレーミルに着きます」
「ありがとう」
御者の言葉に、顔を合わせるタカキとベルディン。
「……タカキ様」
「本当に良いのですか?」
「責任は……私にあります」
溜め息を吐くタカキに、アレクシアは嫌な予感が走った。
「解りました……《パワープレイ》」
「──え、?」
身体から力が抜ける。
【脱力】のバッドステータス……ではない。
「なん、で」
「……申し訳ありません」
申し訳なさそうな顔をしないで欲しかった。
彼が何をしたのかは、理解している。
《パワープレイ》による一時的なMP最大値の低下、その全てを解除し、物理ステータスの全てを減少させたのだ。
前衛系上級職である【教会騎士】に就いているとは言え、それ以外は専ら魔法職。
故に彼女のMPは高く、その分で上がっていたステータスも大きいものだった。
再び使えるまでは24時間。
この脱力感では、動くことでやっと。
その間……彼女は戦えない。
怒りと困惑。
それを向けるべきは、恐らく彼では……タカキではない。
そう察していた彼女は、視線を──
「……ベルディン枢機卿閣下。何故、ですか?」
──その横へ。
目を伏せ、暗い顔をするベルディンこそが、これの首謀者であると直感していた。
「私の身に万が一があれば、混乱が生じる。その混乱を収めるには、新たな指導者が要る」
「知っています。故に、私もそこへ──」
「──ですが、貴女も死んでしまっては意味が無い」
「私は死んでも蘇りますっ!!」
「それがどうしたというのですかっ!!」
怒号。
「蘇られることと、死んでもよいということは、決して同義ではありません」
「……っ」
──……私にとっては、<マスター>様方の命も、我々ティアンの命も、等しく大切なんです。
──だから、死んでも大丈夫なんて、言わないで下さい……ね?
過去の己の言葉が、己自身に突き刺さる。
「……クレーミルで、人々の治癒をお願いします」
「…………わかり、ました」
無力な己の身を、酷く悔いる。
◆
失意の中、辿り着いた治療院は混迷を極めていた。
人手が圧倒的に足らず、ごった返す院内。
隣の彼に肩を借りながらも、バタバタとしている人々の中、働いているであろう女性へと、声を掛ける。
「……すいません」
「ごめんちょっと忙し……あ、もしかして教会の方!?」
「はい、お手伝いに、と」
「ありがとう……だけど、大丈夫?」
力の抜けた身を心配しているのだろう、気遣わしげな視線が飛んでくる。
この非常事態でなお人の心配が出来るのは、流石と言わざるを得ないだろう。
「治癒の魔法を使う程度であれば、問題ないかと」
「僕も、何か手伝えることがあれば」
「そう、ありがとう! ……なんてお呼びすればいいかしら?」
「アレクシアと、申します」
「タカキとお呼び下されば」
「そう。アレクシアさんに、タカキさんね。わたしはエーリカ、ここの【薬師】です」
そう言って、エーリカはにこりと笑った。
比較的安全なクレーミルに残し
自分が死んだとしてもシアが生きていることで
早急な体制の維持を図ろうとしたのでしょう
恐らくは、ですが