系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

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4:あいしています

 ■

 

 

「申し訳ありません」

 

 一通りの治療を終え、待合室。

 先ほどが嘘のようにガラリとしている理由は、どうあがこうともかの【グローリア】が因であった。

 

「枢機卿から、こうして欲しいと頼まれまして」

「……そうだろうなって、思ってました」

 

 タカキは目を伏せ、此方と合わせようとしない。

 

「ソウ様は、悪くないです」

「いえ……悪いんです。僕が」

 

 頭を抱え、肘を膝に突く。

 苦悩と、何かがごちゃ混ぜになっていると、見て取れる。

 

「そうすることに反対しなかった、僕が」

「…………いいえ、そんなことありません。蘇られるだなんて、死んでもいいなんて、言っちゃだめだったんです」

 

 彼を抱きしめて、伝えた想い。

 それを蔑ろにしたのは、他ならぬ己だった。

 

「だって私が、貴方にそう言ったんですもん」

「……そう、でしたね」

「覚えててくれました?」

「勿論です」

 

 忘れられる訳が無いと、タカキは言った。

 

 ◆

 

「……あ、ここにいらしたんですね!」

「エーリカさん、お疲れ様で……っとと」

「本当に大丈夫? 座ってていいのよ、アレクシアさん」

「はい、問題ありません」

「お疲れ様です。まだ何かあるようでしたら、是非」

「いえいえ、ありがとうございました。大分楽になりましたよ。これなら残っている人員でも回し切れます」

 

 ごった返した原因も、人のいない原因も、全ては【グローリア】によるもの。

 エーリカが座るのを見て、アレクシアとタカキも椅子へ掛ける。

 

「人が少なくてもう大変で……お隣良いですか?」

「いえいえ! 全然全然、お手伝いに来た身で先に休憩してしまって……」

「良いんですよ、手伝ってもらっちゃったんですから。避難した薬師や治療師を責めるわけには行かないですけど……ちょっとだけ怒れてきちゃいます」

 

 そう言って笑うエーリカの顔には、やはり色濃く疲れが出ていた。

 

「軽くですが、癒しの呪文を」

「あっ、ありがとうございます」

 

 手を翳し、《ファーストヒール》を唱える。

 気休めではあるが、無いよりはマシだろう。

 

「……だいぶ楽になりました」

「良かったです」

 

 嘘ではきっとないのだろうが、やはり疲れは強そうだった。

 ……そんな中で、ふと気になったらしいことを、タカキが訊ねる。

 

「……エーリカさんは、何故ここに残られたのですか?」

「助けの要る患者さんが残ってますから。この街から動けない人達のためにも、離れるわけにはいきません」

 

 その問いに、当然だと言わんばかりに答える女傑。

 人を助けるというその一心で、治療棟に残った動けぬ者のために、今なお働き続けていた。

 自分の命が危ういというのに、なんたる精神力であろうか。

 

「それに……夫が戦っているんです。だから安心してここに残れる」

「……なるほど。失礼でなければ、旦那様の名前をお聞かせ願えますか?」

「フォルテスラ、です。タカキさんも<マスター>様でしょうから、ご存知でしょう?」

「フォルテスラさんですか、それは……凄いですね」

 

 エーリカの手の甲を見るが、紋章はない。

 ティアンと<マスター>の夫婦。アレクシアは驚愕し、そして納得した。

 自身も同じ立場であれば、きっとこうして、人々の為に専念するだろうから。

 ……それが死なないことからの余裕なのかは、最早解らなかったが。

 

「……そういえば、アレクシアさんってもしかして、“国教の守人”の……?」

「ああ……そう、ですね」

「やっぱり! 夫がよく話してくれたんです。わたしたちみたいに仲のいいティアンと<マスター>様がいらっしゃるって」

「そうなんですね」

 

 なるほど、確かにそうだった。

 尤も、眼前の女性は自分たちよりも前に進んでいるのだが。

 

「……け、結婚にこぎつける秘訣って」

「シアさん……?」

「押すことと、やっぱり胃袋じゃないですかね?」

「エーリカさん……???」

「料理はちょっと苦手で……」

「じゃあ──」

 

 困惑するタカキだが、この場に彼の味方は居ない。

 

 ◆

 

 <マスター>を愛する者同士、通づるものが確かにあった。

 その間タカキは置き去りで、だんだんやせ細っていったが、まあ問題はあるまい。

 今後されうることを、全部目の前で言われただけなのだから。

 今に見てろよ、というのがアレクシアの本音である。

 

「あら、もうこんな時間。すいません、長々と」

「いえいえ。お話、楽しかったで──っ!?」

 

 爆発音と閃光が、窓から流れ込む。

 慌てて見れば何もなく……いや、天を裂く光の柱が一本、城壁の向こう……【グローリア】が居るだろう方角に生まれていた。

 

「……シアさん、あれが……?」

「はい。儀式魔法である、《天罰の柱》です」

「……そうでしたか。では、先ほどの爆発は【大賢者】の徒弟方々によるものでしょう」

 

 合点が行くも束の間、柱が消え、今度は爆発音。

 空間が少し歪んでいるのも見える。

 

「加えて……皇国軍からの援軍があったと、ベルディンさんから聞いています。これは恐らく、その攻撃かと」

 

 ……訪れた静寂。

 それに耐えかねたのか、エーリカが口を開く。

 

「……倒せた、んでしょうか?」

「きっとそうですよ、枢機卿閣下までいらしたんですから」

 

 言葉ではそう言ったが、判っていた。

 きっと、まだ生きている。

 あの災害は、【グローリア】は。

 

「……っ!?」

「これ、は……!」

 

 殺気。

 先程までの静寂が嘘のような、濃密なもの。

 

 恐怖に震え、腰を落としたエーリカを、シアは抱きとめる。

 

「っ、シアさん、エーリカさんをお願いします。僕は治療棟を!」

「はい!」

 

 駆け出すタカキを見送りながら、背を擦り、心を落ち着かせようと試みる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

「落ち着いてください! まだ何も──」

 

 ふと、空に何かが見えた。

 

「……光の、柱?」

 

 《天罰の柱》は先程放たれた。

 そして、あれは連発できるものではない。

 儀式に参加した者は皆、【気絶】してしまうが故に。

 

 何より、あれは天より降り注ぐ。

 斜めに伸びたそれは、まるで地から放たれて──

 

「えっ」

 

 ──城壁が、消える。

 伸びた光がゆっくりと動き、その消えた範囲が広がっていく。

 まるで、白い絵の具で塗りつぶしたように。

 

「なに、それ……?」

 

 理不尽に立ち向かうための力を得た。

 しかし、目の前のこれは、何だ?

 これは、理不尽と呼んで、足りるのか?

 

 ……頭を振る。弱音を追い払う。

 

(ここで折れちゃいけない)

 

 彼女は誓った。己の夢と向き合うと。

 他ならぬ想い人の前で誓い、見事に<超級>を討ち取った。

 相対してさえいないのに、折れる訳にいかない。

 そして何より……。

 

「フォルテスラ、さ……」

「信じましょう」

「っ、シア、さん」

「彼なら、勝てると」

 

 恐怖に怯える人がいる。

 理不尽に晒される人がいる。

 

(例えステータスがなくなったとしても……!)

 

 別の戦い方が、ある筈だ。

 

「……祈りましょう」

「……は、はいっ!」

 

 勝利を願う。

 激しい戦闘の音は、窓の向こう、城壁を越え、戦場から響くもの。

 

(どうか、彼等に勝利を……!)

 

 祈る、祈る。

 戦闘の音は激化する。炸裂音に光、ありとあらゆる何かが、奮闘し、脅威を食い止めんとしている。

 

(どうか、どうか──)

 

 祈る、祈る、祈り続ける。

 

 ──しかし。

 

 ……その願いを易々と塗りつぶせるのが、<SUBM>である。

 

 無数の光条が伸びた。

 城壁が消え、崩れた。

 上階が蒸発し、跡形もなくなった。

 

 崩れた外壁の、土煙の上がる、その奥に。

 黄金に輝く、死が見えた。

 

「……そん、な」

 

 何か手立ては──

 

「──シアさん」

 

 ふと、呼び止められる。

 見れば、エーリカさんが、微笑んでいた。

 涙を流しながら、笑っていた。

 

 世界がゆっくりと動いている。

 

「どうかあなたに、不死たる同胞(ティアン)のあなたへ、言葉を託します」

 

「どうか、あの人に、夫に伝えてください」

 

「あなたの妻であれて、わたしは幸せでした」

 

「いつまでも──愛しています」

 

 見たことがある顔だった。

 あの時ペルセポネがしたような。

 タカキが近頃するような。

 

 諦める者の、顔だった。

 

「エーリカ、さ

 

 

 

 

 

 

 

 

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