ん」
目の前の景色は、噴水だった。
言葉が空を切る。手を置いた肩が、そこになかった。
さっきまで、そこにあったのに。
「シアさん」
想い人の声。
隣には当然のごとく、タカキがいた。
「ソウ様……?」
その姿に憤りを覚え、まくし立てる。
「これ、は……どういうおつもりですか?」
「はい?」
「あのタイミングであちらへお戻りですか? 何故?」
どういうタイミングなのか、全く理解できない。
……いや、理解していた。
理解したくなかった。
タカキが開く口を、遮りたかった。
「……シアさん」
「そもそもお戻りになるなら声を掛けて、と言っていますよね?」
「シアさんっ」
「前も勝手にお戻りになって、どうなったかお忘れ──」
「──シアさんっ!」
目線を合わせられる。
両肩に手を置かれる。
真っ直ぐと、見つめられる。
瞳は後悔に揺れていた。
「クレーミルが、壊滅しました」
「我々も、死んだんです」
「……嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘ですっ!」
「……そうであるなら、どれ程良かったか……!」
目が伏せられる。
《真偽判定》は反応しない。
こんなものがなければ、どれ程良かっただろうか。
◆
グローリアは、もう倒されたらしい。
らしい、というのは単純に、それを告げる人がいたから。
──これで、うちも超級武具持ちや!
おめでとうとは言ったが、果たして笑えていただろうか。
アレクシアにとっては、それだけが心配だった。
討ち倒すに至らしめたのは、【超闘士】、【女教皇】、そして正体不明の<超級>の3名。
打倒されてから3日が経つらしい今も、その脅威の名残は深い。
複数の都市が死んだ。
死人の数は分からない。
枢機卿が死んだ。
託された使命を、アレクシアは果たさねばならない。
被災した人々を受け入れ、また癒し……多忙に多忙を重ねる日々は、まるで変わりがない。
タカキとは、少し距離が開いた。
引け目があるのは判っている。
恐らく、死んでより3日経っても尚、こちらへ戻らなかったことだろう。
……正直それで良かったと思ってしまう自分が、酷く情けなかった。
「はぁ……」
教会の、枢機卿が使っていた部屋の中。
書類が山になった机に向かい、溜め息を吐く。
理不尽に立ち向かうための力を望み、それに見合う力を得たつもりだった。
つもり、だった。
ただそれだけだった。
(あれは、無理だ)
目に焼き付く、黄金の姿。
あれと相対するなんて、自分には無理だ。
そう、理解出来てしまった。
◆
扉が、3度叩かれる。
「どうぞ」
促せば扉が開き、お客人がおられますとのこと。
書類とのにらめっこには嫌気が差していたので、正直願ったり叶ったりである。
「通して下さい」
「かしこまりました」
捌けていった修道女と、入れ違いで入ってきたのは……見たことのある有名人であった。
「失礼するよ」
「……【超闘士】様、ですか」
【超闘士】フィガロ。
アルター王国の<超級>にして、決闘ランキング第1位。
先の【グローリア】との戦いでMVPに選出され、月夜と共に、アルター王国の三巨頭と呼ばれるようになった、その1人でもある。
「どうぞ、お掛けになって下さい」
「ありがとう」
こちらも向かいに腰を掛け、相手の様子を伺う。
所作の丁寧さは、身なりの綺麗さと比例していた。
「……早速で申し訳ないんだけど……君が、その、“国教の守人”で、合っているかな?」
「大それたあだ名ではありますが、確かにそう呼ばれています」
呼ばれるようになって久しい称号も、今や忌み名に等しい。
何も守れなかった癖に、何が守人だと自嘲したことは、もう数え切れないほど多かった。
「そうか……じゃあ、6日前、君はどこに居たんだい?」
「……クレーミルに──」
「──本当かい!?」
声を上げ、身を乗り出すフィガロ。
「だ、誰か、こう、女性を見なかったかい? このぐらいの背丈で──」
──そう示されたのは、明らかにエーリカのこと。
「確かに、見ました。というより、私と一緒にいました」
「じゃ、じゃあ……最後に、どこで見た?」
「……私の隣、クレーミルの街の中で、【グローリア】の攻撃を受ける、直前です」
「そう、か…………」
その言葉に、喜んでいたはずのフィガロは、明らかに肩を下げた。
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「……ああ、いやいや。謝るのは僕の方だ。不躾にいろいろと聞いてしまった」
「いえ、私は……守れませんでしたから」
失意。
心が折れ、進む気力もない。
闘志はあった。力もあった。
でも足りず、全ては過去となった。
「……僕だってそうさ」
「死んだ人は沢山居る。彼らを蘇らせることはできないし、もっと早く動いていれば……クレーミルだって救えたかも知れない」
では、何故。
「じゃあ……どうして、ですか?」
怒りではない、純粋な疑問。
「どうして、クレーミルが滅びた後に、貴方は闘ったんですか?」
「……背中を、押されたんだ」
「背中、を……?」
問いに、ゆっくりと、フィガロは答える。
「僕は独りでしか戦えないんだ。そのせいで、他に被害を出したくなかった」
「そんな時に、フォルテスラが、クレーミルがやられて。仇を取ってくれと、<バビロニア>のみんなに言われた。フォルテスラとの約束だってあった」
「それでも動けなかった時……言われたんだ」
「“君にとって、彼との約束はあれこれ考えてやめてしまうようなものか”……って」
「そこまで言われて、漸く、僕は動けたんだ」
脳裏に浮かぶのは、【ゴブリン・キング】。
怖気づき、震える自分の肩を取り、大声で叫ぶ想い人の姿。
──ここで僕らが食い止めなければ、スコト村の人々が死ぬんです!!
あの時は《真偽判定》で“嘘”だと分かっていたが、あれを嘘とするのは良くないだろう。
彼はその言葉を以て、自分の背を押してくれたのだから。
「……そう、でしたか」
「だから、君の言うことは正しいと思う。……どんな誹りも、受けるつもりだ」
「いえ、そんなことはしませんよ」
「……え?」
誰だって、同じなのだ。英雄だって人なのだ。
背を押してくれる人が居るから、前へと進める。
彼女にとってのその人は──タカキ。
初めて会った時も、【ゴブリン・キング】との戦いも、あの犯罪者の<超級>との交戦も。
全て、彼が傍に居たから、前へと進めたのだ。
彼はきっと“小説のため”だとか言ってごまかすだろう。
それでも、いい。
居てくれるだけで、力が溢れてくる。
彼と一緒なら、アレクシアは、どこまでも歩んでいける。
「ありがとうございます」
「ど、どういたしまして?」
頭を下げると、戸惑いの声。
無理もないかと、見えない位置で苦笑してから、頭を上げた。
……そして。
「話は変わりますが……フォルテスラさんへ、エーリカさんより伝言を預かっています」
「っ!? ほ、本当かい……?」
「フィガロさんへお伝えすることも出来ますが……直接伝えたほうが、良いでしょうか」
暫しの逡巡を経て、返答を受け取る。
「……うん、その方が良い。伝言がある、とだけ伝えるよ」
「わかりました。よろしくお伝え下さい」
頭は冴えた。
やるべきも、こうして果たせそうだ。
そして──
◆
「《コントラクト》の解除に……同意して下さい」
──時間が、止まる。