系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

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5:さんきょとう

 

 

 ん」

 

 目の前の景色は、噴水だった。

 言葉が空を切る。手を置いた肩が、そこになかった。

 さっきまで、そこにあったのに。

 

「シアさん」

 

 想い人の声。

 隣には当然のごとく、タカキがいた。

 

「ソウ様……?」

 

 その姿に憤りを覚え、まくし立てる。

 

「これ、は……どういうおつもりですか?」

「はい?」

「あのタイミングであちらへお戻りですか? 何故?」

 

 どういうタイミングなのか、全く理解できない。

 

 ……いや、理解していた。

 理解したくなかった。

 タカキが開く口を、遮りたかった。

 

「……シアさん」

「そもそもお戻りになるなら声を掛けて、と言っていますよね?」

「シアさんっ」

「前も勝手にお戻りになって、どうなったかお忘れ──」

「──シアさんっ!」

 

 目線を合わせられる。

 両肩に手を置かれる。

 真っ直ぐと、見つめられる。

 瞳は後悔に揺れていた。

 

「クレーミルが、壊滅しました」

 

「我々も、死んだんです」

「……嘘です」

「嘘じゃない」

「嘘ですっ!」

「……そうであるなら、どれ程良かったか……!」

 

 目が伏せられる。

 《真偽判定》は反応しない。

 

 こんなものがなければ、どれ程良かっただろうか。

 

 ◆

 

 グローリアは、もう倒されたらしい。

 らしい、というのは単純に、それを告げる人がいたから。

 

 ──これで、うちも超級武具持ちや!

 

 おめでとうとは言ったが、果たして笑えていただろうか。

 アレクシアにとっては、それだけが心配だった。

 

 討ち倒すに至らしめたのは、【超闘士】、【女教皇】、そして正体不明の<超級>の3名。

 打倒されてから3日が経つらしい今も、その脅威の名残は深い。

 

 複数の都市が死んだ。

 死人の数は分からない。

 

 枢機卿が死んだ。

 託された使命を、アレクシアは果たさねばならない。

 被災した人々を受け入れ、また癒し……多忙に多忙を重ねる日々は、まるで変わりがない。

 

 タカキとは、少し距離が開いた。

 引け目があるのは判っている。

 恐らく、死んでより3日経っても尚、こちらへ戻らなかったことだろう。

 ……正直それで良かったと思ってしまう自分が、酷く情けなかった。

 

「はぁ……」

 

 教会の、枢機卿が使っていた部屋の中。

 書類が山になった机に向かい、溜め息を吐く。

 

 理不尽に立ち向かうための力を望み、それに見合う力を得たつもりだった。

 つもり、だった。

 ただそれだけだった。

 

(あれは、無理だ)

 

 目に焼き付く、黄金の姿。

 あれと相対するなんて、自分には無理だ。

 

 そう、理解出来てしまった。

 

 ◆

 

 扉が、3度叩かれる。

 

「どうぞ」

 

 促せば扉が開き、お客人がおられますとのこと。

 書類とのにらめっこには嫌気が差していたので、正直願ったり叶ったりである。

 

「通して下さい」

「かしこまりました」

 

 捌けていった修道女と、入れ違いで入ってきたのは……見たことのある有名人であった。

 

「失礼するよ」

「……【超闘士】様、ですか」

 

 【超闘士】フィガロ。

 アルター王国の<超級>にして、決闘ランキング第1位。

 先の【グローリア】との戦いでMVPに選出され、月夜と共に、アルター王国の三巨頭と呼ばれるようになった、その1人でもある。

 

「どうぞ、お掛けになって下さい」

「ありがとう」

 

 こちらも向かいに腰を掛け、相手の様子を伺う。

 所作の丁寧さは、身なりの綺麗さと比例していた。

 

「……早速で申し訳ないんだけど……君が、その、“国教の守人”で、合っているかな?」

「大それたあだ名ではありますが、確かにそう呼ばれています」

 

 呼ばれるようになって久しい称号も、今や忌み名に等しい。

 何も守れなかった癖に、何が守人だと自嘲したことは、もう数え切れないほど多かった。

 

「そうか……じゃあ、6日前、君はどこに居たんだい?」

「……クレーミルに──」

「──本当かい!?」

 

 声を上げ、身を乗り出すフィガロ。

 

「だ、誰か、こう、女性を見なかったかい? このぐらいの背丈で──」

 

 ──そう示されたのは、明らかにエーリカのこと。

 

「確かに、見ました。というより、私と一緒にいました」

「じゃ、じゃあ……最後に、どこで見た?」

「……私の隣、クレーミルの街の中で、【グローリア】の攻撃を受ける、直前です」

「そう、か…………」

 

 その言葉に、喜んでいたはずのフィガロは、明らかに肩を下げた。

 

「ご期待に添えず、申し訳ありません」

「……ああ、いやいや。謝るのは僕の方だ。不躾にいろいろと聞いてしまった」

「いえ、私は……守れませんでしたから」

 

 失意。

 心が折れ、進む気力もない。

 闘志はあった。力もあった。

 でも足りず、全ては過去となった。

 

「……僕だってそうさ」

 

「死んだ人は沢山居る。彼らを蘇らせることはできないし、もっと早く動いていれば……クレーミルだって救えたかも知れない」

 

 では、何故。

 

「じゃあ……どうして、ですか?」

 

 怒りではない、純粋な疑問。

 

「どうして、クレーミルが滅びた後に、貴方は闘ったんですか?」

「……背中を、押されたんだ」

「背中、を……?」

 

 問いに、ゆっくりと、フィガロは答える。

 

「僕は独りでしか戦えないんだ。そのせいで、他に被害を出したくなかった」

 

「そんな時に、フォルテスラが、クレーミルがやられて。仇を取ってくれと、<バビロニア>のみんなに言われた。フォルテスラとの約束だってあった」

 

「それでも動けなかった時……言われたんだ」

 

「“君にとって、彼との約束はあれこれ考えてやめてしまうようなものか”……って」

 

「そこまで言われて、漸く、僕は動けたんだ」

 

 脳裏に浮かぶのは、【ゴブリン・キング】。

 怖気づき、震える自分の肩を取り、大声で叫ぶ想い人の姿。

 

 ──ここで僕らが食い止めなければ、スコト村の人々が死ぬんです!!

 

 あの時は《真偽判定》で“嘘”だと分かっていたが、あれを嘘とするのは良くないだろう。

 彼はその言葉を以て、自分の背を押してくれたのだから。

 

「……そう、でしたか」

「だから、君の言うことは正しいと思う。……どんな誹りも、受けるつもりだ」

「いえ、そんなことはしませんよ」

「……え?」

 

 誰だって、同じなのだ。英雄だって人なのだ。

 背を押してくれる人が居るから、前へと進める。

 彼女にとってのその人は──タカキ。

 初めて会った時も、【ゴブリン・キング】との戦いも、あの犯罪者の<超級>との交戦も。

 全て、彼が傍に居たから、前へと進めたのだ。

 

 彼はきっと“小説のため”だとか言ってごまかすだろう。

 それでも、いい。

 居てくれるだけで、力が溢れてくる。

 彼と一緒なら、アレクシアは、どこまでも歩んでいける。

 

「ありがとうございます」

「ど、どういたしまして?」

 

 頭を下げると、戸惑いの声。

 無理もないかと、見えない位置で苦笑してから、頭を上げた。

 ……そして。

 

「話は変わりますが……フォルテスラさんへ、エーリカさんより伝言を預かっています」

「っ!? ほ、本当かい……?」

「フィガロさんへお伝えすることも出来ますが……直接伝えたほうが、良いでしょうか」

 

 暫しの逡巡を経て、返答を受け取る。

 

「……うん、その方が良い。伝言がある、とだけ伝えるよ」

「わかりました。よろしくお伝え下さい」

 

 頭は冴えた。

 やるべきも、こうして果たせそうだ。

 そして──

 

 ◆

 

「《コントラクト》の解除に……同意して下さい」

 

 ──時間が、止まる。

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