系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

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6:あなたを

 

 行きとは遥かに軽やかな足取りで、家路につく。

 彼女がやることは決まっている。

 今日すべきことは……決意表明だ。

 

 玄関の扉を開ければ、夕食の香りが漂ってくる。

 

「ただいま戻りました!」

「……お帰りなさい。夕食が出来ていますから、手を洗って待っていて下さい」

「はい!」

 

 ◆

 

 夕食は済ませ、湯浴みも終え。

 寝室の扉の前で、深く呼吸をする。

 

 胸に手を当てる。寝間着の下には、いつぞや月夜に採寸され、渡された下着の上下。

 下着としての役割を果たせぬほどに透けたそれらは、この日のためのものだったのだと、彼女は強く思っている。

 受け取る瞬間をがっつりタカキに見られているものの、問題はない。

 ……問題は無い。

 

(……いざ……!)

 

 扉を開くと、タカキは書机に向かい、何かを書いている最中だった。

 

「……ああ、出ていたんですね」

「はい。さあ、そろそろ寝ましょうっ」

「…………はい」

 

 彼女の考えた手順はこうだ。

 自分がタカキに決意表明をする。

 そのままなんかいい感じになる。

 服を脱ぎ、見せつける。

 ゴールイン。

 

 端から見れば終わり散らした計画であるが、彼女にはこれが精一杯。

 というか手順通りに進めることに頭がいっぱいで……タカキの悲しげな表情に、一切気づいていなかった。

 

 ベッドに上がり、逸る鼓動を抑えるアレクシア。

 

「……シアさん」

「ひゃいっ!?」

「少し、話があります」

「……は、い?」

 

 驚きで諸々が飛び、そこへ聞こえた声色で、漸く異変に気付く。

 相手の纏う空気の、異様な重苦しさに。

 

 タカキがベッドへ正座する。

 合わせてシアも向き合い、正座する。

 

 目を瞑り、軽く呼吸をするタカキ。

 そのまま短く息を吐き、目をゆっくりと開けると、意を決したのか口を開いた。

 

 もしかして、と一縷の望みに縋った彼女は──

 

「《コントラクト》の解除に……同意して下さい」

 

 ──時間が、止まる。

 

「っ、え」

 

 そのまま、深々と下げられる頭。

 しっかりと下げられたそれは、いわゆる土下座の形であった。

 

「どうか、お願いします」

「な、んで……」

 

 問いに対する返事はない。

 ただ下げられた頭が、こちらを向いている。

 

「……い、いや、嫌です」

 

 彼女とタカキとを繋ぐ繋がり。

 それは両者の同意無くしては断ち切れぬものであり、同意さえあれば断ち切れてしまうもの。

 しかしそれを、彼は切って欲しいと、離れたいと宣う。

 

「絶対、絶対に、嫌で──」

「──僕はっ!」

 

 拒絶の言葉を、遮られた。

 

「僕は、最低の人間です。とんだクソ野郎です」

「……そんなこと」

「あります。あるんです」

 

 鬼気迫る勢いに、言葉が出ない。

 

「……あの日。【屍肉姫】を倒した時の事を、覚えていますか」

 

 忘れる訳がなかった。

 あの日、あの場所で誓われ、そして向き合い……討ち倒したのだから。

 

「あの時、僕は貴女を止めるべきでした。でも止めなかった、止める気が無かった!」

 

「倒すと貴女が言った時……僕は喜んだんです。良いものが見れると、いい戦いが見れると! 死地に送ると知っていながら!!」

 

「……止めなかった」

「それ、は──」

 

 ──自分が望んだことだ。

 そう言う間もなく、言葉は続く。

 

「その癖、貴女が死んで、僕は嘆きました」

 

「取り返しのつかないことをした。蘇るかどうかさえ正しいか解らないのに、殺した。見殺しにした!」

 

「そんな事を嘆く資格が……僕に、ある筈も無いのに」

 

 嘆いてくれた。悲しんでくれた。

 蘇った時、抱きしめてくれた。

 それが、とても嬉しかった。

 

「そして……【グローリア】の報せが来て」

 

「僕は歓喜しました。そして恐怖しました。貴女がまた、死地へ向かうかも知れないと」

 

「そしてベルディンさんから戦えなくするように指示を受けた際……私は拒否しませんでした」

 

「そしてそのことに、落胆した自分がいました」

 

「背反した気持ちの最中、人々をそれでも助けようと動く貴女を見て……酷く落胆しました」

 

「あり得てはいけないんです、そんなこと。高潔なことです。尊ぶべきことです。人々の苦しみを取り除く」

 

「その為に貴女は進んでいる。だから貴女は強い」

 

「理不尽を吹き飛ばす力を、貴女はとっくに手に入れていた」

 

 それは、貴方とともに。

 

「僕が居なくとも、いいえ、居ない方が、貴女はきっと、前へ進める」

 

「死地へ向かわせ、見えぬ強敵と戦わせる。その姿を捉え、膨らませ、本を書く」

 

僕の<エンブリオ>(【ヘファイストス】)はその為の力だ」

 

 そんなこと──

 

「そんな邪魔者は、居ない方が──」

「──ソウ様」

 

 ──とっくに、知っている。

 

 ◆

 

 ■

 

 

「顔を、上げて下さい」

 

 ……合わせる顔が無い。

 

「……《パワープレイ》、えいっ!」

 

 突然、無理やり、力任せに上げられる。

 抵抗する暇もない早業に、僕は驚きの声さえ上げられず──

 

「んっ……」

「んむぅ!?」

 

 ──そのまま、唇を奪われた。

 襟元はがっしりとつかまれたまま。至近にある顔は目を閉じ、しっかりと唇は触れ合っている。

 

「ぷはっ」

「はぁ、あ、は、っく、ふぅ」

 

 たっぷりと10秒後、ようやく解放された肺は、新鮮な空気を欲しがっていた。

 

「私は……最低なクソ野郎に命を預けようと思いません」

 

 それは、そうだろう。

 だから、僕はこう言っている。

 

「一緒に戦ってほしいとも、共に進んでほしいとも、夢を叶えたいとも思いませんし──」

 

 顔が、再びずいと寄せられる。

 

「──キスしたいとも思いませんっ」

「……そう、ですか」

 

 言いたいことは、よく解ったよ。

 

「貴方は、別に最低なんかじゃないです。クソ野郎でも、資格がないわけでも、邪魔でもない」

 

「貴方は、私の愛する人です」

 

「貴方となら、貴方とだから、私は夢を叶えられる。叶えたいと思える」

 

「貴方が隣にいる限り、どこまでも私は進んでいける」

 

「貴方が居たから、私はここに居るんです」

 

 ……それ、でも。

 

「それでも、僕は……っ」

「私のこと、嫌いですか?」

「……違います」

 

 そんな訳が無い。

 

「一緒に居たくないですか?」

「ずっと、居たいですよ」

 

 でも駄目なんだ。

 

「命も預けられないですかね?」

「いいえ」

 

 とっくに全部預けている。

 

「じゃあ……どうして?」

「それ、は」

 

 その問いに、言葉が詰まる。

 

 ……それじゃあ、駄目だと思ったから。

 向き合ってくれて、向き合おうとして、その資格がないと気づいたから。

 

「貴女の隣で、のうのうと生きていては」

 

「僕が……僕を、許せないんです」

 

 こんな愚か者を、許せる訳が無い。

 許していい訳が無い。

 

「こんな奴が、貴女の隣にいて良い筈が無──んぶっ……!」

 

 再び、唇を奪われる。

 

「ぷ、はぁ。じゃあこうしましょう」

 

「貴方が貴方を許せないなら──」

 

「──私が、貴方を赦します」

 

 彼女の笑顔に、見惚れる。

 慈しみに溢れた、優しい、優しい笑顔だった。

 

「それで、良いですよね?」

「……は、はは、はっ……」

 

 そんなの、ありかよ。

 

「何笑ってるんですか? 私は真面目に言ってるんですよー?」

「ふっ、い、いえ。でも、そっか、そっ、かぁ……」

 

 目の前がぼやける。

 愛しい人が、見えなくなる。

 でも、確かにそこに居る。

 

「……ゆるされて、いいのかな……っ」

「良いんですよ、もちろん」

 

 ずるい人だよ、貴女は。

 

「……あ、ああ、ああっ……あぁぁ……ぁ」

「もちろん、泣いてもオッケーですよ」

 

 ……ありがとう。

 

 本当に、ありがとう。

 

 

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