難産だった
シアさんが【使徒】に就き、数日。
「……よお」
「ああ! 灰流さん、お久し振りです」
その業務を手伝いに来たある日のこと。
少し暗い顔をした灰流さんが、聖堂へ訪ねてきた。
「珍しいですね。教会にご用ですか?」
「いや、オレが、じゃあねぇんだ……団長!」
「っ、あ、ああ……」
入口の陰から姿を現す、“団長”。
酷い隈と窶れた顔が特徴的な青年と、その彼を気遣わしげに支える少女。
……僕は、彼を知っている。
というか、アルターの人間なら誰もが知っている。
「フォルテスラさん、ですか」
「……ああ。初めまして、だな。タカキ・ソウさん」
アルター王国クランランキング第2位<バビロニア戦闘団>の長、“凌駕剣”フォルテスラ。
彼は変わり果てた姿で、この場へ、姿を現した。
◆
「フィガロから、聞いたんだ」
「……しっかり伝わっていたようで、良かったです」
一行を応接間に通し、フォルテスラさんと少女が座る。
そのの向かい側に、僕とシアさんが座った。
灰流さんは入口のドアへと凭れ掛かり、誰も立ち入れぬように堰き止めているようだった。
耳をそばだて、盗み聞きにも気を配っている。
「彼女は……エーリカは、あなたから、どう見えた?」
「……素晴らしく、高潔な方だと」
「…………そう、だろうな」
そう言って少し溢れる笑みは、自嘲のようにも見えた。
「彼女は、俺の、俺の……かけがえのない、人だった」
「この世界に来た時、初めて会ったティアンが、彼女だったんだ」
「【ティールウルフ】に襲われかけた所を、俺が助けて……まあ、ボロボロになったんだが」
「その治療をしてくれて、そこから、交流が生まれて……」
「……そして暫く経って、俺から、結婚を申し込んだんだ」
なる、ほど……。
……記憶をなぞるフォルテスラさんは、とても優しい目をしていた。
「子どもを作るのは難しかったから、ネイを……【ネイリング】のことを、彼女は娘のように、可愛がっていた」
「……うん」
頷く少女は、【ネイリング】と呼ばれた。
イギリスの叙事詩にその名を語られる、ベオウルフ王の剣の銘が、ネイリング。
フルンディング、ないしフルンティングの方が有名だが、確かにそう知っている。
となると……やはり、彼女が彼の<エンブリオ>だったか。メイデンとは、なかなかどうして縁がある。
「その姿が、幸せの象徴だった」
「彼女のことを、俺は、心から愛していたんだ」
「……なあ、教えてくれ“国教の守人”」
ゆっくりと、フォルテスラさんの目が、シアさんへ向けられる。
「彼女は、エーリカは……俺を恨んでいるか?」
「守れなかった俺を、憎んでいるか?」
…………。
シアさんは、目を伏せ震えている。
……悲しみに、ではない。
手元をふと見れば、拳を握りしめているのが見えた。
「貴方の愛した女性は、そんな人でしたか?」
「……は、あ?」
「死力を尽くしてなお届かなかった事を、謗るような方だったんですか……!?」
その顔は、怒りに震えていた。
フォルテスラさんが、ハッとしたような顔をする。
「貴方へ恨みを、負の感情を抱き、憎みながら逝ったと、本当にお思いなんですかっ!?」
目を伏せるフォルテスラさん。
歯を食いしばり、両の拳を握りしめ。背を隣のネイリングさんに擦られながら、何かを堪えている。
「……エーリカさんが、最期に遺した言葉を伝えます」
「っ」
「“あなたの妻であれて、わたしは幸せでした”」
「ぅ、あぁ……」
「“いつまでも、愛しています”」
「ああぁ、っく、うううぅぅ……! ……ぅして、どうじてっ! なんで、おれ゛はっ!! おれは……っ!!」
「だん、ちょう……っ」
頭を掻きむしり、蹲るようにして泣き寂る姿を、僕はただ、見るしかなかった。
……僕の大切な人は、死に得ない。
そんな奴が、声を掛けて良い理由がなかった。
「どうして……どうして彼女じゃなくて──」
「団長!」
驚愕したように、フォルテスラさんの言葉を遮る灰流さん。
「……歯ァ食いしばれ……っ!!」
「っが、っ!?」
「灰流さん!?」
そのままずかずかと近寄って行くと、胸ぐらを掴み上げ、その顔に思い切り拳を叩き込んだ。
よろめいたフォルテスラさんは、壁へ倒れ込むようにしてもたれかかると、そのままずるりと床へ座り込む。
拳から血を滴らせる灰流さんは、怒りを顕にしていた。
「それは、それだけは、言っちゃぁいけねぇだろ……!」
「……団長、ハイルの言う通りだよ。ダメだ」
「…………わかってる」
握った拳が絨毯を殴る。
「……解ってるんだよ……っ!」
弱々しい音が、部屋に響いた。
◆
「……悪かったな」
「いえ。またいらして下さい」
見送る灰流さんの背は、何処か寂れていた。
あの時……あの場から逃げるように、彼がログアウトする直前。
フォルテスラさんは、こう言いかけていた。
──どうして、彼女じゃなくて。
灰流さんが殴って止めなければ、きっとこう続いたのだろう。
“どうして彼女じゃなくて、君なんだ”、と。
シアさんは蘇る。それはただの幸運だ。
僕という異常性が齎した、他に例の無い幸運だ。
それを羨まれることは、有名になった今では両手で数え切れない。
……でも、今回のそれは、重みが違った。
「ソウ様」
ふと、隣のシアさんが口を開く。
「私は、この事を、一生背負って生きていこうと思います」
「蘇られぬ同胞の死を、死してなお終われぬ者として」
それは……きっと重い。
一人では背負いきれぬほどに。
「僕も、一緒に背負いますよ」
「……ありがとう、ございます」
だから、僕らは、2人なんだ。
次軽いです