気づいた切っ掛けは少し前。
旅立つ直前のわが家で、食事をして、その日は僕が食器を洗う番だった。
その時、彼女が少し気に入っていた皿を、僕は取り落とし──
──あぶっ、な、あぁ……。
──脇から顔を出した彼女が、それを見事にキャッチしたのだ。
……
「…………それで色々調べた結果、目の前であれば当然の如く。それ以外でも、彼女自身が直に関わるのであれば、どんな些細な“負の物事”も探知できるようでして──」
「──ちょ、ちょっと待って!」
こちらの言葉を遮るアリカさん。
「それって──」
彼女は何か重大な事実に気づいたように、わなわなと震えている。
「──さっきアタシが払い除けられたのって、そのせいってこと!?」
「緊急警報鳴ってる時に人遮ってまで言うことじゃないねぇ」
◆
『緊急警報! 緊急警報!』
『<厳冬山脈>より、超大量のモンスターの群れが接近!』
『付近の住民は避難し、戦える者は防衛に回れ! 繰り返す──』
屋上に出ると、警報システムか何かを介し、誰かが叫んでいた。
「これ、は……!」
「……シアさん」
ヘリポートのような発着場に上がれば、遠くに見える惨状が、火の手が、土煙が……山肌から駆け下りた何かが、蠢き、犇めく姿が、よく見える。
「これは……かなり危ない状態だね」
『フーちゃん! ちょっと行ってくる!』
「気をつけて。見た限り、1体1体がかなり……面倒そうだ」
『わかった!』
歌うような音と共に飛び去る、蒼い人型の機体。
こちらにまで響く交戦の音へ、歌声は混じって消えた。
「……私は、後方で治療に回ります」
見る限り、砲火や範囲攻撃、薙ぎ払うような光線でどうにか対応しているような状況。
一方シアさんは多少魔法は使えるものの、基本的には近接戦闘が主。
飛び込んでいっても巻き込まれるか、邪魔になるだけだ。
「解りました。では──」
「じゃあここを使うといい。人の入れられる場所は山のようにある」
「ありがとうございます」
頭を下げ、シアさんに連れ添って階下へ移動する。
少しすると、スピーカーからフランクリンさんの声が聞こえてきた。
『あーあー、諸君。聞こえるかなぁ?』
『我々の手元にある武器では、残念ながらアレの対処は不可能だ』
淡々と事実を述べるように、しかし残念そうに響く声。
少しの溜め息を挟み、言葉はさらに続き……。
『出力的に、行ったところで食われて糧になるだけだろう』
『しかし』
──雰囲気が、変わった。
『しかしだ。運の良いことに、この場には丁度腕の秀でた聖職者……回復魔法を使える人員が居る。まぁ、お客人だがねぇ』
『故に全員。総力を以て怪我人の救助へ回れ』
語気は強く、信念を内に秘めたような、芯のある言葉。
『これよりここは急場の診療所だ、片っ端から要救護者を集めろ』
『戦えない者は戦えないなりに、脅威へ抗ってみせようじゃあないか──』
『──皆、良いな!?』
建物中から聞こえる、歓声のような返答。
建物が揺れんばかりのそれに続くのは、活気のある皆々の声。
「よーっしゃレスキューアームズ起☆動っ!」
「ふざけてねぇでさっさと動かせ!」
「それ整備終わってないんだけどー!?」
「知るかー! 動きゃ良いんだ動きゃ!」
本当にバイタリティがすごいな。
いつも、いつまでも。
「騒がしい連中だが、いざって時は頼りになるんだよねぇ」
いつの間にやら降りてきたフランクリンさんが、笑いながらそう言う。
「そうみたいですね……では我々も準備を」
「ああ、手伝うよ。正直私は戦えないからねぇ」
◆
運び込まれる要救助者の数々。
「薬師の方ー! 痛み止めが切れました!」
「はい! 追加です!」
「ありがとうございますー!」
途中から、フランクリンさんがざっくりと作った即席のトリアージで対応を分けた。
軽症者は各種ポーションでの処置を行う。
緑や黄色のタグの方がここに当たる。
重症者はシアさんや、他の【司祭】らの魔法で、処置を行う。
赤のタグの方がここだ。
MPは出来るだけ重症者のために使いたい。
「……あ、ああ、子どもと……子どもと逸れたんです……」
「どこで逸れましたか? どんな特徴でしたか?」
「──の、──区の辺りで……髪は──、──の服を……」
「はい、ありがとうございます! 動ける<マスター>の方! 居られましたら──」
避難所も実質兼ね始め、迷子や要救助者の情報も続々と集まっていく。
その人々の奥、若干隔離された位置で、シアさんと僕は対応を行っていた。
「次の方を!」
幕を開け、担架を中へと呼び込むのは僕の役割。
入れられた患者は腕から骨が露出し、脚が千切れてはいるものの、切断された部分は残存している。
「痛み止めの投与と、口に布巾を噛ませてください。腕の位置を直します」
指示通りに噛ませ、分担して体を押さえ……一気に動かす。
痛み止めありですら悲痛な叫び声が上がるものの、死ぬよりマシだと思ってもらうしかない。
「接合面を……ありがとうございます。では──《グレーターヒール》!」
初期解放スキルのうちのもう1つ、《敬虔なる祈り》。
その効果で倍加され、消費を半減された回復呪文が、見る見る内に傷を癒す。
加えて何があるかわからないからと、昨日のうちに《パワープレイ》の閾値を5割にしていて良かった。
こうして上位の回復魔法を連発しても、まだどうにか余裕が残っている。
「終わりました。次の方を!」
入り口と出口は別方向。運んでいかれた処置済みの患者を見送る前に、さっさと入り口へと向かう。
現実と異なって、機器の消毒やら何やらは不要なのが良い。
幕を開き、声を張り上げる。
「次の方っ!」
ケガ人はまだまだ多い。時間との勝負だった。
◆
その後も、死に物狂いで対応を続け……戦況が終息したとの一報が入り。
その喜びも束の間に、怪我人の受け入れはまだまだ続き。
ようやく終わったのは、夕暮れをとっくに過ぎた辺りのことだった。
「皆様、お疲れ様でした」
「いえいえ、【使徒】様が居られて、我々も心強かったです」
現地の教会の司祭らと挨拶を交わし、見送った。
元々教会へ滞在する予定ではあったものの、時間も時間だと言うことで、今日は<叡智の三角>の工房へ泊まらせてもらうことになっている。
「お疲れさま」
「お疲れ様です」
「フランクリン様、ありがとうございました」
背後のフランクリンさんへ、シアさんが一礼し、僕もそれに続く。
「いやいや、君たちの活躍あってこそ、だからねぇ」
「それでも、数々のご判断や慧眼には、目を見張るものがありました」
「彼女の言う通りかと」
「称賛はありがたく受け取っておくよぉ。それと……まだ少し用を頼めるかなぁ?」
困ったような顔を見る限り、どうやら何かあったらしい。
「手伝えることであれば、ぜひ!」
「いや、手が欲しいわけじゃないんだ。君達に……お客さんがいてねぇ?」
「お客人、ですか」
「そう。君達に、用があるんだ。私やメンバーじゃなくてねぇ」
……客人に心当たりがない、が。
「わかりました」
「はい、応対致します」
「ありがとう。下の階の、……えぇと、突き当たりを右か左に曲がると応接間がある。そこにいらっしゃるからねぇ」
どっ……ち?
まあ、行けば解るか。
「ありがとうございます」
「ありがとうございますっ」
階下に降り、突き当たりを……右にしか曲がれないので右に曲がる。
その先のドアをノックすると、はいという返事。
聞き覚えはやはりないが、女性の声だった。
「失礼します」
「お待たせして、申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
中にいたのは、やはり知らぬ人。
大人びているがかなり若い少女。外見年齢だけを見ればシアさんよりも少し若いぐらいか。
金の髪を巻いた姿は、どこぞのお嬢様、といった風合いだったが……その背に負う威容は、それ以上の位であることを知らせている。
向かいの椅子へとシアさんが向かい、僕はその横の椅子へ。
「はじめまして。かの【使徒】……アレクシア猊下と、その従者、タカキ・ソウ様にお目通り出来て、誠に嬉しく思いますわ」
恭しく、所作の丁寧な一礼は、実に見事なものだった。
「私はクラウディア・ラインハルト・ドライフ」
「この国の皇王……現指導者に当たる者です」
…………あっぶねぇ声出そうだった。
あと猊下って普通に知らなくて
勉強になりました