現指導者……それは、何とも、ビッグネームな。
「どうぞ、お掛けになって?」
「し、失礼しますっ」
「失礼します」
客人とはいえ目上の方、席に着くのはそう言われてからだ。
いそいそと座れば、早速と言わんばかりに本題が始まる。
「さて……此度はこのような場での挨拶、誠に申し訳無く思います。ですが非常事態ゆえ、ご容赦願いますわ」
「いえいえ、本来であればこちらから出向くのが礼儀です。態々お越し下さり、誠にありがとうございます」
「そう言って下さり助かりますわ」
……あー、労働のあとの硬式で公式な会話のキャッチボールは堪えるものがある。
非礼が無いよう努めねば。苦手だけど。
「皇宮へもご招待したかったのですが……生憎、荒れておりまして」
「あのような事があった後では、無理も無いかと」
「いえ。あの【餓竜公】とは別件ですわ」
何? 同日に別件でごたついた、のか……。
運と間が悪過ぎるだろう。
「……私が、前皇王の遺言により就いた身であるとは、ご存知であることと思います」
拙い、知らん。そうなんだ。
ちゃんと話聞こう。
「彼の者が遺した言葉は“皇位継承権を持つ者で争え。頂点に立った者を次代の皇王とする”。その上で……他の継承者を全て弑し、私は皇王となりました」
は、はあ……? 争え、って?
思わず首を傾げるも、やはり意味がわからない。
何だ、その血で真っ赤な玉座は。
そんな血で血を洗った末の治世なんて……意味があるのか?
……いや、あるんだろう。前の王様の中には。知らんし知りたくもないが、多分。
表面には出さんが、少し心の中で拍手をしておく。
それは許容されるべきものではないだろうが……その健闘は、彼女が残ったという事実は、称えられて然るべきだろう。
「その治世に、犠牲に、疑問を持つのは当然のことです」
まあ、はい。持ちましたよ。
「故にそれに異を唱えた有力貴族らが、指揮下にある戦力を以てクーデターを引き起こしました」
……えぇ……今?
「……間が、悪い……」
「本当に、そうですわね」
苦々しい、といった声色のシアさんと、表情のクラウディア殿下。
その目が、シアさんへ向けられる。
「故に、猊下と教会の方々の助力には、感謝してもしきれないのです」
「いえいえ……当然のことをしただけですから」
「……加えて、工房主たるフランクリンさんが場所をお貸し下さり、率いるクランである<叡智の三角>の皆さん、加えて他の<マスター>の方々が救助活動へ尽力して下さったお陰でもあります」
「彼の言うとおりですっ。私たちだけでは……決して出来ませんでした」
なるほど、といった具合に頷く殿下。
「……では、後で彼らにも感謝を伝えさせて頂きます」
「はい。お願いします」
「僕からも、お願い致します」
「はい」
こちらが頭を下げると、クラウディア殿下は少しだけ笑う。
しかしすぐその笑みは消え、再び沈痛な面持ちへ。
……機械か何かが表情を出力してるみたいだが、流石に失礼だな。飽くまで見えるだけだし、そんな筈もない。
「……そして、1つ。私からも頼みがあるのです」
そう言うと、彼女は──片腕を外した。
「な……」
「……やっぱり、そうでしたか」
威容に飲まれて気付いていなかったが、シアさんは気付いていたらしい。いや、これすらも《託宣》の故か?
まあどちらにせよ……殿下の腕は、片方無かった。
包帯が巻かれ血が滲む先端は、失われてまだそう経っていないことを如実に語っている。
「先ほどお伝えしたクーデターの影響で、私は片腕を失いました……それを、猊下に治療頂きたいのです」
なる、ほど。
しかし、それは……。
「……そう、したいのですが……」
「今の僕らには、欠損を修復する術がありません」
【使徒】には《敬虔なる祈り》……今日活躍した、回復効果を増大させ、消費を抑えるスキルがある。
尚、その厳密な対象は“信仰の関わるジョブスキルの全て”なのだが、今は割愛しよう。
そんな《敬虔なる祈り》ではあるが……あれは、回復効果を増やすだけ。
回復量が増えるだけで、欠損を再生させる、といった効果を追加するまでには至らない。
【使徒】のレベルが高ければ、そういった欠損再生のスキルもあるのかも知れないが……少なくとも、今の【使徒】のレベルは3だ。
少し上がった程度のほぼ初期状態。故に……今は取れる手段が無い。
「レベルを上げさえすれば、可能性はありますが……」
「いえ、不確実なことに縋る程ではありません。無理であるならば、仕方のないことです」
「お役に立てず……申し訳ありません」
「いえいえ。頭をお上げになって下さい」
引き継ぎや話し合いで手一杯で、レベルをあまりにも上げられていないのが災いした。
道中ではレベルも上げないと、こういった事が増えかねん。この世界じゃ、全く何があるか分からないんだ。
◆
話も終わり、工房の外。
「それでは、本日は失礼します。猊下、タカキ様。そして工房主様も、お時間をありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「それでは──はい?」
脇に控えさせていた従者らしき女性が、足早にこちらへと歩いてくる。
いや早いのではなく、歩幅が大きいだけか? 背もまあまあに高い。
まあとにかく、その女性は目の前までやって来た。
謎のヤマアラシを腕へ抱えたまま、にこやかにこちらを見つめている。
……いや、この女性、メイデンだな。手の甲に紋章が……いや、あるぞ?
「……矮小な」
『
「はい、ベヘモット」
にこやかに暴言を吐き、ヤマアラシに窘められて戻っていく女性。
「従者が……失礼しました。改めまして、それでは」
去っていく後ろ姿を見送る。
……何とも、癖の強いメイデンだ。
いや、彼女は手元のヤマアラシをベヘモットと呼んだ。
ベヘモット、あるいはベヒモス、ないしベヒーモス。<エンブリオ>の銘としては相応しいが、いやしかし、紋章は女性の方に……。
「あの女性、恐らくはメイデンの方でしたね」
「ああ……やはりそうなんですね」
……なるほど、僕の感覚は合っていたらしい……いやシアさんが何で判ったんだ?
僕はなんか、そういう<エンブリオ>的直感で説明が付く……いや《託宣》があるか。
あの紋章がそういう偽装の類なら、偽装であると分かってしまう。凄いな、《託宣》。
「彼女らが、この国の“物理最強”だねぇ」
「……あの、ですか」
「そう、だったんですね……!」
シアさんが目を輝かせる。
確かにその武勇は、昔話にも通づるほどだ。そういう話好きなシアさんには大好物か。
しかし、それなら“矮小”とこちらを揶揄したのも頷けるものだ。物理の頂点からすれば、全部矮小だとは思うが。
「凄い方にお二人……いえ、御三方も出会えてしまいました」
「こんな日で無ければ、喜べただろうねぇ……さぁ、中に戻ろう。キミたちの分も用意してあるから、食べていってくれ」
「本当ですか? ありがとうございますっ!」
「では、ご相伴に預からせて頂きます」
なにはともあれ、一先ず腹ごしらえと行こう。
ただでさえ多忙に多忙を重ね、その上から多忙を上塗りした1日だったんだ。栄養補給は急務だろう。