翌日。
初死亡後の、初ログイン。
「ちょ、ちょっと、待ってください……?」
「はい、幾らでも」
目の前には慌てふためくシアさん。
……もとい、アレクシア・エルヴンルードさん。
メニュー画面から相手の情報が見えてしまうのは誤算に過ぎた。
彼女の名前はおろか、【司祭】しか就いていないジョブ欄も……何か妙に高い、8万を超えるMP最大値も、すべて見えてしまっている。
「《真偽判定》も反応してない……」
ああ、持ってたのか。油断も隙もないなこの世界。
戦慄きながら、興奮した面持ちが、ゆっくりとこちらへ向けられる。
「本当に……」
「本当に、私は、<マスター>に……?」
その言葉にゆっくりと頷くと、シアさんは白目を剥いてぶっ倒れた。
整った顔が台無しである。
◆
状況を整理しよう。
あの時、死ぬ間際に私が使ったスキルは、《コントラクト》という。
《コントラクト》
<マスター>を除く人間範疇生物を対象として、自身の装備者を固定する。
その際、装備者に応じた武器としての形状、並びに装備スキルが生成される。
双方の同意によってのみ、このスキルの効果は適用・解除される。また解除時には全ての装備スキルが消去され、形状も同様に初期化される。
アクティブスキル
これを前提として、僕の<エンブリオ>が持つスキル群は機能する。
そのため、あの時あの瞬間までは邪魔な文鎮でしか無かったのだ。
そしてこのスキルを使用して死亡したため、今度は《プロテクト》が発動した。
《プロテクト》
このスキルは《コントラクト》の効果下でのみ機能する。
《コントラクト》の対象へプレイヤー保護機能と同等の保護効果を与え、ログアウト時及び死亡時には対象の回収を行う。
加えて対象が致死ダメージを受けた際・死亡した際に、代わりに死亡する。
死亡後初めてのログイン時、対象の傷や欠損を再生し、HPを最大値の100%まで回復し、正常な状態へ復帰させた上で蘇生する。
パッシブスキル
破格の性能。
ティアン1人に対して、疑似的に不死身の肉体を……それも、<マスター>と同等のそれを与える。
今回に関しては僕の死に巻き込む形だったが、今後は彼女も死ななくなってしまった。
そこが問題なのだ。
殺しても契約は解除されず、双方の同意があってのみ《コントラクト》は解除される。
もしも、僕が相手の人格を見誤っていたら?
純真さを装う邪悪であり、この力を以て悪逆を尽くさんとする、非道の存在であったら?
そうなったらもう、僕はこのゲームにログインできないだろう。
実質的な封印である。
なんせ僕がログインしなければ、相手は格納されたままになる。
……尤も。
「えぇぇぇぇ……<マスター>? 私<マスター>?? 嘘でしょちょっとすご、えっ、えぇ……???」
何故か、大丈夫な気はしてならないのだが。
「そう言えば!」
「はい?」
「ここはどこなんでしょうか!」
「今更では?」
あとテンションもどこかおかしい。
起き上がったと思えばずっとこれだ。
「……まあ一応、マルクスの奴が経営する商館です」
「ありがとうございます!」
ずっとペーパーカンパニーか何かだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
調度品も、手入れの行き届いた室内も、ドッキリにしてはちゃんとし過ぎていた。
◆
「落ち着きました……申し訳ありません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
数十分後、シアさんは己の言動を顧みて項垂れていた。
忙しない人である。
「ではまず、色々と確認をさせて下さい」
「よろしく、お願いします」
そんなに頭は下げなくていい。
そも隣に座ってるんだから、その方向には誰もいない。
「先ず、貴女は擬似的ながら<マスター>となりました」
「ぅ、ふひっ。あっ、すいません」
澄ましても遅かろうに。
「次。僕がこちら側にいる限り、貴女は動けます。なるべくこちらに居るようにはしますので、不自由はあまりないかと」
「……えっ、ちょっと待ってください。もしかして<マスター>様って、別の世界とこちら側を……自由に、行き来できるんですか?」
「ああ……」
確か、流布されている<マスター>の言説には、“不死身であるが、頻繁に“別の世界”にその身を飛ばされてしまう。”とあった気がする。
この問いはそれについてのことだろう。
「……まあ、頑張れば」
「頑張れば」
「はい。頑張れば」
嘘ではない。
トイレを我慢し、風呂をキャンセルし……とにかく頑張れば、こちらには居続けられるだろう。
そこまでする気はないけれども。
「そうなんだ……凄いなぁ……」
ファンガか貴女は。
……まあ、ファンガか。
「そして、最後。一番大事ですので、よく考えてお答えください」
「は、はいっ」
姿勢を正すシアさん。礼儀正しくていい。
「貴女に、僕という武器を使う意思はありますか? 本当に、僕を正しく使いたいと思いますか?」
「……」
「ある意味、僕らは一蓮托生となります。それでも構いませんか?」
「……もちろんです!」
シアさんは自信満々に頷く。
……《真偽判定》が無い身としては解らないが、少なくとも嘘は言っていない、と信じたい。
そもそも、僕は夢を叶えたいという気持ちに応えたのだ。
これが嘘だったら流石にちょっと萎える。ソングバードルートぐらい萎える。
「では、まあ、一旦──」
右手を差し出すと、勢いよく握られる。
勢いよく上下にも振られる。それも両手で。怖い。
「これから、よろしくお願いします」
「はいっ! 不束者ですが!」
「婚約じゃないですからね?」
不束なのは確かだと思うが。
……もうちょっと考えて使ったほうがいいかもしれなかったが、もう後には引けない。
一先ずは腹を括って、彼女と共に、この世界を歩む他ないのだ。
……憂鬱だ。
一旦一区切り
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