系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

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10:いのり

 

 何事かを、虚空へ話しかけるシアさん。

 気が触れたわけではない。そこに居るらしい、彼女の親族との対話だ。

 傍らにはベネトナシュさんもいる。霊たちとの通訳を、彼自身から買って出てくれていた。

 

 その一方で、積もる話もあるだろうと、僕はペルセポネさんと脇に避けている。

 

「ありがとうございます」

 

 隣の少女へ、深く頭を下げる。

 

「何がだ?」

「いえ、彼女に対話の機会を与えて下さって」

「ああ……旦那様はお人好しだからな。あのくらいは当然やるとも」

 

 顔を上げると、ペルセポネさんは、慈しむ親のような顔をしていた。

 何処か悲しげで、それでいて、愛に溢れたような。

 

 ふと、その顔が後悔に変わる。

 

「……時折、思うのだ」

 

「妾は、旦那様を縛り付けてはいないか、と」

「縛り付ける……ですか」

「ああ。お人好しにすぎて、人の命を諦められないのだ──」

 

 ──突然に語られた来歴は、後悔の詩だった。

 

 彼がどのように感じ、その後どうしたのか。

 自分は何故引き止めたのか。

 自分は……何故あそこで生まれたのか。

 

 何故、どうして。自分は──

 

「──故に、あるかどうかも分からぬことを、ただ妾という一例があったがために、追い求め続けている」

 

 そしてそれ故に、人の命を、諦められない。

 

「彼は、何を、蘇らせようと?」

「不幸な死を迎えた子供達、その全てだ」

「……なる、ほど」

「故にあの男……マルクスを介して、其方にも接触したのだ。無駄足だったがな」

僕と初めて接触した理由は、ティアンの蘇生に関わるから。

 

 ──もしも不幸に見舞われて、理不尽に見舞われて、散った命があるならば。

 

 ──もう一度、チャンスがあってもいいのではないか、と思います。

 

 あの時の返答に、笑った彼の顔。

 今なら、少しその理由がわかる。

 それは……途方も無い夢の果て。

 

 ……しかし。

 

 

「何故、僕にこの事を?」

 

 それだけは、どうしても疑問だった。

 そも、僕なんかに話すべき事柄だったろうか。

 

「……妾にも、解らぬよ」

 

「でも……<エンブリオ>であり、<マスター>でもある其方になら、言っても良いと思ったのだ」

 

「…………いや、すまん。やっぱり、全部忘れてくれ」

 

 話してしまった後悔と、少しばかりの開放感、だろうか。

 そんな表情を浮かべながら、ペルセポネさんは頭を振った。

 

「……無茶を言いますね」

「ははは、そうだな。すまない……すまない」

 

 笑う姿に、少しばかりの苛立ちを覚える。

 しかし、それを向けるべきではないだろう。

 吐き出す先は、きっとその心に、必要だったのだから。

 

 ◆

 

「ありがとう、ございましたっ!」

 

 泣き腫らし、尚も涙を流すシアさんの背を擦る。

 

「いえ、こちらは、出来ることをしたまでですから」

「それでも、とても嬉しかったんです……!」

「旦那様、感謝はそう遠慮するものでもあるまい」

「……そうだね。ええと、どういたしまして。また話したくなったら──」

「──だからといって安請負は駄目だぞ」

「ごめんごめん……」

 

 先程、僕に語るときとは打って変わった、気丈で自信に溢れた姿。

 きっとそれが、彼女を支える柱なのだろう。

 

「こちらからも遠慮させて頂きます。そう何度も得られて良い機会では、きっと無いでしょうから」

「そう……ですか」

 

 少し、どこか険しい表情のベネトナシュさん。

 ……何か、癪に障っただろうか。

 

 ──もう一度、チャンスがあってもいいのではないか、と思います。

 

 まあ、前にされた質問の、この答えのせいだろう。

 

 そう簡単に、無闇矢鱈に齎されてもいけないとは、思ってるんだがなあ。

 それに不幸とは、こちらのエゴだ。

 彼等に不幸と宣うこと、それこそが最も大きな“不幸”だとは、思わないのだろうか。

 ……まあ、これすらもエゴか。

 

「……では、私達はこれで」

「僕らは少し残ります。お気をつけて」

「ありがとうございます。では」

「其方らも元気でな」

 

 森へ入る背を見送り、焼け跡へと向き直る。

 

「うっ、ぐすっ……」

「少し、休んでから帰りましょう」

 

 彼女を座らせて、背を擦りながら、跡地へ目を向けた。

 

 彼女の親しんだ顔ぶれ。彼女を愛し、慈しんだ人々。

 そこにきっと、彼らは居るのだろう。

 そう思って、深く、深く、祈りを捧げる。

 

 娘さんは、僕がきちんと守ります。

 

 どうか、安心して下さい。

 

 ……聞こえたのか、伝わったのか。

 定かではないが、きっと、大丈夫だろう。

 そんな気がした。

 

 ◆

 

 今日はそこから更に用事があったのだが、結局宿へ戻ることとした。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 少し日は高いが、泣き疲れ眠ったシアさん。

 その幼子のような姿に、思わず笑みが溢れる。

 

「久し振りに、話せたんだから、なあ……」

 

 レジェンダリアを離れて数カ月。

 その間ずっと、心の片隅にあったであろう何かが取れた……少し晴れやかな寝顔。

 

 何と言うか、愛おしい。

 

 意を決して、思いのまま、額に、瞼に、軽く口づけを落とす。

 込めるのは、友愛と、憧れ。

 真っ直ぐ夢へ進む、その姿への。

 慣れないことをするせいで顔が熱いが、確か意味合い的には正しい筈だ。

 

「……おやすみなさい、シアさん」

 

 そっと頭を撫でると、ふにゃりと彼女の顔が綻んだ。

 きっと幸せな夢を見ているのだろう。

 

 ……幸せ。

 

 ふと、それを彼女へ齎した彼らの──ベネトナシュさんとペルセポネさんの顔が、脳裏を過ぎる。

 彼らは<超級>にして超級職。その力は、“ゲームの現バージョン”における極限に位置する。

 

 それでも辿り着けぬ領域を、なぜ彼らは追い求められるのだろうか。

 何故……それでも届かなかったのに、折れることが無かったのだろうか。

 

 ……考えても、今は答えが出そうもない。

 

 僕もそろそろ寝よう。

 まあ、シャワーだけでも浴びるか。

 

 脱衣場の扉を開け……静かに閉じた。

 

 

 

「……ふふっ」

 

「大好きです、ソウ様」

 

 

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