何事かを、虚空へ話しかけるシアさん。
気が触れたわけではない。そこに居るらしい、彼女の親族との対話だ。
傍らにはベネトナシュさんもいる。霊たちとの通訳を、彼自身から買って出てくれていた。
その一方で、積もる話もあるだろうと、僕はペルセポネさんと脇に避けている。
「ありがとうございます」
隣の少女へ、深く頭を下げる。
「何がだ?」
「いえ、彼女に対話の機会を与えて下さって」
「ああ……旦那様はお人好しだからな。あのくらいは当然やるとも」
顔を上げると、ペルセポネさんは、慈しむ親のような顔をしていた。
何処か悲しげで、それでいて、愛に溢れたような。
ふと、その顔が後悔に変わる。
「……時折、思うのだ」
「妾は、旦那様を縛り付けてはいないか、と」
「縛り付ける……ですか」
「ああ。お人好しにすぎて、人の命を諦められないのだ──」
──突然に語られた来歴は、後悔の詩だった。
彼がどのように感じ、その後どうしたのか。
自分は何故引き止めたのか。
自分は……何故あそこで生まれたのか。
何故、どうして。自分は──
「──故に、あるかどうかも分からぬことを、ただ妾という一例があったがために、追い求め続けている」
そしてそれ故に、人の命を、諦められない。
「彼は、何を、蘇らせようと?」
「不幸な死を迎えた子供達、その全てだ」
「……なる、ほど」
「故にあの男……マルクスを介して、其方にも接触したのだ。無駄足だったがな」
僕と初めて接触した理由は、ティアンの蘇生に関わるから。
──もしも不幸に見舞われて、理不尽に見舞われて、散った命があるならば。
──もう一度、チャンスがあってもいいのではないか、と思います。
あの時の返答に、笑った彼の顔。
今なら、少しその理由がわかる。
それは……途方も無い夢の果て。
……しかし。
「何故、僕にこの事を?」
それだけは、どうしても疑問だった。
そも、僕なんかに話すべき事柄だったろうか。
「……妾にも、解らぬよ」
「でも……<エンブリオ>であり、<マスター>でもある其方になら、言っても良いと思ったのだ」
「…………いや、すまん。やっぱり、全部忘れてくれ」
話してしまった後悔と、少しばかりの開放感、だろうか。
そんな表情を浮かべながら、ペルセポネさんは頭を振った。
「……無茶を言いますね」
「ははは、そうだな。すまない……すまない」
笑う姿に、少しばかりの苛立ちを覚える。
しかし、それを向けるべきではないだろう。
吐き出す先は、きっとその心に、必要だったのだから。
◆
「ありがとう、ございましたっ!」
泣き腫らし、尚も涙を流すシアさんの背を擦る。
「いえ、こちらは、出来ることをしたまでですから」
「それでも、とても嬉しかったんです……!」
「旦那様、感謝はそう遠慮するものでもあるまい」
「……そうだね。ええと、どういたしまして。また話したくなったら──」
「──だからといって安請負は駄目だぞ」
「ごめんごめん……」
先程、僕に語るときとは打って変わった、気丈で自信に溢れた姿。
きっとそれが、彼女を支える柱なのだろう。
「こちらからも遠慮させて頂きます。そう何度も得られて良い機会では、きっと無いでしょうから」
「そう……ですか」
少し、どこか険しい表情のベネトナシュさん。
……何か、癪に障っただろうか。
──もう一度、チャンスがあってもいいのではないか、と思います。
まあ、前にされた質問の、この答えのせいだろう。
そう簡単に、無闇矢鱈に齎されてもいけないとは、思ってるんだがなあ。
それに不幸とは、こちらのエゴだ。
彼等に不幸と宣うこと、それこそが最も大きな“不幸”だとは、思わないのだろうか。
……まあ、これすらもエゴか。
「……では、私達はこれで」
「僕らは少し残ります。お気をつけて」
「ありがとうございます。では」
「其方らも元気でな」
森へ入る背を見送り、焼け跡へと向き直る。
「うっ、ぐすっ……」
「少し、休んでから帰りましょう」
彼女を座らせて、背を擦りながら、跡地へ目を向けた。
彼女の親しんだ顔ぶれ。彼女を愛し、慈しんだ人々。
そこにきっと、彼らは居るのだろう。
そう思って、深く、深く、祈りを捧げる。
娘さんは、僕がきちんと守ります。
どうか、安心して下さい。
……聞こえたのか、伝わったのか。
定かではないが、きっと、大丈夫だろう。
そんな気がした。
◆
今日はそこから更に用事があったのだが、結局宿へ戻ることとした。
「……すぅ……すぅ……」
少し日は高いが、泣き疲れ眠ったシアさん。
その幼子のような姿に、思わず笑みが溢れる。
「久し振りに、話せたんだから、なあ……」
レジェンダリアを離れて数カ月。
その間ずっと、心の片隅にあったであろう何かが取れた……少し晴れやかな寝顔。
何と言うか、愛おしい。
意を決して、思いのまま、額に、瞼に、軽く口づけを落とす。
込めるのは、友愛と、憧れ。
真っ直ぐ夢へ進む、その姿への。
慣れないことをするせいで顔が熱いが、確か意味合い的には正しい筈だ。
「……おやすみなさい、シアさん」
そっと頭を撫でると、ふにゃりと彼女の顔が綻んだ。
きっと幸せな夢を見ているのだろう。
……幸せ。
ふと、それを彼女へ齎した彼らの──ベネトナシュさんとペルセポネさんの顔が、脳裏を過ぎる。
彼らは<超級>にして超級職。その力は、“ゲームの現バージョン”における極限に位置する。
それでも辿り着けぬ領域を、なぜ彼らは追い求められるのだろうか。
何故……それでも届かなかったのに、折れることが無かったのだろうか。
……考えても、今は答えが出そうもない。
僕もそろそろ寝よう。
まあ、シャワーだけでも浴びるか。
脱衣場の扉を開け……静かに閉じた。
「……ふふっ」
「大好きです、ソウ様」