シアさんへのご母堂への、ある意味での挨拶を済ませて、数日。
「あっ、ありました!」
彼女が笑顔で指を差すのは、何かしらの店舗。
看板に大きく記された“COFFEE”の文字、そこから推測するに、案内されたのは喫茶店だろうか。
巨木を刳り貫いて、その中を店舗にしたような佇まいは、ファンシーで街の雰囲気にも合っていた。
「これはまた、雰囲気の良い……」
「そうですよね! 小さいころに、よく連れてきてもらったんです。まだやっててよかったぁ……」
彼女の小さいころに、となると80年以上は前になりそうなものだが、長く続いているらしい。
……ずっと小さいだろうに、とは言わないでおこう。腹に穴が開く。
扉を開けると、店内には疎らなお客さんと、カウンターで作業をする老爺が1人。
樹木のような皺だらけの肌に、枝のような髭を蓄えた老紳士。頭髪は新緑のように若々しい緑をしていた。
……いや、ような、とか、ように、ではない。実際そうなのだ。
彼は樹木だった。正真正銘、人の形をした樹木であった。
「いらっしゃ……おお、久し振りだな、シアちゃん」
「はい。店主様もお元気そうで」
「まあね。さ、開いてる所に座ってくれ。お連れの方もね」
「ありがとうございます」
樹人族、だったか。
正確には精霊や妖精の一種で、木に住まうものぐさなそれらが体代わりに動かしている、とか何とか。
その中身が悪しき者に代わったのがモンスターの【トレント】であり、彼は歴としたティアンである。
彼女の隣、カウンターに座ると、店主さんがコーヒーを出す。
「まだ、頼んでいませんけど……?」
「いつもの、だよ。シアちゃん。砂糖は多め、ミルクもたっぷり」
「お、覚えてらっしゃったんですか……!?」
「はっはっは、そりゃあね」
常連ともあれば当然か?
いや、少なくとも半世紀は前の筈。
「ああ、お連れさんはどうする?」
「どちらも1つずつ、お願いします」
「はい、どうぞ」
シアさんと同様に永い時を生きているようで、その上で覚えもいいらしい。
なるほど、店が長く続く訳だ。
砂糖とミルクを大量に含んだコーヒーを飲み、シアさんが口を綻ばせる。
「……おいしいです。変わらずに」
「それだけ入れたら、味も香りも判らないのでは?」
「わかりますよっ、もう」
「ふっ……おお、美味しい」
怒り顔を尻目に自分も一口。
ちゃんと香りがするし、苦味も良い。酸味が少ないのが殊更良く、後味もすっきりしている。
どこの豆か教えて欲しいが、きっと彼の腕あってのものだろう。
自分じゃ、これは淹れられん気がする。
そんな美味しいコーヒーを嗜んでいると……ふと、店主さんが口を開いた。
「……家が火事になったと聞いて、心配していたんだよ」
「そう……ですね」
聞く限りは暗殺者の襲撃だったが、対外的には火事扱いなのか。
なるほど、証拠が上手く消されたか何かしたのだろう。
「お母さんは……」
「……はい」
「そう、か。すまない。聞かない方が良かったね」
「いえ、気にかけてくださったのは、嬉しいですから」
人死もかき消されている。
何かときな臭いレジェンダリアだし、そういう裏の動きがあったのかも知れないが……気味が悪い。
「……お連れさんは、シアちゃんの好い人かい?」
そんな沈痛な話題をかき消すためか、こちらに好奇の目が向いた。
「っ……けほっ、けほっ!」
「ああ、一応そのつもりです」
「そ、ソウ様っ……!」
「はっはっは、それはそれは。良かったよ、エルフィリア……ああ、シアちゃんのお母さんが、貰い手は居ないかといつもぼやいていたからね」
「……お母、様……っ!!」
顔を覆い、耳まで赤らめるシアさんを、微笑ましそうに見つめる店主さん。
ふと、その目が真剣さを宿し、こちらに向けられた。
「儂はドモンと言う。この娘を親のように見守ってきた者の1人でもある」
「はい」
「だから、その、何と言うか……この娘を、泣かせないでくれよ?」
眼光は鋭く、殺気すら感じる。
シアさんを大切に思う気持ちがよく伝わってきた。
「……はい。勿論です」
そんなつもりは未来永劫無いので、安心して欲しい。
「シアさんは、僕が守ります……戦える訳ではありませんが」
「知ってるよ。“使徒の剣”、大層な渾名じゃあないか」
おっ、と、と。
あんま好きじゃないんだよなそれ。ちょっと共感性羞恥を刺激されて。
「流石に、ご存知でしたか」
「ああ。いつまで此処には居るつもりだい?」
こちらの事情も把握している。説明が省けて助かるな。
「あと……長くともひと月弱は」
「そうか、じゃあ、いつでも此処に来るといいよ。顔も見たいからね」
そう言って、店主さんは……ドモンさんは、ニッコリと笑った。
◆
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
「またいらっしゃい」
ドモンさんの見送りを受けて、店を出る。
「今日は、ここで最後でしたっけ?」
「はい。楽しんでいただけましたか?」
「勿論です」
彼女の思い出の地を周るツアー。
昨日の跡地から始まるつもりであったようだが、流石にあれではと日を改めた。
お陰でコンディションも万全で、いい旅を楽しめたと思う。
「また……いつか、一緒に周りましょうねっ」
「それで──たくさん、新しい思い出を作るんです」
そう言って笑う彼女の顔は、キラキラと輝いて見えた。
……年齢で言えば彼女が上だが、それでも死ぬのは僕が先だ。
長命種と只人。こちらの時間が3分の1と遅くとも、それは避けられない。
だから。
「……そうですね」
僕は、幸運に思うのだ。
彼女の永い歴史に、彼女の愛した者として、少しでも名を刻めることを。
年の差と寿命差
この手の話題はつきものですよ
あんま本編とは絡まないからここだけどね