系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

61 / 72
EX5:おもいで

 

 シアさんへのご母堂への、ある意味での挨拶を済ませて、数日。

 

「あっ、ありました!」

 

 彼女が笑顔で指を差すのは、何かしらの店舗。

 看板に大きく記された“COFFEE”の文字、そこから推測するに、案内されたのは喫茶店だろうか。

 巨木を刳り貫いて、その中を店舗にしたような佇まいは、ファンシーで街の雰囲気にも合っていた。

 

「これはまた、雰囲気の良い……」

「そうですよね! 小さいころに、よく連れてきてもらったんです。まだやっててよかったぁ……」

 

 彼女の小さいころに、となると80年以上は前になりそうなものだが、長く続いているらしい。

 ……ずっと小さいだろうに、とは言わないでおこう。腹に穴が開く。

 

 扉を開けると、店内には疎らなお客さんと、カウンターで作業をする老爺が1人。

 樹木のような皺だらけの肌に、枝のような髭を蓄えた老紳士。頭髪は新緑のように若々しい緑をしていた。

 ……いや、ような、とか、ように、ではない。実際そうなのだ。

 彼は樹木だった。正真正銘、人の形をした樹木であった。

 

「いらっしゃ……おお、久し振りだな、シアちゃん」

「はい。店主様もお元気そうで」

「まあね。さ、開いてる所に座ってくれ。お連れの方もね」

「ありがとうございます」

 

 樹人族、だったか。

 正確には精霊や妖精の一種で、木に住まうものぐさなそれらが体代わりに動かしている、とか何とか。

 その中身が悪しき者に代わったのがモンスターの【トレント】であり、彼は歴としたティアンである。

 

 彼女の隣、カウンターに座ると、店主さんがコーヒーを出す。

 

「まだ、頼んでいませんけど……?」

「いつもの、だよ。シアちゃん。砂糖は多め、ミルクもたっぷり」

「お、覚えてらっしゃったんですか……!?」

「はっはっは、そりゃあね」

 

 常連ともあれば当然か?

 いや、少なくとも半世紀は前の筈。

 

「ああ、お連れさんはどうする?」

「どちらも1つずつ、お願いします」

「はい、どうぞ」

 

 シアさんと同様に永い時を生きているようで、その上で覚えもいいらしい。

 なるほど、店が長く続く訳だ。

 

 砂糖とミルクを大量に含んだコーヒーを飲み、シアさんが口を綻ばせる。

 

「……おいしいです。変わらずに」

「それだけ入れたら、味も香りも判らないのでは?」

「わかりますよっ、もう」

「ふっ……おお、美味しい」

 

 怒り顔を尻目に自分も一口。

 ちゃんと香りがするし、苦味も良い。酸味が少ないのが殊更良く、後味もすっきりしている。

 どこの豆か教えて欲しいが、きっと彼の腕あってのものだろう。

 自分じゃ、これは淹れられん気がする。

 

 そんな美味しいコーヒーを嗜んでいると……ふと、店主さんが口を開いた。

 

「……家が火事になったと聞いて、心配していたんだよ」

「そう……ですね」

 

 聞く限りは暗殺者の襲撃だったが、対外的には火事扱いなのか。

 なるほど、証拠が上手く消されたか何かしたのだろう。

 

「お母さんは……」

「……はい」

「そう、か。すまない。聞かない方が良かったね」

「いえ、気にかけてくださったのは、嬉しいですから」

 

 人死もかき消されている。

 何かときな臭いレジェンダリアだし、そういう裏の動きがあったのかも知れないが……気味が悪い。

 

「……お連れさんは、シアちゃんの好い人かい?」

 

 そんな沈痛な話題をかき消すためか、こちらに好奇の目が向いた。

 

「っ……けほっ、けほっ!」

「ああ、一応そのつもりです」

「そ、ソウ様っ……!」

「はっはっは、それはそれは。良かったよ、エルフィリア……ああ、シアちゃんのお母さんが、貰い手は居ないかといつもぼやいていたからね」

「……お母、様……っ!!」

 

 顔を覆い、耳まで赤らめるシアさんを、微笑ましそうに見つめる店主さん。

 ふと、その目が真剣さを宿し、こちらに向けられた。

 

「儂はドモンと言う。この娘を親のように見守ってきた者の1人でもある」

「はい」

「だから、その、何と言うか……この娘を、泣かせないでくれよ?」

 

 眼光は鋭く、殺気すら感じる。

 シアさんを大切に思う気持ちがよく伝わってきた。

 

「……はい。勿論です」

 

 そんなつもりは未来永劫無いので、安心して欲しい。

 

「シアさんは、僕が守ります……戦える訳ではありませんが」

「知ってるよ。“使徒の剣”、大層な渾名じゃあないか」

 

 おっ、と、と。

 あんま好きじゃないんだよなそれ。ちょっと共感性羞恥を刺激されて。

 

「流石に、ご存知でしたか」

「ああ。いつまで此処には居るつもりだい?」

 

 こちらの事情も把握している。説明が省けて助かるな。

 

「あと……長くともひと月弱は」

「そうか、じゃあ、いつでも此処に来るといいよ。顔も見たいからね」

 

 そう言って、店主さんは……ドモンさんは、ニッコリと笑った。

 

 ◆

 

「ありがとうございました」

「ありがとうございましたっ」

「またいらっしゃい」

 

 ドモンさんの見送りを受けて、店を出る。

 

「今日は、ここで最後でしたっけ?」

「はい。楽しんでいただけましたか?」

「勿論です」

 

 彼女の思い出の地を周るツアー。

 昨日の跡地から始まるつもりであったようだが、流石にあれではと日を改めた。

 お陰でコンディションも万全で、いい旅を楽しめたと思う。

 

「また……いつか、一緒に周りましょうねっ」

 

「それで──たくさん、新しい思い出を作るんです」

 

 そう言って笑う彼女の顔は、キラキラと輝いて見えた。

 

 ……年齢で言えば彼女が上だが、それでも死ぬのは僕が先だ。

 長命種と只人。こちらの時間が3分の1と遅くとも、それは避けられない。

 

 だから。

 

「……そうですね」

 

 僕は、幸運に思うのだ。

 彼女の永い歴史に、彼女の愛した者として、少しでも名を刻めることを。




年の差と寿命差
この手の話題はつきものですよ
あんま本編とは絡まないからここだけどね
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。