そんなこんなで、直ぐに2日は経ち。
遂にその日──プロポーズの日がやって来た。
「……本当に、ここで良かったんですか?」
「はいっ」
街のはずれにある焼け跡、シアさんの家があった場所。
シアさんに指定されたのはそこだった。
「ここなら、お母様たちにも、見てもらえますから」
「ご尊父はどうなさるんですか」
「もちろん、ちゃんと後で報告しに行きますよ!」
……まだ義父ですらねぇんだよバカが。まだ婚約が受け入れられるかどうかもわからんのだぞ。
シアさんが、庭だっただろう場所へ、ゆっくりと歩み出る。
「お墓に挨拶したあのときは、まだまだひよっこでしたけど……こんなにっ、立派になれましたし」
くるりと振り返ると、両手を広げて、彼女は笑う。
纏う雰囲気に、思わずこちらの口角も上がった。
「気付けば<超級>ですね」
「はい! でも、まだまだスタートラインですっ」
そう。彼女の夢は、まだ始まったばかり。
「これからどんどん有名になって、強くなって、世界に知られて、それで──」
手を広げたまま、くるくると回り、天を仰ぐ。
スカートの裾が広がって、何かの踊りのような。
「──世界の理不尽を、私の名前だけで吹き飛ばせちゃうぐらいの、そんな存在になるんです」
踊りながら語るのは、途方も無い夢の果て。
大きさで言えば、あの時聞いた“冥王”の目標にも負けていない。
それでも、不思議と叶わない気はしない。
別に自惚れじゃない。世の中にはより強い者が居て、どう逆立ちしても勝てない相手だっている。
でも……。
踊りが止み、瞳が向けられる。
「貴方と、一緒に」
「……はい」
2人なら、きっと出来る。
……しかし、その前に。
共に歩むを決めて貰う前に、今一度聞いておかねばならないだろう。
あの時許されたんだから良いだろう、なんて思わない。
マルクス──いや、総一郎との戦いを経て、真実を知って、その罪の深さは更新された。
あの日彼女に許された咎を。僕の優柔不断と、ダブルスタンダードの、その結果を。
もう一度……問わねばならない。
「……僕は、ずるい人間です」
思えば、初めからそうだった。
「貴女を死地へと誘い、そして死して尚戦わせる」
実質的な一択。死にたくないと、誰でも言うであろう状況。
「この前の……マルクスとの戦いでだって、そうでした。戦えないから、貴女に戦うことを求める」
そこからどうにか救い出した気でいて……その実全てが、仕組まれていたと知った。
「その癖、死んで欲しくないと願う僕を」
そんな今でも──
「──それでも……貴女は選んでくれますか?」
そんな僕の最終確認。
本当に
その僕の目の前に立っている彼女は……微笑んでいた。
「勿論です」
返ってくる首肯と言葉に、ほっと息を吐く。
……先ずは一安心、だな。
「では──」
しかしそれも束の間。再び緊張が走り、言葉が詰まる。
一世一代、最初で最後になるだろう言葉。
あちらでも、こちら側でも、通しでたったの一度だけ。
彼女以外を欲しいと思わないし、代わりなんて無い。
「──シアさん……いや、アレクシアさん」
声が震え、それを押し殺す。
不安と、祈りを乗せたまま。
「僕の、妻になって下さい」
跪いて、手を彼女へ差し出す。
視線が合う。
瞳が、静かに揺れていた。
「……はい。不束者ですが、お願いします」
差し出した手を、しっかりと受け取られて。
その瞬間……ものすごい安堵と、幸福感に襲われた。
人を愛し、それを受け入れられる喜び。
今まで経験したことのないそれが、全身を駆け巡る。
細められた目の端から涙が溢れる。
それを拭いながら、彼女は笑った。
「ふふ……ずっと、ずーっと、待ってました」
「本当に、申し訳ありません」
向き合おうと宣言をしてから、色々なことがあった数カ月。
愛想を尽かして心変わりしてもおかしくは無いだろうに、それでも彼女は待ってくれた。
本当に、感謝しかない。
「いいんです。それだけ、いっぱい考えてくれたんでしょうから。でも──」
ふと、取られた手がそっと離れて。
気が付けば僕は、彼女の腕の中に居た。
耳許に口が寄せられて、ほんの少しだけ擽ったい。
「──待ったぶん、いーっぱい、愛してくださいね?」
「……勿論ですよ」
言われずとも。
◆
帰り道を歩く彼女の左手。
その薬指には、小さな翠の石をあしらった指輪が1つ。
僕にも同じように嵌っているそれを、彼女はしげしげと眺めている。
「……私の瞳の色、ですよね?」
「はい」
幸福や幸運を意味するらしい宝石。
彼女のこれからの旅路に、ピッタリと言えるだろう。
「ありがとうございます。とってもきれいで……」
「気に入って頂けましたか?」
「はいっ! とっても!」
……二安心に続いて、三安心か。
何かと心労が絶えない日だが、それすらも勲章だろう。
「あっ、でも……」
「はい?何か──えっ』
「これが一番、うれしいですかね?」
気づけば十字のペンダント……ブレッシングの姿に変えられて、首にそっと掛けられる。
こちらを見るその顔は、かなり自慢げというか、得意げというか。
「結婚首輪、じゃないですけど」
『なる……ほど』
「……駄目、ですかね?」
思うところが無いでは無い、のだが。
少し悲しげな、申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女を見ると、それでも良いと思えてしまう。
「いいかなぁ、って思ったんですけど……」
やっぱり、駄目だ。この顔にはどうしても弱い。
……まあどの顔にも大概弱いが、この顔には特別に弱い気がする。
しかも、素でやっていると来た。多分その筈だ。何せ、計算でやっているときとは破壊力も段違いに高い。
より関係が進んで……少し盲目になったせいかも知れないが、それでも良い。
好きな女性に良いように使われるなんて、本望だろう。
『……貴女が、それで良いのなら』
「っ! じゃあ、決まりですねっ!」
ぱぁと輝く笑顔に、僕はもう何も言えなくなってしまった。
首飾りを異性へ贈る意味は、“束縛”と“独占”など。
贈ってないと言えば無いのだろうし、贈ったとてそこまでをする気もあまり無いが、誰にもシアさんを渡す気はないし……面映ゆいというか、複雑な……。
なんて考え唸っていると、気づけば彼女に覗き込まれていた。
その顔には、結婚首輪だのと宣った先程のように、自慢げな、得意げな笑顔を浮かべている。
「“ずっと一緒”、ですよ?」
『……ははっ』
なるほど、解ってて言ってたんだな? この人。
……それなら、この気恥ずかしさも快い。
『ええ、一緒です』
「はいっ!」
風が、静かに草葉を揺らした。
……必ず、彼女は幸せにします。
どうか、どうか見守っていて下さい。
◆
その日の晩。
言われたとおりに、待たせてしまった分を取り返すように。
僕は、彼女を深く、深く愛することになった。
そのことについて、ここで語ることはしない。
……どうやら僕は、自分が思っていたより、首飾りを贈れる人間だったらしい。