「〜♪」
……またかよ。
もう驚かないし裸も見慣れたし、それ以上のこともしているし、今更どうってことはないのだが……狙ってるんじゃないよな?
この前は仮眠を取りに行ったからともかくとして、今日に関しちゃ“少し席を外す”って言っただけだぞ。用を足すだけだし“すぐに戻る”とも伝えたんだぞ。
……まあ、邪推は止すとして。
『戻りました』
「あ、お帰りなさい、ソウ様」
シャワーを止めて、湯船へといそいそと浸かるシアさん。
……出ないんすか。僕この状態で戻れないんです。
衣服着てるからここで戻るとビッシャビシャになるんですよ。
『……あの』
「ふぇ? ……ああ! そうでしたね、すいません」
良かった伝わ……ってないな?
湯船の外で人に戻されたはいいんだけどさ、土足で浴室はどうかと思うんだ。
さっさと出──
「ちょっと待った!」
──ようとして、腕を掴まれる。
「お召し物をしまって……このまま、一緒にお風呂、どうですか?」
どこか艶やかな笑みを湛えた姿に、唾を飲む。
結婚してから5日経った、新婚ほやほやの頃のことだった。
◆
「改めて……只今、戻りました」
「……はい、おかえり、なさい……」
ベッドの上で謎に向かい合い、正座した上で礼をし合う。
あんなことを可愛くて愛おしい妻に言われたら、そりゃね。そりゃあね?
そんな後だから、シアさんも少し息が切れている。リラックスと身を清めに風呂へ行ったんだろうに、疲れて汚れて戻っては、世話も無かろう。
時間も良い所だと2回で済ませたが……それでも、今日は忙しいのだ。
──しかし見渡す限り、部屋は整然としている。散々と置かれていた筈の荷物も既に纏まっているらしい。
ゆっくりしすぎて危ないかと思ったが、これなら時間にも間に合いそうだ。
「とりあえず……準備は出来てる、って感じですね」
「それは、バッチリです。……あ、でも……」
両手を広げて待ち構える、可愛らしいお嫁さん。
「もうちょっと……補給がしたいです、かね?」
……さっきあんなにたっぷり補給しただろうに。
しかし小首を傾げ、上目遣いで愛らしくそう言われてしまっては、夫としても応えざるを得ないのだ。
仕方がないなあ。ああ、本当に仕方がないなあ。
「……はは。はいはい」
「きゃーっ!」
押し倒すようにしながら、胸に抱き込む。
碌な抵抗もなく、ぽすんと体がベッドへ倒れる。
……これが、ここ数日の彼女のお気に入りだった。
至近距離で、翠の瞳に見つめられる。
湯上がりの体の温かさと、シャンプーの甘い香りとが合わさって、酷く脳を揺さぶられる。
我慢出来ずに、軽く唇を重ねた。
「……ふふっ」
「…………ははっ」
柔らかさと、甘美な快感に、思わず笑みすら溢れた。
やばい、幸せ過ぎる。
今が人生の絶頂だ。間違いなく断言出来よう。
ずっとこうしていたいのは山々だが……しかし、今日はこうもしてはいられないのだ。
今日は出立の日の刻限。
「……名残惜しいですね」
「もう少し、こうしていますか?」
「いえ、大丈夫です。十分愛も貰えましたので!」
「それは良かった。じゃあ……出る支度をしましょうか」
「はいっ!」
ここを離れ、次に向かう先は……グランバロアである。
◆
「毎度毎度、結構心配なんですよ」
街道を連れ添って歩きながら、そんな事を彼女が言った。
「心配、ですか?」
「はい。もう戻ってこないんじゃないかー、って」
《
しかし僕が戻らねば、一生を1人で過ごすことになる。
幽閉し続けるのとどちらがマシかは解らないが、どちらにせよ酷であることは確かだろう。
しかし……それ程に信用が無かっただろうか。
……まあ、先延ばし先延ばしにし続けた奴の信用なんて、そんなもんだろう。
少し自嘲するが、頭を振る。
僕はもう、そこで終わる男ではないのだ。
「独りにはしませんよ。絶対に」
「ふふっ、ありがとうございます」
決して確約出来る言葉ではないけれど、それでも僕の意志は固い。
彼女のどこか満足げな表情に、その意志が伝わったのだろうと解った。
「結婚してすぐ未亡人だなんて、嫌ですからね?」
「はい」
「ちゃんとあちらでもご飯を食べて、体を動かすように!」
「善処します」
「確約してくださいっ!」
「は、はい」
「……ふふん、よろしい」
すっかりと奥さん姿が身に馴染み、実に愛らしい。
彼女にも言われたとおり、健康に気を遣っているし、あちらの生活も蔑ろにしていない。
まだ1日2日だが、その辺りに気を配り始めていた。
《
まあ……1日の大半がログインだったからな。
シアさんを縛らぬように必死で必死で、作家という職の立場をフルに悪用していた。
扱いとしては、今でも長期の取材中である。
そんな事を考えていれば、いつの間にやら駅舎に着いていた。
丁度竜車も着いていたので、席に座って一息つく。
「間に合いましたね」
「はい。ゆっくりしすぎかと思ってました」
自覚はあったんだな。
しばらくすれば、そのまま竜車は動き出した。
過ぎ去り始める景色に少しばかりの寂寥と、新たな地への期待とを覚えた。
「……次は、グランバロアですね」
「緊張しますか?」
「いいえ、ワクワクします。四海を走破したお話、私大好きなんですもんっ」
結婚しても、好みはそうそう変わらない。
まだ数日だし、そう変わられても──
「──それに」
……ふと。
開いた窓から吹き込んだ風で、銀の髪が靡く。
美しさに、思わず目を奪われる。
「貴方となら、どこへ行っても楽しいですから!」
満面の笑顔は、いつにも増して輝いていて。
「……やっぱり、愛されてますね。僕は」
「勿論そうですよ。愛しの旦那様なんですから」
「ははは……っ」
……ああ。
「僕も、愛していますよ」
「……わっ、わかって、ますっ」
この時間が、幸せが、長く永く続くことを、僕は心から願う。
一旦終わり
文字通りに、終わりです
蛇足を書くかも知れませんが
だらだらと終わらせず垂れ流すよりも
書きたい所までは書けた以上
ここで終わりとさせて頂きます
書きたいものをどうにか形に出来たこと
思ったよりも沢山の方へ届いたこと
その全てを幸福に思います
誤字脱字が怖いので
この辺りで失礼します
それではまた