系統樹に触れた物書きの話   作:ヘッドカノン

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3:きょうふ

 

 その後、暫く何かを話し合っていた灰流さんとミスティさん。

 やがて何かまとまりがついたのか、灰流さんがよしと声を上げた。

 

「1回、俺と組手してみるか」

「組手、ですか?」

「そう、組手。模擬戦。スパーリングって言ってもいい。命の取り合いじゃなくて、練習をする」

 

 なるほど、分かりやすくて良い。

 今のところ筋がいいか悪いかすら判っていないのだ。明確な今後の指標に出来るかも知れない。

 

「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」

「ああ安心しろ。何年盾役やってると思ってんだ。2年だぞ?」

 

 紋章から黒塗りの大盾を取り出しながらそう宣う灰流さん。

 恐らくはこちら、デンドロ内部での換算だろうが、にしても長い。

 

「ソウさん、アンタを装備した上での嬢ちゃんの攻撃力ってどんぐらいだ?」

「確か……1200と少し、かと」

「じゃあ全然足りてるな。よし! やるぞ!」

「え?えぇ……?」

 

 心配そうな目配せがこちらに向けられる。

 己の防御力で耐えられるかの確認や、盾役としての年季を考えると、全く問題ないと思われる。

 言い方は悪いが、快くサンドバッグになってもらっていいだろう。

 

「はい」

「……わかり、ました……!」

 

 目を合わせて頷けば、シアさんも腹を括ったようだった。

 

 僕は彼女の手を取り、武器になる。シアさんは灰流さんと一定の距離を取り、相対する。

 

「こっちからは攻撃しねぇ。好きなだけ殴りに来い!」

『シアさん、落ち着いて、慌てないで』

「……はいっ」

 

 僕を構えたシアさんが、一歩、駆け出す。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「よっ、と」

 

 がん、という硬質な音とともに、鋸刃が受け止められる。

 

「やぁっ! せいっ!」

「ほっ、ほっ」

 

 2発、3発、続けて軽く流される。

 袈裟、切り上げ、唐竹割り、振り上げ、横薙ぎ。振るう、振るう、振るう。

 それら全てが、綺麗に受け止められていく。

 

 ◆

 

「はぁ……はぁ……あぁ……疲れた……」

「お疲れ様。はい、お水」

「ありがとうございます……んっ、んっ……ぷはぁ……!」

 

 気持ちのいい飲みっぷりと、爽やかで晴れやかな顔。まるで、初めて十全に動かせた、とでも言いたそうな。

 

「灰流さん。シアさんの腕はどうでした?」

「まあ、かなり筋はいいと思うぞ。多分動かしたい動きがあって、それ通りに動かせてる。ちょっと無駄が多いがな」

「なるほど」

「ありがとうございましたっ!」

「良いって良いって。先輩のおせっかい、だかんな」

 

 白い歯を見せ爽やかに笑う灰流さんは、息の一つも切らしていない。やはり手練と言うべきだろう。

 そして私は、労いの言葉の一つでも掛けるべきだろう。

 何せ振り回されて酔っていないのだ。快挙と言える。

 

 軽く彼女の背を撫で、呼吸を整える補助をする。

 

「お疲れ様でした、シアさん」

「はい……私、やれました!」

「そうですね」

「ま、本番で上手くいくかどうか──ってぇ!?」

「水差すんじゃないよ、全く」

「悪い悪い……」

「はは、は……」

 

 ふと見えた晴れやかだった表情に、一瞬、少しばかりの陰りが見えた。

 

「大丈夫ですよ」

「ありがとう、ございます……」

 

 背を撫で、宥める。

 こればかりは場数をこなさない限り、無理があるだろう。

 そう考えていると、殴って満足したらしいミスティさんが口を開いた。

 

「そうそう、こんな奴の言葉気にしない気にしない。上手くいくかどうか、じゃなくて、上手くいくように考えるのよ」

 

 ……なるほど。それも一理ある。

 

「だから、作戦会議しましょ?」

 

 

 ■

 

 

 呻きながら、男は体を起こす。

 辺りは槌と鉄の匂いが混ざったような、不快な臭いで充満していた。

 ぼやけた視界と暗さが相まって、辺りの様子は漠然としない。

 ただ、この部屋の外でぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえていた。

 

(ここ、は……そうだ、確か……)

 

 ゴブリンに襲われた。

 その一点だけをどうにか思い出し、あの喚き声の主に思い至る。

 

 ──ぎぃ。

 

「っ!」

 

 息を殺す。鼓動が逸る。

 ここからは影になって見えないが、部屋の入口が開いたらしい。

 外の光で照らされた地面には、べっとりとした血糊と、どこのものかわからない骨や肉が散らばっていた。

 

 では、この、背にしているこれは、何だ?

 

「ぅ」

 

 見た。

 見えた。

 見てしまった。

 

 うず高く積まれた人の山を。人だったものの山を。

 頭を砕かれ、中身を曝け出し、四肢をもがれ、運びやすくされた、肉の塊を。

 

 口を押さえる。吐きそうだった。

 

 ざり、ざり。がり、がり。

 

 何かがこちらに近づいてくる。怖い。

 

 ざりざり。がりがり。

 

 何かを引きずりながら、ゆっくりとやってくる。

 

「ぅ、ぁ──」

 

 恐怖のあまり、男は意識を手放した。

 それが幸運か不運かは、誰にも分からない。

 

 ただ、少なくとも。

 

「──Gyagya?」

 

 これから齎される苦痛と恐怖を知らずに眠れたことは、きっと幸運だったろう。





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