その後、暫く何かを話し合っていた灰流さんとミスティさん。
やがて何かまとまりがついたのか、灰流さんがよしと声を上げた。
「1回、俺と組手してみるか」
「組手、ですか?」
「そう、組手。模擬戦。スパーリングって言ってもいい。命の取り合いじゃなくて、練習をする」
なるほど、分かりやすくて良い。
今のところ筋がいいか悪いかすら判っていないのだ。明確な今後の指標に出来るかも知れない。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
「ああ安心しろ。何年盾役やってると思ってんだ。2年だぞ?」
紋章から黒塗りの大盾を取り出しながらそう宣う灰流さん。
恐らくはこちら、デンドロ内部での換算だろうが、にしても長い。
「ソウさん、アンタを装備した上での嬢ちゃんの攻撃力ってどんぐらいだ?」
「確か……1200と少し、かと」
「じゃあ全然足りてるな。よし! やるぞ!」
「え?えぇ……?」
心配そうな目配せがこちらに向けられる。
己の防御力で耐えられるかの確認や、盾役としての年季を考えると、全く問題ないと思われる。
言い方は悪いが、快くサンドバッグになってもらっていいだろう。
「はい」
「……わかり、ました……!」
目を合わせて頷けば、シアさんも腹を括ったようだった。
僕は彼女の手を取り、武器になる。シアさんは灰流さんと一定の距離を取り、相対する。
「こっちからは攻撃しねぇ。好きなだけ殴りに来い!」
『シアさん、落ち着いて、慌てないで』
「……はいっ」
僕を構えたシアさんが、一歩、駆け出す。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「よっ、と」
がん、という硬質な音とともに、鋸刃が受け止められる。
「やぁっ! せいっ!」
「ほっ、ほっ」
2発、3発、続けて軽く流される。
袈裟、切り上げ、唐竹割り、振り上げ、横薙ぎ。振るう、振るう、振るう。
それら全てが、綺麗に受け止められていく。
◆
「はぁ……はぁ……あぁ……疲れた……」
「お疲れ様。はい、お水」
「ありがとうございます……んっ、んっ……ぷはぁ……!」
気持ちのいい飲みっぷりと、爽やかで晴れやかな顔。まるで、初めて十全に動かせた、とでも言いたそうな。
「灰流さん。シアさんの腕はどうでした?」
「まあ、かなり筋はいいと思うぞ。多分動かしたい動きがあって、それ通りに動かせてる。ちょっと無駄が多いがな」
「なるほど」
「ありがとうございましたっ!」
「良いって良いって。先輩のおせっかい、だかんな」
白い歯を見せ爽やかに笑う灰流さんは、息の一つも切らしていない。やはり手練と言うべきだろう。
そして私は、労いの言葉の一つでも掛けるべきだろう。
何せ振り回されて酔っていないのだ。快挙と言える。
軽く彼女の背を撫で、呼吸を整える補助をする。
「お疲れ様でした、シアさん」
「はい……私、やれました!」
「そうですね」
「ま、本番で上手くいくかどうか──ってぇ!?」
「水差すんじゃないよ、全く」
「悪い悪い……」
「はは、は……」
ふと見えた晴れやかだった表情に、一瞬、少しばかりの陰りが見えた。
「大丈夫ですよ」
「ありがとう、ございます……」
背を撫で、宥める。
こればかりは場数をこなさない限り、無理があるだろう。
そう考えていると、殴って満足したらしいミスティさんが口を開いた。
「そうそう、こんな奴の言葉気にしない気にしない。上手くいくかどうか、じゃなくて、上手くいくように考えるのよ」
……なるほど。それも一理ある。
「だから、作戦会議しましょ?」
■
呻きながら、男は体を起こす。
辺りは槌と鉄の匂いが混ざったような、不快な臭いで充満していた。
ぼやけた視界と暗さが相まって、辺りの様子は漠然としない。
ただ、この部屋の外でぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえていた。
(ここ、は……そうだ、確か……)
ゴブリンに襲われた。
その一点だけをどうにか思い出し、あの喚き声の主に思い至る。
──ぎぃ。
「っ!」
息を殺す。鼓動が逸る。
ここからは影になって見えないが、部屋の入口が開いたらしい。
外の光で照らされた地面には、べっとりとした血糊と、どこのものかわからない骨や肉が散らばっていた。
では、この、背にしているこれは、何だ?
「ぅ」
見た。
見えた。
見てしまった。
うず高く積まれた人の山を。人だったものの山を。
頭を砕かれ、中身を曝け出し、四肢をもがれ、運びやすくされた、肉の塊を。
口を押さえる。吐きそうだった。
ざり、ざり。がり、がり。
何かがこちらに近づいてくる。怖い。
ざりざり。がりがり。
何かを引きずりながら、ゆっくりとやってくる。
「ぅ、ぁ──」
恐怖のあまり、男は意識を手放した。
それが幸運か不運かは、誰にも分からない。
ただ、少なくとも。
「──Gyagya?」
これから齎される苦痛と恐怖を知らずに眠れたことは、きっと幸運だったろう。
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