残されてしまったふたり
人が、死んだ。
1人が殺され、1人が処刑され、また1人殺され処刑され。
そんな事件が繰り返され、あれほど賑やかだった牢屋敷はすでに、3人しか居ない。
そんな中で、また1人。
「二階堂……」
「ヒロちゃん……」
二階堂ヒロが死んだ。
首を吊ったその死体を見ても、佐伯ミリアと紫藤アリサの2人は大きな悲鳴を上げることはしなかった。
今まで多くの死体を見てきたから慣れたから、という訳では無い。
「ちゃんと戻れたかな。ヒロちゃん」
「……さぁな」
2人は、信じたのだ。
二階堂ヒロは、魔法を使ってみんなを助けに行ったのだと。
その
◇
しばらく後、ゴクチョーによって魔女裁判が開かれたが、結果は始まる前から決まっていた。
事件の全貌が明らかになっている以上、二階堂ヒロの自殺という結論に相違はなく、ゴクチョーもその判断を受け入れた。
結果として、この魔女裁判は犠牲者無しという形で終了したのだった。
『誰も処刑されない魔女裁判』
あれほど求めていた誰も犠牲にならない裁判だったが、ミリアは喜ぶことなどできはしない。
ミリアは、魔女裁判で誰かが処刑されることに心を痛めてきた。どうにかできないかと頭を悩ませていた。
しかし結果として、その理想が叶ったとしても、その心が晴れることはない。逆に二階堂ヒロの自殺を再確認させられてしまった。
そしてそれはアリサも同じだったのだろう。普段の様子よりも、意気消沈しているように見える。
魔女裁判が終わった後、2人は特に会話をすることなく裁判所を後にした。
ふと、思い出したようにミリアが一冊の本を取り出した。
それは、とある少女が発見した『魔女』について書かれた本。
そこに書かれてあるのは、囚われてきた少女たち全員のたくさんの文字。二階堂ヒロが最後に読んだ本である。
ぱらぱらとページをめくり、少女たちの文字を読んでいくうちに、まるで死んだ仲間たちがまだ生きているようにも思える。
また溢れそうになる涙をこらえて、ミリアはアリサへと笑いかけた。
「ねぇ、アリサちゃん」
「……んだよ」
アリサはこちらに視線を向けることはなかった。
それでもミリアは声をかけ続ける。
「2人でさ、牢屋敷を見て回らない?」
どうしてその言葉が言ったのか、ミリアはわからなかった。
ただ孤独になるのが嫌だったのか、なにか目的を見つけたかったのか、あるいはただの話題探しか。
「今更か?」
ため息交じりにアリサは答えた。この牢屋敷に閉じ込められてから、かなりの日数が経っていた。どこか見て回る必要性があるようには感じられない。
「あはは……そうだね、今更。でも、アリサちゃんと2人で行きたいなーっておもったんだけど……」
「ウチは遠慮しとく。多分もうウチは……」
そこで言葉を区切ると、アリサはバツが悪そうに頭をかきながらミリアに背を向けた。
「いや、なんでもねぇ。ウチは1人でブラブラしてっから……じゃあな」
そう言い残し、アリサは去っていった。
ぶっきらぼうな言い回しであったが、ミリアはそれがアリサの優しさなのだと気づいている。
今までの様子を見るに、アリサは魔女化がかなり進んでいる。
それによって生じる殺意を誰かに向けないように、アリサは単独行動を選んでいるのだろう。
ミリアは寂しそうに肩を落とし、また本を眺める。
「私は何がしたいんだろう」
その問いに答える者はいない。
自分でも答えが見つけられない。
もともと周りに合わせて動くことの多かった彼女だ。集団を引っ張っていく者がいなければミリアの動きは鈍い。二階堂ヒロや蓮見レイアといったリーダー格のものはいなくなってしまった。もしも2人がいれば、なんらかの行動方針を立てていたことだろう。
佐伯ミリアは、この牢屋敷から出たいとは思っていなかった。
外の世界は、彼女にとって恐ろしい物であった。
もしもこの屋敷で自分が最後を迎えることになったとしても、きっとそれを受け入れてしまうだろう。
しかし今。彼女は自分がわからなくなっている。
そう遠くない未来、自分は死ぬ。
それがどういった要因によるものなのかはわからないが、いずれ死ぬであろうことがなんとなく予想できた。
それだけならまだいい。自分1人なら、それが運命だと受け入れることもできた。しかし、問題は紫藤アリサのことだ。
ミリアはアリサが必死に牢屋敷から脱出することを望んでいたのは知っていたし、できることなら助けてあげたいと思っていた。
そんな彼女に対して、自分は死を受け入れるからあなたも受け入れろ、なんてこと言えるわけがない。
「助けてあげたいな……」
自分が死ぬ前に、どうにか助けたい。
自分が助けてもらったように、誰かを助けたい。
ここから出たいという彼女の望みをかなえたい。
ミリアはなんとなく、牢屋敷を見て回っていた。
特にこれと言った目的はない。いつの間にか見慣れてしまった屋敷をぼうっと見て回る。
ヒロちゃんは毎日見回りをしていたな、なんてことを思い出しながらふらりふらりと歩いて回る。
先ほど本の文字を見たせいだろうか。生きていた彼女たちの姿が見えるような気がして、またしても目元が緩む。
「そうだ、もしかしたら脱出方法とか書かれていたりするかも!」
自分はすでになんどかこの本へ文字を書き込んだが、すべてのページの文字を確認したわけではない。ひょっとしたら誰かが、なにか策を書き込んでいるかもしれない。
せっかくだし外で読もうかと、中庭へと歩みを進める。
ミリア自身、この望みがどれほど脆い物かはわかっていた。
もしも誰かが脱出方法を思いついていたのなら、本に書き込む前にすでに報告していただろう。
それをしていないということは、実現するのがむずかしい、突飛な作戦ということだ。
「それでも、
どんなにか細い糸でもつかみたかった。
こんなことを言えば、アリサは怒るだろう。口調こそ荒いが、彼女が善良な心を持っていることはここでの生活を続けていくことでもわかっていた。
自分1人だけ逃げる、という選択肢があったとしても、彼女はそれを選ぶことはできない。
そんな彼女だからこそ助けてあげたい。そう思いながらミリアは中庭への扉を開いた。
すると、そこには、
「――――」
ぎしぎしと、縄がきしむ音が聞こえる。
木の枝に括りつけられたそれは、ゆらゆらと揺れている。
彼女は普段、その木を使ったハンモックを使っていたな、なんてミリアは場違いなことを思い出した。
紫藤アリサは木の枝にロープをつなぎ、首を吊っていた。
「アリサちゃん!!!」
絶叫と同時に、ミリアは飛び出していた。
アリサと別れたのはほんの少し前。首を吊ってから、そこまで時間は経っていない。まだ助けられるかもしれない。
ミリアは助走をつけて跳び、アリサの首を絞めていたロープにしがみついた。
2人分の体重に耐えることはできなかったのか、ロープをつないでいた枝がボキリと折れた。
アリサをかばいながら落下したミリアは強打した背中の痛みも忘れ、アリサの様子を確認する。
「心臓、動いてる。でも、呼吸っしてない」
まだ生きている。しかし、それもかなりギリギリだろう。
今度は急いでアリサの首を絞めつけるロープをほどく。
「お願い……お願い……!!」
この屋敷にきて何度目かもわからない祈り。
何度も裏切られてきたが、祈らずにはいられなった。
ロープの素材のせいか、指先が切れて血が出るのにもかかわらず、ミリアは必死に力を込めた。
死なないで 死なないで
そんな言葉を何度も心の中で繰り返しながら、救命活動を繰り返す。
ほどなくして、アリサの呼吸は再開した。首を吊っていた時間が短かったこと、ミリアの救命措置が間に合ったことが幸いした。
アリサは意識も取り戻し始めているようで、朦朧としながらもミリアの方を見た。
「……さ……ぇ……き」
命を救われて感謝しているのか、あるいは自殺を邪魔されたことへの恨み言か。
呂律の回っていない言葉と、朦朧としている表情からは、答えを読み取ることはできない。
ミリアは拳を強く握り締め、叫んだ。
「何を!!やってるの!!!」
草木が揺れた。
静かだった中庭では、ミリアの怒号がよく響いた。
「どうしてそんなことをするの!ヒロちゃんに続いて、アリサちゃんも!なんで、どうしてよ!!!」
「なんでそんな、自殺するなんてこと!!一人で決めちゃうの!!話してよ!!」
「話したら、【私】が力になるから!!ひとりで死のうとしないでよぉ!!!」
佐伯ミリアという人物は普段、大声を出すようなことは少ない。
誰にでも優しく接し、助けようとする。それはまるで聖女のように。
そんなミリアのことを、アリサは少し嫌っていた。
誰にでも優しく、助けようとする。誰のことでも
だからそんな彼女がこれほどの大きな声で誰かを叱りつけるなんてことは、アリサにとってとても衝撃的だった。
アリサの目元に涙があふれる。
「ごめ……んぁ……さ……」
その言葉を最後に、アリサの意識は途切れた。
◇
「おはよう、アリサちゃん。といっても、もう夜だけどね」
アリサが眼を覚ますと、そこは医務室のベッドだった。起き上がると、わずかに首元に痛みが走ったことで、自分が何をしようとしていたのかを思い出す。
「起き上がっても大丈夫そう?息が苦しいとかない?首は大丈夫?」
ベッドの横で椅子に座っていたミリアは、あれこれとアリサの身体を気にする素振りを見せる。
助かったとはいえ、首吊り自殺をしようとしたのだ。アリサの首周りにはうっすらとロープの跡が刻まれていた。
「あぁ……なんも問題ねぇ」
ミリアに返事をしながら、アリサは頬をかいた。
そして目線を絆創膏が貼られたミリアの指に向けて続けた。
「その……ごめん、なさい」
それはまるで子供のような。
年相応のしぐさを見せているアリサに対して、ミリアはぐっと顔を引き締める
「あぁ、えっと、おじさんも、ちょっと言いすぎちゃって……いや、やっぱりはっきり言うよ!」
ミリアは心を鬼にして、アリサを叱ることにした。
周りを傷つけないようにと単独行動をするのはいいが、だからといってひとりでこんなことはしないで。
自分だけで問題を解決しようとしないで誰かに相談してみてほしい。
必ず助けてくれる人がいる。
まるで
アリサの人生において、自分の行いを叱りつけてくれる人間というものは存在しなかったのだ。だからこそ、ミリアの言葉や感情が染み込んでくる。
首を吊った後だというのに、アリサの表情は普段より爽やかなように見えた。
「あぁ、ウチが悪かった。もうしない」
「わかった。じゃあもうおじさんも言わないよ」
「人工呼吸、できるんだな。なんとなくだが覚えてる」
「あぁ、うん。誰かを助けるようなことがしたいって思ってちょっと勉強してたんだ、救命活動とか」
「……なんで、そんな誰でも助けたいって思うんだ?」
「えっとね、【先生】みたいになりたいんだ」
「あん?先生?」
「そう、先生。昔、おじさんを助けてくれた人でね……」
怪我をした少女は、医務室で一晩過ごすことを許されている。
また、その付き添いとして、もう一人の少女も共にいることが許される。
二人の少女は就寝時間を過ぎても会話を続けていた。