ふたりだけの牢屋敷   作:野口さん

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食堂

 

 

 タンタンタンと、少女2人の駆け足が廊下に響く。

 

「あぶねぇ、何とか間に合ったか」

「ふぅ、おじさん、走るのは苦手だよぉ」

 

 朝食の時間が終わるギリギリに、2人は食堂についた。

 

 昨日は遅くまで2人で夜更かしをしてしまったからか、起床時間がかなり遅れてしまった。

 

 ミリアの背をさすって息切れを落ち着かせてから、アリサはざっと料理を確認する。

 そしてその光景にげんなりとした。

 

 そこには、料理と呼ぶことすらおこがましい、謎の物質があった。

 

 なぞの固形物やなぞの葉っぱ、なぞの液体。

 どれも食欲をそそる色合いをしていない。

 

「まともに食べられそうなのはこのリンゴぐらいだね」

 

 今日は幸いにもふたつのリンゴが置かれていたからまだマシだろう。

 朝食としては心もとないが、あの料理を食べろと言うほうが酷だった。

 

「最近は多少マシな料理が出てたんだがな……」

 

 リンゴを手に取ってアリサはぼやいた。

 

 初日に氷上メルルが殺されて以来、食事状況はすこしずつ、本当にすこしずつ改善されていたようにも思える。

 ゴクチョーは彼女がこの牢屋敷の黒幕だと言っていた。その言葉が信頼できるのかはわからないがもしも本当だとしたら、食事状況が変わったのは彼女の死が影響しているのだろう。 

 

 また、料理を作っている看守の変化もあるのだろうか。

  

 牢屋敷の看守、魔女のなれはて、黒部ナノカの姉。

 

 黒部ナノカの処刑の際、自我を見せるような動きをしたことから、看守も牢屋敷にあらがっていることがわかった。

 もしも看守の自我がまだ生きているのなら、囚われている少女たちの味方に立ってくれているのかもしれない。

 

 答えはわからない。

 

 考えても仕方がないかと、アリサはミリアから見えないようにマスクをとってからリンゴをかじる。

 

「……」

   

 そして顔をしかめた。

 それは同じようにリンゴを食べていたミリアも同様だった。

 

「うーん……なんだろう、やわらかすぎて食感が悪いね」

 

 常温で長く放置されていたのだろうか。味も見た目もリンゴだが、食感が良くない。

 腐っているわけではないのが幸いだろうか。

 

「ちっ……オイ佐伯、表出ろ」

「へっ!?お、おじさんお金持ってないよ?!」

 

「何言ってんだお前。焼くんだよ、リンゴ。室内じゃ危険だろ」

 

 呆れた視線で、アリサは指に火を灯して見せた。

 

 アリサの魔法は発火。室内で使用するのは危険である。

 

「ただ焼くだけならウチがすぐにできる。火を通せば多少食感もマシになんだろ」

 

 

 

「リンゴを炙って炙りリンゴにするってことだね!」

 

「……焼きリンゴって言い方のほうが一般的じゃねぇか?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「せっかくだし、ちょっと歩こうよ」

 

 玄関先ですぐにアリサはリンゴを焼こうとしたが、ミリアの提案によりすこし遠くへ行くこととなった。

 

 アリサは、彼女に二人で牢屋敷を見て回ろうと、誘われたことを思い出した。

 昨日の一件以来、ミリアに強く出ようとする気が起きない。

 アリサは提案を否定せずに大人しくミリアについていった。

 

 2人がたどり着いた先は、湖だった。

 

 季節外れの雪が降り続けており、牢屋敷の非日常を演出している。

 見ていると少し肌寒く感じるが、気温に影響はない。

 

「これくらいで大丈夫そう?」

「あぁ、十分だ」

 

 ここに来る道中で拾ってきた落ち葉や木の枝をミリアから受け取ると、アリサは慣れた手つきでそれらを組みたてていった。

 

 軽く石や草を整えて平坦な場所を作り、乾いた落ち葉を中心に置く。

 そして落ち葉の上に空気がよく通るように木の枝を組み合わせる。

 

「あぶねぇからすこし離れてな」

 

 そして最後に発火の魔法。

 火は最初に落ち葉、次に枝を燃料にして大きくなっていく。

 小さいながらも焚き火が完成した。

 

 ミリアはおぉ、と拍手をした。

 

「すごいね。おじさん1人じゃこんなに早く作れないよ」

「魔法が魔法だからな。慣れてるだけだ」

 

 ミリアの素直な称賛の言葉を、アリサは背中で受けた。ミリアの称賛の言葉をまだ正面から受け取ることができていない。

 照れるのをごまかすため、今度はリンゴを切り分ける作業を始めた。

 

 食堂から持ってきたナイフでリンゴに火が通りやすいように切り分け、そのひとつひとつに箸を刺す。

 そしてリンゴを炙り始めた。

 

「……見方によっては炙りリンゴかもな」

「どうしたのアリサちゃん?これは焼きリンゴだよ」

「……」

 

 偶然、食堂で砂糖を見つけることができた。

 それを適度にまぶしながら、アリサは火を眺める。

 ミリアはそんなアリサを見ていた。 

 

「よく、こういうことしてたのかい?作業が手慣れてるね」

「まぁ、な。ひとりでいることが多かったし、たまにこうやってたき火してた」  

 

 パチパチと、たき火の音が響く。

 

 こんな朝からキャンプみたいなことをするなんて、面白いな。

 ミリアはついそんな思考をした自分を恥じた。

 

 自分はやはり、この牢屋敷での生活を望んでいるのだ。

 

 ミリアが口を開いた。

 

「アリサちゃんはさ、やっぱりここから出たい?」

 

 その言葉には、若干の迷いが含まれていた。

 もしかしたら、アリサも自分と同じようにここでの生活を望んでくれるかもしれない。

 

「当たり前だ。ウチは絶対にここから出る。本に何も書いてなかったとしても、絶対に脱出する」

 

 しかし、アリサは何の迷いもなく脱出を選んだ。

 

 昨日の夜に2人で確認したあの本には、やはり脱出方法が書かれていなかった。

 みんなが思い思いに記載していた文字を見て、2人ですこししんみりしたことは記憶に深く残っている。

 

「魔女化も……今は落ち着いてる。落ち着いているうちに、どうにかして脱出して、ウチらをこんな風にした連中をぶん殴ってやるんだ」

「そっか。じゃぁ、おじさんも協力するよ。絶対に脱出できるように」 

 

 アリサの強い決意を、ミリアは尊重した。

 そして協力すると口にした。

 

 ミリア自身は脱出に対して積極的ではない。しかし、アリサを脱出させたい気持ちはある。

 無論、アリサにこの本心を伝えることはしない。きっと彼女は優しいから、迷ってしまう。

 

「いろいろ手がかりを探してみないとね。図書室に行ったらこの本みたいな重要なものがあったりするかもしれないし」

「そうだな。今までウチも牢屋敷を探索してたが、一人じゃ見切れてない場所もある」

 

 そういうと、アリサは頬をかきながら、ミリアに顔を向け、

 

「その、昨日はしないって言っておいてなんだが……」

 

 そして少し前のアリサだったら、言わないであろうことを口にした。

 

「2人で見て回らないか、牢屋敷」

 

 勇気のいる言葉だったのだろう。 

 普段の彼女とは打って変わって、体が縮こまっているように見えた。

 

 その様子を見て、ミリアは笑顔で答えた。

 

「もちろんだよ!2人で頑張ろうね!」

 

 そう言って焼きあがったリンゴをアリサに手渡した。

 

「……ありがとうな」

 

 アリサは安心したように笑い、受け取ったリンゴにかじりつく。

 ミリアもまた、笑ってもうひとつのリンゴを頬張ってた。

 

「焼いて砂糖をかけただけだが、結構いけるだろ?」

「うん!久しぶりにちゃんとしたもの食べられたよ」

 

 これほどしっかりと笑うアリサを、ミリアは初めて見た。

 

 彼女が外でどのような生活を送っていたのか、ミリアは知らない。

 昨日の夜更かしでかなり打ち解けることができたとは感じていたが、さすがに他人の過去を無理に暴くようなことは、ミリアはしないしされたくなかった。

 

 でも、もしも彼女が牢屋敷では笑えないというのであれば、それはとても悲しいことだ。綺麗な顔で笑う生活をしていてほしかった。

 

 改めてミリアは決意した。

 

(絶対に、出してあげるからね)

 

(たとえ私が犠牲になったとしても)

 

 その言葉を、リンゴと一緒に飲み込んだ。

 

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