ふたりだけの牢屋敷   作:野口さん

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図書室

 

 二階堂ヒロが死んだ次の日。

 この牢屋敷から脱出するための手掛かりを探すため、ミリアとアリサの二人は図書室に来ていた。

 

 図書室の中央にはなぜか桜が生えている。

 いつになっても色の変わらない様子から、過去にいた少女の魔法が干渉しているのではないか、というのがミリアとアリサの共通見解である。

 

「だいたいの本はみんなで確認したよね。あと読んでない本はどのあたりだったかな」

 

 牢屋敷での生活が始まって、シェリーが例の大魔女についての本を発見して以来、様々な少女たちがこの図書室を利用した。

 牢屋敷の脱出方法を探すもの、大魔女について調べようとする者、単なる暇つぶしをする者。目的は様々だったか、いずれも重要な手がかりとなる本を見つけられていなかった。

 

 アリサは近くにあった本棚から適当に一冊を手に取り、ページをめくってみる。

 内容は謎の言語で書かれていてよくわからないが、図解から未知の料理について書かれていることがよみとれる。 

 本に使われている紙は良く乾いていて、長い間この場所に置かれていることが分かった。

 

「火種としちゃ使えそうだな」

「も、もやさないでね!?」

「冗談だよ」

 

 そう言ってアリサは少し笑っていた。

 

(アリサちゃんが冗談を言ってくれるなんて)

 

 ミリアはアリサとの距離が縮まっていることを実感し、少しうれしくなった。

 常に周囲と距離を置くような態度をとっていることの多いアリサだが、その中身が優しい少女であることをミリアは知っている。

 桜羽エマが熱を出した時、アリサは誰よりも必死に医務室で薬を探そうとしていた。

 周りと仲良くしようとしないのは、何か理由があるのだろう。

 そんな中、自分と仲良くしてくれている今の状況が、ミリアはうれしかった。

 

 といってもその気持ちを表に出してはアリサを怒らせてしまうかもしれない。うれしい気持ちをごまかすように部屋をぐるりと見渡す。

 

「マーゴちゃんとナノカちゃんは、よくここにいたね」

 

 マーゴは本に書かれた未知の言語を解読するため、よく図書室にいた。

 同様にナノカもよく図書室にいた。この牢屋敷を探るために書物をあさっていた。

 

 ナノカの魔法は幻視。本人は自由に発動できるものではないと言っていた。

 きっと図書室に何度も通っていたのは、魔法を発動させるためだっただろう。

 

 古い本に触れることでその本の記憶、つまりこの島の記憶をよみ取ろうとしていた。

 単独行動の多い彼女だったが、彼女は彼女のやり方で、この島を調べていた。

 

(つっても、ただの憶測にすぎねぇか・・黒部・・・)

 

 アリサは、彼女のリボンを返せなかった負い目を感じている。

 もしも自分が妙な意地をはらず、拾ったリボンを素直に返せていれば。

 何度目かもわからない後悔は、アリサの心をつよく締め付けた。

 

 切り替えろ

 

 心の中でアリサは言うと、顔をあげた。

 見上げた先には大量の本。

 

「とりあえず、全部の本棚をかたっぱしから調べるしかねぇだろ。解読がある程度進んだ今なら読める本が増えてるかもしれねぇ」

 

 いったい何冊あるのだろうか。たくさんの本棚を見ながらアリサは拳を鳴らした。

 その作業はこの牢屋敷に来てからなんどか脳によぎりながらも本の多さからあきらめた選択肢だった。

 

「ここの本を全部!?」

  

 いったいどれほどの時間がかかるのだろうか。

 ミリアは悲鳴を上げるが、もう選択肢はないということを思い出した。

 

 魔女化が進んで殺し合うか、それとも魔女化する前に脱出方法を見つけるか。そのどちらかしかない。

 そしてアリサにこの牢屋敷を脱出してもらうには、後者しかない。

 

「お、おじさん頑張るよ!!」

 

 ミリアは覚悟を決めて近場の本を手に取った。

 その文字は、例の本と同じ文字であった。みんなで解読した記憶を頼りにゆっくりと解読を進める。

 

(これは・・・天気の本、かな?)

 

 丁寧に、読み間違いのないように、読み進めていく。

 

 しばらく、牢屋敷は静寂に包まれていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「・・・ふぅ」

 

 解読を始めてからしばらくたち、息を吐いたのはどちらだっただろうか。

 それはわからないが、どちらも疲労がたまっているのは確かだった。 

 

 ミリアは深く背もたれによりかかった。

 

「解読ってやっぱり体力使うよね。マーゴちゃんはすごいなぁ」

 

 本の解読を主動していたのはマーゴだった。

 もう少し手伝ってあげればよかったな、なんて今更ながら考える。

 

 ミリアが背もたれによりかかるのと同時に、アリサも本を閉じた。

 

「なにか情報は見つけられたか?」

「そうだ!見てこの本!」

 

 アリサが聞くと、ミリアは待ってましたと言わんばかりに持っていた本を差し出した。

 

「これはね、牢屋敷の周辺の天気が記録された本なんだ!この辺りは風もそんなに強くないみたい!」

「周辺の気候か・・・現在地の特定にはつかえるか?」

 

 この牢屋敷がどこにあるかわかれば、大陸がどの方角にあるのかわかる。そうなれば脱出が容易になるかもしれない。

 アリサはそう考えたが、その本には天気以外の情報はなかった。あったのかもしれないが、ミリアとアリサはそれ以上読み込むことは難しかった。

 

「脱出方法とはちょっと違うけど、有益な情報だと思うんだ!」

「そうだな。ウチの見つけた農業の本よりは有用だ」

「農業の本?そんなのあったんだ」

「ほかにもサバイバル知識とか服の作り方とか水道とか・・・そんなもんだ」

 

 アリサは脱出のための情報を集められなかった。

 この牢屋敷で生活するには困らない情報が大量に見つかったのは、ここから脱出を望むアリサに対する皮肉だろうか。

 

「いい時間だし、昼飯食ったら次の本を探すぞ。牢屋敷の座標か脱出のための手段が見つかれば十分、そうじゃなくてもなにかしらの情報があれば・・・」

 

 時計はいつの間にか12時を過ぎていた。

 朝食をとってからすぐにここに来たことから、4時間近くは未知の言語を読み解いていたようだ。

 

 ふらつきながら立ち上がったアリサを、慌ててミリアが支えた。そして気が付く。

 アリサはミリアが呼んでいた本の数の倍は読破していたことに。

 机に積み上がっていた本が倒れる音がした。

 

「ちょ、ちょっとアリサちゃん。根を詰めすぎだよ。」

 

 ミリアは、アリサの心情を察している。

 ここを出たいという思いが強いことを知っている。

 それでも、いまのアリサを止めずにはいられなかった。

 

「はやく、早く出ないと・・・ウチは」

 

 アリサは支えにきていたミリアを押しのけようとしたが、その力はひどく弱い。

 

 何かの病気かとミリアは疑ったが、気づく。

 アリサは、わざと力を弱めている。ミリアを傷つけないように必死に必死に距離を置こうとしている。

 

「ウチは、お前をころしちまう」 

 

 ミリアが、息を詰まらせた。

 

 アリサの魔女化は、安定していた。

 しかし、それは全く魔女化が進まないということではない。

 基本的に不可逆なその侵攻は、ゆっくり、ゆっくりとアリサの体を人ならざる物へと変えていく。

 

 彼女が殺意を抑えきれなくなるのは、そう遠くない未来に必ず来る。

 

「やっぱ、ウチは、無理だ」

 

 アリサは、そう呟くとミリアから逃れて扉の方に進んでいく。

 ふらふらと歩くその姿は、まるで絞首台に向かう死刑囚のようだ。

 

「・・・昼飯、行ってくる」 

「アリサちゃん!」

「大丈夫だ。自殺なんか・・・しない」

 

 その言葉はミリアへというよりは、自分に言い聞かせるようだった。

 以前首吊り自殺をしようとして言われたミリアの言葉を、アリサは忘れていない。

 ミリアを殺す前に自殺をすべきという思考を行動に起こさないのは、その言葉があったからだ。

 しかしそれも限界。もはや殺意に呑まれた彼女は・・・

 

「アリサちゃん」

 

 それでも、ミリアはひとりで行こうとするアリサの手を取った。

 

「一緒に行こうよ!それで、午後はまた別のところ行ってみようよ!それから明日はまた別のところとかさっ!」

 

 もはや未来があるのかわからないアリサに、ミリアは笑って未来の話をし始めた。

 それは、アリサが自殺をするなんて考えていないという意思表示であり、そしてその隣には自分がいるということを示した。

 

「大丈夫、大丈夫だからね」

 

 ミリアは優しくアリサの手を握った。

 

「・・・」

 

 優しい。優しすぎる。

 あまりにも善人がすぎる。

 自分が殺されるなんてことを考えないのか、あるいはそれでいいと思っているのか。

 どちらにしろ、なぜこうも他人の手を取れるのかアリサは不思議でならなかった。

 

「・・・いいのかよ」

「うん!おじさんといこうよ」

 

 理解できないながらも、頼れる存在が近くにいる、それがどうしても居心地がいい。

 そして自身の殺人衝動が収まっていくのを感じる。

 

 レイアにとってはヒロがそうだったように、アリサにとってはミリアが魔女化を抑えるために必要なのだ。

 アリサはその事実に気が付き、自身の情けなさを恥じた。

 手を振りほどきたくなったが、頭の冷静な部分が今の正しい行動を理解している。

 

 アリサは顔をそらしながら、そっと手を握り返した。

 

 

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