魔女化は止まらない。
それが二人の出した結論である。
伸びた爪を切ろうとも、すぐにまた生えてくる。
殺人衝動は一度抑えられてもまた止まらなくなる。
それでも二人は手をつないだままだった。
互いに固く、離れないように固く。
昼食を終えた二人は、二階のノアのアトリエに来ていた。
魔法で書かれた扉を超えると、そこには城ケ崎ノアが魔法で描いたとされる芸術作品がいくつか置かれている。
「きれいな絵だね」
「・・・そうだな」
ストリートアーティスト『バルーン』として活動していたノアの絵は、見ている者を圧倒させるほどの迫力とまるで吸い込まれてしまいそうな不思議な魅力があった。
ノアの絵の隣には、夏目アンアンの物であろうスケッチブックが置かれている。
2人が起こした殺人事件のあと、その遺品としてここに置かれていたものだった。
ノアとアンアンが笑顔で会話をしている様子を思い出し、アリサとミリアは喪失感に襲われた。特にアンアンと仲が良かったミリアは肩を震わせていた。
「・・・」
アリサは涙で震えているミリアを気遣い、一人で部屋の中を見回す。
この部屋に置かれている物のほとんどはノアが作った芸術作品である。しかし壁に掛けられている衣服は、ノアが作成したものではない。遠野ハンナが裁縫によって作成したものだ。
また、その近くには橘シェリーが集めたとされるたくさんの布が残されていた。
(そういえば、屋敷のカーテンとか装飾とかの布が無くなってたな)
シェリーが屋敷中の布を引きちぎったことで、若干屋敷が寂しくなっていたことをアリサは思い出す。
あれは何らかの違反行為ではないのだろうか。
自分は牢屋敷生活が始まってすぐ、違反行為を起こし看守に捕まったことがあるが、橘シェリーにそんな様子はなかった。
(布ぐらいだったらセーフ、ってことか?)
集められた布は、どれもしっかりとした生地である。ほどほどに厚みがあり頑丈だ。
この牢屋敷は魔女を閉じ込めるためのいくつか備わっていた。たとえば地下へ向かうためのエレベーターは魔女の集団脱走を想定していたのか、その機能が一部制限されている。
建物のひとつひとつに何か考えがあると仮定すると、この布も魔女の魔法対策のため特別頑丈なのかもしれない。
「素敵な衣装だね」
いつのまにか泣き止んでいたミリアは、うっとりとした様子で壁の衣装を見上げていた。
白を基調とした、ハンナが作成したドレスだ。胸元の金色の刺繡が輝いて見える。
レイアの王冠も、ドレスの隣に置かれていた。
「そう、だな」
アリサの歯切れが悪いのは、彼女が起こした事件を思い出したからだろう。
ハンナの髪で作られた金色の刺繍は、桜羽エマと蓮見レイアを殺した事件で死体を隠すトリックとして利用された。
そのトリックにより二階堂ヒロはもっとも疑わしい人間とされ、裁判が複雑化したことは記憶に新しい。
結局、レイアが提案した劇が開かれることはなかった。作成した衣装は、殺人のトリックとして使われた。
結局自分たちは、殺し合うしかなかったのだろうか。
魔女である私たちに、仲良くするなんて選択肢は初めから無かったのだろうか。
あの楽しかった日々は、まがい物に過ぎなかったのだろうか。
ミリアが握っていた手に力を籠めると、アリサも強く握り返した。
「痛いよ、アリサちゃん」
「先に握ってきたのはそっちだろ」
殺意を向けあう少女たちに、仲良くする道なんてない。
しかし、今のこの会話は殺意など全く込められていない。
だからこそ、その雰囲気に似合わない指の固い感触に、アリサは気づいてしまった。
「・・・爪、お前も伸びてんのか」
ファッションで伸ばしているような爪とはまた違う感触。
ミリアも、魔女化が進んでいた。
そのトリガーがひかれたのは、アリサが自殺未遂を起こした時だった。
アリサが死ぬかもしれない、死なせてしまうかもしれない、ひとりになってしまう、助けられずにアリサが死んでしまう。
その大きなストレスは、ミリアの魔女因子を一気に増幅させた。
何度切ろうとも、伸びてくる爪。
魔女化が進んでいることは一目瞭然であった。
「あはは・・・みつかっちゃったか」
ミリアは困ったようそういうと、両手でアリサの手を取って目を合わせた。
「でも、大丈夫だよ。おじさんは絶対、アリサちゃんを殺したりなんかしないからね」
そう力強く言い切った。
その瞳は、強い決意で輝いている。
アリサは、わかっていた。
こうなった彼女は、きっと自分の言ったことをやり遂げる。
ミリアは決して自分を殺すことはない。
しかし魔女化は止まらない。一度増幅した因子を消すことはできない。それはミリアもわかっている。
ならば、彼女の考えていることはひとつ
「・・・自殺、か」
図星だったのか、ミリアの肩がはねた。
ミリアは、自分がアリサを殺す前に、自殺をするつもりだったのだ。
「ウチにあれだけやるなって言っておいて、自分は死ぬなんて通らねえだろ」
「でも、おじさんはアリサちゃんを殺したくなくて・・・」
ミリアのその言葉は、以前アリサが言っていたことと似ていた。
誰かを殺してしまいそうになったら、自分を殺してでも止める。
その理屈は正しいかもしれない。
目の前にいる相手を殺すくらいならば、自分が死んだほうがいい。
正しいかもしれない。
それでも
「いいか、よく聞けよ」
それでも、アリサはミリアの手を強く握り視線を合わせる。
「今、ウチが生きてるのはお前のおかげだ」
あの日、呼吸が止まった自分を助けてくれた。
あれがなければ自分は死んでいた。
あの日、自分を叱りつけそばにいてくれた。
あれがなければ、また自殺をしようとしていた。
「そんでこの先もウチが『人間』として生きていられるかはお前次第なんだよ」
アリサは、自身の魔女化が限界まで進んでいることを知っている。
そして限界ギリギリで踏みとどまれてるのは、ミリアがいるからだと知っている。
もし、ミリアがいなくなってこの屋敷にひとり取り残されれば自分はすぐに魔女となり、なれはてることだろう。
「もしもお前がいなくなったら、すぐにウチも追いかける。ウチを守って自殺なんて意味ねぇんだよ」
「そんな・・・」
ミリアは悲痛な声をあげる。
自分の存在が、アリサの中でそれほど大きくなっているとは思っていなかったのだ。
かつて『先生』が自分にしてくれたように、自分もアリサを助けたかった。でも自分は『先生』ではないから、自殺する手しか思い浮かばない。だからそれでアリサを助けようとした。
しかしそれはもうできない。自分が死んでアリサの未来を守ろうと、彼女は自分の後を追ってしまう。
互いに殺し合うか、互いに殺され合うか。
私たち二人には、最悪の結末しか残されていない。それを実感し、先ほど拭った涙が再び溢れた。
もう私たちに、未来はーーー
ミリアの爪が伸びていく。
まるで鋭利なナイフのように鋭く固く伸びていく。
このままでは、目の前にいる少女を傷つけてしまうかもしれない。
ミリアの心が、目が、体が、絶望に沈んでいく。
「だから!」
それでも、アリサは手を取った。
爪で切れたのか、手から血が流れる。それでも、アリサはミリアの手を掴んで離さない。
「だから、生きるぞ」
ミリアの瞳に向かって、アリサは力強く叫んだ。
「二人で、絶対に、生き残る!」
アリサはミリアが外の世界に対して執着していないことに薄々気が付いていた。
外に出たいと言った自分を気遣って合わせてくれていたことを知っていた。
それでも、アリサは二人で出ると言い切った。
「ウチもお前も、時間はまだ残ってる。絶対にここから出る方法を見つけて、二人で脱出する!」
いつしか部屋の温度が上がっていた。
アリサの魔法が、ジリジリと燃え上がっている。
その炎は普段使うものと比べれば、目に見えないほど小さなもの。
しかしその熱は、ミリアの涙を焼き、心を焦がす。
「ウチはもう諦めねぇ。だから佐伯、お前も諦めないでくれ」
ミリアの涙は消えていた。
そして、あれほど絶望に呑まれていた心も、いつのまにか引き上げられていた。
「・・・うん」
アリサへの返答は嗚咽交じりの小さな声だった。
消えてしまいそうなほど小さな声だったが、強い決意が込められていた。
絶対に生きてここを出る。
残された少女二人は、心を燃え上がらせた。