ふたりだけの牢屋敷   作:野口さん

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冷凍室

 

 三軒ならんだゲストハウスのうちのひとつ、水精の間。

 外見だけで言えばそこまで目立った特徴のない建物だが、問題はその地下である。

 

 沢渡ココによって水精の間には地下階層があることが明かされ、そしてその地下には様々な物があった。

 魔女を殺す薬『トレデキム』、儀礼剣、拳銃、そして・・・

 

 死んだ少女やなれはて達が凍らされた、いくつもの氷の結晶。

 

「・・・」

「・・・」

 

 二人とも無言だった。

 

 先ほどの会話で気まずくなってきたというのも理由のひとつだが、それ以上にここの景色が気分を落ち込ませる大きな要因だ。

 

 氷の結晶の中には何人もの少女たちの死体がある。

 とても死んでいるとは思えない、きれいな状態で保存されていた。どの少女たちも静かに眠っているようにすら見える。

 

「あまり離れんなよ」 

 

 アリサはそういうと、ミリアと繋いでない方の手で炎を出した。

 炎はこの冷凍室の中でもかまわず熱を発している。

 

 地下で火を焚くのは酸欠の危険があるが、通気口が機能していたし短時間なら問題ないだろう。そう考えて二人はアリサの魔法で暖を取りながら部屋を調査していった。

 

 この地下の存在が明らかになってから、ここには何度か訪れている。

 なにか脱出の手掛かりがあればと部屋の隅々まで確認した。

 

 そのせいで、ここの景色は見慣れたものであったが、その中でひとつ見慣れないものがあった。

 

「うおっ・・・あぁ、氷上の死体、か」

 

 調査を進めていくうちに、氷に閉じ込められていない氷上メルルの死体が床に横たわっていた。

 目の間にある死体に、思わずアリサは声をあげてしまった。

 

「あぁ、前に話したよね。エマちゃんとレイアちゃんの事件の前に、ヒロちゃんたちと一緒にここに来てたんだ」

 

 二階堂ヒロは最後の事件の前、氷上メルルの死体から、なにか手がかりを見つけようとしていた。

 その際に氷上メルルの結晶を砕いたのだが、その時の状況のまま死体は放置されていた。

 

 今にも起き上がってあの優しい声でしゃべりだしそうに感じられる。

 

 顔には傷ひとつなく、腐敗が進んだ様子がない。この地下の気温では、結晶に閉じ込められていなくとも腐敗の進行が遅いようだ。

 

 この牢屋敷の黒幕。

 彼女が死んでも事態はなにも解決していない。

 何か目的があったのだろうが、氷上メルル本人が死んでしまった以上、何か聞き出すこともできないしゴクチョーも話をはぐらかすばかリ。

 

 アリサはメルルの死体から目をそらし、なんとなくそばにあった氷の結晶に触れる。

 

「氷・・・」

 

 冷たい。本物の氷だ。 

 

 アリサが触れた氷の結晶の中に閉じ込められているのは初めて見る少女だった。

 おそらく自分たちと同じように牢屋敷に連れてこられ、そして殺されてしまった少女。

 殺されてしまって、さぞ無念だったことだろう。

 

「・・・」

 

 ふと、アリサは思いついたかのように、再び氷に手を触れた。

 そして、

 

「アリサちゃん!?」

 

 火の魔法を使って、氷を溶かし始めた。

 ミリアが驚いて声をあげる。

 

「ななな、なにをしてるの!?」

「わざわざ冷凍保存してるってことは、そうしなきゃいけない理由があるってことだ」

 

 アリサは考えた。

 死体を処理するだけなら、燃やすなり捨てるなりすればいいだけの話。

 それをわざわざ冷凍室まで作って保管しているならば、

 

「全部融かしてみれば、なにかあるかも知れねぇ」

 

 たとえば、死体となっている少女たちの中になにか特別な魔法をもった人物がいるかもしれない。

 特別な道具を持った人物がいるかもしれない。 

 あるいは単純に巨大な結晶の下に地下トンネルのようなものがあるかもしれない。

 

 それに魔女のなれはてとなった少女たちを解放すれば、この牢屋敷を混乱させることができる。

 どさくさに紛れて脱出することもできるかもしれない。

 

 普段のアリサだったら、こんな考え無しなことはしない。

 不良となる前のアリサは、優等生と呼ばれるほどの人物だった。その時の記憶がこんな遺体を傷つけるようなことはさせない。

 しかし今のアリサはなりふり構っていられない。二人で脱出し、生きる道があるならば進む。それだけだった。 

 

 ミリアはその覚悟をつないだ手から感じることができた。

 アリサの感情に、()()したのだ。

 

 しかし、なにかアリサのことを手伝おうとしてミリアは気が付く。

 

「融けて、ない?」

 

 なぜか、氷はまったく融けていなかった。水一滴すら垂れていない。全く変化していない。

 アリサの魔法は、氷をとかすには十分すぎる火力だ。

 なにかしら、この氷の結晶は魔法への対策が施されているようだった。

 

 アリサがさらに火力をあげようとした、その時だった。

 

「困るんですよね。凍結作業も楽ではないんですから」

  

 背後から、誰かの声がした。

 ミリアとアリサが驚いて振り向くと、

 

「メルル様の遺体を保存しなおすために降りてきましたが、タイミングがよかったですね」

 

 いつのまにかゴクチョーが背後に立っていた。

 天井にあるパイプに止まって、アリサたちを上から見下ろしている。

 

「っゴクチョー!?」

「ウチらに罰を与えに来たのかよ!」

「いいえ?別にあなた方は、ルール違反を犯したわけではないですし。むしろ、静かに暮らしている模範囚として結構助かっていますよ」

 

 仕事が少なくて助かります、なんてゴクチョーは感情が見えない表情で語った。

 

 アリサが舌打ちをしながらこの氷の結晶のことを聞くと、ゴクチョーは素直に答えてくれた。

 

「死体を凍結保存しているのは、メルル様の強い希望によるものです。私としては面倒ですからあまりやりたくはないんですが、仕様を変えるのって面倒じゃないですか。なのでそのまま運営しています」

「ウチが聞きたいのはそんなことじゃねぇ。なんで氷が融けないんだ?」

「以前、この地下の氷を融かしてしまった方たちがいましてね。その時は凍結保存を全員分、それも私ひとりでやり直さなくてはいけなくて・・・とっても大変だったんですよ」

 

 ゴクチョーはため息交じりにそう答えた。 

 自分たちより前に閉じ込められていた少女たちが、ここにたどり着いていたのだろう。そしてこの氷に目を付けた。

 

「その一件以来、氷が解けないよういくつか対策をしていたんです。メルル様には対策をしわすれていたので、二階堂ヒロさんに壊されてしまったようですが」

「・・・普通の方法で氷を融かすのは無理ってことか」

「えぇ。魔法を使ったとしても、この冷凍室にあるうちは不可能です」

 

 アリサがチッと舌打ちをした。

 ミリアはなにか別の糸口はないかとあたりを見渡している。

 

 ゴクチョーはそんな二人の様子をみて、ため息を吐いた。

 

「どうせ脱出なんて無理なんですし・・・牢屋敷でのんびり暮らしたらどうですか?そうすれば、あなた方は平穏に暮らせる、私も余計な仕事をせずに済む。うぃんうぃんというやつですよ」

「ふざけんじゃねぇ。ウチらは絶対に脱出する」

「やれやれ、大人しくしていてほしいんですけどね」

 

 ゴクチョーが羽を広げて飛び立つと同時に、ぬっ、と看守が現れた。

 ミリアがひっと息をのむ。

 看守の正体がわかった今も、あの姿と大きな鎌は恐怖を感じさせる。

 

「罰は無いんじゃなかったのかよ」

 

 アリサがミリアを庇うように前に立つ。

 そんなアリサの覚悟を何でもないかのように、ゴクチョーは倒れている氷上メルルの近くに着陸した。

 

「えぇ、ありませんよ。()()はただ、冷凍作業を手伝わせるために連れてきただけです。おふたりも、この地下を調べたいならお好きにどうぞ」

 

 看守の手には、液体窒素が入れられているであろう大きな容器をいくつも抱えていた。

 やはり看守は自分たちよりも圧倒的な力を持っているのだと、理解させられる。

 

「・・・佐伯、行くぞ」

 

 ゴクチョーや看守がいる中で探索なぞしたくない。

 アリサはミリアの手を引いてエレベーターに戻っていく。

 

 『この冷凍室にあるうちは、不可能』

 

 先ほどのゴクチョーの言葉を、頭の中で繰り返しながら。

 

 

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