ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ   作:予測精度30%のカムクラ

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当クロスオーバーに先駆者がいることは執筆段階で存じておりましたが、スーダン2×2発表で創作意欲が抑えきれず投稿を決意。
「ようこそ実力至上主義の教室へ」および「ダンガンロンパシリーズ」制作関係者、原作ファン、そして先駆者の皆様に最大限の敬意を。


PROLOGUE
0. 狛枝凪斗の独白


 ボクみたいなゴミ屑のためにキミの貴重な時間を奪ってしまうのは実に心苦しいんだけど、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。

 

 問い・人は平等であるか否か

 

 ──なんて大層に言ってみたけれど、正直笑っちゃうよね。

 こんなことわざわざ質問されなくたって、この現代社会に生きていれば誰もがこの問題に向き合ったことがあるはずだよ。キミにも思い当たる節はあるんじゃないかな。

 そして、ボク程度の人間ですら少し考えれば辿り着けてしまうほどに、その答えは絶望的なまでにシンプルなモノなんだ。

 

 きっかけは何だっていい。テレビでもラジオでも新聞でも広告でもネット小説でも、あるいは──コロシアイを強要するバトルロワイアルなゲームなんかでも構わない。キミにとっては非現実的かもしれないけれど。

 とにかく、キミはそれらから垂れ流される()()()()のフレーズを毎日嫌というほど見聞きしているはずだ。

 曰く、努力は裏切らない。

 曰く、頑張れば最後は必ず勝つ。

 曰く、やればなんとかなる。

 そのほとんどは直接的ではないから、縋りつきたい奴らにとってはひどく魅力的で希望あふれるメッセージに聞こえるんだろうけど。

 ボクらを取り巻くこの世界の実情を鑑みれば、答えなんて明白だよね。

 

 人は生まれた瞬間から、()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()に区別されるって。

 

 つまり、人は平等であるかなんて問いを立てること自体がおこがましいんだよ。

 だってそうでしょ?

 そんな無駄で無意味で無価値なことを聞いて得をするのは、同じように無駄で無意味で無価値な人間だけなんだから。

 努力を続ければ自分にも平等に才能が開花するはず──そんな幻想に縋ってしか生きられないゴミ屑の用意した質問なんて、ファイルサイズを(いたずら)に圧迫するだけのテキストの無駄としか言いようがないよね?

 

 才能を持たない人間がどれだけ努力しようと、才能ある人間にはなれないんだよ。絶対に。

 

 小型犬がどんなに鳴き(わめ)いたところで大型犬には勝てっこないし。

 ペンギンがいくら羽ばたこうが空を飛ぶことは叶わない。

 同じように、マジカルステッキのないウサギはどう足掻いたってクマにやられる──いや、これはちょっと無理やりすぎたかな?

 

 要するに、才能ある人間というのは、それに見合うだけの器を最初から持っていたってだけのことなんだ。

 ダメな人間は何をやってもダメ。

 本物の才能には絶対に勝てない。届かない。覆らない。

 

 だからこそ、才能という絶対的なモノが放つ輝きは──希望なんだ。

 

 希望があるから、明日に絶望せずに生きていられる。

 希望があるから、未知に絶望せずに前へと進み続けられる。

 希望があるから、思い出に絶望せずに何度だって立ち上がる。

 

 そういう意味では、確かに人は平等であるかもしれないね。

 絶望渦巻くこの世界で、人々に前向きに生きようとする意志を与えてくれるのは、いつだって希望なんだ。才能の有無に関係なく、平等に。

 

 ボクはね、希望のためだったら何だってできるんだ。

 誰かを殺すことはもちろん。誰かが殺人を計画していたとしたら、より素晴らしいシナリオを作るためにぜひとも協力させてほしいんだ。

 だって、希望と希望がぶつかり合えば、より大きい希望が生まれる。その大きい希望がまた別の希望とぶつかり合って、さらに強い希望へと進化する。そうして最終的に創られた究極の希望は、どんな絶望にだって負けないからね。

 そのためなら、ボクはこの()()()の人生を捧げたって構わない。

 かつてのボクが──上手くいったのかは結局分からずじまいだけど、自分自身でこの身を貫いたように。

 

 だから、どうか忘れないでほしい。

 

 ボクは────希望の象徴(キミたち)を、心の底から愛しているってことを。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『あのねぇ狛枝クン。ボクは非っ常〜〜にガッカリしてるんだよ』

 

 四月。入学式。

 多くの学生が希望に胸を膨らませ、新生活へのスタートを踏み出すことだろう。

 彼らにとって今日という日が単なる365分の一日ではなく、特別な意味をもつ一日であることは想像に難くない。

 このバスに乗っている生徒たちの表情を見ればそれは一目瞭然だ。

 期待、緊張、興奮──そういった希望的表情に満ちている彼らの顔を眺めていると、畏れ多くもボクまで嬉しくなってくる。

 ちなみに、彼らが身に纏っているピカピカの制服とまったく同じものをボクも着ている。つまりボクと彼らは同じ高校の新入生にして同級生ということになるんだけど、そんな誰にでも推理できるような些事は今は置いておいて。

 

 とにかく、そんな希望に満ち溢れた一大イベントを前にして、モノクマが急にこんなことを言い出した。

 

『なんなの、あの絶望的に長ったらしくてどうでもいい独白は? イマドキあんなナルシシズム満載のプロローグ書いたところで三行も読まれずにブラウザバックされるのがオチなの。世は大娯楽時代なんだから。もっと読者に寄り添った導入を心掛けないとすぐに飽きられちゃうよ?』

 

 話の中身が支離滅裂なのはいつものことなんだけど、今日の言動はいつにも増して意味不明だ。

 

 体の半分が真っ白なクマ、もう半分が真っ黒な悪魔を(かたど)ったヌイグルミは、近くに座る少女の肩に乗り、嘲笑うようにしてこちらを見つめている。

 その不快で、不愉快で、不可解な声は少女の耳にも届いているはずなのに、彼女は一向に気にする素振りを見せない。肩に乗る異物には目もくれず、手持ちの小説に視線を落としている。

 ボクもボクで、彼女に声を掛けるなんてことはしない。

 肩にヌイグルミが憑いてますよなんて言ったところでマトモに話を聞いてくれるとは到底思えないし、何よりこんなくだらないことでいちいち話し掛けていたら時間の無駄だ。

 

 だって、これが()()()()()()()だから。

 

『あ、ちなみに今言ったことはボクが現在執筆中の同人誌についての自戒みたいなモノだからね。間違っても、ボクや狛枝クンが創作物の中にいることに気付いてる──なんて薄っぺらい考察とか期待はしないでくださいね』

 

 うぷぷぷぷ──耳障りな笑い声が木霊(こだま)するたび、脳内に鈍い痛みが走る。

 今日はせっかくのハレの日なんだから、できればモノクマには静かにしていてほしいところだけど、そう願うだけで思い通りになるなら苦労はしない。

 

 思い返せば今日は朝からツイていなかった。

 

 人混みの集中する時間帯を避けるため、予定よりも早い時刻に目覚まし時計をセットしたまでは良かった。

 しかし今朝に限って時計が故障してしまったらしく、起床時間を迎えてもアラームは不発。目が覚めた時には遅刻のデッドラインが目前まで迫っていた。

 急いで身支度を済ませて、朝食の食パンを片手に家を飛び出したけれど。

 今度は、どこからともなく飛んできたカラスに食パンを強奪されてしまったんだ。

 こんなことって本当にあるんだね。驚きを超えてもはや感動すら覚えちゃったよ。

 

 その後、全力疾走の甲斐あってどうにかバスの乗車には間に合ったけれど、ほっとしたのも束の間。

 通勤中のサラリーマンや学生で車内はすでに混雑しており、満席なのは言うまでもなく。

 空腹と疲労、そして頭痛(モノクマ)に耐えながら吊り革を支えにバスに揺られ、現在に至るというわけだ。

 

『うぷぷ、狛枝クンのクズ運は相変わらずでボクは安心したよ。今からでも【超高校級の不運】にジョブチェンジした方がいいんじゃないの?』

 

 挑発的な笑みを浮かべるモノクマ。

 それに釣られて、ボクも口角が吊り上がるのを自覚した。

 

「生憎だけど遠慮しておくよ」

 

 確かに世間一般の物差しで見れば、今日のボクは誰もが最悪の運勢だと思うだろう。

 でも、ボクにはその物差しは当てはまらない。

 むしろ今、最高に気分が良いんだ。

 それはモノクマが一番分かっているはずなのに、わざわざボクの口から言わせたいだなんて。今日は随分とイジワルだなぁ。

 

「どんな不幸が起こっても、その先に必ず幸運が待っている──それがボクの唯一の取り柄だからね。不運だなんてとんでもない! これからどんな幸運が訪れるのか考えると、今からワクワクが止まらないよ」

『あーやだやだ。ホント、狛枝クンってば弄り甲斐がなくてつまんないなぁ。せっかくオマエの高校デビューを絶望的に飾ってやろうと思ってたのに』

 

 やれやれと首を横に振ったモノクマは、少女の肩から本の上へと飛び降りた。

 読書の邪魔をされてもなお彼女は動じない。めくられたページが、一切の抵抗を感じさせずにモノクマの体をすり抜ける。

 

『ていうかさぁ。もっと()()()()()()を先に説明した方が読者ウケ良かったんじゃないの? さっきの痛々しくて読んでられない独白なんかよりも』

「……根本的なこと?」

 

 話の意図が読めず聞き返したボクに、モノクマはびしっと爪を突き立てて。

 

 そして吠えた。

 

『なんで死んだはずのオマエが生きてんの? 死ぬならちゃんと死んどけよ、このクソ希望厨が』

 

 沈黙が支配するバスの車内で。

 不規則なエンジン音だけが、やけに鼓膜を震わせるようだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一度死んだ命は二度と戻らない。

 

 それは、世界における単純明快で絶対的なルール。

 生きとし生けるものはどうあっても、この残酷な宿命から逃れることはできない。

 

 あのコロシアイの日々においても、もちろんそれは例外ではなかった。

 いつ殺されるか分からない恐怖。

 誰かを殺さなければ出られない絶望。

 未来について語り合った友人が、次の日には死体として発見される現実。

 殺人という非日常が日常と化してしまったのは、死が決して覆ることのない事実だったからだ。

 

 だからこそ、彼らは生き残るために抗い続けた。

 必死に知恵を絞り、議論の末に犯人(クロ)を追い詰め、仲間の死を乗り越えていき──そして、希望に成ろうとしていた。

 たとえそれが絶望の残党という偽物であったとしても。

 あの瞬間、あの世界でだけは、彼らは確かに希望の象徴であった。希望の象徴であろうとした。

 故に、彼らの生き様は美しく輝いて見えたんだ。

 

 しかし────死は、覆ってしまった。

 

 物心ついた時にボクは自覚した。前世の記憶を保持したまま、二度目の人生を歩んでいることに。

 否、転生したと表現した方が適切かもしれない。

 希望ヶ峰学園が存在しない世界。

 【人類史上最大最悪の絶望的事件】が起こらなかった代わりに、超高校級と呼ばれる天才たちも存在しない。才能を(かた)る凡人どもが、我が物顔で世間を牛耳るだけの。

 そんな吐き気を催すような世界に、ボクは生まれ落ちてしまった。

 

 ボクは死に物狂いで捜した。

 コロシアイの日々を懸命に生き抜いた彼らを。

 希望の踏み台として道半ばで殺された彼らを。

 学級裁判に敗れてオシオキされた彼らを。

 ボクのようなゴミ屑をも照らしてくれるような──希望の象徴を。

 だってそうでしょ? 

 ボクというイレギュラーが起きたんだから、彼らにもそれが起こっているかもしれない。そう希望を抱くのは至極当然のことだ。

 確かに彼らは絶望の残党だった。彼らの全滅をボクは願った。

 けれど、それはあくまで前世での話。希望ヶ峰学園も超高校級の絶望もないこの世界なら、彼らは絶望に堕ちることなく、希望の象徴として正しい道を歩むはずなんだ。

 だからボクは我武者羅(がむしゃら)に捜した。ただひたすらに、彼らの名前を呼んだ。

 

 でも、結果は絶望的だった。

 

 なぜボクだけが選ばれたのか。なぜボクなんかよりも転生するに相応しいはずの彼らが選ばれなかったのか。

 自問を繰り返して生きてきた十五年間。

 何もかもが理解不能な状況の中、分かったことはたった三つだけ。

 

 この世界でも【超高校級の幸運】を持っていること。

 

 気紛れに現れるモノクマが、ボクにしか見えていないこと。

 

 そして──ボクの本質は全くと言っていいほど変わっていないこと。

 

「どうして、よりにもよってボクなんだろうね……」

『はにゃ?』

 

 苦悩の種。その元凶のひとつを見遣る。

 モノクマはしばらく首を傾げていたが、突然スイッチが入ったかのように抱腹した。

 

『それはオマエじゃなくて他のヤツらのセリフでしょ。あんなにやり切った感出しながら自殺したのに、なんで未練がましくのうのうと生きてるワケ? 悲劇の主人公振ってんの、オマエが? だったらみんなに詫びて今すぐ死ねばいいんじゃない?』

 

 ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。

 

 悪意に満ちた嘲笑が響き渡る。

 

 ──うるさい。

 

 笑い声に呼応するように頭痛が脈打つ。

 

 ──耳障りなんだよ。

 

 立っていられないくらい視界が歪んでいく。

 

 ──頼むから黙ってくれ。

 

 手を伸ばす。

 忌まわしい存在を掻き消すために。

 

 手を伸ばす。

 息苦しさから解放されるために。

 

 手を伸ばす。

 奥底から湧き上がってくる絶望を抑え込むために。

 

 ()()()()()()()()()と、()()()()()()()()がモノクマを捉えて────

 

 

 

「────あの、大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 どこかのほほんとしたような、けれどしっかりと耳に残る。そんな印象の声だった。

 同時に、冷え切っていた左手に温もりが宿る。

 

 意識が、引き戻される。

 

「どうやらご気分が優れないようですが……席、変わります?」

 

 不思議そうにこちらを覗き込む、薄紫色の瞳。

 話し掛けてきたのは、先ほどまで読書に集中していた少女だった。両の手でしっかりと、ボクの左手を包み込んでいる。

 なぜそうしているかは考えるまでもない。ボクの突き出した手が彼女の眼前まで迫っていたからだ。

 

 モノクマは、いつの間にか姿を消していた。

 

「あはは……ごめんごめん。ちょっとふらついたみたいで、思わず手が出ちゃってね。気を悪くさせたのなら謝るよ」

 

 そう謝罪し、手を引っ込めようとするも、逆に力を込められることで制される。

 

「具合が悪いのでしたら、我慢せずに座っていただくのが一番です。放置していると治まるどころか、余計に気持ち悪くなってしまいますよ」

「うーん、心配してくれるのはとてもありがたいんだけど……ボクはどこも悪くないよ?」

「いえ、それはあり得ません」

 

 少女は静かに首を振った。

 

「あなたは乗車した時からすでに息を切らしていましたし、呼吸が落ち着いてからもふらふらと体を支え切れていない様子でした。酸素欠乏にめまい症状……恐らくですが寝坊してしまい、朝食を抜いたまま走ってきたのではないですか? そのような飢餓状態でバスに長時間揺られていたのですから、体調を崩してしまうのも当然の結果です」

 

 流れるように言葉を紡ぐ様は、まるで推理小説に出てくる探偵のようだった。

 ゴミ屑同然のボクにまで配慮を欠かさない観察力と、それに裏付けられた高い考察力。彼女が見せた才能の片鱗に、ボクはぞくぞくと胸が躍るのを感じた。

 

 やっぱり()()()()に入学したのは正解だった。彼女の着る制服を見て、ボクは確信した。

 

「キミの言いたいことは分かったよ。とりあえず手を放してくれると嬉しいかな」

 

 ボクのせいで希望(キミ)が穢されてしまうのは困るから──心の中でそう付け足す。

 しかし、彼女は一向に手を緩める気配を見せない。

 

「座っていただけないのなら、せめてもうしばらくこのままで居させてください。こうでもしないと、あなたという存在が消えてしまいそうで少し怖いんです」

「……そんなに顔色悪いように見えるかな?」

 

 はい、とっても──そう言いたげに深く頷く。

 

「ついでに言いますと、先ほどからあなたの様子が……その、尋常ではなかったものですから。まるで悪い夢にうなされているかのようでした」

 

 そう言って暗い影を落とす彼女に、ボクは得心した。

 どうやらモノクマとの茶番劇もばっちり見られていたらしい。内容まで聞こえていたかは定かではないけれど、ぶつぶつと独り言を(こぼ)すボクの姿はさぞ醜悪に映ったことだろう。

 ボク如きが彼女の読書の邪魔をしてしまうなんて、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

 少女が読んでいた本に意識が移る。

 裏表紙が上になるように膝に置かれており、タイトルは窺えない。でも、モノクマが降り立った際に垣間見えた文章を組み立てていけば、ボクにも推察は容易だった。

 

「ABC殺人事件。アガサ・クリスティとは王道だね」

「えっ!」

「え?」

 

 人目も(はばか)らず身を乗り出す少女。思わぬ食いつきっぷりについ一歩退いてしまう。

 握られた手は、ボクの身を案じるものから、せっかくの獲物を逃してなるものかという狩人のそれに変貌していく。

 

「もしかして、読書お好きなんですかっ!?」

 

 先ほどの雰囲気はどこへやら。

 目の前には、才能なんて関係なく、ただ文学を愛するだけの年相応の女の子がいた。

 

「……そうだね、割と好きな方かな。図書館みたいに静かなところが好きっていうのもあるけど、本を読んでる間は神経を張らずに済むから気楽に時間を過ごせるんだよね」

「分かります。文を追うごとに没入していくあの独特の感覚……誰にも邪魔されない空想の世界に飛び込めるのは、読書ならではの楽しみ方ですよね」

 

 そういう意味で言ったんじゃないんだけど──なんて野暮は挟まない。

 

「私はよくミステリー小説を読むのですが、お好きなジャンルはありますか?」

「うーん、これといった拘りはあまりないかな。ミステリーも好きだけど展開が単調なのが多くてちょっと食傷気味でね。同じアガサ・クリスティでも、今読むとするなら『春にして君を離れ』を選ぶかな」

「良いチョイスだと思います。確かにジャンルとしては別物ですが、読み進めるごとにどんどん謎が深まっていくあの不気味な感じはまさにミステリーに近しいかと」

「すべて回想だけで展開するのもすごいよね。そういう意味では邪道とも言えるのかな」

「文章表現に王道も邪道もありませんよ。むしろ癖のある手法にも果敢に挑戦し、名作を書き上げたクリスティ先生の手腕を褒めるべきです」

「確かにそうだね。最後の主人公の選択もかなり衝撃的だったし、まさしく彼女は天才と称されるに相応しい存在だよ」

 

 この世界は前世と異なる部分こそあれど、アガサ・クリスティのように前世と変わらず名を残す偉人も多い。

 世界を超えてもなお輝きを放つ彼らの才能は、掛け値なしに素晴らしいものだ。

 

「実は私、他にもたくさん本を持ってきてまして。いつか同好の士に会えたらと楽しみにしてたんです。もしよければ私のおすすめを──」

 

 そう言って身動(みじろ)ぎしたところで、少女は不意に固まった。

 なんてことはない。鞄から本を取り出そうとして、ここまでずっと手を握りっぱなしだったことにようやく気付いたからだ。

 

 女子──しかも客観的に見てかなりの美人である彼女と、手をつないでいる平凡な男子。

 鼻息を感じられるほどに接近した距離感。

 徐々に熱を帯び、少なからず響いていた彼女の声音。

 満車状態のバス内でそんなシチュエーションを繰り広げていたのだ。良くも悪くも乗客の注目を集めてしまうのは当然だった。

 現に、彼女の近くにいる男子生徒はまるで射殺さんとばかりにボクを睨んでいる。

 

「……ごめんなさい」

 

 冷静になったのか、少女は手を離して申し訳なさそうに目を伏せた。

 自らの置かれた状況を恥じたというよりは、ボクが居心地悪そうにしていると判断してのことだろう。

 別にいくら見られたところでボクは何一つ困らないけどね。

 

 彼女に包まれていた左手に視線を落とす。

 いつもの見慣れた、何の変哲もない手のひらだ。ちゃんと血も通っているし、ネイルなんて洒落たものは付けていない。

 

 大丈夫。まだ()()()()()()()

 

「昔から本のことになるとどうも周りが見えなくなってしまって……特に最近は、私の周囲でも読書を趣味とする方が目に見えて減っていましたので、つい話し込んでしまいました」

「こちらこそごめんね。キミとのお喋りが楽しくてボクも夢中になりすぎちゃったよ」

「…………嫌いに、なってしまいましたか?」

 

 光を溜めた瞳が、遠慮がちにこちらに向く。

 魔性の女──と呼ぶにはあまりにも失礼だけれど、このセリフを素のまま言っているであろう彼女にある種の恐ろしさすら感じる。

 世の一般男子がこの言葉を聞いたら、誰もがハートを射抜かれるに違いない。アンテナみたいな髪型をしたとある友人の姿がありありと思い浮かぶ。

 

 尤もこの場合、『私のことを』ではなく、『読書について会話することを』という但し書きがつくのだけれど。

 

「嫌いになるだなんてとんでもない! ボクはむしろキミの文学に対する情熱を知って、もっと好きになったんだ! キミがボクを拒否する理由はあれど、ボクから嫌うことなんて絶対にあり得ないよ」

 

 だからね──と、今度は右手を彼女に差し出す。

 

「どうか、キミの希望()をこれからも聞かせてくれないかな?」

 

 差し出された手を見て、少女はしばらくきょとんとしていたけれど。

 すぐにふっと表情を緩ませた。

 

「はい。喜んで」

 

 控えめに、されど確かに手を握り返される。

 月並みな表現だけど、彼女の微笑みはとても綺麗だと感じた。

 

「そういえば私たち、まだ自己紹介をしていませんでしたね。申し遅れましたが、私は椎名(しいな)ひよりと申します。読書仲間として三年間一緒に過ごせることを楽しみにしています」

 

 おっと、ボクとしたことがうっかりしていたよ。

 超高校級の超高校級マニアを自称しているくせに、肝心な彼女の名前を聞きそびれていたなんて痛恨の極みとしか言いようがないよね。

 

 バスの音声案内が次の停留所を告げる。

 どうやら間もなく目的地に到着するようだ。

 別に勿体ぶるものでもなかったため、ボクも椎名さんに(なら)って自分の名前を口にした。

 

 ──幸か不幸か、この世界でも引き継いでしまった名前を。

 

「よろしく、ボクは狛枝(こまえだ)凪斗(なぎと)だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ね、モノクマ。やっぱり言った通りでしょ。

 

 椎名さんという、希望と才能に満ちた人と早速友達になれたんだ。これってすごい幸運だよね。

 

 

 

 だから、ボクは信じている。

 

 今日の──否、これからこの学校で過ごす三年間は。

 

 ボクにとって本当に幸運で、そして素晴らしいものになるんだってことを。

 

 

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