ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ   作:予測精度30%のカムクラ

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2. コトダマ

「狛枝くん? それって──」

「みんな、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 運悪く、櫛田さんの追及を遮るように一人の男子が手を挙げた。

 すぐに交差する視線。

 彼女の顔にはこう書いてあった──私、消化不良なんですけど!

 それにボクは苦笑いで返答し、彼女から目を離す。

 ボクの興味はすでに男子生徒に移っていた。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今からみんなで自己紹介をして、一日も早くみんなと友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし」

 

 どうかな、と白い歯を見せたのは、爽やかな笑顔が印象的な青年だった。

 ──素晴らしい勇気だ。

 そう思わずにはいられない。

 大部分の生徒が様子見の態度をとる中、停滞した空気を変えるために声を上げた彼の行動力。ボクは心の中で拍手を送る。

 彼もまた、その身に可能性(希望)を宿す一人というわけだ。

 

「……あ、私も賛成~! まだみんなの名前とか全然分からないし、ぜひみんなのこと教えてほしいなっ」

 

 櫛田さんにジト目を向けられたのも一瞬。

 あっという間に気配を切り替えた彼女が元気よく同調する。

 それが後押しとなり、教室内はたちまち自己紹介のムードへと包まれた。

 

「じゃあ提案者の僕からさせてもらうね」

 

 そして始まった自己紹介。

 

 それからの時間は、ボクにとってまさに夢心地だった。

 希望の品評会──とでも表現すればいいのかな。

 オークション会場で競られていく希少な美術品を、ぼんやりと眺める参加者のような。

 そんなふわふわした気分で、ボクはみんなのことを観察していた。

 

「僕の名前は平田(ひらた)洋介(ようすけ)。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特に好きなのはサッカーかな。この学校でもサッカー部に入る予定なんだ。よろしくね」

 

 輪の中心に自ら名乗り出た、勇気ある好青年の平田クン。

 

「私は、()(がしら)……(こころ)と言います。えと、趣味は裁縫とか、編み物が得意です。よろしくお願いします」

 

 極度の緊張しいだけど手先が器用な井の頭さん。

 

「俺は山内(やまうち)春樹(はるき)。小学生の時は卓球で全国に、中学時代は野球部でエースで背番号は四番だった。けどインターハイで怪我をして今はリハビリ中だ。よろしくぅ」

 

 山内クンはなんと中学生にして高校大会(インターハイ)に出場したことがあるそうだ。

 卓球に野球とスポーツの幅も広いし、彼はとんでもない逸材なのかもしれない。ぜひ仲良くしたいね。

 

「私は櫛田桔梗と言います。中学からの友達は一人もいなくてひとりぼっちなので、早くみんなの顔と名前を憶えて友達になりたいと思ってます。私の最初の目標は、ここにいる全員と仲良くなることです。みんなの自己紹介が終わったら、ぜひ私と連絡先を交換してください!」

 

 小躍りするように前に出たのは、ボクの隣人でもある櫛田さん。

 ボクの見立て通り、彼女は早々にクラスのマドンナとしての地位を確立しつつある。

 井の頭さんの自己紹介の際も親身になって励ましていたし、彼女の言葉は表裏を全く感じさせない。甘すぎず、されどもっと舐めたくなるような蜜みたいで。

 心の底から、みんなと友達になりたいように見える。

 ()()()()()

 

「俺は(いけ)寛治(かんじ)。好きなものは女の子で、嫌いなものはイケメンだ。彼女は随時募集中でなんで、よろしくぅ! もちろん可愛い子か美人を期待!」

 

 そう言って女性陣にひらひらと手を振る池クン。

 対して平田クンやボクには厳しい眼差しを向けてくる。見覚えがあると思ったら、今朝のバスでボクに殺気を放っていた生徒だった。

 彼を見ていると、得も言われぬ安心感を覚えるんだから不思議なものだ。

 やっぱり花村(はなむら)クンや左右田(そうだ)クンみたいなお調子者枠がいないと始まらないね。

 

「私の名前は高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

 机に両足を乗せ、前髪をかき上げてアピールしたのは高円寺クン。

 彼が【超高校級の御曹司】なのは考えるまでもない。Dクラスの中でもトップクラスに輝いている、有力な希望候補の一人だ。

 ボクのような醜いものが嫌いらしい。

 できれば彼とも交友を深めたいけれど、ボクだって彼の希望を穢したくはない。

 だったらボクにできるのは祈ることだけだ。

 彼の方から接触してくれることに。希望を見せてくれることに。

 

 途中、自己紹介を拒否した生徒たちが教室から出ていくという一触即発の場面もあったけれど。

 ボクは概ね満足していた。

 

 やはりこの学校に入学できただけあって、何人もの生徒が強者特有の()()()を纏っていた。

 とんでもない輝きを放つ高円寺クンを始めとして、櫛田さんや平田クン。あるいは出て行ってしまった数人の中にも、オーラに近しいものを感じさせる人がいた。

 

 ──いいね。実に素晴らしいよ。

 

 希望の象徴と呼ぶにはあまりにも未熟で(つたな)いけれど。

 なんてったってまだ高校一年生の四月。才能の(つぼみ)が開花する時間はたっぷりあるんだ。

 楽しみは最後にとっておくと考えれば悪いものじゃない。

 彼らがこれからどんな風に成長を遂げ、一体どんな希望を見せてくれるのか。

 それを思い描くと、今から胸の鼓動が収まらなかった。

 

 とはいえ。

 中にはそういったオーラを全く持たない生徒もいる。

 該当するのは池クンや山内クンといった大半のクラスメイトだ。

 

 ……でもさ、おかしいと思わない?

 希望を育成するこの学校に入学して、希望に満ちた学生生活を送るはずの彼らなのに。

 才能をこれっぽっちも感じ取ることができないなんて。

 

 そんなのきっと、ボクの()()()()だよね。

 

 まさか──まさかとは思うけど。

 この学校に予備学科みたいなヤツが混ざっているとでも?

 

「……アハハ、そんな冗談は前世だけにしてくれよ」

 

 口元が歪む。口角の制御が効かない。

 ここは、希望があまねく(つど)う唯一の学び舎なんだ。

 そこに不純物が混ざってはならないし、ましてや希望を(かた)る罰当たりなヤツがいるなんて言語道断。

 じゃなきゃ、ボクがこの世界に転生した意味がないじゃないか。

 

 脳裏に悪夢が蘇る。

 希望だと信じていたものが実は絶望で。

 希望が眠ると思っていたものが実は無価値な凡人で。

 ボクの支えになっていた全てに裏切られた。

 悪夢としか形容できなかった、あの光景が。

 

 そんな展開は、もう二度と許してはならない。

 

『あーあ、ようやく本物の希望に会えると思ったのに、また裏切られてかわいそうな狛枝クン。そんなに現実が辛いならさっさとこっちに堕ちちゃえばいいのに』

 

 頭が、割れそうになる。

 頭を、割りそうになる。

 

「……まだそう決まったわけじゃない。それに本物なら間違いなくいる。高円寺クンが最たる例だよ」

『諦めが悪いねぇ。ま、希望は引きずれば引きずるほど絶望も大きくなるもんね。ネタバラシがいつになるのか、ボクも楽しみに待ってるよ。うぷぷ~』

 

 醜悪な笑みとともにモノクマが消える。

 同時に、ボクに視線が集中するのを感じた。

 

 左手の震えを、右手で無理やり抑える。

 

「それじゃ、櫛田さんの隣の君。お願いできるかな?」

 

 平田クンの爽やかスマイル。

 それを受けて断れるほど、ボクは大層な人間ではない。

 立ち上がってみんなの方を見遣る。

 彼らの眼差しに映る感情は、興味と畏怖が半々といったところだろうか。

 ──そんな警戒する必要はないのにね。

 路傍の石ころを見るのに、感情なんていらないのと一緒だよ。

 

「ボクの名前は狛枝凪斗。みんなと違って大した才能を持ってるわけじゃないけれど……唯一自慢できるものがあるとすれば、人より少し幸運ってことくらいかな。さっき茶柱先生にクラス替えのことについて質問したけど、今のところする予定はないから安心してほしいな。よろしくね」

 

 みんなとの三年間が希望あふれるものになりますように──そう願いを込めて、ボクは挨拶を終えた。

 

「はいはーい、質問!」

 

 一人の女子生徒が勢いよく挙手する。

 彼女は確か……軽井沢(かるいざわ)さん、だったかな。

 

「幸運って、運がいいってこと?」

「そう思ってもらって構わないよ。ゴミみたいな才能でしょ?」

「いやそこまでは言ってないけど。でも、よく分からないっていうか……」

 

 如何にも信じられないといった様子だ。

 そういう顔をされると、ちょっとした悪戯心が芽生えてくる。これが人間の(さが)ってヤツなのかもしれないね。

 

「例えばそうだね……櫛田さん、ちょっとボクとじゃんけんしてみない?」

「私? 全然いいけど……」

 

 困惑を浮かべつつも快諾してくれた櫛田さん。

 じゃんけんぽん、の合図で互いに右手を差し出し合う。

 ボクはチョキ。櫛田さんはパーだ。

 軽いざわめきが起こった。

 

「え、すごい。もう一回やってもいい?」

 

 櫛田さんの瞳に火が灯る。

 存外、彼女は負けず嫌いなのかもしれない。

 結局、ボクは都度五回も再戦を要求された。もちろん結果はボクの全勝。あいこすら許さない完全試合だった。

 

「とまあ、こんな感じで運がいいだけの平凡な高校生だよ」

 

 これからよろしくね──笑顔でそう締めくくる。

 平田クンの拍手を皮切りに、大きな拍手がボクを包み込んだ。

 

「狛枝くんすごい! どうやったの?」

「どうせ仕込んだんだろ」

「ねね、私ともじゃんけんしよ! あと連絡先も交換したいな~」

「ちょっと、私が先よ!」

「櫛田ちゃんとあんなに仲良く話すなんて……こいつ、油断ならねぇ」

 

 反応は様々だったけど、女子たちを中心に概ね好感触だったようだ。

 櫛田さんなんかはかなり興奮した様子で、身を乗り出して種明かしを迫ってくる。残念ながら明かせるような種も仕掛けもないボクは、彼女の追及をのらりくらりと躱しながら着席した。

 

 自己紹介は順調に進んでいく。

 無難な紹介で終えたり、奇を(てら)って笑いを誘ってみたり。

 そうこうしているうちに、やがて最後の生徒の番となった。

 窓側の最後列。いわゆる当たり席に座っていた男子は、平田クンに声を掛けられて跳ね起きるように椅子を引いた。

 

「えー、えっと……綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)です。その……えー、得意なことは特にありませんが、みんなと仲良くなれるように頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 平凡な、誰の印象にも残らない。そんな自己紹介だった。

 乾いた拍手が送られる。平田クンのフォローがなければ誰からのリアクションも得られなかっただろう。

 微妙な空気を残しつつ、自己紹介は閉幕となった。

 

「……綾小路、クン」

 

 各々が座席に戻る中、ボクだけは彼から目が離せなかった。

 

 何故だろうか。

 綾小路クンからは全くといっていいほどオーラを感じられない。希望の『き』の字すら彼の中には無い。ボクはそう確信した。

 それなのに、どうしてこんなにも気を惹いて()まないのか。

 分からない。

 分からないのに、彼の姿はボクの脳裏に刻まれていく。

 平凡だけれど、だからこそ記憶が彼を残そうとしている。

 

 まるで、()のような────

 

「狛枝くん、連絡先交換しよ!」

 

 櫛田さんに呼ばれるまで、ボクはずっと綾小路クンのことを目で追っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 高校の入学式がどんなものなのか、興味がなかったと言えばウソになる。

 ボクには入学式の思い出がない。

 ──ほとんどの新入生はそうだろうという突っ込みは置いといて。

 前世では記憶を消去されてしまった影響で、希望ヶ峰学園の入学式がどれほど素晴らしいものだったのかを忘れてしまったのだ。

 だからせめて、この学校の入学式はちゃんと海馬に焼きつけようと意気込んでいたんだけど。

 

 入学式の真っ只中。

 ボクは保健室で横になっていた。

 

「朝ごはん食べずに全力疾走。で、揺れるバスの中で長時間立ちっぱなし、そのまま休む間もなく登校と……うん、普通に低血糖だね」

 

 保健医の先生の診断が耳をすり抜ける。

 隣では付き添いの櫛田さんが心配そうな表情でベッドに腰掛けていた。

 

 椎名さんの推理は見事的中した。

 入学式が始まった直後、ボクは立っていられずその場で倒れてしまったのだ。

 新入生入場の途中だったため、幸いなことに式自体への影響は少なくそのまま続行。けれど当事者であるボクは当然として、保健室まで介抱してくれた櫛田さんまで不運にも欠席することになった。

 きっと、先ほどのじゃんけんで不用意に運を使い過ぎたのだろう。

 ボクがいなくなる分にはいいけど、希望ある彼女まで道連れにしてしまったのは本当に愚かとしか言いようがない。

 

「ごめんね櫛田さん。ボクなんかのせいで入学式に出られなくなっちゃって……」

「ううん、全然気にしないで。それに体調不良だもん、狛枝くんのせいじゃないよ」

「今からなら入学主席の挨拶には間に合うだろうから、キミだけでも行ってきなよ。ボクなんか放っておいてさ」

「もう、また悪い癖出てるよ? 今は狛枝くんの方が心配なの。私にできることはないかもしれないけど、それでも力になりたいって思ってるんだ。それとも……」

 

 一緒に、ここにいたらダメ?

 

 袖を掴んでこちらを覗き込む櫛田さん。完璧な上目遣い。自然と強調されるバスト。

 ──希望に、見惚れる。

 

「やーん、二人ともなんか良い雰囲気じゃん。もしかして入学早々カップルの誕生?」

 

 保健医の先生が楽しそうに目を輝かせた。

 その手の話題が好きなのか、続きをどうぞと言わんばかりに煽ってくる。

 

「あはは、残念ですけどそういうのじゃないですよ。ボクなんかが櫛田さんと釣り合うわけがないですから」

 

 やんわりと、されど明確に否定した。

 ボクと櫛田さんがそういう仲だと勘違いされるのは非常に困るからね。

 ボク如きが希望と同等になるなんて、あり得ない。

 

「え~、君カッコいいから絶対モテそうなのに~。じゃあ私がもらっちゃおっかな、つんつん」

 

 と、人差し指で胸元をつつかれる。

 吸い寄せられるような彼女の容姿と言動、そして軽いノリは、まさに異性を手玉に取る女といった印象だった。

 

「あ、私はBクラス担任の星之宮(ほしのみや)知恵(ちえ)って言うの。二人ともDクラスだよね? 佐枝……茶柱先生とは高校の時からの親友でね。サエちゃんチエちゃんって呼び合う仲なのよ、羨ましいでしょ~」

「はぁ……」

 

 べらべらと話を進める先生を相手に、笑顔を崩さない櫛田さんは流石といったところだ。

 だから、ちょっとだけ眉が歪んでいるのは指摘しないでおこう。

 

「じゃあ私は入学式に戻るけど、鍵は開けておくから体調戻ったら好きに出て行っていいからね。あ、誰もいないからってエッチなことしたらダメだからね。我慢できなくなってもちゃんと避妊するんだぞっ」

 

 まったね~、と星これ宮先生は嵐のように過ぎ去っていった。

 途中、聖職者にあるまじき発言もあったような気がするけど、コトダマとして装填する価値もない。さっさと忘れてしまうのが賢明だね。

 

「何というか……すごい先生だったね」

「本当にね。彼女を止められる人がいたらぜひ見てみたいよね。茶柱先生でも苦労しそうだよ、あの暴れっぷりは」

「ふふ、確かにそうかも」

 

 やがてボクたちの間に沈黙が訪れた。

 壁時計がかちかちと、静かに時を刻む。

 

 ボクはこの何も起こらない静寂な時間が大好きだ。

 運に翻弄されることのない、束の間の平和。

 気を抜けばうっかり寝てしまいそうな。そんな微睡(まどろみ)がボクを闇に誘う。

 

 だけど。

 ボクにはまだやるべきことがある。

 上半身を起こし、櫛田さんの顔を真っすぐ捉えた。

 

「それで、櫛田さんはボクに聞きたいことがあるんでしょ?」

「……やっぱり狛枝くんはすごいね。それも分かっちゃうんだ」

「実はボク、エスパーだったりしてね」

 

 ボクの冗談に櫛田さんがくすりと笑う。

 ボクのことが心配でここに残ったという彼女の発言。それはウソじゃない。

 でも、最初から気付いていた。

 それ以外の感情──別の目的があるってことに。

 

「さっき自己紹介が始まる前に、私に言った言葉。あれってどういう意味なのかな」

「もちろん言葉通りの意味だよ。櫛田さんの発言には間違ってるところがあったから、それを指摘しただけ。深い意味はないよ」

「……どこか間違ってたのかな、私」

「間違いというより、勘違いって言った方がいいかな。ねぇ櫛田さん、キミはあの時なんて言ったのか覚えてる?」

 

 ボクの突然の問いかけに、うーん、と顎に指を添えて思案する櫛田さん。

 

「確か……狛枝くんにポイントの使い道を答えた後、使いすぎには気を付けなきゃって思って……あ、()()1()0()()()()()()()()()()って言ったかも」

「流石だね櫛田さん。一発でそこまで思い出せるのは中々できることじゃないよ」

 

 じわり、と。

 喜びがボクの頬を歪めていく。

 

「じゃあさ、その発言の中で間違いがありそうな部分はどれだと思う?」

「えっと、普通に考えれば『毎月10万ポイントもらえる』ってところ、かな」

「その通り。となるとここで疑問が生じる。どうして櫛田さんは毎月10万ポイントももらえるって勘違いをしてしまったんだろうね」

 

 核心に迫る問い。

 これに答えられたら、キミは──紛うことなき希望の象徴だ。

 悩んで。迷って。思いを巡らせて。

 櫛田さんが零した回答は。

 

「うーん……どうしてだろう。多分、茶柱先生がそう言ってたからだと思うんだけど……」

 

 ギブアップだった。

 櫛田さんレベルであっても、仔細を思い出すことは至難の業。

 けれど、正解の一歩手前まで自力でたどり着いたんだ。及第点はとっくに超えている。

 期待以上の成果。

 ボクは喜びが背筋を駆け抜けていくのを自覚した。

 

 だからもう一度、彼女に証言(コトダマ)を突き付ける。

 

「よく思い出してほしい。茶柱先生はこう言ったんだ。『ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれ』、今月は『平等に10万ポイントが支給されている』って。逆に言えばそれ以上のことは口にしていないんだよ」

 

 この違いが分かるかな──そう問いかける。

 櫛田さんは目を閉じたままうーんと唸っていたけれど、すぐに「あっ」と指を突き立てた。

 

「確かに! 先生は毎月ポイントが振り込まれることしか言ってない。けどその後に10万ポイントの支給について言及したから、私はそれが毎月続くんだって誤認しちゃったんだ……でもそれって──」

「うん。多分だけど、学校側はわざとそういう風に思考を誘導させるような言い方をしてるんじゃないかな」

 

 それに惑わされないような才能(希望)を見出すために──なんてのはボクの考えすぎだろうけど。

 

「でもなんでそんなことするんだろ……わざと勘違いさせるような説明なんて、普通だったらしないと思うのに」

「それはボクにも分からない。けど、それっぽい仮設を立てることはできるよ」

 

 推測の補強材料になるのは、またしても茶柱先生の証言(コトダマ)だ。

 

「先生のその後の発言に注目してみよっか。『この学校は実力で生徒を測る』、そして入学を果たしたボクらには『それだけの価値と可能性がある』。これはどういうことなんだろうね」

 

 再度、ボクは問いを投げる。

 これは質問であると同時に、彼女の再挑戦の意思を確かめるための選択肢でもある。

 彼女がリトライを希望するのなら、ボクも全力で彼女の希望を見定めよう。

 でも、もし彼女が『いいえ』を選んだのなら。

 ボクはきっと失望する。

 キミの希望はその程度だったのかと。

 

「……あんまり、自信はないんだけど」

 

 そして、彼女は選んだ。

 

「この学校に入学できたっていう私たちの実力を、学校側は10万ポイントの価値として判断した……だから新入生全員に10万ポイントが贈られた。でも、来月も同じ金額が振り込まれるとは限らない」

 

 リトライを。希望への一歩を。

 

「なぜなら、学校は私たちを実力で測るから。来月一日の時点でもし10万ポイントに相当する実力──価値がないと判断されたら、その分もらえる金額も減る……だからそれに気付かせないために、わざと勘違いさせるような言い方をしてる、の、かも……?」

 

 どんどん尻すぼみしていく声。

 櫛田さんが自信なさげにボクの顔色を窺う。

 

 その心配を払拭するように。勝者を褒め称えるように。

 気付けばボクは手を叩いていた。

 

「──素晴らしい。素晴らしいよ櫛田さん!」

 

 照れくさそうに笑う櫛田さんに、ボクはありったけの賛辞を並べる。

 希望の片鱗。

 希望の象徴には到底及ばない、ほんのひと欠片の輝き。

 それでも。

 確かに、確実に、彼女は持っている。

 才能が眠っている。

 

 実に、喜ばしい。

 

「ま、それが正解かどうかはボクも分からないんだけどね」

「ええっ!? 今すっごい褒められたのに!? 何でもお見通しみたいな雰囲気出しといて、まさかの無責任発言にびっくりだよ私!」

「だってまだまだ証拠(コトダマ)が足りないんだもん、確証なんてできやしないよ。それにボクにだって知らないことはいっぱいあるさ。エスパーじゃないんだから」

「えー、さっきまでエスパーって言ってたくせにー」

「残念。ボクは『エスパーだったりしてね』って言っただけで、エスパーだなんて一言も断言してないよ」

「あーん、また騙された~」

 

 なんて茶番を繰り広げるうちに、保健室の外が(おもむろ)に騒がしくなってきた。

 入学式が無事に終わったようだ。

 星之宮先生の看護のおかげでボクの体調も問題なさそうだし、そろそろこの場はお開きかな。

 

「ねぇ、櫛田さん。これだけは覚えていてほしいんだ」

 

 立ち上がろうとした彼女を制し、ボクは最後のアドバイスを送る。

 

「相手の発言に間違いがあったり、何かおかしいなと感じたりしたら、怯むことなくそれを撃ち抜いてほしいんだ。そしてそのために必要なのがコトダマなんだよ」

「コトダマ……」

 

 噛み締めるように呟く櫛田さんに、ボクは頷いた。

 

「違和感、事実、証言、証拠品──これらは全部コトダマとしてキミの味方になる。コトダマで撃ち崩せるポイントは多くはないけれど、そこを見極めることができれば必ず勝機は見えてくる。そのためにも、相手の発言は聞き逃さないように注意しなくちゃいけない」

「……簡単に言うけど、それって結構難しくないかな? 聞いたことを一字一句覚えられるほど記憶力あるわけじゃないし……」

「そんなことはないよ。誰にでも実践できる、ごく簡単な方法があるんだ」

 

 それはね──と、ボクはポケットから携帯端末を取り出し、画面をタップした。

 

『──じゃあ私は入学式に戻るけど、鍵は開けておくから体調戻ったら好きに出て行っていいからね。あ、誰もいないからってエッチなことしたらダメだからね。我慢できなくなってもちゃんと避妊するんだぞっ──』

 

 星之宮先生の問題発言。

 ボクはすでに記憶から消したけれど、録音機能さえあればこの通り。いつでも簡単に、そして正確にログを確認できる。

 こんな便利なモノ、使わない手はないよね。

 コトダマは、いつだってボクらの手の中にあるのだから。

 

「……それってちょっとズルじゃない?」

「ズルだとしても、使えるものは使わないとね。それに意外と使い道は多いんだよ? 例えば──」

 

 一度言葉を区切り、口元に人差し指を立てる。

 足音を忍ばせて保健室の扉に近寄り、勢いよく戸を開けると。

 

「…………やっほ~」

 

 そこには聞き耳を立てていたであろう星之宮先生が、引きつった笑みを浮かべて手を振っていた。

 滝のように流れる汗が、彼女の艶肌にさらに磨きをかける。

 

「先生、入学式は行かなくて良かったんですか?」

「最初はちゃんと戻るつもりだったんだけどぉ……二人がかなりイイ雰囲気だったから、何かマチガイでも起こってくれないかな~と思って、つい…………てへっ☆」

「あはは、そうでしたか。ところで物は相談なんですけど──」

 

 携帯端末を先生に向け、容赦なくコトダマを発射する。

 

「この録音、いくらで買い取ってくれます?」

 

 ここにはモノクマメダルがないんだから、せめて臨時収入くらいは望んでもオシオキはされないよね?

 

 




【モノクマ劇場】

モノクマ
「ヒロインレースぶっちぎりの椎名さん。かと思いきやまさかの櫛田さん強化フラグ!?
星之宮先生にも目を付けられちゃうし、狛枝クンの平穏な学校生活はどうなっちゃうの~!?
次回──狛枝、襲来。綾小路死す。絶望の未来へレディ・ゴー!
月に代わってサービスサービスぅ!」

モノミ
「混ざってまちゅ! 色々混ざりすぎでちゅ!
こんなところでクロスオーバータグが猛威を振るってるでちゅ!」
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