ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ 作:予測精度30%のカムクラ
突然だが、ちょっとだけオレの出す問題を真剣に聞いてほしい。
問い・友達の定義とは何か
今、心の中のオレは友達、友達と訴えて
男女どちらでも構わないから友達を作りたいと叫ばれ、青春を謳歌しようと躍起になっている。
陽気な男子とカラオケに行こう、可愛い女の子を食事に誘おう、時にはこんな窓際の席でどうやって友達なんて作るんだと席順にまでケチをつける。
前のぽっちゃりメガネの男子ですらも、クラスメイトと初々しい友情を芽生えさせ、今のオレは正真正銘のボッチだと教え込まれる。
それは本当に正しいことなんだろうか。と、そんな風にオレは疑問を抱いた。
いや、そんなはずはない(反語)。
せっかく鳥籠から解放されて、自由に空を羽ばたけるようになったんだ。
オレだって普通の生活を送りたい。
普通に友達を作って、普通に友達と遊びに出かけて、普通に友達とゲームで夜更かしする。
そんな青春を夢見て何が悪いというんだ。
だからオレは知りたい。
何がオレたちを友達たらしめるのか──すなわち、友達の定義を。
どこから友達なのかさえ学んでしまえば、後はそれに沿って友達を作るだけ。実に簡単なロジックだ。
……そう、オレでも作れるはずなんだ。きっと。メイビー。
そこまで考えて、ふとオレは横に目を向けた。
読書に没頭する隣人から放たれる、話し掛けるなという絶対零度のオーラ。
──いっそのこと堀北に尋ねてみるか?
返り討ちに遭う可能性は高い──というかその未来しか見えないが、話しかけるという行為自体に価値がある、はずだ。
ひょんなことから深まる友情。そんなロマンがあったっていいじゃないか。
ビゼー作曲、『アルルの女』の第二組曲第四曲がオレを後押しする。
「なぁ堀北。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「…………」
既に挫けそうだが、オレの意識は辛うじて保たれた。
意を決して再度相対する。
その先に光が待っていると信じて。
「友達の定義って何だと思う?」
ほんの少しだけ。
小説から視線をずらした堀北は、心底冷たい溜息でオレを貫いた。
「哀れね」
そのまま本を鞄にしまい、教室を立ち去っていく悪魔。
……すまない、ジョルジュ・ビゼー。
オレには友達どころか、隣人とのコミュニケーションの方法すら理解に及ばなかったようだ。
もはや立ち上がる気力も失せ、オレは頭から机に突っ伏した。
入学式もホームルームも終わり、弛緩した空気に満たされる教室内。
何を食べるか。どこに行くか。あれを買おうこれをやろうといった談笑があちらこちらから聞こえてくる。
当然、オレを誘うような奇特な生徒はいない。
「ねぇ……」
あれか、自己紹介がいけなかったのか?
確かに妄想に
だが平田のフォローもあったし、何より友達を作りたいというオレの切実な意思は伝わったはずだ……形はどうあれ。
というかその平田はどうした。オレと親友になりたいとか言いつつ(言ってない)、早々に女子たちとランチに消えたのはどういう了見だ。
オレたちの友情はその程度のものだったのか。
「聞こえる……?」
まぁ、ここで塞ぎ込んでいたところでしょうがない。
誰かオレのこの状態を見て『大丈夫?』と話しかけてくれないかなぁなんて淡い期待もあるにはあった。が、それすら叶わない現実に涙を禁じ得ない。
これ以上粘ってもただ心の傷を抉るばかりである。
そう、これは逃げではない。戦略的撤退だ。
オレは何も悪くない。
とりあえず気分転換がてら、以前から興味のあったコンビニにでも寄って──
「ねぇ、大丈夫?
心臓が跳ねる。
誰かが、オレの名を呼んだ。
思わず顔を上げる。
「良かった。反応がなかったからお腹でも痛いのかと思ったけど、その心配はなさそうだね。ま、入学式で倒れたボクに言われても何様だって思うかもしれないけど」
友達を欲するあまりオレが生み出した悲しき幻覚──ではない。
息遣い。空気の揺らぎ。気配。
間違いなく目の前には、オレに話し掛けるような奇特な生徒が実在していた。
しかも、その人影には覚えがある。
自己紹介の際に披露した強烈な個性。
あれを見てなお憶えていない生徒など一人もいないだろう。
「自己紹介したから知ってるだろうけど、ボクは狛枝凪斗だよ。もしキミさえ良ければ友達になってほしいんだ。どうかな、綾小路クン」
──希望だ。
右手を差し出してくる狛枝を見て、オレはそう思わずにはいられなかった。
オレの記憶が正しければ、狛枝は先ほどまで多くのクラスメイト──それも女子の集団に囲まれていたはずだ。
連絡先の交換をせがまれ、困惑を含んだ微笑を浮かべながらも対応していたのが印象的だった。
平田と同様に、頼み事を断われない
そんな人気者が、わざわざオレのところまで足を運んだのだ。陰気のオーラを全開にして机に突っ伏していたオレの下に、である。
千載一遇のチャンス。これを逃せばそれこそオレの学校生活はボッチで終わると、脳内で警鐘が響いていた。
「あ、あぁ……こちらこそ、よろしく頼む」
急いで立ち上がって、握手をする──前にズボンで汗を拭った。
改めて握手を交わす。
「うん、よろしくね」
太陽のような笑顔を見せる狛枝。
さらにオレたちは連絡先の交換まで成し遂げることができた。
友達一覧に追加されたアイコンが、オレに否応なく喜びの感情を湧き上がらせる。
「綾小路クン。ボクはね、キミのことをたくさん知りたいんだ」
そんな青春っぽいセリフを口にした狛枝は、言葉通りオレに色々な質問を飛ばした。
オレは悪戦苦闘しながらも一つずつ返答していく。
書道とピアノが得意なこと。一緒に進学してきた友達はいないこと。静かな場所が好きなこと。読んだことのある書籍……エトセトラ。
まるで友達のようなやり取りに、心中では破顔しそうなくらいだった。
──そうか、これが友達になるということか。
オレは今日、初めて学習した。
友達ってのは作るものじゃない。ましてや友達を定義づけるなんて無粋も良いところだ。
そう──友達ってのは、気付いたらなっている。
そういうあやふやで、でも確固として感じられるものなんだ。
であれば。
さらに、もう一歩踏み込む。
オレは覚悟したんだ。普通の学校生活を送るためなら何でもするって。
「なぁ狛枝。もし良かったら、この後一緒にコンビニでも寄らないか?」
放課後、友達とコンビニで駄弁りながら買い食いをする。
きっと誰もが経験したことのあるような、だがオレにはあり得なかった。そんなありふれた日常の一幕を。
オレは今日、初めての友達とともに──
「あ、ごめんね。この後はCクラスの子と一緒に図書館に行く約束をしてるんだ。残念だけどまた誘ってよ」
オレは撃沈した。
確かに孫子の言葉に偽りはなかった。生兵法で敵陣に突っ込んだオレが悪かったのだ。
離れていく足音を耳に拾いながら、オレはもう一度頭を机に擦り付けた。
……流石はオレの認めた友達だ。
既に放課後の予定を埋めているだけでなく、他クラスの生徒とも交流を進めていたとは。
その後、一人寂しく訪れたコンビニで悪魔との再会を果たし──それが情けなくも嬉しかったのは語るまでもない。
◆
「お待たせ、椎名さん。遅くなっちゃってごめんね」
Dクラスの教室を出てすぐの廊下。その目立たない一角で本を読んでいた椎名さんに、ボクは声を掛ける。
理由は言わずもがな、彼女との約束を果たすためだ。
読書に夢中でボクの存在に気付かない──と思いきや、顔を上げて会釈まで返してくれた。
「こんにちは、狛枝くん。私が早く来てしまっただけなのでお気になさらず。それに、ちょうど切りの良いところまで読み進めることができましたので」
栞をはさみ、まるで貴重品を扱うように鞄にしまう椎名さん。
ちらりと、小説の表紙が視界をよぎった。『Xの悲劇』──エラリー・クイーンも
それもわざわざ実家から持ち込んでくるほどの徹底ぶりだ。
心からミステリーを愛している。そんな想いがひしひしと伝わってきて、何故だかボクまで喜びが込み上げてくる。
「行き先は図書館で良かったかな?」
「はい。ですが今日のところはあまり長居せず、あくまで下見程度に留めるつもりです。その後は身の回りのものを買いに行きたいと思っているのですが……」
と、送られた視線はほのかに熱を帯びている。
彼女の言わんとすることを察したボクは、安心させるように微笑んでみせた。
「もちろん。ボクなんかでよければ喜んで付き合うよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
椎名さんのお礼を合図に、ボクらは図書館に向けて歩み始めた。
「ところで、狛枝くんは良かったのですか?」
ふと、そんなことを尋ねられる。
何のことだろうと首を傾げると、彼女も同じようにこてんと小首を傾げて視線を絡めた。
「先ほど教室内で、クラスの方々と楽しそうにお話をされていたものですから。もしかして彼女たちとの親睦の機会を奪ってしまったのではないかと、少し心配になりまして」
そう言われて何となく合点する。
ホームルームが終わった後、櫛田さんを筆頭にDクラスの女子グループと連絡先を交換した時のことを指しているのだろう。
ボクとしては断る理由がなかったし、そもそも拒否できるような立場じゃないからね。
ボクなんかの連絡先をほしがって、さらには昼食にまで誘ってくれる。そんな心優しいクラスメイトたちに囲まれてむしろ畏れ多いほどだったよ。
……まぁ、教室のすぐ外でちらちらとボクらの様子を盗み見てた椎名さんには、確かに気付いていたけれども。
「光栄なことにいくつかお誘いをもらったのは事実だよ。でも椎名さんとの先約が入っていたらからね。キミを優先するのは当然のことだよ」
「そうですか。それなら良かったです」
心なしか歩幅が大きくなった椎名さんの後を、ボクものんびりとついていった。
放課後になったばかりということもあり、廊下は多くの新入生であふれていた。各々が孤独に、あるいは友人との談笑を弾ませながら帰路についている。
けれど、その賑やかな雑音も昇降口を過ぎるまで。図書館が近づくにつれて
まぁ、それも当然か。入学初日に真っ先に図書館を訪れるなんて熱心な読書家は、椎名さん以外にはそういないだろうからね。
──ボク?
ボクみたいなゴミ屑がそんな殊勝な発想に至れるはずがないじゃないか。
所詮、椎名さんの希望のおこぼれに
『金魚のフンみたいなヤツ?』
そういうこと。金魚のフンですら生態系の循環という立派な役割があるんだから、もはやそれ以下の存在だね。
「どうやら体調は無事に回復したようですね」
道すがら、ボクの体を一瞥してそう呟いた椎名さん。その瞳にはどことなく安堵の色が見える。
何が、とは聞き返さない。
彼女の洞察力にかかればボクのことなんて全てお見通しだからだ。
……弱ったね。その話題を出されたら、ボクは苦笑いを
「やっぱりCクラスにもバレちゃってたかな? ボクの
「誰とまでは伝えられませんでしたが、おおよその場所から所属クラスくらいなら誰でも見当がついたと思います。遠目でも、白髪で長身という特徴はかなり目立ちましたし」
で、そこまで人物像が絞られたのなら、椎名さん目線ではボクしか考えられないと。
「それから音沙汰が無かったものですから、とても心配しました。もし教室にいらっしゃらなければ保健室にも伺うつもりでしたので」
「それは申し訳ないことをしたね。ボクなんかのせいで無駄な労力を割くことにならなくてほっとしたよ」
「……本当にもう大丈夫なんですよね? その、かなり大きな音が響いたものですから……」
「もちろんだよ。星之宮先生──保健医の人にもちゃんと診てもらったし、この通りピンピンしてるよ」
ひらひらと手のひらを宙で踊らせる。
実際、保健室ではスポーツドリンクとゼリー飲料を摂取させてもらったから、空腹と疲労感はすっかり治まった。
適当な印象を受ける星之宮先生だったけど、診断や処置は素人目から見ても的確なものだったように思える。腐ってもこの学校の保健医を任されるだけの実力はある、ということだね。適当だけど。
「見るに堪えないものを見せちゃってごめんね。希望に満ちたキミたちの門出に泥を塗ってしまったようで、ボクも心から反省してるんだよ」
そう謝ってはみたものの、今度は拗ねたように眉を曇らせてしまった。
「……何となくバスでお会いした時から感じていましたが、狛枝くんはご自身を
「卑下も何も、ただボクは事実を言っているだけなんだけどな」
「はい、しっかり覚えておきます。自覚症状が無いという事実を」
うーん、女性との会話は難しいね。
思い返せば前世でも、女子はおろか、ボクと
特に一回目の学級裁判が終わって以降、交わした雑談などほとんど無い。あるのは
女性の機嫌を直す方法なんてもっての外。
なにせ
──こういう時、彼なら何て声を掛けるのだろうか。
「……狛枝くん?」
椎名さんがこちらに振り返る。ボクはいつの間にか立ち止まっていた。
友達との会話中に思考に
ごめんごめん、と彼女の隣に駆け寄る。
「椎名さんがそこまで言うのならしょうがないね。少しは自分を見つめてみることにするよ」
「そこで頑張ると言わないのは狛枝くんらしいですね」
「まぁね。失望したかい?」
「そんなことはありません。むしろ貴方のことをより深く知ることができましたから、嬉しく思います」
とは言ってくれたものの、まだその表情には僅かに
声色そのものは腑に落ちたようなトーンだったから、きっと無意識のうちに顔色に出てしまっているんだろうね。
時に目というのは口よりも雄弁に内面を語る。それが女心ならなおさらってことなのかな。
さて、どうしようか。
ボクは椎名さんの機微に触れることはできない。
だけど──彼女の
それくらいしかボクの取り柄はないから。
「お詫びと言っては何だけど、実は読書友達になってくれそうなクラスメイトがいてね。きっと椎名さんとも気が合うと思うし、今度紹介したいなって思ってるんだけど、どうかな?」
ぴくり、と肩が跳ねた。
「……ちなみにその方のお好きなジャンルは?」
「雑食って言ってたけど、ミステリーにも結構詳しそうだったよ。有名どころの作家を何人か挙げてみたけど、どれも読んだことありそうな様子だったね」
柔らかかった眼差しが、まるで猛禽類にも似た眼光を内包していく。その変貌ぶりが面白くて、つい頬が緩んでしまった。
推理は至って単純。
入学式後、ホームルームはどのクラスもほぼ同時刻に終了した。にも
今朝のバス内でも見せたように、彼女は読書仲間を渇望している節がある。
もしCクラスに彼女のお眼鏡に適う生徒がいたのなら、連絡先の交換などでもっと時間が掛かっていたはず。何なら一緒に連れてくるまであっただろう。
それが無かったということは、Cクラスには彼女のお友達になれそうな人が一人もいなかったことの証左に他ならない。
──だから、彼女の
ただそれだけに過ぎない。
「今すぐ紹介していただけますか?」
「それはちょっと難しいかなぁ。流石に彼にも予定があるだろうし、ボクの一存じゃ決められないからね」
「では都合のよろしい時に。必ず。お願いしますね」
「……もちろん。約束するよ」
「絶対ですからね。ふふっ」
唯一誤算があったとすれば、彼女の
図書館にたどり着く頃には、すっかり上機嫌になった椎名さんだった。
◆
結論から言うと、椎名さんと過ごしたひと時──あえて希望のカケラと呼ばせてもらうけど、それはそれは有意義なものとなった。
図書館は前評判に負けず劣らず見事な規模のものだった。
蔵書量も相当と見込まれ、椎名さんは子供のように目をキラキラ輝かせていた。
もともと偵察で終える予定だったんだけど、急遽椎名さんによる図書発表会が始まり。ついでに貴方のお勧めも読みたいですと手を引っ張られ。
結局、日用品の買い出しを考慮して三冊ほど借りるに留め、一時間を過ぎたあたりで図書館を後にした。
「また逢いに来ます」と
その後、ボクらはスーパーに移動して生活用品を見て回った。
新生活の始まりということもあって、日用品コーナーは新入生でかなり混雑していてね。
ボクの
──そうそう。スーパーでは新しい
最初に見つけたのはやっぱり椎名さんだった。
「無料、とは一体どういうことでしょうか……?」
彼女の視線の先にあったのは、無料と記載されたワゴン。そこには何種類かの日用品が陳列されていて、ご丁寧に『一か月三点まで』なんて但し書きも添えられていた。
そこだけ異様な雰囲気が漂っていたのを覚えている。
検証として食料品コーナーも覗いてみたところ、同じように野菜や生鮮食品などが無料で販売されているスペースを発見。
それだけならまだ納得できた。
ポイントが尽きた生徒に対する救済措置。学校側は随分と甘やかすんだなという感想を抱くだけで済んだのだけれど。
「それを持っていく人がやたら多いのは、ボクの気のせいじゃないんだろうね」
月初めには、どの学級にも平等にポイントが支給されるという触れ込みのはず。
それなのに、周囲の目を特に気にすることなく無料品をカゴに詰めていく。そのほとんどが上級生と思しき生徒だ。
彼らの表情はみな同じで。
そこに、希望が入り込む余地なんて全くなかった。
とりあえず椎名さんと顔を見合わせ、お互いにポイント残高には留意するようにと相談し合い──ボクらは寮への途についたのだった。
椎名さん曰く、学生寮が男女共用なのは珍しいことらしい。
ボクにとっては、住まいが男女共用だろうが別々だろうが──はたまた同じ屋根の下であったとしても、至極どうでもいいことだ。
前世も似たようなものだったけど、
「狛枝くん、今日はありがとうございました。また明日お会いしましょう」
「こちらこそ楽しかったよ。じゃあまたね」
夕焼けを背景に、エレベーターから軽く手を振ってくれる椎名さん。
彼女に挨拶を返したボクは、渡されたカードキーで自室の扉を開けた。
402号室。これが良いか悪いかは人によると思うけど、何となく不吉な数字に見えるのは日本人ならではの感性だろうか。
そんな
部屋の内装はよくある八畳のワンルームだ。ベッドや机はもちろん、便利なことにデスクトップパソコンまで備え付けられている。
流石にあの島のコテージと比べると狭いけれど、一人暮らしをするには十二分の広さ。
いつ、誰に殺されてもおかしくない──そんな
「……まさか、またこんな風に生活する日が来るなんてね」
身の回りのものを粗方整理し終えたところで、携帯端末が振動とともに通知を告げた。
送り主には『椎名ひより』の名前。
『改めて、本日はありがとうございました。ぜひ、また一緒に図書館に行きましょう』
ボクなんかにも律儀にお礼を言ってくる。むしろ感謝したいのはボクの方なのに。
こちらこそボクみたいな人間のために時間を作ってくれてありがとう──そう打ち込んだところで、ふと図書館前でのやり取りが思い起こされた。
また
返信の文面を再考していると、追加でメッセージが送られてくる。
『ご友人の照会もお忘れなく』
……あ、取り消した。
『ご友人の紹介もお忘れなく』
まさか生粋の文学少女である椎名さんが、
その瞬間を見ることができたのは、ある意味で幸運かもしれない
とりあえずボクも無難に返信し──さっきの
『綾小路クン、少しいいかな』
送信後、二秒も経たないうちに既読が付く。
『Cクラスの生徒で、綾小路クンと友達になりたいっていう人がいるんだけど、もし良かったらキミのことを紹介してもいいかな?』
『もちろんだ』
すぐさま飛んでくる返信。
ちょっとオモシロイなと思ったのは内緒だ。
対面でなければ円滑にコミュニケーションができるタイプの人間なのかな、彼は。
『それじゃあ詳細は学校で話そっか。また明日ね』
『ああ、またな』
これくらいで十分かな。
綾小路クンからの返事を確認したところで端末の電源を切り、身体をベッドに放り投げた。程よい弾力のマットレスがボクを受け止める。
制服姿のままだったけれど、今はこうして脱力感に身を任せたい気分だった。
窓から差し込んでくる斜陽が、網膜を
『──ではここで、初日を終えた感想をどうぞ! 狛枝クン』
ここぞとばかりに姿を現したモノクマが、ボクの傍で謎の踊りを披露していた。ヘンテコな曲調のBGMまで脳内に流れてくる始末だ。
脈動を始める鈍痛。もはや反応を返す気力もない。
ボクは目を閉じて思考をシャットアウトさせた。目を覚ましかけている奥底の悪魔を無視するように。
『おーい、狛枝クーン。まったく無視するなんてヒドいなぁ! 今更やれやれ系主人公を気取ったところで遅いんだから! 自分、ヤっちゃっていいスカ?』
瞑目なんてお構いなしにボクの視界に潜り込んでくる。
……幻覚風情が小賢しい真似をするなぁ。
そもそもボクが生み出した幻影なんだから、いちいち返答を求めなくても心の声を読めばいいだけなのに。
ボクの神経を逆撫でするためだけにわざわざ現実とリンクさせようとする。
『しょうがないな~。怒っちゃった狛枝クンに代わってボクが感想を代弁してあげるよ。べ、別にオマエのためにやってあげるわけじゃないんだからねっ』
ノイズが響く。
『楽しかった。希望に囲まれて嬉しかった。久々に生きている実感が得られた。櫛田さんかわいいハァハァ……え、これは池クンの感想?』
雑音が不快さを増していく。
『──結局、77期生の名前はどこにも無かった。ボクだけがこの世界に取り残された。やっぱりボクは希望になんかなれやしない。椎名さんでも櫛田さんでも綾小路クンでも誰でもいいからボクを■してほしい』
アイツの顔が、魚眼レンズのように覗き込んでくる。
『早く
ズキリ、と。ボクの左手が、勝手に熱を帯びる。まるで、愛しい恋人の頬を撫でるかのように、自分の首筋へと這い上がろうとして──。
────果たして、今日は何時間眠れるんだろうか。