ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ   作:予測精度30%のカムクラ

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4. 乙女と騎士

 二日目の朝。始業の一時間前。

 誰もいない教室で、ボクは読書をしながらクラスメイトの到着を待っていた。

 

 胸中を埋め尽くすのは、期待の二文字。

 なんてったって、今日は()()()()()()()()()()()()だからね。

 希望に満ちたこの学校がどんな教育を施すのか、とか。ボクなんかがいて授業の邪魔にならないかな、とか。

 もしかしたらみんなの才能も判明するかもしれない──なんて想像が膨らんでいって。

 おかげで昨日は全然眠れなかったよ。

 

 とはいえ、まだ太陽も水平線を離れたばかりの時刻。

 みんなの登校はもう少し後になりそうだ。

 ページをめくる音。小鳥のさえずり。無人の反響音──それらを背景に、ボクは図書館で借りた本へと意識を傾けていく。

 

 やがて八時を回り、教室内は徐々に活気であふれていった。

 

「おはよう。随分早いんだね、狛枝くん。一番乗りだと思ったのに」

「おはよう、平田クン。大したことじゃないけど、朝早いのがボクの数少ない取り柄なんだ」

 

「狛枝くん、おはよ! 今日から授業だね。一緒にがんばろ!」

「おはよう、櫛田さん。朝からキミに応援してもらえるなんて、今日はツイてるね」

 

「あ、狛枝くんだ。おっはよー。ねぇねぇ聞いてよー」

「おはよう、軽井沢さん。ボクなんかで良ければいくらでも耳を貸すよ」

 

 幸運なことに、このクラスにはボクなんかにも気さくに話し掛けてくれる生徒がたくさんいる。

 その事実が、どうしようもなくボクに喜びを与えてくれた。

 

 たとえこのひと時が──ボクの本質を知らないがために作られた、泡沫(うたかた)の安寧だとしても。

 

「チッ……あいつ、俺の櫛田ちゃんとイチャつきやがって」

 

 まぁ、一部には親の仇のような視線を向けてくる人もいるけれど。それをいちいち気に留めるボクではない。

 希望が平凡を見下すのは至って普通のこと。つまりこの光景も、ボクにとっては単なる日常に過ぎないからだ。

 

 もちろん彼らにも挨拶は欠かさない。

「おはよう、山内クン」と声を掛ければ、バツが悪そうな顔をして別の友人との会話に逃げてしまった。悲しいね。

 

 そんなこんなで、彼らとの交流に花を咲かせていると、また新たな気配が扉から入ってきた。

 その姿を視界に収めた途端、頬が一層緩むのを感じる。

 極力影を薄くしているようだけど、ボクには分かるよ。

 キミから切に漂ってくる、誰でもいいから話しかけてほしいという願望──もとい希望が。

 

 櫛田さんたちに断りを入れてから、ボクは窓際でぼんやり(たたず)む待ち人の下へと足を運んだ。

 

「おはよう、綾小路クン」

「あ、ああ……おはよう、狛枝」

 

 無表情ながらも、挨拶を返してくれる綾小路クン。

 周囲を気にする素振りから察するに……ボクと話すことでクラスメイトの視線を集めてしまうのが気に掛かる、といったところだろうか。

 初対面の時から感じていたけれど、彼はあまり目立ちたくない性格みたいだね。

 

 でも、その気持ちは痛いほど分かる。

 才能の欠片もない無価値な人間が、希望あるみんなに囲まれて生活する。それがどれほど光栄で、畏れ多くて──そして窮屈なことか。

 

「昨日は突然連絡してごめんね。ボクからのメッセージなんて迷惑だったでしょ」

「いや、そんなことは全くないぞ。むしろ嬉しかったくらいだ。いつでもメールしてほしい」

「そうかい? 綾小路クンは優しいね」

「それはこっちのセリフだろう。ところで──」

 

 と、言葉を切って真剣な顔つきを見せる。

 いや、無表情なのには変わりないんだけど。まるで重大な取り引きに臨むかのようなプレッシャーを放たれると、こっちまで冷や汗が出てきそうになるよ。

 

「その、例の件についてなんだが……」

「もちろん分かってるよ。なんでも今日の放課後、生徒会主催で部活動紹介が開かれるらしくてね。そこでキミたちを会わせたいなって思ってるんだ」

 

 部活動によって磨かれた才能たちが一堂に会する。そんな輝かしいイベント、参加しないという選択肢は当然ないよね。

 

 情報源はDクラスの大天使──池クン命名らしい──こと櫛田さんである。

 なんでも、上級生が準備に追われていたのを手伝ってあげた際に教えてもらったとのこと。

 公式発表もまだなのに、それに近しい情報を掴んでみせたそのコミュニケーション能力には脱帽しかない。確かにあの容姿と話術で迫られたら、大抵の男子は口が滑ってしまいそうだ。

 

「もし都合が悪ければ明日以降にもできるけど、どうかな?」

「全然問題ない。いつでも……いや今日が良い。兵は拙速を尊ぶとも言うしな。だから今日にしよう。うん、頼んだぞ」

 

 やけに力強い念押しを笑ってやり過ごしながら、椎名さんの承諾を得るべくメッセージアプリを立ち上げる。

 どうやって誘おうかな。

 まぁでも、椎名さんならどんな誘い文句でも喜んで飛びついてくるだろうね。彼女の希望は生半可なものじゃないし。

 

 頭の中で文面を練っていると、不意に感じる熱烈な視線。

 

「…………」

 

 隣の席から、一人の女子生徒がボクらのやり取りを凝視していた。

 まるで珍獣でも見つけたかのような驚き様だ。

 

 彼女の名前は分からないけれど、その姿はボクの記憶にしっかり残っている。

 昨日の自己紹介を途中退室した生徒の一人。

 纏う雰囲気は抜き身の刀のように鋭くて。

 内に眠る希望をどうやって呼び覚まそうか──そう考えるくらいには、(かす)かな、されど確かな輝きを見せる女の子。そんな風に、ボクの目には映っていた。

 

「どうした堀北(ほりきた)。お前より先に友達ができたオレのことがそんな羨ましいか?」

 

 堀北と呼ばれた生徒は、ボクと綾小路クンの間でしばらく視線を彷徨わせていたけれど、最終的には綾小路クンに収束し。

 

「……何ポイント?」

 

 と、胡乱(うろん)に満ちた眼差しを放った。

 まさかの買収前提の質問。それも大真面目に言っているんだからつい吹き出しちゃったよ。

 

「開口一番がそれは流石に泣くぞ?」

 

 綾小路クンからも抗議の声が上がる。相変わらず表情の変化はない。

 

「昨日のコンビニでの会話をもう忘れたの? あんな話題の振り方でなお友達を作れるなんて思っているのなら、あなたの脳内はさぞお花でいっぱいなんでしょうね。ポイントで買ったって言われた方がまだ現実味があるわ」

 

 どうやら二人でコンビニに行っていたらしい。なんとなく上下関係にあると思っていたけれど──もちろん綾小路クンが下だ──意外にも仲は悪くないのかもしれない。

 

「残念だったな。オレたちはもう連絡先の交換すら終えたマブダチだぞ。ほら見ろ、この友情の証を」

「少なくとも10万ポイントでは足りなそうね。入学早々借金でもしたのかしら」

「とりあえずお金(そっち)から離れてくれませんかね?」

「そもそも狛枝くんがあなたと友達になるメリットがないわ。あなたと違って彼の連絡帳は賑やかでしょうし、無理に枯れ木を増やす必要がないのよ」

「人を枯れ木扱いするなよ。うら若き高校男児だぞ」

 

 あれ、ボクの名前は知っているんだ。

 自己紹介の時にはいなかったし、てっきりボクみたいな人間なんて認識されてないとばかり思っていた。

 

 そう疑問を口にしたら、彼女の視線が教室の中央に向いた。女子の集団が居座っている方向だ。

 

「……クラス移籍希望の変人。入学式で倒れるような貧弱な男。女子たちにチヤホヤされて鼻の下を伸ばす偽善者。初日の印象だけでこれだもの、嫌でも記憶に残るわ」

 

 なるほどね。認識されていたのは、残念ながら悪名の方らしい。

 

「堀北。流石にそれは失礼じゃないか」

「私はただ事実を言ったまでよ」

「あのなぁ……狛枝もすまない。堀北は元々こういうやつなんだ」

「あはは、全然気にしてないよ」

 

 変人、貧弱、偽善者。

 それ以上の悪口を言われ続けてきたボクにとって、この程度ならかわいいものだ。

 

「……それで、本当に二人はお金の関係ではないのかしら」

「もちろんだよ!」

 

 ついでにボクから友達になってほしいって申し出たんだ。そう事の顛末を正しく伝えたところ、今度はボクを見たまま固まってしまった。

 まるで喋るクマでも見つけたような驚き様だ。

 

『はにゃ? もしかしてボクのこと見えてる?』

 

 ややこしくなるからモノクマは黙ってて。

 

「……良かったわね綾小路くん。彼みたいな悪趣味な人間がこのクラスにいて」

「その言い方は双方向に失礼すぎるだろ。確かにオレ自身も疑問に思うのは否定しないが……なぁ、なんで狛枝はオレと友達になってくれたんだ?」

「うーん、実は特に理由はないんだよね。強いて言うならキミに興味を持ったから、とか?」

「なんで疑問形なんだ。せめてお前だけは自信を持って言ってくれ。オレに自信がなくなるだろ」

「やっぱり今からでもポイント渡しておけば?」

「くっ……オレの中の友達像がどんどん崩れていく──」

 

 それにしても、堀北さんの物言いは辛辣という言葉がよく似合う。綺麗な花には棘がある、なんて陳腐な表現もあるけれど、彼女のそれは棘を通り越してもはや刃物だ。

 そんな彼女と果敢にも会話を続けようとする綾小路クンには敬意すら覚えるよ。

 

 才能光る毒舌少女と、それに振り回される才能なき少年。

 

 そう言えば、似たような光景をいつか見たような気がすると、ふと意識が過去に飛び。

 ──すぐに西園寺(さいおんじ)さんの名前が思い浮かばなかった自分に辟易(へきえき)する。

 

 十五年という歳月は、ボクにとってあまりにも重い。

 

「……堀北さん、だったよね。もし良かったらボクと友達になってくれないかな?」

 

 そう言って手を差し出した途端、彼女の目の色が明確に鋭くなった。

 

「……今の話の流れで、どうしてそうなるのかしら」

「そう警戒しないでよ。ただキミと友達になりたいって言っただけじゃないか。それとも綾小路クンみたいに、友達になるのに理由が必要なのかい?」

 

 希望を間近で観察したい。

 

 キミたち二人の交流を眺めていたい。

 

 (もや)がかかりつつあるボクの想い出を繋ぎ止めたい──なんて本当のワケを話せるはずもなく。

 

 それっぽい言葉を並べてみたものの、やはり手抜きの反論(コトダマ)では撃ち抜けないのは当然のことで。

 

「断るわ」

 

 と、即答だった。

 

「あらら、振られちゃった」

 

 冷たい空気を掴むばかりの右手に、モノクマがぶら下がってケラケラ笑っている。何が面白いんだか。

 

「堀北、せっかく狛枝が脱ボッチの機会を与えてくれてるんだ。せめて名前くらい言ったらどうだ、どうせ苗字は知られてるんだし」

「それはあなたが勝手に口を滑らせたからでしょう。それに勘違いしないで。私は一人が好きなの。友達なんて存在は必要ないわ」

「でもオレには教えてくれただろ」

「あれはただ見たかったからよ。名前ひとつに踊らされて舞い上がってる、あなたの滑稽な姿をね」

「さいですか……」

 

 綾小路クンのフォローも虚しく、鞄から本を取り出して会話を打ち切ってしまった。

 ここまで明確に拒絶されるといっそ懐かしさすら覚えるよ。何となく分かっていたけれど。

 

「あはは……そうだよね。ボクみたいな低劣卑劣愚劣な人間が、キミと関わろうとするなんて至極浅ましかったよね。不快な気持ちにさせてしまってごめんよ」

「狛枝、そんなことは──」

「いいんだ綾小路クン。ボクがどれだけ醜いかなんてボク自身がよく分かっているんだから。堀北さんの希望を穢してしまうくらいなら、ボクは二度と話しかけないよ」

「いや──」

「はは。やっぱりボク如きがこの学校に入学できたのは何かの間違いだったんだ。こんなゴミ屑が希望あふれるみんなにお近づきになれるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないのにね……そんな単純なことにすら気付かないくらい舞い上がっちゃって、ボクの方がよっぽど滑稽だよ。そうは思わないかい、二人とも?」

 

「…………」

「…………」

「…………なぁ、あの状態の狛枝を今後三年間も相手にする勇気があるか?」

「…………奇遇ね。あなたと同じことを思うなんて。非常に不本意だけれど」

 

 はあ、と額に手を当てた堀北さん。小説に落としていた目線が、ボクとかち合った。

 

「──堀北鈴音(すずね)よ」

 

 たったひと言。それだけ口にして、またすぐに睫毛を伏せてしまった。

 挨拶というにはあまりにも不愛想で。連絡先の交換はおろか、よろしくの二の句もない。

 

 それでも──ボクにとっては、十分すぎる()()()()()()()だった。

 

「ありがとう、堀北さん。これから仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 握手の代わりに手を振って──ついでにモノクマを投げ飛ばし──自席に戻る。

 去り際、綾小路クンが「これが兵法の力か」と意味不明なことを呟いていたけど、彼は孫子の支持者か何かなのかな。

 

 着席し、授業の準備をしていると、今度は別の友人からの圧が突き刺さった。

 

「ボクの顔に何かついてる? 櫛田さん」

「──え。あ、ごめんね! そんなにジロジロ見てたつもりはないんだけど……」

 

 わたわたと手のひらを向ける櫛田さん。前髪を直すふりをして、手で顔半分を覆い隠したりと、まるでイタズラを看破された子供のようだ。

 かと思ったら、すぐにいつもの可愛らしい笑顔に戻った。

 

「ねぇ、狛枝くんって堀北さんと同じ中学校出身だったりするの?」

 

 と、唐突にそんなことを訊いてくる。きっと先ほどのボクらのやり取りを見ていたのだろう。

 流石は【超高校級の女子高生】だ。クラスメイトたちの言笑(げんしょう)に包まれた教室内。その隅で静かに会話していたに過ぎないボクたちにも注目して、話題の種に昇華できるなんて。

 

「いや、堀北さんとは昨日初めて会ったよ。付け加えるなら、言葉を交わすのは実は今日が初めてでさ。それがどうかしたのかい?」

「そうなんだ。あんなに楽しそうにお喋りしてたから、てっきり綾小路くんと三人で昔からのお友達かと思っちゃった」

 

 櫛田さんにはあの冷え込んだ空気が楽しそうに見えるらしい。感性は人それぞれと言うけれど、もし学級裁判があれば各方面からツッコミが降り注いできそうだ。

 

 ──ボク? もちろん楽しかったに決まってるじゃないか。

 

「確かに堀北さんは、他人といるよりも一人の方が好きなタイプだろうね。多分だけど綾小路クンとも初対面なんじゃないかな」

「ふぅん……私ね、一日でも早くクラスの子と仲良くなりたくて、みんなの連絡先を聞いて回ってるところなんだ。それで、まだ知らないのが堀北さんと綾小路くんなの」

 

 自己紹介の時にも言っていたね。クラス全員と仲良くなるのが最初の目標だって。

 

「綾小路くんは機会があれば聞きに行くつもりなんだけど……」

「もしかして堀北さんには振られちゃった、とか?」

「うん。昨日の帰り際に話し掛けてみたんだけど、興味ないからって断られちゃった。目も合わせてくれなくて」

 

 ありありと想像できる。名前を教えてもらうだけであれだけ悶着があったんだ。連絡先の交換ともなると、希望のカケラがいくらあっても足りやしないだろう。

 

「もしかして私、嫌われちゃったのかな……」

 

 手をぎゅっと握り、不安の色を浮かべた櫛田さん。

 抜群の破壊力だ。もしボクが池クンだったらこの場で告白してしまうところだったよ。

 

 ──安心してほしい、櫛田さん。

 

 キミの希望が(かげ)ってしまった時は、いつだってボクが吹き飛ばしてあげるから。

 

「櫛田さんらしくないね。まだ高校生活も二日目、たった1095分の一日が過ぎたばかりじゃないか。大丈夫、桔梗の花言葉を忘れずにいればいつか必ず叶うはずだよ。キミならできるって、ボクは信じてる」

 

 キザったらしく、希望に満ちたメッセージを送る。気分はまるで、囚われの乙女を元気づけるどこかの騎士様みたいだ。

 その甲斐あってか、萎れていた花が一気に瑞々しさを取り戻していく。

 

「狛枝くん……えへへ、そうだよね。諦めなければ絶対お友達になれるよね。私、がんばってみる! ありがとう狛枝くんっ」

 

 むずと手を掴まれ、胸元に引き寄せられた。

 押し上げられたシャツに届くか否かの絶妙なライン。クラスの男子──ついでにモノクマから殺気を飛ばされるも、櫛田さんは気にせず屈託のない笑顔を見せたままだ。

 

 完璧で、完全なる笑顔。

 

 故に、ボクがそれを見つけたのは本当に偶然だった。

 

 一瞬。彼女の希望をずっと観察していなければ見逃していたであろう、ほんの一瞬だけ。

 

 

 

 ────殺害対象(ターゲット)を見定めるかのような、ドス黒いナニカが瞳の奥で(うごめ)いていたことに。

 

 

 

 ……なお、初回の授業はオリエンテーションがメインのようで、本格的に始まるのは次回からだそうだ。悲しいね。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 授業態度と才能の有無に相関関係はあるのか。

 

 モノクマとの談義に夢中になっていたら、あっという間に迎えた昼休み。

 

 ──ちなみにボクの答えは『ない』だ。これだけは断言するよ。

 なにせ、ボクが今までに見てきた希望の象徴はみんなそうだったからね。

 他人の話を真面目に聞かない。協調性は皆無で、自己主張の強いタイプばかり。ただひたすらに、己が才能を極めていく。

 だからこそ、彼らの希望は燦然(さんぜん)と輝きを放っていたんだ。

 

 授業態度なんて凡人にも測りやすい尺度で縛ろうとするのは、希望の本当の価値を知らない凡人だけ。いつだってそうだ。

 

 その点、この学校はよく()()()()()

 授業中、どれだけ騒ごうとも、どれだけ携帯を弄ろうとも──果てはどれだけ居眠りをしようとも、先生たちは一切注意しない。

 それどころか助長しようとさえしているようにも見受けられる。

 

 素晴らしい教育理念だ。

 ね、モノクマもそうは思わないかい?

 

『そうやって現実から目を背けるのはオワリにしようよ、狛枝きゅん。池クンとか山内クンとか、どう見てもお猿さんじゃないの。あれじゃクマの相手にもならないね……って誰が森のクマさんじゃオラァン!?』

 

 何やら激昂しているヌイグルミを傍目に、ボクはフキのお浸しを箸で摘み、ご飯とともに口に運んだ。

 噛み締めるほどに染み出てくる苦味と旨味。淡白な味付けがさらに素材本来の味を引き出しているようで、期待以上の出来に思わず唸ってしまう。

 

「鬼が出るか蛇が出るか──なんて思ってたけど、結構美味しいね。見た目はともかく、無料でこれならかなりお得なメニューなんじゃないかな」

「えーマジ? 狛枝くんってなんか変わってるよねー」

 

 隣で眉を(しか)めたのは軽井沢さんだ。

 かく言う彼女の前には、サラダにチキン南蛮と目玉焼きをのせたお洒落なランチが広がっている。副菜やドリンクもちゃっかり付けていて、軽く計算しただけでも四桁に届きそうな勢いだ。

 

 軽井沢さんだけじゃない。

 ボクの周りを囲む女子たちと、唯一の男子である平田クンも、程度の差こそあれど充実したメニューを各々頼んでいた。

 

 ──この状況で理解してもらえるだろうけど、ボクはクラスメイトたちから食事のお誘いを受けたんだ。

 

 ボクなんかが畏れ多いと、最初は断るつもりだった。

 けれど軽井沢さんに腕を引っ張られ、半ば強引に平田クンたちのグループに混ぜられてしまってね。

 辞退する間もなく、流されるままに食堂に連れてこられたという次第だよ。

 

『綾小路クンの中途半端に挙がった手。あれはホント傑作だったね!』

 

 彼の哀愁漂う勇姿を思い出しながら、今度はヨモギの天ぷらを口に含む。

 ひと口。ふた口……うん、悪くない。

 衣の水分が少し多いけど、これくらいふやけている方が何となく味が染みているように思えるから好きなんだよね。

 

 向かいに座る女子──佐藤さんだったかな──が、物珍しそうにボクの山菜定食を覗き込んだ。

 

「よくこんなの食べれるよね。いくら無料でもこれはちょっと無理かも……」

「それは勿体ないね。ほとんどの山菜は春がちょうど旬だから、歯応えも良くて食べやすいんだ。特にタラの芽なんかは『山菜の王様』って呼ばれていて、高級品として市場に出回ることもあるんだからさ。意外とみんなの口に合うかもしれないよ」

「へぇ、そうなんだ。確かにそう聞くとちょっと美味しそうに見えるかも」

「……ねぇ狛枝くん。タラの芽なんて入ってたっけ?」

 

 ジト目でボクを見つめるのは松下さんだ。

 他の女子たちと異なり、ボクのトラップに気が付いたようだ。

 返答の代わりに笑顔を添えてみる。松下さんもまた、良い性格してるね──とでも言いたげに不敵に笑った。

 

「じゃあ、これもーらい」

 

 軽井沢さんがそう言うや否や、天ぷらをひょいと奪い取ってひと齧り。

 

「──うえぇ、やっぱり不味いじゃん! 狛枝くんの嘘つき……苦ぁ」

 

 と、欠けた天ぷらをそのままボクの皿に戻し、口直しとばかりにジュースを(すす)った。

 

 嘘をついたつもりはないんだけどなぁ。

 クーリングオフされてしまったゼンマイを、齧られた部分をなぞるようにボクも口にする。一番多肉なところを食べたのにこの美味しさが伝わらないなんて、残念を通り越して憐れみすら覚えてしまう。

 いつか彼女にも、美味しいと思ってもらえるような山菜と出会えますように。そう祈るばかりである。

 

 そんなボクたちのやり取りを見ていた平田クンが、苦笑いしながら口を拭いた。

 彼はスポーツマンを名乗るだけあって食欲も旺盛で、食べるのも早い。グループの中で最も量が多かったのに、あっという間に平らげてしまった。

 

「それにしても狛枝くんは博識だよね。山菜の事情にも詳しい人ってなかなかいないと思うよ」

「ねー、ホント超すごい!」

 

 軽井沢さんが元気良く同意する。先ほどの()()()()はもう記憶の彼方みたいだ。

 

「それに櫛田さんから聞いたよ。昨日の茶柱先生の説明だけで、ポイントのからくりにも気付いたんだってね。僕もその話を聞いて本当にびっくりしたよ」

「えー、何それ。あたし初耳なんだけど」

「平田くん、どういうこと?」

 

 女子たちに促され、平田クンがボクの考察──櫛田さん経由だけど──を順序立てて話していく。

 特に軽井沢さんなんかは食い入るように耳を傾けていた。毎月10万ポイントが支払われる訳じゃないと理解した際には、「そんなの詐欺じゃん!」と声高に訴えるほどだったよ。

 

「でも確かに……それならこの山菜定食にも納得がいく、かも」

 

 松下さんが呟く。やはり彼女は頭の回転が一段速い。

 

「そうだね。それに食堂だけじゃない。昨日買い出しに出かけたスーパーでも、無料の日用品を配布している棚があったんだ。その時は不思議に思っただけで終わったんだけど、狛枝くんの仮説と合わせれば容易に説明がつくと思わない?」

 

 平田クンも考えを巡らせている。このグループだと彼ら二人が突出して光り輝いて見えるね。

 

 それならボクからもう少しだけヒントを出そう。期待と、希望を込めて。

 

「──ところで、今この食堂で山菜定食を食べているのってどういう人たちなんだろうね?」

「どういう人たちって……そこら辺に生えてる草を食べて喜ぶような変人?」

 

 サラダを(ついば)みながら答える軽井沢さん。食堂にいながら堂々とこんな発言をしてのける度胸には、大物の風格すら漂ってくる。尤も、この様子だとボクを(けな)していることにも気付いていないんだろうけど。

 

「ちょっと待って。あそこにいる先輩……サッカー部に所属していたはず。確か3-Cって言ってたかな」

「それにあの人、コンビニの無料品コーナーでも見かけたような気がする」

 

 視線を走らせていた平田クンがサッカー部の先輩を見つける。同様に松下さんも記憶を頼りに目星をつけていた。

 

「ぱっと見だけど、AクラスやBクラスの先輩方はほとんど見かけないね」

 

 装填する。

 

「思ったよりも注文してる人が多い。でも好き好んで食べてるようには見えないかも」

 

 装填する。

 

「ポイント支給日って昨日のはずだよね。それなのにわざわざ無料の定食を選んでいるのって──」

 

 装填する。

 

 ──コトダマリストが埋まっていく様は、いつ見ても気持ちがいいものだ。

 

「……狛枝くん。結論を出すのは少し待ってもらってもいいかな。一度持ち帰って整理してみたいんだ」

 

 平田クンの言葉に、ボクは満面の笑みで頷いた。

 大丈夫。捜査パートはまだまだたっぷり残されているんだから。

 

「…………え、なに? つまりどういうこと?」

 

 置いてけぼりになった軽井沢さんたちに、松下さんが「要するに」と耳打ちをする。

 彼女の表情には見覚えがあった。

 面倒事を押し付ける時の左右田クンの顔だ、あれは。

 

「狛枝くんと平田くんがめちゃくちゃすごいってコト」

 

 もはや肉を削ぎ落としすぎて骨しか残っていないじゃないか。

 流石の軽井沢さんでもそんな雑な要約には騙されないだろうと、やけに静かな隣人を見遣ると。

 

「……も、もちろん知ってたし? ていうかそんなこと、最初から分かってたんですけど?」

 

 ……彼女の表情にも見覚えがあった。

 思考を放棄した時の左右田クンの顔だ、これは。

 

「それより、さっすが狛枝くん! 昨日の茶柱先生の時もすごかったけど、今回もめっちゃお手柄じゃん! あたし、頭がキレて、みんなをまとめるリーダー役みたいな人ってすっごくタイプなんだよねー」

 

 と、座席ごと軽井沢さんが距離を縮めてきた。人目も憚らず腕を絡ませ、熱い視線を送るその姿は恋人そのものだ。

 

 初対面の時から彼女の接触は多かったけど、この昼休みを境にスキンシップがより積極的なものへと変化しているように感じた。

 もちろんボクから振り解くなんて野蛮な真似はしない。ボク如きが希望を拒絶するなんてあり得ないからね。

 佐藤さんたちの問い詰めるような視線が痛いけれど、こればかりはどうしようもない。

 

 でも、なるべく軽井沢さんの手元は視界に入れないようにしている。

 

 たとえどんなに綺麗な色をしていても、ボクには女性のネイルが正しく視認できない。まるで血塗られた真紅のような──

 

「さて、みんなも食べ終わったようだし、そろそろ教室に戻ろうか。ところでさっき校内放送で言われてた部活動説明会、みんなはどうするか決めてる?」

「あ、平田くんが行くなら行きたいなー」

「私も!」

「じゃあみんなで行こうか。実は昨日からサッカー部の体験入部に参加してるんだ。そこでね──」

 

 平田クンを先頭に、みんな立ち上がってトレーを回収口へと持っていく。

 ボクと軽井沢さんも一緒に後を追う。相変わらず腕は組んだまま、しかも両手で絡めてくるもんだから、ボクが彼女の分まで食器を運ぶ羽目になっている。

 きっとボクが普通の男子だったら、男冥利に尽きると心拍を加速させていたことだろう。

 

「狛枝くんはどうするの? 部活の説明会」

「生憎、ボクは綾小路クンと一緒に行くって約束しちゃってるんだ。もし良ければ軽井沢さんもどうかな?」

「……誰? 綾小路って」

「窓際の一番後ろに座ってるクラスメイトだよ。昨日の自己紹介でも大トリを務めてたんだけど、覚えてない?」

「えー、あたしそんな地味なやつ覚えてなーい。それにうちのクラスの男子なんて平田くんと狛枝くんくらいしかマトモな人いないじゃん。それ以外なんてどうでもいいしー」

 

 そう軽井沢さんが唇を歪める。ボクは苦笑を堪えるので精一杯だったよ。

 

「それは残念。だったらせっかくの機会だし、平田クンと一緒に見て行ったら? ボクよりも彼らと一緒の方がきっと賑やかで楽しいだろうし」

「うーん……じゃあそうしようかなー」

 

 ようやく腕が解放される。そのまま平田クンの下へ歩き出そうとした軽井沢さんを、ボクは。

 

「あ、そうそう」

 

 呼び止めた。

 

「何を期待してるのかは分からないけれど、これだけは忠告しておくよ」

 

 怪訝そうに振り向く彼女にボクは近づき、耳元に顔を寄せる。

 甘いシャンプーの香り。そのさらに奥底にこびりついた、()()()()()()()()を嗅ぎ取りながら。

 

「ボクなんかに縋ったところで、キミの傷跡を隠してあげることはできないよ」

「……は?」

 

 軽井沢さんの瞳孔が開く。

 

「ボクには分かるよ。キミのその目、同郷の友人たちにそっくりだから。救いの手を求めて、絶望の淵に揺れている──そんな瞳だ」

「な、に……あんた、何言って……」

「だからオススメしないんだ。ボクは単なる脇役であって、ヒロインを絶望の淵から救うような主人公じゃない」

 

 すっと身体を離し、何事もなかったように微笑んでみせる。

 

「誰かに守られたいのなら、平田クンにしなよ。彼はきっと、キミみたいなか弱き乙女を守る騎士様になってくれるはずだよ」

 

 だって、平田クンはともかく、ボクなんかが誰かの希望になるなんて──絶対にあり得ないのだから。

 

 




【モノクマ劇場】

モノクマ
「え~、本日は皆様にお詫びしなければならないことがそんなにはありません。
このたび、続きの執筆が大幅に遅れましたこと、誠に申し訳あります。
仕事(冬眠)に加えて、ミアレシティを観光したりエアをライドしたり超次元サッカーを楽しんだりなど忙殺されてしまい、諸手を挙げて執筆を中断していました。
モノミが腹を切ってお詫びいたします」

モノミ
「謝罪するクマの態度でちゅか、これが……?」

モノクマ
「ええい、ボクは悪くない!
クマをダメにする任〇堂が悪いんだい!
そんなことも分からないのかこのポンコツ妹は!
さっさとハラワタを掻っ捌いて残機を減らしなさい!」

モノミ
「ふぇぇ……理不尽でちゅ……」
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