ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ   作:予測精度30%のカムクラ

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6. 狛枝凪斗という男

 オレのクラスには、狛枝凪斗という男がいる。

 

 狛枝はオレにとって数少ない友人の一人であり、ボッチの危機から救ってくれた恩人であり──そして、かなり変わった奴だ。

 

 百八十センチという高身長に、線の細い体。端正でありながらどこか儚さを思わせる顔立ちは、まさに眉目秀麗(びもくしゅうれい)という言葉が似合う。

 ルックスだけを見るなら、間違いなくクラスのカースト上位に位置する人間だ。

 

 実際、女子からの人気は凄まじい。

 爽やかな笑顔と物腰の柔らかさ、さらには誰に対しても分け隔てなく接する紳士的な態度。

 Dクラスのリーダー的存在である平田洋介と双璧をなす『王子様』枠として、クラスメイト──嫉妬の炎を燃やす一部男子を除き、ほぼ全員から歓迎されている。

 

 ──だが、狛枝と平田には決定的な違いがあった。

 

「おはよう、狛枝くん! 今日もかっこいいね!」

「やあ、おはよう。ボクの見るに堪えない容姿を褒めてくれるなんて、キミは本当に心が広いんだね。眼科に行くことをオススメしようか?」

 

「狛枝ー、ちょっとノート見せてくんね? まだ宿題終わってなくてさ」

「もちろん構わないよ。ボクなんかが取ったゴミみたいなノートで良ければ、いくらでも貸してあげる。むしろ燃やして暖をとるのに使ってもいいよ」

 

 ……そう、狛枝の自己評価は異常なまでに低いのだ。

 

 謙遜というレベルを超え、卑下を通り越し、もはや自虐の域に達している。

 当初こそクラスメイトたちも「そんなことないよ」とフォローを入れていたが、あまりにも徹底されたそのスタンスに、ひと月近く経った今では「狛枝はそういう奴だから」という肯定の土壌が形成されつつあった。

 

 オレも本人に一度訊いたことがある。どうしてそこまで己を否定するのかと。

 

 狛枝は微笑みながら、さも当たり前のように答えた。

 

「何故もなにも、ボクに才能がないのはれっきとした事実だからね。希望に愛されるみんなからしたら、所詮ボクみたいな人間なんて塵芥(ちりあくた)に等しい存在だよ」

 

 ──才能。希望。

 

 狛枝は常々そう口にする。

 才能はともかく、希望という概念的な言葉をどのような意図で言っているのかは計りかねるが、およそ似たような意味合いで使っているのだろう。

 

 才能がないから。希望にはなれないから。

 

 事あるごとにこうした定型文を並べ、自身を徹底的にこき下ろし、時には相手を過剰なまでに持ち上げる。

 あるいは、拒否する権利はないからとどんな要求にも涼しい顔で応じる。

 放課後の誘い、購買のパシリ、掃除当番の交代などなど。挙げたらキリがない。

 

 かく言うオレも、昼食を共にしたり買い物に付き合わせたりと、少なからず狛枝に甘えている部分があるのは否めない。

 ……誓って言うが、嫌がる狛枝に無理やり強要させたことは一度もないからな? 

 あくまで友人としての付き合いの範疇での話だ。

 

『うぷぷぷ……ボッチのオマエに()()()()()なんて分かるわけないじゃーん! 笑わせないでよね、この人型ロボットが』

 

 ……何やら奇妙な幻聴が聞こえたような気もするが、とんだ言いがかりだ。オレだってそれくらい分かるもん(震え声)。

 

 話を戻そう。

 

 呪文のように自身を凡人(モブ)やら無価値やらと称する狛枝だが、正直なところ、あいつの学力はDクラスの中でもトップクラスと言っても過言ではない。

 

 熱心な授業態度で、先生にあてられてもすぐに答えを返す。

 知識量も豊富で、あらゆる分野に造詣が深い。

 この前も、専門用語をすらすらと口にしながら須藤とバスケについて談笑を交わしていた。あの須藤相手に、である。

 櫛田とは別のベクトルで相手の懐に入り込むそのコミュ力には感服したものだ。

 

 そして何より──狛枝は、恐ろしく頭が切れる。

 

 それを思い知ったのは、四月も半ばを過ぎた頃のことだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「みんな、ちょっといいかな?」

 

 一日の授業を終え、後は帰宅するだけとなった放課後。

 ぬるま湯のような気だるい空気が充満する教室に、甘いテナーボイスが響いた。

 

 黒板の前に立つ平田と櫛田。そして少し離れた壁際では、茶柱先生が腕を組んでこちらの様子を窺っている。

 

「どうしたの平田くん。あたし、早くカラオケに行きたいんだけど」

 

 帰宅準備をしていた軽井沢が、語気に若干の棘を含ませる。

 そんなお姫様をなだめつつ、平田はオレたちを見渡して口を開いた。

 

「みんなにとって大事な話があるんだ。放課後に予定がある人は申し訳ないんだけど、少しだけ時間をもらえないかな。茶柱先生にも許可は取ってある。これからの僕たち──いや、Dクラスの命運を左右するかもしれない、真面目な話なんだ」

「……随分と大袈裟な表現ね」

 

 堀北の呟きに、オレも頷きを返す。

 

 クラスの命運を左右する? 

 この平穏極まりない学校生活の中で? 

 

 まるでこの先、オレたちに()()()()()()()()()()()()()()()かのような言い草だ。

 

 どこか引き締まった表情の平田に、クラスの連中もようやく違和感を覚えたのだろう。徐々に教室内がざわついてく中、須藤が「はぁ?」と険しい目つきで立ち上がった。

 

「何ワケの分からねぇこと言ってんだ。俺は今バスケで忙しいんだよ。お前らの仲良しこよしに勝手に巻き込むんじゃねぇ。俺は帰るからな」

 

 荒々しく鞄を手に掴む。

 背中から強烈に滲み出る、一刻も早く部活に行きたいという苛立ち。平田の制止も聞かずに教室の扉を開けようとして。

 

「待ってよ、須藤くん!」

 

 今度は櫛田が、滑り込むように行く手を阻んだ。

 

「あ? なんだよ櫛田、そこどいてくれよ」

「どかないよっ。だって須藤くん、毎日暗くなるまで練習頑張ってるじゃない。私知ってるよ? 昨日も一昨日も、ずっと体育館に残ってたこと」

「な、なんだよ急に……」

 

 意表を突く褒め言葉に、須藤の剣幕がわずかに鈍る。

 そこを逃す櫛田ではなかった。たじろぐ須藤に対し、大胆に距離を詰める。

 

「私、バスケに真剣に打ち込む須藤くんのこと、すっごく偉いなって思ってるの。本当だよ?」

「お、おう」

「だからこそ、ちょっとでもいいから話を聞いてもらえないかな? 須藤くんにとって大切なバスケをこれからも続けていくために必要なことなの。ね? ダメかな……?」

 

 小首をかしげ、あざとさ全開での上目遣い。その破壊力は凄まじいもので、須藤と、池たちアンチ平田組と、ついでにオレに深々と突き刺さった。

 ここまでされては、流石の須藤も矛を収めざるを得ない。

 

「……さっさと終わらせろよ」

 

 席に戻り、ドカッと腰を下ろす。

 池と山内も顔を見合わせるに留まり、立ち去ることはなかった。櫛田からの好感度を失いたくないという打算が、面倒臭さを上回ったらしい。

 

 このやり取りを見て、オレは納得した。

 どうして平田だけでなく櫛田も前に出たのかを。

 女子への説得を平田が行い、男子からの反発を櫛田が丸め込む。よくできている。この布陣の発案者は中々に計算高い人物のようだ。

 

「私は失礼するよ。どうやら私には無関係の話のようだからね……ああ、私を止めようなどという愚かな考えは捨てたまえ。私を止められるのは、常に私自身だけなのだよ」

 

 唯一、高円寺だけは二人の説得も虚しく、優雅にどこかへ消えてしまった。

 こればかりは致し方ない。あいつは歩く災害みたいなものだからな。コントロールできる人間などどこにもいないだろう。

 平田も同じ結論に至ったのか、苦笑交じりで高円寺を見送った後、すぐにこちらに向き直った。

 

「みんな、協力ありがとう。僕から伝えたいのは、来月のポイント支給についてなんだ」

「ポイント支給ぅ?」

「うん。毎月一日にポイントが振り込まれるのはみんなも当然知ってるよね。じゃあ池くん、来月の僕たちの支給額は何ポイントだと思う?」

「え……そりゃ、普通に10万ポイントじゃねーの?」

 

 不審がる池に、平田は首を横に振った。

 

「これはあくまで予想なんだけど──Dクラスが今月と同じように10万ポイントをもらえる可能性は、()()()()()()と思う」

 

 文字通りの爆弾発言。

 

 静寂は一瞬だった。

 誰かが(こぼ)した「え?」という困惑。それをきっかけに、戸惑いの波が瞬く間に広がっていく。

 

「い、いやいや。そんなわけないっしょ……だって佐枝ちゃん先生も言ってたじゃん。毎月10万もらえるって」

「先生。池くんはこう言ってますが、それは事実ですか?」

 

 平田の視線を受け、茶柱先生の顔に不敵な笑みが漏れた。

 

「同じ内容を何度も繰り返すのは好みじゃない……が、今日の私はすこぶる気分が良いからな。特別にもう一度だけ言ってやろう。今度こそちゃんと聞いておけよ?」

 

 組んでいた腕を解き、近場にあった机に手を突く。かわいそうに、席の主人である男子──本堂だか宮本だかは、訳も分からず固まったままだ。

 

「私は確かにこう言った。ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれる。そして初期費用として、お前たち全員には10万ポイントが支給されている──とな」

 

 ピクリと、堀北の顔が動いたような気がした。

 

「分かったかな? 先生は『毎月10万ポイントが振り込まれる』なんて一度も説明していないんだ。僕たちが勝手にそうだと思い込んでしまったんだよ」

「う、嘘ですよね……先生?」

 

 山内が青ざめた顔で縋りつく。

 確かあいつ、新作のゲーム機を買ったとかで結構なポイントを消費していたはずだ。

 

「私の説明を聞いていないならともかく、己の都合のいいように解釈し、あまつさえ私を嘘つき呼ばわりするとは感心しないな。むしろ嘘はお前の十八(おは)──おっと、何でもない」

 

 ……今とんでもないことを口走らなかったか、この教師!? 

 

 山内が先生の失言に気付く前に、平田が「とにかく」と脱線した話を戻す。相変わらずフォローが冴えわたる男だ。

 頼む平田、この()()()だらけのクラスを救えるのはお前しかいない。

 

「みんなの中には『来月も10万もらえるから』とポイントを多く使いすぎてしまった人もいると思う。これからの学校生活を、心許(こころもと)ない金額で過ごすことになるかもしれない。だから今のうちに、少しでも節約してほしいと思うんだ」

「質問してもいいか?」

 

 眼鏡をかけた男子生徒が挙手する。名前は幸村(ゆきむら)と言ったか。

 ギャーギャー騒がしいのがデフォルトのDクラス内で、いつも真面目な授業態度を貫いている貴重な生徒だ。

 

「10万ポイントが支給されるとは限らないのは理解した。だが、今の話だと()()()()()()()理由までは説明できていないように思える。ポイントが変化しない可能性もあるし、逆に増額だってあり得るんじゃないか?」

「そ、そうだそうだ!」

 

 幸村のもっともな指摘に、山内が必死に便乗を飛ばす。

 しかし、平田は待ってましたと言わんばかりに頬を緩めた。突然の反論にも動揺はない。かなり十全に論陣(ろんじん)を張っているようだ。

 

「幸村くんの言う通りだよ。今の先生の言葉だけだと、ポイントが減るかどうかまでは分からない。だけど──」

「ここからは私が説明するね」

 

 バトンタッチするように、今度は櫛田が歩み出た。

 

「実はね、先生の言葉には続きがあるの。一つは、この学校が実力で生徒を測るってこと。そしてもう一つは、入学できた私たちには10万ポイントをもらえるだけの価値があるって判断されたこと……ですよね、先生?」

「まぁ、概ねそんなところだな」

「ということは、だよ? この学校に入学できたっていう実力を認められたから、私たちは最初に10万ポイントをプレゼントされた。なら、来月も同じように10万ポイントもらうためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ってことなんじゃないかな」

「えっと、つまり……どういうこと?」

 

 暴力的なまでの情報量に、池の頭はパンク寸前まできていた。

 いや、同様の反応は池だけに留まらない。クラスの大半は理解が及ばず、途方に暮れているか、そもそも思考を放棄しているように見える。

 

 まぁ、当然といえば当然か。

 あいつらは授業中ですらまともに脳を動かしていないんだ。いきなり凄まじい密度の情報を叩き込まれて、さあ考えろと言われても、即座に頭を働かせることは不可能に近い。

 準備運動もないまま唐突にフルマラソンを走らされるようなものだ。

 

「池くんが好きなゲームに例えてみよっか。『学校に入学する』っていうクエストの報酬が10万円で、みんなはそれをクリアできた。だから10万円もらえた。ここまでは大丈夫?」

「おお。なんか急に分かってきたかも」

「うんうん、いい感じ。じゃあ次に、『学校で一か月過ごす』っていうクエストが出た時のことを考えてほしいの。達成すること自体は簡単だけど、報酬は不明。もしこんなクエストがあったとしたら、池くんはどう思うかな?」

 

 今度は頭を抱えることなく、真剣に考え込む池。

 

「……もしこれが『ハンター・ウォッチ』みたいなゲームだったら、あんまり美味しくないかもな。やることは単純だけど時間がかかるだけのクエストって、だいたい報酬もしょっぱいイメージだわ。採取クエストとか卵の納品みたいな感じ」

「それか追加報酬があったりするんじゃね? 特定の条件を満たしたり、敵を倒せば倒すほど報酬も豪華になってく系のクエスト。明確な報酬が載ってない奴ってそんな印象あるわ」

 

 オレには池と山内の言っていることがさっぱり理解できなかった。

 だが、おそらくあいつらは自分たちなりの視点で考え、正解に近づいているのだろう。櫛田が満足そうに微笑んだのを見て、オレはそう感じた。

 

「二人ともありがとね。まとめると、『ローリスク・ローリターン』か『成果報酬』の二つに大別されるって感じだと思うの。これを踏まえて、来月のポイントについて幸村くんの意見を聞いてみたいんだけど、どうかな」

 

 櫛田が池たちの発言を拾い上げ、分かりやすく要約して幸村に問いかける。このパス回しの巧みさは流石と言う他ない。

 

「……つまり、ただ授業を受けるだけだから単純にポイントが低く設定される。あるいは、成果──ぱっと思い付くあたりだと、授業態度とか出席数、テストの点数に応じて支給ポイントも増減する。そのどちらかの可能性が高いということか」

 

 顎に手を当て、思考を整理するように答える幸村。真面目な彼らしい、堅実な推論だ。

 

「うん、そんなところだと思う。どっちにしてももらえるポイントが減っちゃう可能性があるから、対策するに越したことはないんじゃないかな」

「ああ、櫛田の言う通りだ。まったく、こんな単純なことにも気付かなかった自分が恥ずかしいな。助かった、ありがとう」

 

 幸村が納得したように頷く。

 教室内の空気も、少しずつだが「節約や対策が必要だ」という方向で固まりつつあった。

 

 しかし、その流れを断ち切るように、凛とした声が響いた。

 

「ちょっといいかしら」

 

 堀北だった。

 彼女は冷徹な視線を平田に向け、静かに問い詰める。

 

「平田くん。あなた最初にこう言っていたわね……D()()()()が10万ポイントを支給される可能性は限りなく低い、と。なぜポイントがクラス単位で変動する前提で議論を進めているのかしら」

 

 優秀な自分が無能のクラスメイトと同じ評価を受けるのが我慢ならない──まるでそう言いたげに、堀北の眼光は一段と鋭さを増していた。

 

「その前提が正しいという根拠でもあるのかしら? もし無いのなら、私がこの不毛な集まりに費やした時間全てが無駄だったことになるけれど」

「堀北さんの疑問ももっともだと思う。もちろんそれに対する解答は用意してあるから安心してほしい。ヒントは()()()()だったんだ」

「……さ、山菜定食?」

 

 突如飛び出した不可解な単語に、堀北が瞬きを繰り返した。

 ……こいつ、こんな顔もできたんだな。

 常に冷静沈着で眉ひとつ動かさない堀北が、面食らった表情を見せるのは初めてだった。何だか新鮮な気分だ。

 

「堀北さんは食堂を利用したことがあるかな? そこには無料で提供される山菜定食っていうメニューがあるんだ。僕も一度試してみたけど、大人向けって感じの味わいだったね」

「……急にどうしたの? まだ夕食の時間には遠いわよ」

「まぁまぁ、話を最後まで聞いてほしい。この山菜定食なんだけど、実は評判の割に注文する人がかなり多くてね。調べてみたら、こんな興味深い結果が出たんだ」

 

 言うや否や、平田が端末を何度かタップする。直後、オレの端末に通知メールが届いた。

 

 Dクラス全体のグループチャットにアップロードされた、一つのファイルと複数の写真。

 促されるままファイルを開くと、数字とアルファベットの羅列が目に入った。ぱっと見だけでもかなり作り込まれたデータだと分かる。

 

「このデータは、()()()()()が二週間に渡って取ってくれたものなんだ。山菜定食を注文した人数と所属クラス、リピートした人はその回数なんかも集計されてる。参考までに注文する様子を撮影した写真も添付してあるから、少しは根拠の足しになると思う」

 

 ご丁寧に、顔を直接写さないような配慮までなされていた。本人の許可を得たわけではないだろうからグレーな証拠品ではあるものの、この議論に対する本気度が窺える。

 データの集計もそうだが、随分と熱心な奴がいたもんだ。

 

 ちなみにこの全体グループに堀北は参加していなかった。

 疑問符を浮かべたままの堀北が面白い。話が進まないので流石に招待してやったが。

 

「どこのクラスか分からなかった人もいるから、根拠としては不十分かもしれない。けど、ある程度の傾向は掴めるんじゃないかな」

「……確かに、クラス間で注文数に偏りがあるように見えるわね」

「そう。特に二、三年生ともにCクラスとDクラスで多いんだ。クラス単位じゃなくて個人でポイント変動が起こるなら、もっと均等にばらけるはずだと思わないかい?」

 

 唇の輪郭に人差し指を添わせ、深く考え込む堀北。

 

「そう、ね……サンプル数が不十分だから判断に迷うところけれど。少なくともあなたの仮説を今切り捨ててしまうのは得策ではない、ということだけは理解したわ」

 

 と、腑に落ちたような顔で潔く着席した。

 

 幸村に堀北──Dクラスの中でも指折りの頭脳派である二人を、平田たちは見事に黙らせてしまった。

 まさに論破(ロンパ)

 異議を唱える者は最早どこにもいなかった。

 

 文字通りクラスの救世主となった彼らを、感謝と感激の嵐が吞み込んだ。

 

「平田くんすごい! よくこんなの気付いたね。本当に尊敬しちゃう!」

「櫛田ちゃんもマジ最高だぜ! 説明も分かりやすいし可愛いし、さっすがDクラスの大天使!」

「二人のおかげで助かったわー。このままポイント使い果たしてたらマジでヤバかったかも」

 

 拍手喝采。

 Dクラスの結束が、かつてないほど強固になった瞬間だった。

 

 このまま平田をリーダーに、櫛田をサブリーダーに据えれば、きっとクラスは安泰だろう。誰もがそう確信した空気が醸成されていた。

 

 だが──当の平田たちは、どこか居心地が悪そうに曖昧な笑みを浮かべた。

 向けられた賞賛を、手のひらでやんわりと制する。

 

「みんな、ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、一つだけ訂正させてほしいんだ」

「訂正? 何がだよ」

「実をいうと、このことに最初に気付いたのは僕でも櫛田さんでもないんだ。僕らはただ、その人から教えてもらった通りに仮説を立てて、みんなに伝えただけに過ぎない」

 

 平田の衝撃発言に、沸き立っていた面々からフッと喧騒が途絶えた。

 

「え、そうなのか? じゃあ一体誰なんだよ、Dクラスの救世主様は」

「それは……」

 

 池からの当然の疑問に、平田の言葉が淀む。

 口止めでもされているのだろうか。言えない理由があるものの、他人の功績を奪うような真似をしたくない。そんな狭間で揺れているようにも見えた。

 

 が、その躊躇も一瞬だけ。

 平田は意を決したように、教室の中央──座席で静かに本を読んでいる男へと語り掛けた。

 

「──狛枝くんだよ」

 

 弾かれたように、クラスメイトの視線が一斉に狛枝に向けられる。

 

「先生の発言の真意。食堂のデータ。写真。想定されるであろう反論への対策──その全部が、狛枝くんからもたらされたものなんだ」

 

 驚愕。畏怖。尊敬。

 それらがごちゃ混ぜになった眼差しを一身に受けた狛枝は、本から顔を上げ、バツが悪そうに笑った。

 

「困るなぁ、平田クン。希望の光としてDクラスを導くのはキミたちの役目であって、ボク如きが出る幕じゃないって断ったはずなのに」

「君との約束を破ってしまったことは謝るよ。でもやっぱり、僕たちじゃなくて狛枝くんの方こそみんなから賞賛されるべきだと思ったんだ」

 

 うんうん、と櫛田が頷きを繰り返した。

 

「私もそう思うな。狛枝くんのおかげでこの仮説にたどり着けたのに、私たちの手柄みたいになっちゃうのは嫌なの。本当は狛枝くんの方がすごいのに……」

「参ったね。ボクがこの情報を手に入れたのは、()()()()()()()()()()からなんだ。それを鬼の首を取ったように見せびらかすのは、あまり好きじゃないんだけどな」

 

 まぁでも──と、狛枝は続ける。

 

「迫りくる試練に対して、Dクラスという希望がどういう風に動くのか……それを見れたからボクは大満足だよ」

 

 そんな独り言を零した狛枝は、全員の視線を背に、一人教室を後にした。

 残されたオレたちは、しばらくの間、閉ざされた扉から目を離すことができなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その日を境に、Dクラスの授業態度は一変した。

 

 大声で会話をする、堂々と遅刻するといった素行不良がほとんどなくなったのだ。

 とはいえ、完全に改善されたわけではない。

 机の下で端末を弄ったり、教科書を読むふりして漫画を読んだり、うつらうつらと舟をこいだり。そうした目立たない態度の悪さは未だに残っている。

 しかし、以前と比べれば劇的に良くなったと言っていいだろう。

 

 ちらりと、その立役者である狛枝を見遣る。

 

 無害で、親切で、頭が良くて──そして、少しだけ頭のネジが飛んでいるイケメン。

 それが、今のDクラスにおける狛枝凪斗の評価だ。

 

 ……しかし、オレの見立ては少し違う。

 

「やぁ、綾小路クン。小テストはどうだった?」

 

 考えを巡らせていると、当の本人から声を掛けられた。

 

「キミのことだ、きっと平均点のど真ん中に居座るんだろう?」

「……ま、ぼちぼちってところだな。狛枝はどうだ? 特に最後の三問が異常に難しかったように思えるが」

「あはは、あれはボクも全然分からなかったよ。だから()()()()()()()()()んだ。もしボクの幸運が本物だったなら、きっと満点で帰ってくるはずだよ」

 

 悪びれる様子もなく、白い歯を零す狛枝。

 

 ──幸運。

 

 あいつが言う運は、常識的なそれとは異なり──あまりにも作為的で、あまりにも都合が良すぎるように思える。

 

 初日の自己紹介で見せた、確率を無視したジャンケンの全勝。

 どこから手に入れたのかも不明な、ポイント変動に関する正確な情報の入手。

 そして今回のように、難問を()()()処理してなお満点を確信する異常性。

 

 ただの偶然で片付けるには、出来すぎている。

 まるで、最初からそうなることが決まっていたかのように、正解を引き当て続ける。

 

 無害だなんてとんでもない。

 

 あいつは言うなれば──

 

「──劇薬、だな」

 

 女子たちの雑談に混ざっていった狛枝の背中を見送りながら、オレはそう結論づけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、(きた)る運命の五月一日。

 

 オレたちは思い知ることとなる。

 

 

 

「────あはっ」

 

 

 

 この時の考えが、紛れもなく真実であったことを。

 

 




高度育成高等学校学生データベース

氏名 :狛枝凪斗
クラス:1年D組
部活動:無所属
誕生日:4月28日

【評価】
学力  :A
知性  :A
判断力 :A+
身体能力:D
協調性 :C-

【面接官からのコメント】
受け答えは非常に理知的で、思考能力や分析力の高さをうかがわせる。とりわけ判断力については同期の中でも頭一つ抜けており、大人をも凌駕しうる実力を見せた。身体能力は並以下であるものの、筆記試験結果は申し分ないことから、総合的な能力はBクラス相当と思われる。
しかし、自己評価が著しく低いこと、幻覚・幻聴の症状が見られること(別添:診断書を参照)、ある特定の話題に対して異常ともとれる思想を見せること等の特殊性を考慮し、Dクラスへの配属とする。

【担任メモ】
Sシステムの本質をいち早く看破するなど、持ち前の洞察力を遺憾なく発揮しています。またDクラスの中心人物として男女問わず信頼されており、交友関係も良好です。現時点では懸念される事態には発展していませんが、経過観察を慎重に続けます。

//星之宮知恵@5/12合コン さんがコメントしました
本当はBクラス配属だったのにサエちゃんばっかりずるい!あーあ、私も狛枝くん欲しかったなー。もういいもんね、サエちゃんの報告書全部に透明文字で落書きしちゃうもんね。
サエちゃんのバカー!どう考えても保健医のクラスに入れるべきでしょうがー!そんなんだから彼氏できないんだぞー!白髪イケメンとの禁断の愛を許すなー!


//システム履歴
星之宮知恵@5/12合コン さんの管理者権限を変更しました

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