Call1.「黒いテレホンカード」
東京エリアにある勾田大学病院。その地下に、かつては『四賢人』と呼称された天才外科医、室戸菫の居城がある。民警と呼ばれる民間警備を生業とする少年、里見蓮太郎はその主の数少ない生きた友人だった。
友人と言っても菫は蓮太郎の社会的抹殺を目的とした風説の流布を趣味として主に蓮太郎の知人女性たちに振りまいているのだが、蓮太郎はそれを迷惑と思いこそすれ決別をするまでには至っていなかった。
蓮太郎からすれば感謝してもしきれないほどの恩が菫にはあったこともその一因なのだろうか。
この日の蓮太郎は、菫の方から上機嫌で呼びつけた結果この魔窟へと足を踏み入れていた。
「突然だけど、キミは超能力と言うものを知っているか?」
「スプーン曲げや念写みたいな、いわゆる人間技じゃない能力のことか? スプーンは役に立たなそうだけれど、念写や透視は使えたら便利そうだな」
「アッ、ハハハ」
「まるで『女湯を覗くには最適だぜ』と俺が考えていることを想像しているようだけれど、そういうつもりじゃ……」
菫は上機嫌なのだろうか、蓮太郎の答えに腹を抱えて笑い声を上げる。それに対し、蓮太郎はまた悪評の種にする気かと菫に抗議する。この手の抗議が実を結ぶとは思えなくても、言わずにはいられない。
「さらに不幸そうな顔つきになったぞ、蓮太郎君。笑ったことが気に障ったのなら済まない。あまりにも古典的な回答だったもので、ついな」
「それじゃあ最新の正しい回答とはどんなものですかね」
「その前に一つ、キミは超能力の存在を信じているか?」
「ノー」
蓮太郎は菫の問いにはっきりと答える。民警としてガストレアと戦うことを生業とする蓮太郎にとって、超能力などあったらいいなという空想の産物には思えないからだ。だいたい超能力者がいたらIP序列上位のプロモーターは超能力者ばかりで、それが有名になるだろうという理論武装も備えていた。
菫は蓮太郎が相手では仕方がないとばかりに、呆れ顔で答えた。
「超能力とは人類が遥か昔に失ってしまった『思念の力』だ。そして超能力は実在する、これが正解だ」
「そういわれても……今まで超能力者の民警なんて見たことも聞いたことも無いぜ」
「それでも実在するのだよ。正確には『実在した』と言うべきかもしれないがね。
キミが生まれる前の話だから信じられないだろうが、2009年頃にはワイズという超能力者のテロリストなんてものが実際に世間を騒がせたりもしたよ」
「そんな事件、初めて聞いたぞ」
「公にはガストレア戦争で、ワイズ事件の資料が紛失したとされているからね。それにガストレア戦争と比べれば被害も小さかったから、誰も事件を蒸し返そうなんて思わなかったよ」
蓮太郎は菫の話を納得できない。蓮太郎にとってリアリティが感じられない上に、超能力の話を急に振られても反応に困るからだ。
―――つまり、何が言いたいのやら。
「ところで先生、超能力が実在するからと言って、それが何だというんだ?」
「そこで、コイツの出番と言うわけだ」
菫はごみ溜めの上に積まれた、古い一冊の本を取り出す。表示の文字はかすれて認識できないが、何かの古い書物であろうか。
「これは『ブライス研究録』と呼ばれる、様々な超能力について書かれた百科事典みたいなものだ。著者のブライス自身もこの本の中で超能力者だったと書かれている」
菫が嬉々揚々と取り出した一冊の本、蓮太郎にはそれは単なる古い本としか思えない。
ブライス研究録の稀覯本としての価値を知らないが故に、蓮太郎にとっては興味のないエロゲーについて熱く語るヲタクの弁と大差がなかった。事実、本質は同じではあるが。
「私は前々から天童式戦闘術は単なる人間業にはとても思えなくてね。この稀覯本を偶然手に入れて読み進めるうちに思ったのだよ、実は超能力の一種なのではと」
「そんなバカな」
菫の言い分どおりでは天童式戦闘術初段の自分も超能力者ということである。木更の使う天童式抜刀術ならまだしも、自分にはそのような自覚は無いため蓮太郎は否定する。
それに、人間嫌いが高じて地下室の主となった彼女が、どうやって稀覯本を手に入れたのかと言うことも疑問である。
「それに偶然手に入れた? 引きこもりの先生がどうやって?」
「私を政府の胸糞悪い仕事に縛り付けようとした役人共に、『私を唸らせるだけのことが書かれた学術書』をもってきたら考えてやらんことは無いと言ったら、一週間後にこれをもってきたよ。当然、私はここを出て政府の犬になる気は毛頭無いがね」
蓮太郎はあきれてものも言えないが、菫にまんまと利用された役人に対して『ザマアみろ』と内心喜んでいた。
「これによると、西洋の魔術や東洋の仙術と言ったオカルトは、後天的に超能力に目覚めようとした人々が積み上げたノウハウだと書かれている。天童式戦闘術が超能力に開眼した末に習得するものだとしたら、私の仮説にもスジが通ると思わないか?」
「確かに、そうかも知れないが―――」
菫の仮説に、蓮太郎は木更の事を思い浮かべる。確かに剣の刃渡りより遠くを切断可能な天童式抜刀術の技は、カマイタチなどの理屈をつけるよりも超能力と呼んだ方がむしろ自然ですらある。師範である助喜代が齢百二十歳にしてなお健常なのも、そういった異能に目覚めているからかも知れない。
だが、蓮太郎はそれを認めたくないという衝動に駆られた。
「俺は信じない。たとえ天童流が超能力であろうと、俺には関係が無いからな」
「それはそうだ。私の学術的興味に突き合わせてしまって悪かったね、蓮太郎君」
そういうと、菫はブライス研究録を元のごみの上に置いた。
――――
2018年7月、姉である夜科フブキの挙式に参列したアゲハは、引き出物の小荷物を整理していた。中身はボンレスハム、醤油、みりん、鯛の形をした砂糖細工などのよくある縁起物だったのだが、その中の一つに興味深いものが紛れ込んでいた。『PSYREN』と書かれた黒いテレホンカード、それはある一点除いて忘れることなど到底できないものに酷似していた。
「桜子」
アゲハは傍らにいた雨宮桜子に声をかける。彼女とは恋仲となって既に8年近く経過していたが、姉のように夫婦の契りを交すまでの進展は無い。
「お前の荷物にもコレが入ってなかったか?」
アゲハは桜子に件のテレホンカードを見せる。そのデザインに、桜子も言葉を失う。
一種のノスタルジーに近い感情なのだろうか、アゲハは昔語りを始める。
「今振り返ると懐かしいとすら思えてくるけれど……サイレン世界でカイル達と再会したのが、ちょうど今頃だったよな」
「そうね、ドルキと遭遇したのが6月でその数週間後だから」
「ドルキか……あの時はカイル達が来てくれなければ俺達全滅していたよな」
『サイレン』
それは都市伝説を発端とした『この時代から見れば失われた未来と言う異世界』を舞台にした奇妙な冒険だった。サイレンを生き延びた末に今の平穏を勝ち取ったということを、アゲハは誇らしく思っていた。当然自分ひとりの成果でないことは重々承知してはいたが、サイレンに関わった結果、高校をまともに卒業できなかったことを、胸を張って後悔しない程度には大きな自身になっている。
「あった、これね」
アゲハの一人語りをBGM代わりに荷物を解いた桜子も、その中にあるテレホンカードを発見してアゲハに見せる。色が赤地に黒文字から黒地に赤文字へと変更されていることを除けば、まさしくサイレン世界への道標だったあのテレホンカードに他ならない。
「こうやって額にカードをかざすと、度数と裏ルールが表示されたわよね」
そういって桜子はカードを額にかざす。本物のカードはこうすることで、現在の度数と裏の情報が開かされる仕組みになっていたからだ。アゲハも興味本位でカードを額にかざし、しばらくして手元に戻す。
「おい……これって……」
アゲハと桜子はその眼を疑った。カード表面左上に白い文字で『∞』と表示されていたからだ。そしてまさかと思いカードの裏面を確認すると、そこには文字が浮かびあがっていた。
・あなたはゲームの参加者(サイレンドリフト)になる
・サイレンドリフトはネメシスQの導きの元、未来に送られる
・カードは常に携帯すること
・サイレンドリフトの目的は二つ、ガストレアの殲滅とガストレアの起源を暴くこと
・ガストレアは強敵故、心して戦うこと
・ネメシスQと共に…時を飛び越え、未来を変える旅をするドリフト達に幸あれ
その文言は、アゲハ達がかつて見たものとはいくつか異なっていた。特に『ガストレア』という単語は初耳である。ジョークにしては出来すぎているこのテレホンカードに、二人は疑いの目をかける。
「おい……まさかこれって?」
「本物かしら?」
思い返せばサイレンのテレホンカードとは、今現在はアゲハ達に保護されて伊豆で悠悠自適の暮らしをする青い髪の女性―――かつて『グリゴリ07号』と呼ばれた彼女が時を超える手段として生み出したPSIプログラム『ネメシスQ』の一部である。今現在の07号がネメシスQを生み出したという話は聞いてはいないものの、未来の07号が何かしらの理由でネメシスQとサイレンのテレホンカードを生み出し、過去への干渉を試みたとしても不思議ではないのだ。
そしてまるで図ったかのように、アゲハの携帯電話に着信が入る。番号非通知であるそれを、アゲハは恐る恐る受ける。
「久しいな、夜科アゲハ」
「アンタ……07号なのか?」
「そう、『2031年』のな。この電話が繋がったということは、言いたいことは解るだろう?」
「俺達を未来に呼び出そうって言うんだろ? でもどうして」
「今から十年前……2021年の話だ。世界各地に『ガストレア』と呼ばれる敵性生命体が出没した。人類は抵抗も虚しく敗北し、今では生き残りたちがガストレアに怯えながら暮らす日々さ」
アゲハは耳を疑う。『転生の日』による世界滅亡を阻止して以降、再びそのような事態が起きるとは考えてもいなかったからだ。ましてや『サイレン世界における歴史』と違い、今はかの『
「信じたくはないだろうが、事実だ。なにしろガストレアの進行速度は異常ともいえるほど早かった。弟達やエルモアウッドは自分の周囲を守ることで今でも手一杯だよ。特にゾディアックと呼ばれる希少個体はエルモアウッドには太刀打ちする術などないほど強靭だ」
「フレデリカのパイロ・クイーンでもダメだっていうのか?」
「あの子の力でも焼き尽くせない。それは実際に試した末に得られた『結果』だ」
パイロ・クイーン―――予知能力者、天樹院エルモアが生きる術を教えるために集めたサイキッカー集団であるエルモアウッド、その中でも攻撃能力で最強を誇っているのが、天樹院フレデリカのパイロ・クイーンである。いわゆる
アゲハは自分が知る中で最強クラスの破壊力を有する、パイロ・クイーンですら通用しない化け物の存在に血の気が引く。正直に言えば人類に勝てる相手には思えない。
「私がお前たち二人に求めることは、十一体存在まで確認されているゾディアックガストレアの殲滅とガストレアの起源をたどることだ。出来ることならガストレア戦争と呼ばれた生存戦争を回避する術を持ち帰り、歴史を変えてほしい」
「解っているのか? もし俺達が目的を達成して歴史を変えることができたとしても……」
「新たな歴史に分岐し、こちらの私から見れば影響など無かろうともかまわない、お前がゾディアックを倒してくれさえすればな。そちらの時代で弟の夢が叶うのならば私は満足だ」
07号の弟、かつての『グリゴリ06号』にしてW.I.S.E.の首謀者『天戯弥勒』。
彼はアゲハとの戦いで考えを改め、サイキッカーの存在が日常となる世界を作るために奔走と続けている。だが、07号の口振りから推測すれば、それすら諦めざるを得ないほど、未来の様子は逼迫しているのだろうか。そう、アゲハは解釈する。
「そう言うことなら、俺だってそんな未来は嫌だ。力を貸すこともかまわない。だけど、何故『俺と桜子』なんだ?」
「ネメシスQによる時間旅行の限界だ。ネメシスQは未来の可能性を先決めすることで量子的に『対象が時を超えた』という仮定を生み出し、現実に変換することで時間旅行を可能にしている。故に前提条件といて『ガストレア出現以後の時代にて存在が観測されていない人間』でなければ時を超えることはできない。
なおかつ信頼がおけて腕っ節も強いとなると……お前達二人以外に適任がいない。逆説的にいえば『2031年の私』が『2018年のお前達』の時間を超えさせたから、ガストレア戦争以降のお前達を見た人間がいないのかもしれないが」
「それじゃあ……ヒリューは? 朧は? みんなは無事なのか?」
「天樹の根で暮らす子供たちは無事だが、他のエリアで暮らす奴らについては断言できない」
07号は飛龍たち天樹の根から離れて暮らす明々についてはあえて答えない。いや、正確には答えられない。
彼女が住む伊豆周辺はいわゆる『未踏査領域』と呼ばれる人類に見捨てられた区画なのだ。他の地方で暮らす面々の動向を探る術は彼女には無い。
「そろそろ旅立ちの準備をしてくれ。東京周辺に転送するつもりではあるが、細かい調整までは難しい。できれば行ってすぐに戦える準備が望ましい」
アゲハと桜子は07号に従い、準備を整える。非常食や替えの服をはじめとした消耗品の補充を済ませ、テーブルの上に『宿代十万円也』という書置きと札束の諭吉を十枚置き、準備は整った。
桜子とアイコンタクトし、最後の確認は終えた。
「いいぜ、ネメシスQ! 俺達を連れて行ってくれ」
こうして夜科アゲハと雨宮桜子の二人は13年後の未来へと旅立った。
考えていた内容が原作1巻の区切りまでたまったので
ジャンのほうを一時中断して投稿です