Call.12「戦闘訓練」
叙勲式から数日、アゲハは蓮太郎の頼みで道場の門をたたいていた。
「訓練と言われてもなあ……俺は先生だなんてガラじゃねえぜ? しかも相手は延珠だろ?」
「アンタの身体能力を見込んでの頼みだ。単純に延珠と組み手をしてくれればいいぜ」
蓮太郎の頼みとは、延珠と組み手稽古をしてほしいということだった。普段からゴム弾を使った戦闘訓練は行っているが、それでは先の蛭子小比奈のような相手との戦いを想定した訓練にはならない。
それならPSIという人間を超えた力を持つアゲハに仮想敵として戦ってもらえば訓練になるだろうというのが、蓮太郎の思惑だった。
それに蓮太郎自身、武辺者としてアゲハの戦闘能力に興味があったのも頼んだ理由である。
「へいへい―――それじゃあ延珠、かかってこいや!」
「そっちこそ先に手を出しても構わぬぞ」
互いに相手の能力を過小評価しているのか、互いに先手を譲る。アゲハはならばと先手を取り、アリゾナ仕込みの居合抜きラリアットを延珠に放つ。
「遅いぞ、アゲハ」
アゲハは
ブオンという音を響いたのち、体を起こした延珠はうさぎ跳びの要領でアゲハに飛びつき、空中回し蹴りを放つ。
「おっと!」
アゲハは延珠の蹴りを受け止める。体全体をクッションとし、爪先ではなく脛を肩に当たるように攻撃を受けることで、蹴りの威力を軽減した。
蹴りの手ごたえがないことを察した延珠は、着地後にバックステップで後ろに下がり、間合いを取った。
「スピード自慢か」
ここまでのやり取りで延珠の得手に当たりをつけたアゲハはライズの強度を上げて接近し、ボディブロー……いわゆる腹パンを放つ。だがそれもまたブンという音をたて空回りする。
「ていや!」
延珠は後ろに飛んだ後、横を回り再び跳び蹴りをアゲハに放つ。先ほどのようにガードで凌がれぬように威力と速度が高いミサイルキックを放っており、たとえ防御が間に合ってもそのまま踏み抜いて押し倒せるという算段である。
先ほどのような小手調べの一撃とは違い本腰を入れて放たれたそれは、延珠にも脇で見ていた蓮太郎にも完全に虚を突いた一撃に思えた。
だが―――
「どうする?」
延珠の脚は空を切っていた。そのまま着地してしゃがみの姿勢を取った延珠の頬に、アゲハの拳が触れる。アゲハは人間業とは思えない程の速さで蹴りを躱すと、着地に合わせて飛び掛かり拳を突き付けていたのだ。
「まだだ!」
先ほどの応酬で速さ比べではアゲハの方が一枚上手だと示されても、延珠は諦めない。蓮太郎の為に強さを求める戦乙女に負けは許されないからだ。
単純な速さで劣るのなら攪乱すればよいと、延珠はアゲハの周りをまわりだした。
「付け焼刃だけど、果たして通用するのか?」
二人の戦いを見つめる蓮太郎はふと声を漏らしていた。いくつかの攻撃バリエーションを必殺技と自慢げに名付けていた延珠であったが、このような攪乱混じりの技はそれらには無かったからだ。
元より今回の組み手自体、同格以上の身体スペックを持つ相手との戦闘経験を積ませたいという意図でマッチメイクしたものである。とはいえ、やはり蓮太郎からしてみれば可愛い相棒の勝利を願ってやまない。
「ぜぇ……ぜぇ…………まいった……」
だがそんな願いも不安の通り露と消えた。
アゲハが取った手段は実にシンプルである。攪乱の為に周回する延珠に並走したのだ。これでは只の追いかけっこにしかならず、延珠には攻撃に転じる隙を見せない攻撃を行うことなどできなかった。
後は走りつかれた延珠の腹を軽くたたき、肺の空気を押し出せばそれだけで延珠をダウンさせる。心肺機能も常人よりも優れているとはいえそのアドバンテージが通用しない相手である以上、このような結末もあり得るのだ。
「―――それにしてもアゲハ、お主はいったい何者だ? よもや妾以上の身体能力とは思わなかったぞ」
「それは難しい話になるが……」
「構わぬ。妾が強くなるヒントになるかも知れぬからな」
こうして、延珠は先日の蓮太郎と同じ説明をアゲハから受けた。
「超能力者が実在するとは」
「これはあくまで俺の勘だけど、イニシエーターの能力もPSIと何か関係があるのかもしれない。夏世はPSIの素養がないと見えないはずのトランスを視認していたからな」
「ということは、妾も超能力に目覚めるかも知れぬわけか。アゲハ、早速だがコツを教えてはくれぬか?」
アゲハの言葉に目を輝かせる延珠であったが、アゲハは反応に困る。アゲハ自身、サイレン世界という特殊環境に身を置いたがゆえにPSIに覚醒したため、具体的な能力開発方法については詳しくないからだ。そのため教えられることは最低限、PSIに目覚めた人間への訓練方法に限られてしまう。
そこで恩師の言葉を思い出し、延珠に送ることにした。
「使い方ならまだしもどうすれば目覚めるかなんて俺にはわからない……だから代わりに俺にライズを教えてくれた師匠の言葉を教えるぜ。
―――殴られて殴られて、殴られたその先に、見えてくるものだってあるんだぜ」
「どういうことだ?」
「要するに、場数を踏んで自分が持つ力の限界を超えろってことなんだろうぜ」
実際にその言葉をアゲハにかけた雹藤影虎は、死線を越えるたびに力を増していった。
影虎の言葉に、見学者として一歩引いた位置にいた蓮太郎も触発される。
「確かにそうだな。俺もこの間の事件で死にかけて痛いほど思い知ったよ。
なあ、俺とも組み手をしてくれないか?」
「乗りかかった船だ。いいぜ、かかってきな」
アゲハと対峙した蓮太郎は百載無窮の構えを取る。攻防一体の型を取った理由は汎用性の高さに他ならない。元より基礎的な身体能力で劣る以上、技術と見切りで上回るほかないからだ。
「拳法か?」
「天童式戦闘術……これでも初段なんでね」
互いにお見合いの構図となっていたが、蓮太郎が先に仕掛ける。蓮太郎はアゲハの動きを見切るため左眼のバラニウム義眼を解放したのだ。
「全力で行くぞ!」
先に蓮太郎が動き、突進技の焔火扇を放つ。先ほどの延寿の跳び廻し蹴りほどの速さは無いが、その体格と天童流の技術故に重さは一段上である。
アゲハは単純に横に動いてカウンターを合わせようとするが、ここで義眼の能力が生きる。
「焔火扇!」
蓮太郎は義眼による高速思考と行動予測を用いてアゲハの回避位置を先読みしていた。避けてから攻撃に移る起点へと打点を調整することで先手を取り、アゲハに拳をぶつける。
さすがに調整故の限界から直撃にはいたらないが、バラニウム義眼でアゲハの動きを捕えられたことは蓮太郎にとって朗報である。
「やるじゃないか。その眼のおかげか?」
「ああ、コイツは俺の体感時間を遅くしてくれるんでな!」
蓮太郎は回答と共に一の型五番、虎搏天成を放つ。密集状態での抜き打ちに適した必殺の突きがアゲハを襲うが、これもガードに阻まれる。だがここまでの二発がアゲハに当てることができたことで、蓮太郎は自信をつける。
一旦後ろに飛んで距離を開けた蓮太郎は、アゲハに断りを入れる。
「俺から頼んだ組み手なのにこんなことを言ったら失礼にあたるが……アンタならたぶん無事だと思うから言っておく。ここからはカートリッジを使わせてもらうぜ」
「なんだそれ、その義手の機能か?」
「ああ……下手なガストレアなら簡単に殺せるほどの威力だ。それでもアンタを相手に試してみたい!」
「そうだよなぁ……殴られて殴られて殴られなければ見えてこないぜ!」
この断りは、忌むべき力として自ら忌諱していた機械化兵士としての力を自らの正義を貫くための鉾として振るうことの決意表明も兼ねていた。
嫌い嫌いと遠ざけるばかりではなく、慣れてその上で手綱を取らなければ持ち腐れになることは先の蛭子影胤事件で痛いほど思い知っている。
宣言の通り切り札を切った蓮太郎の動きにはアゲハも舌を巻いた。突進し、カートリッジ炸裂と共に放たれた蹴り技『
アゲハ自身、影虎の本気をまじまじと見たことは無いとはいえ、まともに喰らえば一撃で地に這いつくばることは容易にイメージできるほどである。蓮太郎の義肢が対ステージⅣガストレアを想定した対人兵器としてはオーバーキルの代物と知らないが故に、蹴りの威力を見た後では余計に蓮太郎を警戒せざるを得ない。
それと同時に蛭子影胤を倒した際の技もこれであろうことは容易に結びついた。
「いてて……」
両手で受け、防御時のバックステップで勢いを削いだとはいえ、その一撃はアゲハに響く。骨が折れたかと思うほどの大音響がアゲハの右腕をしびれさせる。
アゲハは痛みで右手をぷらぷらと振る。
「こっちもガキに負けて恥をかくわけにはいかないぜ」
アゲハは
アゲハのライズ素養はバランス型であり、センスと呼ばれる感覚機能の強化も習得済である。ライズにより動体視力を限界突破させたアゲハは義眼を解放させた状態の蓮太郎と同様に、相手の動きを見切る。
こうなれば互いに先の先を取り合う先読み合戦となる。センスとバラニウム義眼という二つの異なるオーバークロックは互いに調子に左右されるとはいえこの時の状態では互角だった。
残りの比較材料を比べるのなら炸裂カートリッジによる加速と天童流という技術を持つ蓮太郎に軍配を上げても不自然ではないが、アゲハの喧嘩殺法とライズによる超身体能力はそれでもなお脅威である。
いかに蓮太郎が強いとはいえ世間の常識ではイニシエーターへのインファイトは教本にご法度として記載されるほどの無謀な挑戦である。ましてやアゲハの身体能力が並のイニシエーター以上であることは延珠との組み手で実証済なのだ。
返す蓮太郎はカートリッジ炸裂時に限ればアゲハ以上の腕力を発揮するとはいえ悪く言えば平均値はアゲハ未満である。特に脚力に関してはカートリッジ炸裂を含めても蓮太郎にはかなわない。たとえ蹴りの威力が勝っても、他の部分が劣っているからだ。
「いい勝負だったぜ」
二人の超人による見切りの応酬は体感時間ではどれほど長くとも、実際の時間にすればものの数分で決着した。
互いに相手の動きを読み合い攻撃を受け流し続けること十合、
インパクト時に加減をしたため完全に威力を跳ね返されたわけではないとはいえ、蓮太郎の意識を一撃で刈り取るには充分の威力が、クロスカウンターには存在していた。
「……俺は、負けたのか?」
「ああ……大きいのを打つ前に隙が大きくなってたぜ。あそこでカウンターを合わせなきゃ俺の方が危なかった」
負けを認めた蓮太郎は、延珠と共に打倒夜科アゲハの目標を掲げた。この日の組み手を境に、蓮太郎と延珠はアゲハとの仲を深めていく。
――――
アゲハ達が道場で組み手稽古をしていたその頃、桜子は木更と共に勾田大学病院を訪れていた。
内臓機能の問題から定期的な人工透析を必要とする木更なのだが、この日は稽古を始める前の段階で気分を悪くし、大事を取って透析を受けることにしていた。
桜子がそれに同伴したのは表だって透析を受けに行くところを見られたくないという木更の気持ちを察したためである。
「気分はどう?」
「おかげさまで」
透析を開始してから二時間ばかりが経過し、木更の顔色には生気が戻り始めていた。
透析中は血液を機械に抜き取られ続けるため青ざめるわけだが、それでも体にたまった毒素の苦しみと比べれば幾分もマシである。
木更が前回透析を受けてから三日半が経過していたこともあり、週三回合計十二時間を基本とする透析治療のインターバルとしてはだいぶ長い間をおいていた。
「さっき病院の看護師さんに聞いたわ。アナタ、透析を受けたがらないそうね」
「貴方には関係が無いことです」
桜子の問いかけに対し、木更は冷たく突き放す。
「ゴメンなさい。アナタを見ているとまるで昔の自分を見ているようだったから、ついね」
「昔の?」
「そう、昔の―――」
御節介から口にした桜子がいう昔とはサイレンゲームに参加したての頃である。アゲハが参加する以前、一人でなんでも背負い込んでいた頃を桜子は思い出していた。
「透析を受けたくない理由くらい解るわ。里見君たちにその姿を見せたくないんでしょう?」
「どうしてそう思ったのかしら? 私が単に医者嫌いだとか、ズボラだからとかは思わないの?」
「昔の私もそうだったけれど、自分が弱っている姿なんて大事な人には見られたくないからね。だからこそ今日だって、私が無理に連れ出した体裁をとってあげたんだから。
それにアナタと里見君は幼馴染なんだそうじゃない。昔馴染みの仲なら余計に見られたくないわ」
「参ったわ……さすがは歳の功ね」
桜子に白旗を上げた木更は、狸寝入りの意味も含めてそのまま治療が終わるまで眠りについた。
それから二時間、透析が終了した木更はジュースで一息ついていた。透析が終了した時刻に照らし合わせるように、稽古を終えたアゲハ達が病院に合流した。
「よう、具合はどうだ?」
「大丈夫よ」
アゲハの大雑把な問いかけは、透析治療を受けるほどの重病人として扱っている風ではないため木更には気が楽である。
「俺達は夏世の見舞いに行くが、アンタも来るか?」
「遠慮しておく……もう少しここで休ませてもらうわ」
「それじゃあ俺達もむこうに顔を出すから、木更さんはゆっくりしていてくれ」
「私に命令するなんて、里見君も偉くなったじゃない」
「そんなんじゃねーよ。心配しているだけだ」
アゲハに付き添って夏世の見舞いに行く蓮太郎を見送ると、木更は再びベッドに寝そべった。他の患者がいない病室は、付添人がいなくなることで静かになっていた。
一方で夏世の病室はアゲハ達三人の合流によりにぎやかになる。木更が寝入ったのちに夏世の病室に移っていた桜子も含めて四人の見舞い客が訪れたことで、同室だった伊熊将監がいた頃よりもだいぶにぎやかである。
五人は一時間ばかりの談笑の後、夏世と別れた。
カガミガミ開始の前に更新したいということで事件前の区切りまでは一気に投下しようとした次第です。まだ最終決戦の運びを考えている最中ですが。
ここからしばらくは神算鬼謀の狙撃兵を原案に展開していく予定ですが、原作より短くなりそうです。