BLACK PSYREN   作:どるき

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Call.13「偽典の天使」

 夏世の見舞いの帰り道、アゲハと桜子は蓮太郎の勧めで病院の地下室の前にいた。

 蓮太郎と意気投合したアゲハは互いの目的のために互いの機密情報アクセスキーを共有することを思いついた。そこで蓮太郎は、彼がアクセスキーを預けている室戸菫に一元管理をしてもらう事が最良ではないかと提案したのだ。

 特に菫はその経歴故に知恵者であるため、アゲハが知る知識との組み合わせが政府によって隠された真実に自力でたどり着く糸口になるかもしれないとも、蓮太郎はそろばんをはじいていた。

 

「先生、入るぜ」

 

 ドアをノックした後に開けたその扉の向こうでは、菫が机に伏せ寝していた。よほど眠たいのか、菫は女性としては恥ずべきなのではと思うほどの大いびきを立てていた。

 見かねた蓮太郎は彼女を起こす。

 

「おい! 先生、起きてくれ」

「なんだ……私は今、とても眠たいんだぞ……それとも乱暴する気か? エロ同人みたいに」

「しねえよそんなこと」

 

 寝ぼけ半分だが相手を蓮太郎と認識していた菫は、お得意の逆セクハラ発言を繰り出す。エロ同人みたいに乱暴すると言う古い言い回しにエロ同人とは接点のない延珠は小首を傾げていたが、桜子はそんなことは知る必要がないと延珠の口をつぐむ。

 しばらく一種の漫談のように同様のやり取りを繰り返した後に、菫はようやく目を覚ました。

 

「今日はお客さんもいるようだね。一体何の用だ?」

「先生には俺が民警として知りえた機密情報を管理してもらっているだろう? それをこの二人に対してもやってほしいんだ」

「キミからの情報を管理するのはまだしも、この二人の分まで管理して何の得がある?」

「今はまだ機密情報アクセスキーを持っていないが、この二人は最低でも序列二万代を確約されたプロモーターだ。二人が出世したらそれによって得られた情報も先生に渡すよ。だからその代り、先生もこの二人に力を貸してあげてほしいんだ」

「力ねえ……とりあえず聞いておくが、キミ達の目的は何だ?

 わざわざ私の力を借りるくらいなら、どこぞのイニシエーターをとっかえひっかえして上を目指せばいいじゃないか。

 キミ達が影胤事件で蓮太郎君に勝るとも劣らない大立ち回りをしたって言うのは聞いてはいるが、それなら延珠ちゃん並の相棒を探せば蓮太郎君くらいの序列ならすぐに追い越せるだろうに」

「何もタダでとは言わねえよ。俺達がこれまで見聞きしたサイキッカー絡みの話もいくらか教える。先生はそういうのに興味があるって聞いているぜ」

 

 アゲハの提案に、菫のセンサーが反応する。ちょうど菫がブライス研究録を手に入れたのが一月ほど前であり、未だその熱は冷めていないからだ。

 

「サイキッカーに詳しくて蓮太郎君並に強いとなると……もしかして、キミ達もサイキッカーなのか?」

「機密の共有をしようっていうんだし、隠すつもりはねえぜ。お察しの通り、俺と桜子はサイキッカーだ」

「三大要素だとどれが得意なんだい?」

「俺は一応、バースト」

「私はトランスとライズね」

 

 目の前に生きたサイキッカーがいることに菫のテンションが上がる。これまで起きたとはいえ依然と眠い眼をこするようであった菫の意識は完全に覚醒していた。

 

「いいね……たまには面白い友人を見つけてくるじゃないか蓮太郎君」

「そりゃあどうも」

「それに夜科君はバーストが得意というが……オーソドックスなテレキネシスか?」

「いや……暴王の月(メルゼズ・ドア)だ。知っているか?」

「当然知っているよ、ブライス研究録は暗記して頭に入っているからね。

 かの研究録にて凶悪な能力として掲載され、ブライスが知り合った使い手自身も制御に失敗して自滅したというあの力の事だろう」

「驚いた。本当に物知りなのね」

 

 暴王の月を菫が知っていたことに桜子は驚く。これは口には出していないとはいえアゲハも同様である。

 

「これでも昔は四賢人なんて言われたほどだからね。私は一冊の本を読むように一棟の図書館を読み漁るのだよ」

「四賢人?」

 

 菫の自慢に、馴染みのある蓮太郎も小首を傾げる。菫が天才科学者だということをその身をもって知っている蓮太郎も四賢人については初耳だったからだ。

 

「ついでになるが蓮太郎君にも教えておくか。序列の階梯を駆け上がるうえで気を付けなければならないこと、それと私以外の三人の天才の事を」

「三人の天才?」

「そう……蓮太郎君は知っていることだが、私は日本最高の頭脳の持ち主にして『新人類創造計画』の元最高責任者だ。だがそれは日本以外にアメリカ、オーストラリア、ドイツを含めた四か国にて行われた機械化兵士計画、その日本支部での最高責任者ということに過ぎないんだ」

「なんだよそれ……初耳だぞ?」

 

 菫が切り出した話に、計画の当事者であるがゆえに蓮太郎が一番驚く。

 

「機械化兵士計画は日本の『新人類創造計画』以外にも、オーストラリアの『オベリスク』、アメリカの『NEXT』と三つのラインが存在していたんだ。

 私以外に『オベリスク』最高責任者のアーサー・ザナック教授、『NEXT』最高責任者のエイン・ランド教授、そして機械化兵士計画そのものを統括していたアルブレヒト・グリューネワルト教授の三人が責任者として計画に参加していた。以上我々四人が機械化兵士建造ノウハウを持っているわけだ」

「四人だから……四賢人というわけね」

「そういうことだ、シンプルだろう。

 だが四人の関係は複雑でね、互いに互いの才能に嫉妬したがゆえに協調することは一度もなかったよ。故に、我々四人は自己の研究を隠匿し、個々人が独自の機械化兵士技術を積み上げていったんだ」

「どうしてだ?」

 

 菫の話に疑問を持ち、延珠が質問する。アゲハや蓮太郎も内心では延珠と同じことを思っていた。

 

「よく考えてみたまえ。いままで世界一の天才だと天狗になっていたところで、いきなり自分より上かも知れない才能をもつ人間が三人も現れたんだ。それに他の三人がどうであれ、当時の私自身は恋人に死なれて周りが見えなくなっていた。そのため意固地になっていたんだよ。

 こうしてそれぞれが独自路線を突き進んだわけだが、各プロジェクトは戦後程なくして解散された……この理由くらいは解るだろう?」

「人類が呪われた子供たちの力に気が付いたから……」

「まあ、お察しと言うやつだな。

 莫大な金と時間をかけて機械化兵士をあれこれ開発するよりも、自然発生的にそれに勝るとも劣らない戦闘能力を秘めて生まれてくる呪われた子供たちを鍛えたほうが安上がりというわけだ。各国政府が機械化兵士なんていう金食い虫を切り捨てるのには格好の口実ができてしまったのさ。

 それと同時に民警システムが形成されたことで、あることが起こったわけだ―――」

「生き残った機械化兵士たちが続々と民警になったって訳か。戦うことにしか能がない奴は戦場を求めるというが、民警はそういうやつらにとっての新たな戦場になったってことだな」

「その通りだ、夜科アゲハ。政府は依頼と言う餌で民警システムを管理下に置いているつもりだが、それゆえに機械化兵士のプロモーターは強い駒として願ったり叶ったりと言うわけだ。

 こうして現在序列二桁以上の大半が、機械化兵士と最上級イニシエーターのペアだと言われている。キミ達が序列を上げようと望むなら、嫌でもこの化け物たちを押しの蹴らざるをえないんだよ。

 彼らの能力は我々の想像をはるかに超えた進化をしているかもしれない」

 

 菫の忠告をまとめるのならば、すべての情報が解禁される序列十位以内を目指すのならば、百人強の機械化兵士とその相棒を超えなければならないという意味である。

 多少青ざめた顔をする蓮太郎に、菫は慰めの言葉をかける。

 

「だが、そう卑見するな蓮太郎君。キミは既に、四賢人最高と謳われたグリューネワルト翁の機械化兵士を既に倒している」

「……まさか、蛭子影胤か」

 

 菫の言葉に、蓮太郎はあの仮面の怪人を思い浮かべる。元より蓮太郎は他の機械化兵士など影胤以外に今は知らない。

 

「そう……個人の研究室を持っていなかったグリューネワルト翁は各プロジェクトの一部に間借りする形で研究を行っていたわけだが、蛭子影胤はそのうち『新人類創造計画』セクション16にて施術を受けたわけだ。奴が使っていた斥力フィールドもグリューネワルト翁の発明と言うわけだ」

 

 菫の語る影胤の経歴に、アゲハはある疑問をぶつける。

 

「先生が言いたいことは大体わかったが……知ってたらでいいから教えてほしい。

 蛭子影胤が使っていた斥力フィールドがどんな仕組みのものなのか、アンタは知っているのか?」

「残念ながらそれは私も知らない。四賢人と言われれば実力が拮抗しているように見えるが、実際はそうではないんだ。

 確かに私を含めエインとアーサーの三人の間では実力差は少なかったが、グリューネワルト翁だけは別格だったんだ。私自身、一度グリューネワルト翁の設計図を盗み見たこともあるが、斥力フィールドを含めて一部には理解不能な技術の跡が多々みられたよ。

 だが今になってわかることもある。斥力フィールドもそうだが、彼はPSIを機械的に再現しようとしていたのかもしれないとな」

「そうなのか?」

「彼は私の作ったバラニウム義眼やエインのブレイン・マシーン・インターフェイス技術に関心を寄せていたし、主な発想も機械で武装するというより機械的に能力を付与する方向に研究を行っていたよ。

 当時の私はPSIなんて絵空事だと興味を示さなかったが……今頃になって過去の映像をみて思うよ、PSIと言うものがどれだけ下手な化学的兵器より恐ろしいものであったかを。

 もしかしたらグリューネワルト翁は自らの手でサイキッカーを生み出したかったのかも知れないな」

 

 菫の考察に、アゲハはある組織の事を思い出していた。グリゴリ機関と呼ばれる、かつて文部科学省の管轄下にあった政府直々のサイキッカー研究機関のことを。

 2009年前後に日本を震撼させたW.I.S.E.(ワイズ)……その首領である天戯弥勒と彼の右腕ともいうべき星将たちの約半数を生み出した組織こそ、何を隠そうこのグリゴリである。

 二回にわたって行われた計画はいずれも被験体の脱走とその際の報復行動により頓挫した。以前アゲハは、天戯弥勒を追う過程で放棄されたグリゴリ機関の研究施設に忍び込んだことがあるのだが、その際にあることを感じていた。

 壊すでもなく、治すでもなく。只々現状保存された施設の設備は、いずれ研究を再開したい、PSIの力を管理下に置きたいという野心の塊にアゲハには見えていた。

 一方で菫の言う過去の映像とは、霧崎塔二をはじめとした戦場カメラマンたちが撮影したW.I.S.E.による破壊活動の記録である。その虐殺ともいうべきサイキッカー達が自衛隊を蹂躙する姿は、世界最高峰のサイキッカーが持つ戦闘能力が2009年当時の軍事力から見て凄まじいほどのものであることを語っている。

 2031年現在では上位の民警ペアは世界の軍事バランスを容易に崩すとされているが、二十年も昔にそれを実際に覆す様が如実に映し出されていた。

 

「もう一ついいかしら……アナタは『グリゴリ機関』と言うものに心当たりは?」

「グリゴリ? たしか旧約聖書の一つ、エノク書に書かれた天使のことか。

 済まないが、心当たりはないよ」

「そう……アナタが日本一の頭脳だというのならもしやと思ったけれど……」

「いったいどんな組織なんだい?」

 

 桜子が訊ねた『グリゴリ機関』という言葉に、菫は興味を持つ。このような訊ね方をされたら興味を持つことは自然な流れである。

 

「文部科学省のサイキッカー研究機関よ。人工的なサイキッカーの創造や、素質のある子供に対しての能力覚醒を研究していたわ。私たちが知る限り二回実験が行われたけれど、いずれも被験体の暴走によって計画は頓挫しているわ。

 二度目の失敗の後、機関がどうなったのかは知らないけれど……もしかしたら彼らの生き残りがそのグリューネワルト教授に協力しているかも知れないわね」

「馬鹿な!」

 

 桜子の答えに菫は驚かざるをえない。今では枯れたようなものとはいえ、世界最高の頭脳としてのプライドは当然持ち続けているからだ。

 『新人類創造計画』においては人体実験に近い領域まで手を出した菫であったが、その成果はすべて独学で築いたものである。逆に言うなれば、実験の前段階における資料集めも菫自身が国の力を自身の手足のように借りて行っていた。

 桜子の言うグリゴリ機関の実験が本当ならば、その研究資料は菫がガストレア戦争時に国に請求した『国内外を問わずに行われた人体と科学技術に関する研究資料』から国が意図的に除外していたということになる。これを口外できない秘密ゆえと取るか侮辱と取るかは個人の気質次第であろうが、菫にとっては侮辱以外の何物でもない。

 

「その話し方……やけに計画に詳しいな。もしやキミ達自身がその被験体なのか?」

「いや……そうじゃねえ。俺達はグリゴリの元職員と知り合いだったんだ。グリゴリについては彼から聞いた話だ」

「では……その職員は?」

「死んだよ」

 

 アゲハ、桜子、菫の三人が交す話は飛躍していき、次第に蓮太郎の理解が追い付く領域を超えようとしていた。

 蓮太郎は自分の理解が追い付く範囲での質問をアゲハにぶつける。

 

「じゃあ……アンタ達はそのグリゴリの被験体って奴を知っているのか? もしかしたら有名なプロモーターかもしれないぜ」

 

 蓮太郎の問いかけに、アゲハは数秒考えて答えた。

 

「……天戯弥勒……知っているか?」

「いや? 誰だそれは」

「天戯……まさか、あのワイズの首領か?!」

「その驚き様、先生はよく知っているようね」

「蓮太郎君の世代ならまだしも、私のようにワイズ事件を知っている人間ならいやでも覚えているさ。

 そうか……国が私にグリゴリの事を隠したがるわけだよ。ガストレア戦争さえなければ日本近代史に輝いたであろうあの事件の首謀者を生んだのが国そのものだなんてスキャンダルが過ぎる。

 とりあえず、そのグリゴリについては私の方から国に探りを入れてみるよ。ガストレア戦争からだいぶ経って国も油断している頃だろうからな。もしかしたらグリューネワルト翁の思わぬしっぽが出るかもしれないと思うと、背中がゾクゾクしてくるよ」

 

 こうして菫の生きる目的の一つにグリゴリ機関についての調査が加わることとなった。




菫センセーとアゲハが仲良くなる話
作中の扱い的に大物っぽそうなグリューネワルド教授と小物なエインはイメージしやすいけど影も形もないアーサーはネタにも出来ねえ
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