BLACK PSYREN   作:どるき

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ミラージュ編
Call.22「来訪者」


 東京、大阪、九州、北海道、そして仙台の五つに分断された2031年現在の日本において、対ガストレア用の武器をどれだけ保有しているかは各エリア共に死活問題となっている。東京の司馬重工をはじめとして各軍事関連企業の成長は、ガストレア戦争からの十年で飛躍的な進歩を遂げていた。

 仙台に拠点を構える『ミラージュインダストリィ』もまた、そのうちのひとつであった。ミラージュは元々、ある芸能人が引退後の余興として起こしたバイオケミカル企業が前身であり、単純な武器の技術力については競合他社のOEM頼りである。その代り、医薬系での技術と他社製品のOEMで仙台エリア内の需要と供給を賄える財力を併せ持つ巨大企業となっていた。

 2031年現在では会社の顔である序列三百六十位のプロモーターと共に、仙台エリアになくてはならない存在である。

 

 聖天子狙撃事件から十日程が経過し、天童菊之丞の帰国と保脇ら一部護衛官の刷新により聖居の護りがより一層強固なものに進化を遂げていた。奇しくも、先の事件で組織の癌が炙り出されたと言えば皮肉かもしれない。

 影胤事件以降、何かしら大きな事件に見舞われる東京エリアに、再び他所から大物が来訪することになった。

 

「ねえ、里見ちゃん? 明日なんだけど、ちょっと付き合ってくれへん」

 

 真面目に授業を受けるために登校してきていた蓮太郎は、昼休みに生徒会の強権により生徒会室に呼び出されていた。しぶしぶ駆けつけた蓮太郎に、未織は話を振る。

 

「付き合えって言われてもなあ……延珠もいないし護衛はこりごりだぜ」

「里見ちゃんはなんで、そういうつれない発想をするんかねえ。デートのお誘いとは思わんの?」

「だってニュースにもなっているぜ。仙台エリアの有名人がこっちに来ていて、しかも目的が司馬重工との交渉だっていうじゃないか」

「だったら話は早いねえ。明日はその誰かさんの歓迎パーティを家で開くんよ。

 そこで、里見ちゃんもそれに来ないかってお誘いなんよ。護衛の方は家のSPで間に合っているから、里見ちゃんはハメを外してもらってかまわへん。ご馳走もたっぷり用意しているよ」

 

 未織の話とはパーティのお誘いだった。聖天子護衛任務の期間中は、聖居で発注した仕出しの弁当を食べていたため飢えることは無かったが、民警風情と侮られたのかはたまた保脇の嫌がらせなのか、お世辞にも味がいい弁当ではなかった。

 そこにご馳走の話が舞い込んできたのだから蓮太郎は思わず喉を鳴らす。先日のティナとの決戦当日に頂いたモーニングセットがここ最近で、最も美味だったことを蓮太郎の下が覚えている。下手に料理好きの為か、未織が仕掛けた食の誘惑に蓮太郎の心が傾く。

 さすがに二つ返事と言うわけにはいかないため、蓮太郎は確認を入れる。

 

「俺だけご馳走になるのは木更さんに悪いし、木更さんも連れて行ってもいいか? あと入院中の延珠たちの分のお持たせも準備してくれると助かる」

「ウチとしては、木更はお邪魔なんやけど……建前上は天童民間警備御一行様として招待することになりそうやし、今回は仕方がないねえ。

 延珠ちゃんたちの分については最悪何かで埋め合わせさせてもらうから、気にせんでええよ」

「だったら木更さんの方には俺から連絡しておくぜ」

 

 未織との話が終わると、蓮太郎は教室に戻って行った。

 

――――

 

 翌日、司馬重工の本社ビルにあるレセプションホールに招待された蓮太郎は、その光景に気圧されていた。かつては天童菊之丞の養子としてこういうセレブが集まるパーティにもよく顔を出したものであるが、養父から学んだ仏像掘りのようにご無沙汰のため違和感を得ていた。

 一方で今でも、見栄で食事以外は名家の令嬢としての生活レベルを維持し続けている木更は、このような場の空気にも手慣れた様子を見せていた。

 両名ともに、ビュッフェを食いつくさんとするほどの勢いなのを除けば、形の上では様になっていた。

 パーティには司馬重工以外にもそのおこぼれにあずからんと、東京エリアの有名企業関係者が数多く出席しているため料理もそれなりの数が用意されていた。日頃のひもじい食事情の鬱憤を晴らさんと全品制覇を掲げていた蓮太郎は、人気の少ないテーブルを見つけた。

 テーブルの上には山盛りのメロンパンと肉厚の鉄板が用意されていたが、料理人が席をはずしているようで鉄板焼きにはありつけなさそうである。出席者たちもわざわざパーティでメロンパンを食べる気が起きないと言ったふうで、肉を焼かない鉄板に興味はなしと言った具合で避けているようであった。

 セレブリティとメロンパンという取りあわせに奇妙な印象を受けた蓮太郎は試しに一つ頂いて召し上がることにした。

 

「なんだこれ……本当にこれがメロンパンかよ」

 

 用意されたメロンパンは表面のクッキー皮はカリカリに焼き上げられて香ばしく、逆に中心はふっくらとやわらかに焼き上げられている。メロンパンの作り方をうろ覚えながら知っていた蓮太郎ではあったが、彼が知る一般的な調理法ではクッキー皮を香ばしくすれば中心がパサパサになり、中心をふっくらさせればクッキー皮の焼きが甘くなるという欠点があった。

 カリカリとふっくらが両立するメロンパンはそれに近いものこそ食べたことがあっても、この場でのメロンパンほどの完成度は初体験の味である。

 その味に驚いていた蓮太郎は、不意に脇から声をかけられた。

 

「キミもメロンパンが好きなのかい?」

 

 声をかけてきたのは長身長髪の男性で、モデルや俳優と言った面持ちである。いわゆる若いイケメンのようであるが、ただの若者には思えない面妖な雰囲気を醸し出していた。

 急に声をかけられたことで蓮太郎の表情が固まる。その理由をメロンパンの味の秘密のせいと勘違いした男性はおもむろに蓮太郎に語り始める。

 

「このメロンパンのおいしさの秘密は、おそらく外のクッキー生地を半生で焼いた後にパン生地と合体させて再度焼きあげる……言うなれば二度焼きをしていることにあるね。そうでなければこのカリカリともふもふの両立は出来ないよ」

 

 蓮太郎は内心「この男は急に出てきて何を言っているんだ?」と思っていたが、パーティという場をわきまえて男の薀蓄を聞き流す。そして、袖振り合うも多生の縁と名を訊ねる。

 

「アンタは?」

「僕は―――」

「ちょっと失礼!」

 

 蓮太郎に訊ねられた男性は名乗りをあげようとしたが、彼に用がある他の出席者たちの波に飲まれて消えていった。

 その様子を蓮太郎はあっけにとられた顔で眺めていると、生ハムメロンを皿に乗せた木更が現れた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもねえよ」

 

 何でもないと蓮太郎は答えたが、先ほどの男性にどこか見覚えのようなものを感じて小首を傾げる。その後も他の出席者や壇上のスピーチになど目にもくれずに料理をむさぼった二人は、延珠たちへ持ち代える折詰まで用意させてご満悦のパーティとなった。

 一方で誘った側の未織は、司馬重工の顔役としてあれこれと挨拶回りに勤しんだ結果、蓮太郎との楽しいパーティを満喫できずに不機嫌を積らせていた。

 

「浮かない顔をしているね、お嬢さん。僕もこういうパーティは苦手だから気持ちはわかるよ」

「いえ、滅相な」

 

 未織は声をかけえてきた男性に驚き、社交辞令を返す。この男性こそがパーティの主役であるミラージュインダストリィの会長その人なのだから、緊張するのも当然である。

 

「そう身構えることは無いよ。今回は僕がキミ達のお世話になっている立場さ。僕が東京に来た理由はいくつかあるけど……特にキミが関わっているという新型爆弾については色々教えてもらいたいところだね、司馬未織さん」

「いやですわ。確かにウチは我が社の武器開発に関わっているけど、爆弾は専門外なんよ」

「専門外とはいっても、存在そのものは知っているんだろう? なんでも従来の爆撃用爆弾の二十倍近い威力があるとか」

「それは……まだ試作段階ですので欲しいと言われても無理や。OEM提供は出来んよ。

 どこで噂を聞きつけたのかは知りまへんが……アレは爆撃用の爆弾ではなくて対ガストレア用に攻撃範囲を絞った爆弾なので、使い道が狭いんよ。その分持ち運べるくらい小さいんやけど」

 

 男性が未織に訊ねた爆弾とは、司馬重工の研究室が開発中の新型爆弾の事である。エキピロティック・ボム―――通称『EP爆弾』と名付けられたこの爆弾は、爆破範囲を極小にとどめることで、手榴弾程度の大きさで爆撃用の五百ポンド級爆弾のおよそ二十倍と言う破壊力を秘めていた。

 

「素晴らしいじゃないか。掌サイズでその威力、ますます欲しくなるよ」

「でしたら、込み入った話は完成し次第と言うことで。ところで、どこでこの話を?」

「キミの所のSPに、先日のスコーピオン襲撃後に退職した男がいただろう。彼から聞いたのさ」

「あの初老の……まさか?!」

「その『まさか』さ。彼は産業スパイだったそうで、新型爆弾の情報を裏のルートで売りさばこうとしたみたいなんだ。幸い売りつけようとした先がミラージュの裏部門だったおかげで、僕の所で情報が止まったわけだけど」

「ありがとうございます」

「もっとも彼が売ろうとしたのは新型爆弾が存在するという情報だけさ。気にすることはないよ」

 

 男性は気にすることは無いと言っていたが、未織の方は冷や汗で背中が濡れていた。たとえEP爆弾が存在するという情報だけであっても、なまじ小範囲とはいえ従来の爆弾をはるかに超える威力を誇っているからだ。そのため、風説の流布が大きな問題を生みかねないと、男性の話を聞いて未織は思う。

 

「例ならこのメロンパンで充分さ。僕の好みに合わせて用意してくれたんだね、ありがとう」

 

 そういうと、男性は満面の笑みで去って行った。

 

――――

 

「思い出した。さっきの人、吸血鬼(ヴァンパイア)刑事(デカ)だ」

「急にどうしたの? 里見君」

 

 食後の紅茶を飲んでいた蓮太郎は、先ほどあった男性について、気になっていた記憶をふと思い出していた。

 

「メロンパンの所で知らない男に声をかけられたんだが、どこかで見た顔だなと思ってたんだ」

「私は知らないけれど、有名なの?」

「知らなくても無理はねえよ。吸血鬼(ヴァンパイア)刑事(デカ)ってのは、菫先生に見せられた懐かし特撮シリーズの一つで、二十年以上前に作られた作品だからな。アレを見た時も紅茶を飲みながらだったから、それで思い出したのかな?」

 

 蓮太郎は男性に、とある特撮番組の主演俳優の姿を重ねた。だが二十年前映像と件の男性の姿が酷似しすぎているため、ただのそっくりさんだとも思っていた。それでも菫への土産話にはなるかなと思いつつ、蓮太郎は飲みかけの紅茶にミルクを足した。




えんじゅ入院中の時系列でぱーちーな話
メロンパンはカリカリ派
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