司馬重工の本社ビルにてパーティが開かれていたその頃、外周区には旋律が走っていた。
「なに……あれ……」
外周区で暮らすストリートチルドレンたちは、月明かりに照らされる黒い物体を目撃していた。まるでプテラノドンに似た黒く大きな怪鳥三匹が、モノリス同士の中間を通り東京エリアに侵入していたからだ。
少女たちはプテラノドンについては何も知らないが、上空を飛んでいく物体がなんなのかは当然知っている。
「ガストレア! ガストレアが飛んでいる!」
少女はガストレアに恐怖し、穴倉に隠れて通り過ぎることを祈っていた。
三匹のガストレアは地上の子供たちには目もくれず、一直線に空をかけていた。その行先には司馬重工の本社ビルがあるのだが、何故ガストレア達はその場所を目指すのかはわからない。
それでも偶然であろうが必然であろうが、司馬重工がこれから襲われることには変わりはない。
「なんだ?」
ビルの中に轟音が響き、その音に蓮太郎は気が付く。司馬重工のSPは聖天子護衛官と比べて数段上という未織の談はまさにその通りで、不測の事態に陥っても慌てず、冷静に出席者を避難誘導させる。
嘘も方便と言うべきか、SPたちは「パーティの締めに催し物がある」と出席者たちを言いくるめてシェルター室に案内しているのだから、たいしたものである。
その手際を脇目に、騒動の元にたどり着いた蓮太郎の目の前には、三匹のガストレアと一人の男がいた。
「キミ達……まさか僕の事を追ってここまで来たのかい? このあいだは逃げたくせに」
男は人語を介さない化け物に語り掛ける。まるでペットをあやす様に。
「だったら……たまにはファンサービスをしてあげようかな」
そして男はガストレアに名乗りを上げる。
「天才、望月朧……久しぶりの東京イベントの幕開けさ!」
男の正体はミラージュインダストリィ、正確にはその前身となったバイオケミカル企業の創設者にして序列三百六十位を誇る仙台エリアの有名人、戦う名誉会長と異名される男であった。
その名は望月朧……特撮俳優からスタートし、画家から企業経営者、そして民警へと華麗な転身を続ける天才児である。天才だから何でもありなのか、その外見は二十年前の俳優時代からほとんど変わっておらず、一部ではリアル吸血鬼とも異名されるほどである。
朧には金の力にて封殺している、民警としてのある秘密がある。その秘密故に三匹のガストレアを前にイニシエーターも連れず、徒手空拳でありながら余裕の態度を取っているのだが、それを知らない蓮太郎には自殺行為にしか見えていない。
「アンタ……馬鹿な真似は止めて、さっさと逃げろ。ここは俺が時間を―――」
「天才の辞書に、無様な遁走は無い!」
朧は蓮太郎の静止などどこ吹く風と言った態度で、ガストレアに飛び掛かる。壁を突き破り、ビルの中に飛び込んだが故に動きを封じられたガストレアには、朧の攻撃を防ぐ手立てはない。
全身にオーラを纏った剛拳が頭部を一撃で吹き飛ばし、一匹のガストレアを容易く殲滅する。その光景は蓮太郎からすれば、眼前のガストレアに対して取ろうとした動きと一致していた。だが目の前の相手は炸裂カートリッジもなしにそれを実行したのだから、蓮太郎の度胆をぬくには充分である。
その動きにちょっとした既視感があったのだが、気が動転した蓮太郎は思考と記憶がむすびつかずに既視感をスルーしていた。
仲間の一匹が瞬く間に倒されたのを見て、恐れをなした残り二匹は外へと逃げ出す。どちらかと言えば今までは操られるように望月朧という個人が放つ生命波動に引き寄せられたのだから、酔いがさめたとも言うべきであろうか。
「飛んで逃げる気か……少年、ちょっとだけ眼をつぶっててくれないか?」
朧は蓮太郎に眼をつぶるように頼むが、蓮太郎は無言で首を横に振った。近くにあと二匹のガストレアがいるのだから仕方がない。
「そうか……だったら少しの間、眠っててもらうよ」
そして、蓮太郎の意識が途切れる。意識が途切れたのは数十秒間ではあったが、眼を覚ました蓮太郎が見たのは、上空で戦う三匹の化け物であった。薄暗くてはっきりとは見えないが、そのうちの一匹はまるで翼の生えた人間のようである。
人間のような『何か』が組み技で二匹のガストレアから頭を引きちぎり、残った胴体が地面に突き刺さる。『何か』はガストレアを殲滅すると、上空へと消えていった。
「里見君、大丈夫?」
目の前で繰り広げられた怪獣同士の戦闘にあっけにとられていた蓮太郎は、駆けつけた木更の呼びかけで正気に戻った。
「大丈夫だ」
「このガストレア、里見君が倒したの?」
「いや、違う。先に来ていた男が殴って倒したんだ。名前は……」
「望月朧やね」
木更と蓮太郎に、未織も合流する。未織は朧の事を多少は知っているため、二人に彼が序列三百六十位のプロモーターであることを教える。
「序列三百代か……それにしても素手で殴り倒すなんて、まるで夜科さんたちみたいだ」
「流石に夜科さんや雨宮さんも武器を使っての話だし……素手でとなるとそれ以上ってことじゃ……」
「……キミ達、僕の噂をしているのかい?」
三人の会話に、いつの間にか戻ってきていた朧が後ろから混じる。そこで蓮太郎は、先ほどの事について朧に訊ねる。
「アンタ、あのガストレアを倒した後、いったいどこに? それにさっき俺の意識が一瞬飛んだんだが、それもアンタの仕業か?」
「ゴメンね、眼を閉じてと言っても聞かなかったから」
「だからって気絶させるとかどういうつもりだよ。それに今までどこに行っていたんだ!」
「逃げたガストレアを追っていた」
「それじゃあ……逃げたガストレアを倒したのも?」
「それも僕がやったことだが、どうやって僕が飛んだのかは営業秘密だからね。気絶させたことは申し訳ない」
「はぁ~」
朧は蓮太郎に悪びれた様子で謝る。蓮太郎は反省の色がない朧の態度がどこか菫に似ているなと感じ、言っても無駄かとあきらめて溜息をつく。
それに残ったガストレアを倒したのが自分だと言われても、蓮太郎にはあの空を飛ぶ鳥人間のような存在が目の前の男と同一人物だとは信じられない。常識の範疇を逸脱しすぎているからだ。
朧は蓮太郎にしたことなどどうでもいいという素振りで、自分が知りたいことを三人に訊ねる。
「ところで、夜科と雨宮と言うのはキミ達の知り合いかな? 夜科なんて苗字は珍しいけれど」
「夜科と雨宮は我が社の社員みたいなものです」
朧の問いに木更が答える。厳密には社員ではないが、確かにあの二人は社員同然で天童民間警備に入り浸っているため間違いではない。
「そうか……もしかしてだけど『夜科アゲハ』と『雨宮桜子』と言う名じゃないよね?」
「知り合いなんですか?」
「驚いた、これは嬉しい偶然だね。アゲハ君は僕の親友だ」
夜科アゲハの親友だと語る朧を前に、蓮太郎の頭の中でピースが繋がる。朧の戦いを見て感じたことと、アゲハの知り合いという情報が蓮太郎に答えを与える。
蓮太郎は未織にはPSIの事を教えていないため、朧に小声で訊ねる。
「それじゃあ、アンタもサイキッカーなのか? あの空を飛ぶ羽も、超能力だっていうなら解らなくもない」
「まあね」
朧は蓮太郎の問いに答える。自分もアゲハ同様にサイキッカーであると。
蓮太郎たちが知らないのも当然だが、朧はかつてアゲハと共にサイレン世界で戦った戦士の一人である。
朧はアゲハと違いバーストが特異なわけでもないため、
朧は蓮太郎へお返しを求めるように訊ねる。
「答えたかわりというか……アゲハ君と連絡を取りたいんだが……」
「夜科さんと? だったら俺のケータイに番号が入っているぜ」
「ありがとう」
朧は蓮太郎の携帯電話を預かると、そのままアゲハに電話をかけた。
『もしもし』
「僕だよ。久しぶりだね」
『その声……朧か?』
電話先のアゲハは驚き声が止まる。2031年の時代に飛ばされてから、かつての仲間と初めて再開したからだ。
『お前、今までどこにいたんだよ』
「つもる話はあとだ。これからどこかで落ち合おう」
朧はアゲハとの約束を取り付けると、電話を切って蓮太郎にケータイを返した。
――――
アゲハと桜子は、朧との待ち合わせで勾田の駅前にあるプールバー『ロマネスク』を訪れていた。プールバーと言うだけありビリヤード台が二台ほど置かれていたが、ビリヤードに興じる客はいない。初老のバーテンダーと、泥酔したサラリーマン風の男が一人いるだけである。二人はバーテンが注いだカクテルをたしなみながら、朧の到着を待っていた。
「お待たせ」
「久しぶりだな、朧」
「久しぶり? キミ達にとっては久しぶりなのかもしれないけれど、最後に会ったのは十三年前だよ」
「そうだったわね」
バーに朧が到着し、十三年ぶりの再会を果たす。アゲハ達にとっては数か月前にあったばかりであるが、
再開を喜び合った後、アゲハは朧から他の仲間たちの近況を訊ね、朧はそれに答える。
「朝河君とタツオ君は北海道で暮らしているよ。霧崎君は相変わらず戦場カメラマンとして、影虎さん夫婦は子連れの民警一家として全国を飛び回っている」
「みんなは散り散りか……って、子連れ? 影虎さんに子供が出来たのか。祭センセーと結婚したって聞いた時も驚いたけど」
「流石に何年も一緒に暮らせばね。姫野ちゃんって名前で、今年で十歳だ」
朧は二人にスマートフォンを見せる。影虎から送られてきた家族写真の真ん中には、女の子が写っており、その子が件の姫野であろうことは明白である。
「この子が……でも何故先生たちは全国を?」
「ガストレア戦争で芸能に興じる人間が減ったとはいえ、八雲祭のピアニストとしての腕前と人気は未だに根強いからね。演奏旅行ついでに滞在先で、民警として腕を振るっているそうだ」
「祭センセーらしいや」
相槌を入れたアゲハは、残っていたカクテルを飲み干す。アゲハは光風会の阿部の話もあり影虎の行方は気にかけていたのだが、取りこし苦労に終わり胸をなでおろす。
一方で桜子は、まだ朧の口から語られていない面々の行方を気にかける。
「あとは……エルモアウッドのみんなは?」
「今でも伊豆でひっそり暮らしているよ。彼らにも彼らなりの事情があるようで、伊豆から離れたくはないらしい」
「確かに天樹の根なら長期間暮らすことも問題ねぇだろうが、不便じゃないのか?」
「なまじエルモアが有名なサイキッカーであるがゆえに、ガストレア戦争では酷い目にあったからね。異能を持った子供たちを守るには、俗世を離れて引きこもるのがベストと言うのが彼らの下した判断だ。幸い未踏査領域に足を運ぶ時点で相手だって普通じゃない、おかげで世間っていう敵からは難を逃れるには便利だと、この間シャオ君がぼやいていたよ」
「ただでさえ呪われた子供たちなんていう腫物扱いがいるご時世だ、言われてみればあそこのほうがある意味安心か」
アゲハは朧から聞いた話に納得しあえてガストレア戦争当時に何があったかは聞かなかった。ワイズ事件当時でも危険分子として白眼視されたことで心苦しい思いをしたことを、彼らの育ての親である天樹院エルモアから聞いていたからだ。
アゲハも桜子も、呪われた子供たちを取り巻く一部の否定的人間の行動が、生理的悪寒という言葉で片付けてよいものかと言うほどに非道であることをこの二か月でも充分に肌に感じていた。故に聞いても不愉快なだけであろうと、嫌な気分を洗うように二杯目の酒を流し込む。
朧も二人に合わせて、バーテンダーに酒を注文する。カカオ風味のスピリッツに生クリームとチェリーをあしらった『エンジェル・ティップ』は彼のお気に入りである。
「それじゃあ、今度は僕の方だ。キミ達二人は、今まで何処で何を?」
朧の質問に対して、二人は懐にしまっていた黒いテレホンカードを見せる。朧とてかつては
「そうか……道理で十年以上も完全に音沙汰なしになるわけだ」
「こっちに来たのは二か月前、今は民警のライセンスをとってガストレア退治に勤しんでいるってわけさ」
「ライセンスを? 以前とは違って、現代と行き帰りをするわけじゃないみたいだね。ネメシスQの目的も、当然前回とは違うという事か」
「彼女の目的はガストレア戦争の回避よ。そしてその鍵を聖天子が握っている。だから私たちは序列をあげることに決めたのよ」
ガストレア戦争を回避するという夢物語を語る桜子の声はバーテンダーや酔い潰れたサラリーマンには届かない。だが当然、朧には届き彼を奮い立たせる。
「いいね。この十年、刺激的な毎日だと思う反面どこか味気ないとは思っていたが……やはりアゲハ君がいないと僕の人生は欠けてしまうようだ。
僕も出来る限り協力しよう、何をすればいい?」
「とりあえず、アナタも民警なのでしょう? 今の序列を教えて」
「三百六十位」
「惜しいわ……里見君がこの前の事件で三百位になっちゃったから、あまり差が無い」
「里見君?」
「お前がケータイを借りたヤツがいただろう? アイツだ」
「ただの少年としか思わなかったけれど、人は見かけに依らないというやつか」
アゲハの言葉で蓮太郎の事を思い出した朧は、まさかあの時の少年が三百位という話に多少ながら驚く。元より朧にとっての民警活動は『戦えればそれでいい』という戦闘欲求が大半であり、三百六十位という現在のランクはオマケ程度にしか思っていない。それでも三百位という上位序列に列をなすことが一筋縄ではいかないことを、朧は身をもって思い知らされている。
故に少年のうちに三百位と言う序列を得た少年の存在に興味を引かれるのも自然なことであった。
「ねえ、アゲハ君。その里見君を僕に紹介してくれないかな?」
「別にいいぜ」
朧はアゲハに、蓮太郎と会うための約束を取り付けた。ちょうど明日の夕方は久しぶりに稽古をつける約束をしていたため、渡りに船である。
朧合流と近況報告の話
ミラクルドラゴンとエルモアウッドは老けた姿がイメージ出来ないから合流予定は現状ないです