鶏が鳴きそうなほどの早朝、天童流で所有している道場の中央に蓮太郎は一人で立っていた。精神を集中し、技のイメージを頭の中で練り上げる。昨日、望月朧に言われたことを蓮太郎は試していた。両手両足に気を練り込むイメージを固め、百載無窮の構えを取る。
「一の型八番―――
脚の発気で体を加速させ、右の正拳を虚空に放つ。拳が空気を切り裂く音が人気のない道場に響き、蓮太郎は百載無窮の構えを取って残心する。そのまま深呼吸をして息を吐いたところで、蓮太郎は何者かに声をかけられる。
「その体たらくじゃあ、二段に上がるのもまだまだ先だな」
「まさか……
天童流のトップに立つ、齢百二十歳の化け物が蓮太郎の前に姿を現す。蓮太郎としても直接会うのは久しぶりなこともあり緊張が走る。
「その顔……自分程度の相手にワシが声をかけるなんてどういう風の吹き回しだと言いたそうだな。ワシからすればおぬしの方がワシを避けているだけだろうに。木更が天童と袂を分けたことを気にして疎遠になったのはおぬしであろう?」
「仕方ないじゃねえか。俺も菊之丞から勘当された身だ。ここみたいに一般にも開放している道場以外はおいそれと脚を向けるわけにもいかねえよ」
「そうもあの木更に執着するとは……あの腐った剣の何処に魅力があるというのか」
「アンタに何が解る!」
蓮太郎を挑発して高笑いをする助喜与に、蓮太郎は怒りをぶつける。
「解らんよ、色恋なんて百年近くも離れたからな。どれ、ワシにもわかるように拳で語ろうじゃないか」
「わかった……胸を借りるぜ!」
「ならば、かかってこい」
蓮太郎は全身に血を巡らせて胆力を込めて百載無窮の構えを取る。そのまま脚に力を籠め、全力で地を踏みしめて間合いを詰めて懐に飛び込んだ。
「三の型九番―――
「遅い!」
蓮太郎の体当たりに合わせて跳び箱の要領でとんだ助喜与は、ノーダメージで攻撃をやり過ごして後ろを取る。蓮太郎は咄嗟に裏拳で追撃をかけるが、苦し紛れの一撃など助喜与には躱すのも容易い拳打に過ぎない。
軽々と躱した助喜与は、蓮太郎の頭を掌で突く。
「こんなものか。例えばこれが
「くっ!」
蓮太郎は後ろに飛び退いて構えを取る。たった一合で実力の差を見せつけた助喜与に対して蓮太郎は冷や汗をかくが、ここでイモを引いたら修業にならないと自分に言い聞かせる。
「まだまだ!」
「流石に初段程度ではムキになってもその程度だ。どれ、まずはその眼を使って見せろ」
「……押忍!」
蓮太郎は助喜与に言われるがまま義眼の能力を解放する。プロセッサの演算が体感時間を遅くさせ、助喜与の動きに脳が追従できるようになる。蓮太郎の呼吸を読んで細かいフェイントをかける姿を、二十一式バラニウム義眼の力でまじまじと見つめる蓮太郎は、これが天童流師範の実力かと心の中で驚く。
「見えるか? ワシが今、どれだけおぬしの虚を突いたか」
「ああ、一呼吸程度の間に七回もフェイントを入れたな? この眼を使ってなかったら、簡単に釣られて突っ込んでいたぜ」
得意げに助喜与の動きを解説する蓮太郎ではあったが、助喜与がかけたフェイントが只の七回ではないことには気が付かない。百載無窮の構えから静止した助喜与は、まったく微動だにしないままに蓮太郎に飛び掛かった。
「
一歩に全力を込めることで神速の歩法で間合いを詰める天童流の技でも、バラニウム義眼を用いれば多少の予備動作は見つけることが出来る。少なくとも蓮太郎はそう思っていた。だがたった今、助喜与が見せた動きには全くそれが無い。微動だにしない以上は間合いが詰まることが無いという常識と、相手に動きがないことが見えすぎる義眼の特性を利用することが第八のフェイントとして作用した。
「
神速とはいえ義眼の演算は微動だにしないままに接近する助喜与を途中で捕え、それに反応する蓮太郎は防御の姿勢を取る。しかしそれでも助喜与を止められない。
掌に気を込めた掌底が×の形に組んだ両腕ごと顎を捕え、防御に触れるとともに放たれた衝撃波が蓮太郎の意識を刈り取った。気絶した蓮太郎に対して、助喜与はバケツに組んだ冷や水をかける。
「起きたか?」
「ああ……」
「おぬし、防御したのに失神したことが不思議で仕方がないようだな。だがそんなところで立ち止まっておったら、いよいよ初段から先なんて無理だぞ? いくらワシが義眼の力を使えといっても、それを利用されているようではな」
「利用?」
「おぬしが義眼を使って得意げに見抜いた虚、あれはその義眼で見破らせることそのものがワシの手よ。余計なところが見えすぎておるから、ワシの動きを追従出来なんだ。見切りの極意は相手の呼吸を読むこと、一挙手一投足を事細やかに把握することではないのだぞ」
蓮太郎は言われて影胤事件以降の事を思い出す。機械化兵士としての力を肯定しようと、強者との戦いでは積極的に義眼や義肢の力を使ってきていた。たしかにその場の判断ではそれは正解なのであろう。しかし助喜与の言うようにその力に頼り過ぎていたのもまた事実である。義肢については朧に指摘されたばかりであるが、義眼も同様だったのである。
アゲハとの模擬戦闘でサイキッカーという超人を相手に対等に渡り合うことを可能にする義眼の力も助喜与という達人を前にしてはおもちゃも同然なのだ。いかに強力であろうとも、通用しないとこうも脆いと蓮太郎はショックを受けざるを得ない。
蓮太郎は脳震盪で揺れる視界を回復させながら、先ほどの組み手の流れを思い起こす。それこそ言葉一言も漏らさずに思い起こしていた蓮太郎は、助喜与が放ったある言葉を気にかけた。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「言うてみい」
「キャの型ってなんだ? 今まで一言も聞いたことがねえぞ。天童流の型は三つじゃないのか?」
「当然だ、だれにも教えてないからな。
「だったらなんで、俺にその技を見せたんだ? さっきの攻撃だって、別に使う必要はなかったじゃねえか」
「教えるつもりがないというのはあくまで天童流としての話だ。ワシとしてはおぬしにだったら授けても構わんと思っている。天童と袂を分けたおぬしにならな。だから手本をみせたのだ」
「わざわざ出来の悪い弟子に気をかけてくれたと思ったら、秘密の必殺技まで教えてくれるつもりだなんて……何か裏があったりしねえよな?」
「なあに、大したことじゃない。このまま木更の狂気が行き過ぎることがあれば、おぬしがそれを鎮める役目を負うだろうからな。宿命を達成できるように手段の一つも授けようというワシの気まぐれよ」
「狂気? 俺には木更さんが狂っているようには……」
「おぬしは気付いていない……というより、意図的に目を反らしておると言うほうが正しいか。あやつは父母の復讐に憑かれておる。あれだけの剣の才能まで台無しにするほどにな」
「台無しだって? 現に師範も木更さんを認めて免許皆伝したんだろうに」
「皆伝を認めたことは事実でも、あやつの剣が腐っておるのもまた事実よ。おぬしにもいずれワシが言わんとしていることがわかる時が来る。その義眼に引きずられて限界を超えれば、見えてくる世界があるからのう」
蓮太郎には助喜与がしきりに言う『木更の剣が腐っている』という意味が解らない。木更が内に秘める天童家に対する復讐心は知っているが、それが彼女の剣に多大な影響を与えていることなど想像もしていないからだ。
無論、蓮太郎とて木更が復讐に取りつかれる姿など見たくはない。そういう意味では助喜与がいう『意図的に目を反らしている』という解釈は正しい。そして助喜与は目を反らすことを止めざる状況になるであろうと予感していた。
「とりあえずは口で語るか―――
空の型は
この四番までが空の型だ」
「剄というと、中国武術みたいなものか? 八卦掌とかの」
「呼び方は霊能力者の受け売りだが、ワシは中国武術に習って剄とは呼んでおる。だがあくまで外部から打ち込んだ剄で相手を圧倒する技であり、相手の体を内側から無残に壊す技ではないことは肝に銘じておけ」
「それは解ったが……そもそも剄を込めるだなんてどうやってやれって言うんだよ」
「そんなもの自分で考えろ! そこまでは面倒が見れん」
助喜与は急に冷たく蓮太郎を突き放すが、これには理由がある。この『剄を込める』という行為そのものが適正に左右されるからだ。天童流の歴史の中で、助喜与も過去何人かには口伝したことは遠い日に実はあったのだが、誰一人として開眼には至らなかった。
その点でイニシエーターばかりでなくサイキッカーとも交流があり、自身も二十一式バラニウム義眼という機械仕掛けの異能を有する蓮太郎は、助喜与の見立てでは空の型への適性が人一倍高い。その才は復讐に憑かれる前の木更にも匹敵するほどである。
助喜与は蓮太郎が空の型に目覚めることを後世に技を伝えるという観点で期待を寄せて道場を後にした。
「はあああ」
助喜与が立ち去った後も、日差しが緩やかになり病院の見舞いの門限が近づく午後三時を回るまで蓮太郎は修業を続けた。流石に一日で空の型を開眼するには至らないが、朧のアドバイスとは違い、具体的な修行の到着点が見つかったことで蓮太郎の修業の熱も上がった。
食事も取らずにヒートアップした結果、汗まみれになった胴着を脱いで手に持てば、ずしりと染みついた汗の重みが蓮太郎の手に食い込んだ。
「こりゃあ、見舞いの前に念入りにシャワーだな」
あまりの汗の量に思わず匂いを嗅ぐが、その汗臭さは自画自賛できるほどに臭かった。蓮太郎は一度家に帰り、胴着を洗濯機に入れてシャワーで汗を流した後、延珠たちの見舞いに向かった。
れんたろー修行回
助喜代師範は特典系をノーチェックなのでアニメで一瞬映った小さいお爺さん程度の認識ですが、その代わりに正体不明なら正体不明な実力者にしてしまおうという発想で登場させました。
強い妖怪爺+空の梵術っぽい技を授けるお爺さんですが、あくまでステゴロ暴王禁止縛りならアゲハより強い流石師範はひとあじ違うというキャラ付けです。
オリ技の空の型は空の梵術にインスパイアされたそれっぽい技であくまで梵術じゃなくてPSYREN的には強化戦闘に近いモノとだけ