外周区でのガストレア退治を行った翌日、この日も蓮太郎は朝稽古に勤しんでいた。昨日ガストレアを倒した最後の一撃を思い出す様に、虚空に正拳を放つ。
「
左の正拳が空気を切り裂き、パアンという轟音を響かせる。
「いい音じゃが……音が出るのはまだまだ修行が足りんぞ」
蓮太郎は後ろから声をかけられる。声の主は助喜与であり、顔を合わせるのは先日の組み手以来である。
「その様子……なにか掴んだようじゃな」
「おかげさまで、マグレだが一回だけ『
「そうか。一月もかからずにたどり着くとはワシの眼に狂いはないか」
「随分と褒めるじゃねえか」
「さもありなん。ワシとて開眼まで半年以上もかかった技じゃ。それと比べれば何倍も速い」
助喜与は蓮太郎の上達速度に感心していた。助喜与自身は空の型を身に着けるために半年以上もかかったということに嘘偽りはない。
「マグレでと言うことは、あと一息足りんと言う事か。どれ、今日も一本付き合ってやるぞ」
助喜与はそういうと、百載無窮の構えを取る。蓮太郎も百載無窮の構えを取り、自然と二人は見つめあう。
「(呼吸を……呼吸を読むんだ)」
蓮太郎は先日の助言を呟きながら助喜与を見つめる。今回はあえて義眼は使わない。修業の成果を見せるために、生身の五感を総動員して助喜与の動きを受け取る。
助喜与が神速の歩法のために力を足に貯め、それに反応してわずかながら引き寄せられる空気の動きが蓮太郎の勘を働かせる。その緩やかな流れが止まった瞬間に、助喜与はついに動く。
「空の型四番―――
飛と歩法の組み合わせにより高速で助喜与は間合いを詰める。下手すれば脚部カートリッジの炸裂よりも速いであろうそのダッシュは瞬く間に助喜与を蓮太郎の懐に導く。
「空の型一番―――
助喜与は剄を込めた掌底で蓮太郎の顎を狙うが、蓮太郎はそれを読み切って体を半身にして躱す。そのまま左拳を密着させると、中国武術の寸勁にも似たワンインチパンチを放つ。
「一の型十二番―――
渾身の一撃は闘気を纏う。飛を使ったサイドステップで寸前にて助喜与は攻撃を躱すが、空振りした拳は空気を震わす。
「言うだけの事はある。確かにちょろっとだけだが剄が込められておる」
「ちょろっとか……これじゃあまだまだ足りないか」
「そこまでだったら馬鹿でも修業を積めば出来るわ!」
助喜与はこの程度で調子に乗るのではないと言わんばかりに再び駆け寄る。今回は飛を使わずに神速のみでのダッシュであるが、流石の師範である。剄を使おうとも使わざるともその動きはやはり速い。
「でえい!」
蓮太郎は助喜与をボール、自らの右足をバットに捕えて回し蹴りを放つ。助喜与は手前で横に逃げたため蹴りは空振りに終わるが、剄の影響なのか蹴りによって切り裂かれた空気は助喜与の胴着を掠めて傷をつける。
助喜与は追従するように方向を修正し、左拳に剄を練り込む。
「空の型三番―――
「ぐう!」
「……やりおったか」
助喜与は拳の手ごたえに不満を憶え、ひとまず蓮太郎との距離を取った。剄櫻によって蓮太郎が突き飛ばされたこともあり、六メートルほど距離が開く。
「剄を体に巡らせることによる防御の技か……満足に剄を込められない割にはよくもここまで出来たものよ」
「伊達に死線は潜り抜けてねえからな。ぶっつけ本番の思い付きだが、おかげで失神しないで済んだぜ」
「さもありなん。剄は魂の力とは、
「明神? 空の型を教わったっていう……」
「……無駄口は後じゃ!」
助喜与は三度蓮太郎に仕掛ける。あくまでこの組み手は蓮太郎に剄を扱うコツを教えるためのもの、ならば蓮太郎にぶつける技も剄を込めたものであるべきと助喜与は考える。助喜与は右手の手刀を左腰に構え、まるで居合のような構えを取る。右手に剄が集まっていき、空気の流れがそれを蓮太郎に知らせる。
「……」
助喜与の動きを見切らんと集中したことが無意識に義眼を作動させ、プロセッサの演算が脳をオーバークロックさせる。だが極度の集中故に元よりオーバークロックにも似た状態になっていたことで、脳の新たな扉が開く。
助喜与の右腕がまるで一振りの太刀のように煌めき、そして振るわれる。
「空の型二番―――
助喜与は剄楓を刀代わりにして天童式抜刀術の技……一の型一番、
「見えた!」
蓮太郎は飛来する滴水成氷を右腕義手で受け止め、廻し受けで受け流す。追撃を仕掛ける助喜与ではあるが、滴水成氷を飛ばした影響なのか体を覆う剄の量が少なくなっていたことを蓮太郎は逃さない。
「一の型五番―――
ついに左の突きが助喜与を捕える。剄が不足した助喜与は先の閃空斂艶を躱したときのように、
体が空に浮いたということは絶好の好機である。この隙を逃す手は無い。
「ハア! 空の型三番―――剄櫻!」
今まで意図的に成功したことは無い、それでも今は行けると確信を持ち、蓮太郎はその名と共に技を放つ。剄を込めた正拳、
蓮太郎は気付かなんだが、剄が集約した彼の右手はみえるひとが見れば魂の力によって煌めいていた。助喜与をも超える膨大な剄は、師範ですら到達できなかった梵術の境地に蓮太郎を誘う。
「ちとマズいのう」
並の威力ではない剄櫻が眼前に迫り助喜与は焦る。いくら組み手とはいえ熱くなった未熟な弟子は、もうその拳を止めることができない。ならばもう、自力で切り抜けるよりほかはないと助喜与は頭を捻る。
「剄蘭!」
助喜与は残る剄をすべてつぎ込んだ渾身の剄蘭を放つ。剄櫻のあまりの威力に相殺は叶わないが、威力を反らすクッションとしては充分であった。二人の剄が轟音と共にぶつかり道場を震え上がらせた。
「はあ……はあ……やったか?」
「ここまでじゃ。今のを忘れるでないぞ」
「押忍」
蓮太郎は最後の攻防に手ごたえを感じていた。助喜与から教わった空の型を初めて自分の意思で放つことができたことに。
「今のは只の剄櫻ではなかったぞ。打突の瞬間に一気に炸裂させた剄の奔流、言うなれば闇夜に瞬く蛍の光じゃ」
「蛍?」
「名付けて空の型五番、
助喜与は最後に蓮太郎が放った剄の技に名を与え、その場を立ち去った。助喜与の古き友人、明神が得意とした
助喜与が立ち去った後、蓮太郎は一息ついて修業を再開した。先ほどの組み手で限界を超えて殻を破ったのか、
助喜与によって名付けられた空の型五番、闇蛍も先ほどのような炸裂カートリッジをも超えかねない威力ではないにしても身についた。
まるで逆上がりを覚えた子供の用に剄を込めた演武を繰り返した蓮太郎は、望月朧の言葉を思い出す。
「一皮むけるか」
以前の組み手のおりに、朧は『気を爆発させるイメージ』を練習しろと言っていた。結果として会得した『闇蛍』はまさに気……言い換えれば剄を爆発させる技である。漠然としたアドバイスだと思っていた朧の言葉が回りまわって自身を一回り成長させたことに蓮太郎は一人驚いていた。
カートリッジに頼らない剄による炸裂、闇蛍は確かに里見蓮太郎を一つ上のステージに誘った。
――――
延珠たちの退院の日、家路への途中で延珠は思い出したかのように蓮太郎に挑んだ。
「そういえば、あの約束を覚えておるか?」
「約束ってどんな?」
「あの未織が作った訓練室で言った話だ。妾と蓮太郎で、どちらが強いか勝負すると言ったであろう」
「あの話か。でもいいのか? お前は病み上がりだが、俺はその間に厳しい修業を積んだうえに義肢も新調したぜ。もうあのころの里見蓮太郎ではない」
どこぞの通販番組でのビフォーアフターのようにビッグマウスを蓮太郎は口にする。その自信もさることながら、蓮太郎の成長はまごうことなく本物である。知らぬは入院していた延珠の方である。
「構わぬぞ。もし妾が負けるようなことがあれば、蓮太郎にはセキニンをとってもらうのでな」
「延珠さん、大胆ですね」
「右に同じく」
延珠の発言にティナと夏世も同調した。元々は延珠が勝てば、蓮太郎がティナに目をかけていた理由を教えるというものだったのだが、いつの間にか蓮太郎が勝ったら責任を取るという賭けにすり替わっていた。
ここでいう責任がいわゆる夫婦の契りであることに、他の二人と同様に蓮太郎も気が付かないわけはない。
「冗談はそれくらいにしてくれよ。それに勝負なら今日はナシだ。今日は退院祝いでご馳走だからな」
「う~……蓮太郎のイケず」
「イケずだなんて、俺だって知識でしか知らないくらい古い言い回しだぞ」
「夜中に看病に来てくれたドクターの入れ知恵ですよ。昭和の言い回しとか懐かし特撮シリーズとか、入院中に暇を持て余した私たちにいろいろ教えてくれたんです。特に
蓮太郎はティナの解説に、あの人なら吹き込みかねないと気疲れに肩を落とした。そしてティナの口から語られた番組名にあの男を思い浮かべる。
「吸血鬼刑事か……そういえば最近知り合った民警にそっくりさんがいたっけな」
「本当か? 蓮太郎」
蓮太郎が何気なく振った話に延珠も飛びつく。どうやらティナ同様に、延珠も吸血鬼刑事が気に入っている様子である。
「夜科さんたちの知り合いで、望月朧って奴だ。仙台エリアでは大企業の会長にして序列三百六十位の民警として有名人だ」
「それは……そっくりさんではなくて本人ではないか。ゲーノー人と知り合いになるなんて凄いじゃないか」
「冗談言うなよ、あの作品は二十年近く前の奴だぜ。俺が言っている人はまだ二十代……多く見ても三十手前だ。計算が合わねえだろ」
「知らないのですか? 仙台エリアの勇士、望月朧はリアル吸血鬼刑事と呼ばれるくらい見た目が若いことで、ネットの一部界隈では有名なんですよ」
はじめは延珠の勘違いだと思っていたのだが、ついに夏世までもが吸血鬼刑事の主演俳優と民警望月朧が同一人物であると言い出す。まさかと思い、以前交換した連絡先に蓮太郎は電話をかける。
『もしもし? どうしたんだい、里見君』
「不躾な質問で悪いんだが……アンタ、二十年くらい前に俳優をやっていた……なんてことは無いよな? 吸血鬼刑事シリーズの主演だったとか」
『二十年前か……あの頃はまだそっちの世界に居た頃だったかな。吸血鬼刑事はデビュー当時のドラマだからよく憶えているよ』
「え……冗談だよな? アンタ、大目に見てもまだ三十そこそこにしか見えないぜ。そんな昔から外見がほとんど変わっていないだなんてことは無いよな?」
『僕がそんなつまらない冗談を言う訳がないじゃないか。それに年齢で言えば僕ももう四十歳を超えているよ。あまり年寄扱いされたくはないけれどね』
この後、延珠たちへのサインを書く約束をして蓮太郎は電話を切った。まるで自分だけが常識から外れているような感覚に愕然と肩を落とし、木更が退院祝いの準備をしている新生天童民間警備会社事務所へと歩き出した。
れんたろー改造編最後の話
せっかくの新技習得だが漫画版の迫力クオリティの前に実践でどう生かそうか考え中のまま三章を閉めようと思います。
逃亡者編は雨宮さん発言のネタありき、7巻以降は原作が停止なので次が山場になると思います。
PS
三章はょぅじょが出番少なかったなあ