東京湾に浮かぶメガフロート刑務所には思想犯アンドレイ・リトヴェンツェフを筆頭に多くの凶悪犯罪者が収容されている。四賢人と呼ばれた日本最高の頭脳はこの日もこの刑務所を訪れていた。
普段は週に一回のペースなのだが今回は三日前にも訪れており、訪問相手も小首を傾げていた。
「どうしたんだ? ドクター。まだ一週間経っていないじゃねえか」
「状況が変わったのさ。これから期間限定だが、キミをここから連れ出すよ」
「なんだと」
菫は檻の向こうに居る将監に状況を説明した。アルデバランの出現と、それによるモノリス破壊についてである。政府は藁をも掴む勢いで手駒集めに必死になっており、そのため極秘兵器扱いである伊熊将監にも出動の許可が下りたのだと。
「久しぶりに暴れられるわけか。だがな、俺の顔はそこそこ広まっているだろうがどう隠す気だ?」
「心配ご無用。キミにはしっとマスク二号として娑婆で行動してもらう」
そういうと、菫はポケットから白い覆面を取り出す。目元の部分に焔の模様が描かれており、何処か異様な雰囲気を醸し出していた。
「これを俺につけろって言うのか」
「嫌ならキミは此処に置いていく。東京がガストレアの巣になって、食事の配給が無くなり飢え死ぬのを待つがいいさ」
「チッ! 仕方がねえ。その話、乗ってやるよ」
将監はマスクを受け取り顔にかぶせると、菫に従って刑務所を後にした。まずは勾田大学病院に向かうのだが、その道中で将監は一つ菫に質問する。
「ところでよぉ、なんで『二号』なんだ?」
「簡単さ、一号は既にいるからだよ。普段は銭湯の番台をしているフリーランスの男なんだが、世代が近いからか結構私と気が合う男でね。そのマスクもアイツの予備を借りてきたものなんだよ」
「ちなみに序列は」
「たったの四万二十九位、
「冗談みたいな野郎だな」
「まあ見た目は棍棒担いだプロレスラーだが、実力は生身時代のキミとも肉薄できるレベルだ。頼りになる男だよ」
大学病院に到着すると、アゲハから預かっていたバスタードソードを含めた将監用の装備を整え、二人はキャンプに足を運んだ。キャンプに到着するとしっとマスク一号と合流し、菫は先に病院へと戻る。残された将監はしっとマスクに挨拶する。
「今日から暫く世話になる。伊熊―――」
「それ以上はいい、二号。キミの素性は室戸先生から聞いている」
「それは手が早いことで」
「立ち話もなんだ、とりあえずうどんでも食いに行こうじゃないか」
「それもそうだな」
しっとマスクの提案で二人はうどんをつまみに行くことにした。その足取りの最中、一人の幼女が二人に声をかけた。赤髪のツインテールは将監には見覚えがある姿だった。
「お主たち、妾たちのアジュヴァントに入らぬか?」
将監はさてどうしたものかと周囲を見回す。すると離れた位置に、なんであんな色物コンビに声をかけたんだと言わんばかりの表情をしている里見蓮太郎を見つける。里見も室戸菫の関係者だが、俺の格好の事を聞いていたらあんな表情にはならないだろうなと蓮太郎が事情を知らないだろうと察した将監は、小声でしっとマスクに判断を委ねる。
「どうする?」
「どうもこうもない」
しっとマスクは小声で将監に答えたのち、眼前の藍原延珠に答える。
「申し訳ない、お嬢ちゃん。俺達は既に別のアジュヴァントに所属しているから、キミの所には参加できないんだよ」
「そうなのか……」
「戦場で顔を合わせたら協力は約束しよう」
「ならばその時は手助けを頼むぞ」
しっとマスクは延珠に断りを入れる。延珠は残念そうな顔で蓮太郎の元に戻っていく。そのやり取りを見て、将監はしっとマスクに訊ねる。
「おいおい、既にどこかに所属しているのかよ」
「昼食の時に話そうとは思っていたんだが、この際だから今言おう。俺達は序列三百六十位、望月朧の配下でこの戦いに参加する」
「望月……あのいけ好かない大社長サマか」
「えり好みは良くないぞ。それにキミは本来なら序列を剥奪された身だ。さっきの子の所みたいに、普通のアジュヴァントにはそもそも参加することも出来ないんだから我慢しろよ」
「なんだと、聞いてねえぞ? わざわざ俺に声が掛ったんだから、そんな細かい手続きはとっくにクリアしているんじゃねえのかよ」
「だから、その解決方法が望月氏のアジュヴァントって訳だ。彼の所は非正規の民警を彼の豊富な資金を後ろ盾にした独断で取りこんでいる。彼の所なら、序列剥奪どころか戸籍すら抹消されたキミでも我が物顔でいられるという訳さ。それに彼の所にはキミの元相棒もいることだしな」
「夏世がいるっていうのか?」
「ああ、正確には夏世ちゃんを引き取った夜科アゲハがいる。夏世ちゃんにはキミのことは伏せているが……」
「やっと筋が通ったぜ。アンタも、望月朧も、ドクターも、みんなあの夜科のヤローと繋がってやがったのか」
「そういうことだ」
二人のマスクマンは立ち話の後、うどんをつまんでから朧が待つテントに向かった。テントにはW.I.S.Eから参加した非正規のサイキッカー民警ペアたちが大勢集まっており、彼らからすれば多少腕が立つ程度の無能力者など奇抜なファッション一つじゃ気後れしない。
「俺の案内はここまでだ。今日は店の準備があるからここで失礼させてもらうよ」
「おい!」
初対面の人の中に放り込まれた将監は最初は戸惑ってしまうが、彼の覆面に興味を示した子供たちに遊ばれたことで次第に打ち解けていった。なんだかんだ伊熊将監も子供には弱いようである。
――――
アジュヴァントの人数合わせの為にキャンプに乗り込んだ蓮太郎たちだったが、思いの外メンバー集めに苦戦していた。しっとマスクをはじめとして既に別のアジュヴァントに参加済の人間も多く、未だ何処にも参加していない民警が見つからないからだ。
そうこうして歩き回っていると、むさい男たちの垣根を蓮太郎は見つけた。
「何があった?」
「喧嘩だよ。あそこのトサカ頭とタンクトップにバイザーの兄ちゃんたちが口論になってな。そうしたらコートにバイザーの兄ちゃんが止めに入って、そのまま喧嘩勃発って訳さ」
人垣の中央に居たのはくわえ煙草に日差し避けなのかアゲハらサイレンドリフトには見慣れたバイザーを付けたドルキ、コートにバイザーの男とその相棒の少女、モヒカンヘアに槍を持った男とその相棒の少女と合計五人の男女がいた。
事の発端はモヒカン頭の不注意である。彼が背負っていた槍の穂先がドルキの眼前に当たりそうになり、思わずドルキが
多くの見物人は逆切れしたモヒカン男は何をしでかすかわからないため、コートの男も危ないのではと思っていた。だがそれを見物する蓮太郎はコートの男の勝利を確信していた。なぜなら彼の事を蓮太郎は知っているからだ。
「おい兄ちゃん。仲裁なんてムカつく真似をして、ぶっ殺しちまっても謝らねえぞ」
「貴様の方こそ無礼を通り越して野蛮だな。誰が見ても貴様に非があるのは明らかだった。むしろ俺が仲裁して穏便に済まそうとしたのがわからないのか? こちらの彼はいよいよ殺気立って貴様をぶちのめすつもりになっていたぞ」
「知るか馬鹿。そんなことより謝れや。二人して俺の槍の餌食にしてやるよ」
「そういう有り余った力はこれからの戦いに取っておくことも出来ないのか」
「いい加減詫びを入れろや!」
モヒカン男の論理は破綻していた。自分の悦楽の為にバラニウムブラックの穂先を携え、多くのガストレアを指し殺して来た快楽者である。市井の人間に手を出さないから社会の歯車になりえただけで、平和な世の中なら三十路前に若い命を散らすヤクザの鉄砲玉が関の山の暴力のみの小男には、論理的思考が足りていないのだ。
「きええええ!」
奇声をあげながら全力でコートの男の腹を狙い、モヒカン男は槍を突き立てる。異常者であっても身体能力はそこそこなのか、普通の人間としては鋭い一撃がコートの男を襲うが、彼には甘い。一流の拳法家の前にはこの程度の突きなど容易く見切れるからだ。
左前の半身の姿勢で間合いを詰め、右腕を柄に当てるようにして回避しつつ槍をすべらせて内側に入り込むと、コートの男は一気に顎を捕える。
「
掌底がモヒカン男の顎に決まり、一撃で男の意識を刈り取る。まさに瞬殺であり、その動きにはモヒカン男のパートナーも冷や汗をかく。それでも眼前の男を倒せば自分たちの勝利であり、そうなれば自分たちは正しいと少女は飛び上がって自分の槍を投げつける。
「ただの人間にこれが躱せるか!」
少女の投擲は一直線にコートの男を狙い、心臓直撃の軌道を取る。時速二百キロの白銀の榴弾に多くの野次馬はコートの男が死んだかと目を覆うが、それでも男を倒すには至らない。
コートの男は眼前に迫る槍の穂先を捕え、柄の先に右腕をあてがって廻し受ける。最小限の動作で槍は明後日の方向に飛んでいき、魔女のような帽子をかぶるコート男の相棒が服の下から伸ばした何かで槍を切り刻み周囲の野次馬に当たらないようにする。
「まだやる気か?」
必殺の一撃を難なく止められたことで、いかにイニシエーターといえども少女はコートの男に恐れを抱く。負けを認めた彼女は相棒を抱えて軽い会釈の後にその場を立ち去った。
勝負に決着がつきドルキが「じゃあな」と挨拶してその場を立ち去ると、蓮太郎はコートの男に声をかけた。二人は互いの事に気が付くと、右腕を交差させて再開を祝う。
「投槍に対する廻し受けに三陀玉麒麟、相変わらずすげえぜ
「久しぶりだな、里見。噂は聞いているぞ」
二人が知り合いと言うことを知らなかった延珠は急に親睦を始める二人に戸惑う。蓮太郎はそれに気が付き、延珠に彰磨のことを説明する。
「紹介するよ延珠。彼は
「キミが里見の相棒か。聞いての通り俺は里見の兄弟子だ。それにコイツは俺の相棒の
「よろしくお願いします」
初対面の二人にややはにかんだ態度を取る翠に対し、延珠は親睦を深めようと前に出る。
「彰磨に翠か。妾は蓮太郎の色々な意味でのパートナー、藍原延珠だ」
「パートナーか……年端もいかない少女に手を出しているとは、さては木更に捨てられて自棄を起こしたか?」
「彰磨兄ぃ……違う、そうじゃない!」
「冗談だ、わかっているよ。だがだいぶ仲が良いようじゃないか。安心したよ」
彰磨の一言に蓮太郎は彰磨がまだ天童流の道場に通っていた頃を思い出す。当時の蓮太郎はバラニウム義肢の奇抜さもあり友人が少なく、同様に爪弾き者だった
「それにしても擦れ違いにならずにちょうどよかった。お前の事を探していたんだよ、里見」
「俺を?」
「俺達は今回の戦いでお前の元で戦わせてもらう。よろしくな、里見リーダー」
「本当か? 彰磨兄ぃがいてくれたら百人力だぜ」
「いいや、俺達に翠ちゃんも含めて二百人力だ」
彰磨の提案に浮かれる蓮太郎だったが、さらに現れたもう一人の男は蓮太郎を驚かせる。
「もしかして……水原か?」
「もしかしても何もねえよ。久しぶりだな蓮太郎」
「何年も連絡も寄越さないでおいて、随分デカい態度じゃねえか」
「仕方がねえだろう。俺んちだってその日暮らしで精いっぱいで、そんな暇はなかったんだから」
「水原は先日一緒に仕事をした仲でな。俺の技を見て一目で天童流と見抜いた程だから、聞いてみたら里見の幼馴染だっていうじゃないか。そこで今回の大事件を前にお前の所に連れて来たって訳だ」
「と言うことは、お前も民警なのか?」
「ああ。いまは連れてきていないが相棒もいる。名は
「お主、ゾッコンだな」
「トーゼン、俺達パートナーだからな」
「よいことを言う。妾もパートナーはちゅっちゅするのが筋だと思うぞ」
再会の喜びより、しばらく見ない間に生粋のロリコンに目覚めたとしか思えない様子の鬼八の態度に蓮太郎は驚く。小声で彰磨に訊ねるが、「性的な意味ではなくプラトニックな関係だから問題なかろう」と大人と言えば聞こえがいいが悪く言うと実際ロリコンだと肯定する回答に蓮太郎は一戦を超えちまったかと思った。
小学生時代の鬼八は大のシスコンであったが、今はその妹も死別していることを蓮太郎は知っている。故に当時のシスコン具合をこじらせて今の相棒である火垂に重ねているのなら犯罪的な意味で危ないと蓮太郎は不安になる。
「水原……歳の差カップルを否定する気はないが、これだけは言わせてくれ―――」
「皆まで言うな、蓮太郎。火垂は火垂、妹の代わりじゃねえのは理解しているよ」
「ならいいんだ」
こうして里見リーダーの元に三組の仲間が加わり、最低人数である三組六人をクリアしたことで自衛隊からテントが支給された。蓮太郎たちはテントを組み上げる、後は開戦を待つばかりとなる。
夜になり紅露火垂が合流して改めて互いの親交を深めていると、その輪にティナを引き連れた木更が顔を出した。その畏まった表情に思わず蓮太郎も緊張する。
「どうしたんだよ? 木更さん。そんな畏まった態度で」
「天童流剣士・プロモーター天童木更。NEXT強化人間・イニシエーターティナ・スプラウト。里見蓮太郎のアジュヴァントに加えて頂きたくここに推参しました」
「はあ?」
突然の木更の告白に蓮太郎も戸惑う。確かにティナと木更はペアを組んでいるとはいえ、持病を抱える木更までが参加するとは思っていなかったからだ。
「待てよ! もしかして木更さんも戦うつもりか? 実力は充分承知しているけれど、大丈夫なのかよ、その……腎臓のほうは」
「お気遣いなく。今日の内に透析は済ませているし、戦闘中もちょくちょく透析をするつもりだわ」
「ダメだ! 少しは自分の体を考えてくれ。そんな勢いで戦うことが出来たら、アンタが事務職になることもなかったのは自覚しているだろう?」
「里見君はわたしの事が心配なんでしょう? でもそれはわたしも同じよ。どうして気付かないの。だからわたしをアジュヴァントに加えなさい。これは社長命令よ」
木更の態度に押し込まれて蓮太郎も泣く泣く折れる。その様子を見ていた玉樹は突然現れた美人に心を奪われる。
「ヘイボゥイ、誰だこのプリティガールは?」
「天童木更さん。ウチの若社長様だ」
「それは失礼した。俺は片桐民間警備会社の社長兼プロモーター、片桐玉樹と言うものです。出来れば今後とも天童社長ともお付き合いいたしたく思います」
急になれない丁寧語を語りだす玉樹に蓮太郎は面食らう。それどころかその言葉のニュアンスに裏を感じ取って噛みつかずにはいられない。
「ちょっと待て片桐兄、お付き合いってどういう意味だよ」
「だからお付き愛だって」
「里見君は黙っていて。これは社長同士の話よ」
「わかったら席を外してくれボゥイ」
玉樹は木更の態度にうまくいったと内心にやけていたが、玉樹がお付き合いと称して男女交際に持ち込もうとしていることに気が付かない木更でもない。腹の黒さでは生き馬を抜く木更にわりと純情少年寄りな玉樹が勝てるわけがなく、都合のいいパシリに使われるのもさもありなん事であった。
玉樹がパシリから戻った後、五組十人の男女はこれからの戦いに向けて自己紹介と目標を語り、星空の下で勝利を誓い合った。
民警キャンプで人集めの話
鬼八さんがここで合流していますが、この方が逃亡者編で都合がよさそうなので仲間入りさせておきました。
若干ガチのロリコンっぽいけどプラトニックな六歳歳の差なだけだから純愛だよね。
そして意味なくモヒカンに絡まれるドルキさんはしっとマスクが待つ大テント団に向かう途中でしたが、普段はヒーローなので割と大人しめに行動させています。
しっとマスクさんってFAQの怪盗レンタ王ってのもレンタローとかけたギャグだから本名不詳でしっとマスクとしか表現できなくて困ります。