第三次関東開戦に備えて集結した民警キャンプの一角、そこに百人規模の一大テント群が設立されていた。望月朧が率いるアジュヴァントのテントである。非公式にW.I.S.Eの構成員をメンバーに加えたことで、数の上では民警団の本隊とも言うべき序列二百七十五位、
だがW.I.S.Eの面々は元々首領天戯弥勒の私兵であり、理由もなく関東開戦へと参加するつもりもない。彼らの目標は関東近辺に潜伏中のゾディアックガストレア『ピスケス』の討伐であり、アルデバランはついでに過ぎない。
それを確認する意味も込めて、事前に朧側とW.I.S.E側での打ち合わせが行われていた。
「今回の作戦だが、俺達は独自の判断で動く。ここの部隊との連携なんて関係ないぜ」
「それは構わない。僕としても集団行動なんて苦手だから、キミ達の尻拭いはキミ達でやってくれて結構だよ」
「だが我堂のおっさんはどうする気だ? あのおっさんは勝手な行動をしたら軍法会議だとか言い出すぞ」
ドルキも朧も、他と協調する気などまるでない。そんな中、我堂を知っているしっとマスクコンビだけはその様子を心配した。我堂長正は厳格な軍人気質であり、軍規違反には厳しい。実際のところドルキや朧が我堂に逆らったところで返り討ちにすることは充分可能ではあるが、将監にはそんな選択肢はない。人として心配するのが当然である。
「キミは僕を侮っているようだね、二号君。僕たちが仙台エリアの代表として参加することの意義はそこにあるんだよ」
「意義? 俺にはいぐ……二号が言っていることにも一理あると思うぜ。たとえ難癖をつけられたところで返り討ちにすればいいって言うのも考え物だぜ」
「だから、そこで僕たちの肩書が生きてくるんだよアゲハ君。僕たちは今回、東京エリアを護るために集められた民警集団の一つではなく、仙台エリアから派遣された援軍として参加することになっているんだ。普通なら合流先に従うのがスジなんだろうけど、そんなつまらない判断は僕にはいらない。指揮権を盾に好き勝手できるって寸法さ。まったく、老人の邪魔もたまには役にたつようだよ」
「本当に大丈夫なの?」
「一応、稲生首相と聖天子には許可を取っているからね。この傾奇御免状があれば問題なしさ」
朧は証拠となる電子署名を皆に見せる。三代目聖天子と稲生紫麿の電子印鑑が捺印されており、それには望月朧以下の独断専行を許可すると記載されていた。
「なかなか下準備がいいじゃねえか」
「昨日の仕事は今日の仕事、今日の仕事は未来の仕事……芸能人時代の先輩に教えてもらった言葉だよ」
「俺達と関わる前から天邪鬼は変わらないって聞いてるぜ。よく言うよ」
行き当たりばったりのライヴ感覚で生きていると思っていた朧の意外な行動にアゲハも舌を巻く。今回の戦いでは松本親子を人質にされているため、楽しむこととは別に絶対の勝利が必要なのである。そのためなら予め憂いを排除するための下ごしらえには事欠かない。そういう機転が利くこともまた、朧が天才と呼ばれる所以でもある。
「失礼」
朧たちの話がまとまるのを外で待っていたのか、声が静まったタイミングを見計らい外にいた自衛官が現れる。
「作戦に参加するすべての民警は一九三○に、前線司令部に集まるよう我堂団長から号令がかかりました」
「ご苦労様。団長には了解したと伝えておいてくれ」
自衛官は朧の返事に敬礼してその場を立ち去った。
その頃、時を同じくして蓮太郎たちのテントにも同様に招集の連絡が入り、蓮太郎はそれに返事を返した。
そして刻限になり、作戦に参加するすべての民権が前線司令部に集合した。流石にW.I.S.Eの面々はモグリだらけのためドルキのみが参加しており、噂の割には少ない望月朧隊の姿に他の民警たちは見下したような目線を送る。
アゲハらサイキッカー集団はそんな目線などお構いなしに構えているが、集団に居る呪われた子供たちは千寿夏世ただ一人なのだからこの時代の常識で甘くみられるのも仕方がないことだった。
だがそんな超人集団に混じっている改造人間伊熊将監だけは断じてそんなことなど出来ないと心の中で思っていた。自身も並の人間が裸足で逃げ出すほどの力を機械化兵士として改造されたことで得ていたのだが、それすらも異形の力にて打ち倒したのが彼らサイキッカーである。話を聞けば今回が初対面である朧、影虎、ドルキの三人は夜科アゲハらとほぼ同格という事であり、下手に逆らったら勝ち目がないと体で思い知っていた。
「よくぞ集ってくれた、勇者諸君!」
今回の作戦の総大将である我堂長正は、壇上に上がると大声で演説を始めた。殲滅思考全開で極端ではあるが、集まった荒くれ者たちを勇者と称えて鼓舞する内容である。元々民警には伊熊将監がサンプルとして上がるほどならず者崩れが多いのだが、血の気が多い男たちにはこの手のやり口は心に響く。自分は必要悪ではなく正義の勇者だと肯定されたのだから、嫌とは言えないわけである。
演説を聞きながら、将監はかつての自分ならこの演説でコロリと我堂長正のシンパになっていただろうなと思っていた。その感想は多数派であり、この演説で大半のフリーランサーは我堂派として統率される。
しかし作戦の詳細の説明に移るとその空気は怪しくなる。作戦内容を要約すると、民警団は自衛隊本体よりもずっと後方に陣を取ることになっていた。最終防衛ラインと言えば聞こえがいいが、要するに閑職として前線から遠ざけられただけであった。自衛隊が立てた作戦に落胆するのは説明する我堂本人も同じようであり、逆に先の演説で皆の心を掴めていなければ民警団は瓦解の危機ともいえるほど、空気は冷め始めていた。
「何か質問は?」
我堂は説明を終えると事務的に質問を集める。すると一人の青年が挙手した。彼の名は里見蓮太郎、掲げる右腕は漆黒の義手である。
「序列三百位の里見蓮太郎だ」
「ほう……キミが噂の。それで、何が聞きたい?」
「今回の作戦の陣だが、どうせなら回帰の炎記念碑まで下げたらどうだ? あそこなら天然の要塞だからゲリラ戦には最適だ。むしろ平野での集団行動に俺達民警が向いていないことなんてアンタも承知しているんだろう?」
「それはダメだ。言いたいことはわかるが、そこまで下がると自衛隊からの応援要請にこたえられなくなる」
「そんなもの、あると本気で思っているのか?」
蓮太郎の煽りに長正は青筋を立てる。『知勇兼備の英傑』と呼ばれる長正ほどの男が蓮太郎のような少年が思いつく程度の事を考えに入れていないわけがない。だが大人としてのしがらみにとらわれている長正には蓮太郎のような若さゆえの英断などできない。民警団団長としての責務で言えば、少しでも勝率を上げることよりもしがらみによる自衛隊との不和を抑える方が重要なのだ。
長正は無言のまま蓮太郎としばらくにらみ合い、しばらくすると急に明日の予定を語りだす。強引にこの話を打ち切ったことは言うまでもなかった。
長正の招集が終わり、テントに戻ったアゲハ達は明日以降の作戦会議を始めた。
「なんだか見た目に反して弱腰な団長で驚いたぜ。だが俺達はどうするか……先行して自衛隊に混じって戦うのもアリと言えばアリなんだが……」
「それは止めておけ。自衛隊の連中はガストレアであろうと人間であろうと自分たち以外はお構いなしに撃ってくるだろうぜ」
「流石に自衛隊との戦闘経験がある人間は言うことが違うな」
「それは脇にどけるとして……俺達W.I.S.Eはあくまでこれに乗じてゾディアックが現れるという前提で動かせてもらう。だからシャイナだけを偵察に出して兵隊どもは回帰の炎で待機させてもらう」
「それじゃあ、アンタは?」
「俺はお前達に付き合ってやるよ。久々に化け物どもをぶち殺したくてウズウズしているし、ゾディアックの方はシャイナがいれば何とかなる」
ドルキの言葉に桜子は一番驚く。サイレン世界においてイルミナにて強化されたシャイナを倒した経験から、シャイナがそこまでの武闘派という印象が無かったからだ。驚いてジロジロとシャイナを見る桜子の視線に、言わんとしていることに気が付いてシャイナは答える。
「お嬢さんは僕の実力に不安があるようだね」
「確かにアナタのテレポートは優秀だとは思うけれど、あなたは戦士ではないのでしょう?」
「これは痛いところを突かれた。もう十年若かったらキミを殺そうとしていたところだよ」
「てめぇ!」
「落ち着いて、冗談だって。ガストレアと言う化け物との戦いで直接的な戦闘においての力不足は通関してはいる。だけどそれでも僕にはテレポートがあるし、足りないものを補うために仲間がいるんだからね」
「そうか……最悪の場合、あんさんがテレポートで他の幹部を呼びに行くって寸法か」
「そういうことになるね」
シャイナの言葉に桜子も納得した。眼前に居るシャイナはサイレン世界における冷徹なテレポーターのシャイナではないのだと。
「わかったわ。場合によっては私たちも援軍に向かうから、呼びにきてちょうだいよ」
「その機会があればですがね」
開戦時のスターティングオーダーは、他民警と同様に待機部隊に加わるのがアゲハ、桜子、朧、影虎、ドルキ、しっとマスク一号二号、夏世の計八人。先行偵察はシャイナ一人、そして回帰の炎にて待機がW.I.S.E側ペア三十三組六十六人と決まった。
決戦の開始予想は明日の夜。この日は最後の安息かもしれないと寝静まる他の民警たちと共に、アゲハらも床に入った。当然のように勝利する未来を信じて。
――――
夜中の十二時を回ったころ、テントの中から一人の小さな影が現れた。望月朧隊では数少ないイニシエーター、千寿夏世である。彼女はアルデバランに物怖じしないアゲハらとは違い至って普通の感性であり、その恐ろしさに目が覚めてしまったのだ。もじもじとトイレを探して歩いていると、白い覆面の男とぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「なんだ夏世か。小便垂れたら早く寝ろよ」
男の反応に今はこの場にいないはずの元相棒のことを夏世は思い出す。死んだと聞かされたあの男のことを。
「あなたはたしか……しっとマスクさんでしたよね? 二号の方の」
「二号でいいぜ」
「では二号さん、失礼ですがどこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
夏世は思い切って目の前の男に疑問をぶつける。死んだとは聞いていても直接確認したわけでは無いため、一縷の望とも言える。それは正解なのであるが、今の将監はそれに答えることはできない。
「さあな、人違いだろう」
「そう……ですよね」
夏世は否定の言葉に肩を落とす。だが将監もそんな彼女を見過ごせるような男ではない。正体を明かせないまでもできる限りはフォローをしたいと思うのが彼なりの親心である。
「おまえは伊熊将監の元相棒だったんだよな。夜科から聞いているぜ」
「将監さんをご存じなのですか?」
「まあ、アイツが民警になる前だから、それなりに古い付き合いだぜ」
「それって不良仲間ってことで?」
「まあそんなところだ。俺は訳あって民警になったのは最近のことだし、最近のアイツのことは詳しくはない。だけどな、アイツは悪運が強いんだ。戦死したなんて信じられないぜ」
「もしかして慰めてくれているんですか」
「どうしてそう思うんだよ」
「だって……あなたの仕草が将監さんが嘘をつくときによく似ているから……」
将監は指摘されてもそんなクセなど見に覚えがない。それもそのはずで、夏世が指摘したのは実は声色である。元から声がにている事に気がついていた夏世はカマをかけたのだ。
将監はそれでも意地のために正体を頑なに隠そうとする。そのために急に別の話題を夏世に振る。
「そうだ、もうトイレはいいのか?」
「忘れていました。ですが、もういいんです」
夏世はそう言うとそそくさとテントに戻った。将監は「バレちまったかな?」と思うもやぶ蛇になるのでこれ以上追求する気はない。
「生きていてくれたんですね、将監さん」
夏世は将監との再開に胸を膨らませて床に入った。蓮太郎にとって延珠のように、夏世にとっては将監さえいれば百人力なのだ。
ガドー隊長の全体集会の話。
最初はドルキさんを噛みつかせてあの悪名高い相棒殺しか?!とやろうかなと思っていましたが話がこんがらがってシンプルに原作通りな感じにしました。
次回あたり初日の戦いを書ければいいな。